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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 中】
47/208

3.一歩だけでも、前へ(上)





8月もお盆の期間に突入すると、カプリス周辺の会社も休業するところが多くなる。

その日のカフェの店内は、昼時であっても閑散としていた。


店が入っているビルの上階にある企業の事務所も、ほとんど人が出勤していないらしい。

これを教えてくれた柳さんは現在、自分の店が暇になったとのことでカプリスへ遊びに来ている。



「静さんはまとまった休みは取らないんですか?」



13時を回ったところで店内にお客さんがひとりもいなくなった。テーブルの片付けをしながら静さんに訊いた。


「ここは暦よりも虎晴くんの気分で休みを取るから。お盆やお正月でも開けている年もあるのよ」



静かさんはカウンターに座る柳さんにコーヒーを出しつつなんでもないことのように言ってのけた。



「副業のほうで稼いでいるからなー。こっちは楽しくやれればそれでいいんだ」



付け加えたのは柳さんだ。

それでいいのかと静さんに目を向けると、笑顔でうなずいていた。


この意気投合っぷり。

わたしが柳さんに遊ばれても、静さんの助けは期待できそうにないな。



「にしてもなー。まっさか高瀬と水口が付き合うとはなあ」



お客さんが帰ったあとのティーカップをカウンター越しに静さんへ渡そうとしたとき、柳さんが言った。

ぎくりと体がびくついて、飲み残された中身がソーサーにこぼれる。



「……どちら様からの情報ですか?」



まさかと思って恐る恐る静さんを見上げると、苦笑しながらも彼女はわたしからカップを受け取った。



「ごめんなさい。虎晴くんがとっても楽しそうだったから」



だよね。夫婦のあいだで筒抜けなんて、何も不思議な話じゃないよね。



「いやいや高瀬、静さんはなーんにも悪くないぞ。なんてったって、俺は水口から一部始終の報告を直接受けたんだから」


「あいつそんなやつじゃないでしょ」



少なくとも自分に降りかかった災難を誰かに吹聴する趣味はなかったはずだ。



「ふっ、この俺を伝書鳩に使っておいて、事情を話さないなんてあっていいわけがない」


「カッコつけて言いましたけど今の言葉、野次馬根性がにじみ出てますからね」


「いやー、水口君があんなに気遣いのできる子だったなんて俺ちょっと感動だよ。いい教え子を持てて先生は本当に幸せだ」


「いい教え子でも将来たかるのはやめてやってくださいよ」



