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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 中】
53/208

9.不意打ち上手(上)




      ◇  ◇  ◇





この日、アークにマヤが来ていたため、三國は野田の目から見てものすごく機嫌がよかった。


皇龍総長、日暮の厚意によって三國の所用が終わるまでの時間、マヤは2階の空き部屋で待つことを許されたのだからなおさらだ。

マヤに言い寄るしつこい女から避けられて、なおかつアークで一緒にいられる。

三國翔吾にとっては嬉しいひと時だったに違いない。


昼時のアークにはこれといって人を駆り出す急用の知らせも入らず、皇龍の者たちはそれぞれ思い思いにすごしていた。

夕方になると、待機組以外の皇龍の面々もアークに集まり始めた。


野田が賑わう店内を2階の吹き抜けから眺めていると、榎本 拓馬が不安げな面持ちで話しかけてきた。

結衣と同じクラスに所属する榎本とは、以前からそれなりに面識があった。



「……明良さん、ちょっといいですか」


「どうした?」



榎本がきょろきょろと周りを確認する。

横を通る者や立ち話をしているのは全員皇龍の人間だったが、榎本は野田に向かって小声で話し出した。



「俺、今まで下にいたんですけど、俺の近くでくつろいていたやつらが、その……高瀬がモノトーンと一緒にいるっつって、さっき何人か引き連れて出て行ったんです」


「どういうことだ」



きな臭い報告に、野田の口調が鋭くなる。



「俺も、聞こえてきた声を小耳に挟んだくらいで、詳しくはわからないんです。ただ、高瀬結衣とモノトーンってのは確実に言ってて……、あと、裏切り……とか。高瀬の絡んでいることなら上の人に相談したほうがいいって、あいつらが店出ようとした時に止めたんですけど、知るかって感じで飛び出していって……」



榎本の報告に野田は唸った。

そいつらがどんな情報を得て動こうとしたかは定かではないが、結衣が関わっている時点で雲行きが怪しい。



「ひとまず武さんに報告しよう」



主に幹部が常駐している部屋に大原を呼びに行けば、野田の表情で何かを察したのか、日暮も出てきてくれた。


普段面と向かって話すことのない皇龍のトップたちに、榎本の顔が緊張で引きつる。


野田は榎本に受けた報告をもう一度させると、日暮と大原の表情がみるみる険しくなっていった。



「いつだ?」


「5分ほど前です」


「そいつらはどこに向かったんだ?」


「……わかりません」



野田よりも10倍は威圧感のある大原の詰問に、榎本の声は次第に小さくなる。



「こういう時はてめえもそいつらについて行って、リアルタイムに電話で俺たちに報告すればいいだろうが効率悪いな」


「……っ、まじですいません!!」



榎本が腰から90度に上半身を曲げて深々と頭を下げた。

眉間にしわを寄せた大原が苛立ちを隠さず「くそっ」と一言悪態をついて腕を組む。



「高瀬には手を出すなっつっただろうが」



そして憎々しげに舌打ちをして、ちらりと榎本に視線を送った。



「まあ、場の雰囲気に乗せられて、お前まで馬鹿な方向に突っ走らなかったことだけは褒めといてやる」


「は……、はい!」



これぞまさに飴と鞭だな。

野田は場違いな懐かしさを感じていた。


俺もこうやって、1年前は2つ上の先輩にしごかれたよ。



「や……、でも。俺も他の誰かだったらひょっとしたら、自分で解決できると思って突っ走ってしまったかもしれません。でも、あいつらが話してたのって、……あの高瀬ですよ?」



あの、の部分に思いつくことが多すぎて野田はつい遠い目をしてしまった。

原田もああ、と呟き何度も小さくうなずく。

皇龍総長の日暮ですら顔を横に背けてしまっていた。



「……俺、あいつと同じクラスなんですが。1学期に俺らの目の前で吉澤先生に喧嘩吹っかけやがったときは、まじで教室が凍るかと思いました」



絶対に居合わせたくないなそんなところ。



「津月のことだって……。俺らは見ているだけで何もできなかったのに、あいつは簡単にクラス内で津月の場所を作ってしまったし。高瀬と同じクラスの皇龍のやつは、高瀬のこと、結構認めてるんですが……」



濁した先を野田はおおよそで察する。


直接関わったことのない人間に高瀬結衣がどういう者なのかを伝えるのは難しいのだろう。



「さっき出て行ったやつの中に、前に高瀬と一緒に炎上させられたやつがいるんです。そいつ、名誉挽回に躍起になってて、最近周りが見えてないっつうか」



やる気のある無能ほど、組織にとって厄介な存在はない。

手綱を離してしまったのは野田たち上の責任だ。



「そいつらの誰かひとりでも、連絡の取れるやつはいるのか?」



野田の問いに、榎本はしばらく考え込んだ。



「俺、連絡先を交換してたっけな……?」



自問の響きがある榎本の呟きに、またもや大原の機嫌が急降下していく。



「……使えねえ」


「し、下に誰か電話番号知ってるやつがいないか聞いてきます!!」



榎本は大急ぎで階段を駆け下りた。

それを見届けた大原は深いため息をつき、着ていたジャケットを野田に渡す。


外に出る気なのだろう。

アークの店内は冷房の効きがよすぎるので、上着は常駐者にとっての必需品となっている。



「先走らなけりゃいいんだけどな。念のため何人か連れていくぞ」


「ああ」



日暮が大原に、階下の榎本を視線で示した。



「友人知人がいるならそいつに連絡を取らせて居場所を聞き出させろ。話さないようなら皇龍の携帯からお前がかけろ」


「了解」



1階に下り大原は大股で榎本に近づいて行く。

大原の登場に階下のホールで大きなざわめきが起こった。



「情報室のやつらに高瀬の目撃情報の出所を探らせろ。高瀬結衣が本当にモノトーンと組んだのか、第三者の悪意を持ったデマなのか、根本から探る必要がある」


「はい」



日暮にうなずいて野田は2階の一番奥にある情報室と呼んでいる部屋に向かった。


情報室とは、その名の通り皇龍の情報、連絡網の中心となっている場所だ。詰めている連中のほとんどがそれはもう、野田からすれば超ド級のパソコンオタクだったりする。


部屋にいた者に詳細を伝え、野田は日暮のもとへ戻る。



皇龍側からすれば、結衣がモノトーンに組する可能性は決してゼロだと言い切れない。


結衣の性格からして、浅く広く人間関係を築くのは苦手であろう。そんな彼女の親しい人間は、そう多くはないはずだ。


野田は苦い感情を抑えて過去を振り返る。

思い出されるのはモノトーンのメンバーの顔を把握するために、手配した武藤春樹が写る彼らの卒業アルバムだ。

あの卒業アルバムを見れば、誰であろうと春樹とその仲間が、結衣とは親密な関係にあると勘ぐるはずだ。


下の者が先走る気持ちもわからなくはない。

モノトーンという急遽発足した未知のチーム。そこに深く関わる人物が、知らぬ間に皇龍の縄張りである春成木の街に潜んでいたのだ。



しかし。



——わたしはかつて、たったそれだけのことで、何年も一緒にいた大切な人たちの絆を壊しかけました。


——もう、あの時の二の舞はごめんです。



以前結衣が野田たちに打ち明けた過去の一片。

すべてが語られたわけではないだろうが、結衣が傷つけたといった大切な人とは、あの写真にいた女子のどちらかかだと野田は考える。


大切な友人の幸せのためなら自分を消してしまえる結衣の行動力は、ある意味ものすごく危うい。


自己犠牲とはまた違う。

犠牲になったなど、結衣は悲観的に捉えてない。

だから結衣は、自分すらもを駒のように扱える。


モノトーンが皇龍に敵意がないのなら、結衣と春樹たちの仲直りの後押しぐらいしてもいいと、野田は多少なりとも思っていた。


単独で存在するよりも、どこかに繋がれているぐらいが結衣にはちょうどいい。


拠り所があれば、今のようにどこからか疑念をふっかけられるたびに、自分たちが対応することもなくなるだろうし……。


そんなことを考えながら、野田は2階の廊下に未だ佇む日暮の隣に立った。


日暮は手すり越しに階下の一点を見つめたまま動かない。



「どうしました?」



と言いながら日暮の目線の先を追う。


混雑する店内では2階の吹き抜けという見える位置に日暮が立っているため、客のほとんどが上を見上げてそわそわとしていた。


日暮が何を見ているのかに、野田は何度もそれらしいところを見渡してようやく気づく。



「……まじか」



なぜ、という疑問と、このタイミングでという苦い思いが胸の中で駆け巡る。



「一輝を連れて一室用意する。上に連れてきておけ」


「わかりました」



緊張気味の野田を置いて、日暮はそこから離れた。


誰を。とは確認しなかったが、階下にいるあの女で間違ってはいない確信があった。


野田自身、写真ではなく本人を見るのはこれが初めてだ。


肩にかかった栗毛色の髪に、色白の肌。

白いシフォン生地のスカートにサーモンピンクのカーディガンを羽織った彼女は、店の入り口付近にいた。


周囲が上を向いていても気にする素振りはなく、スタッフと楽しげに談笑している。

しばらくして、ようやく上階の視線に気付いた彼女が顔を上に向けた。



野田と目が合うと、彼女——鈴宮綾音はにこりと微笑んだ。







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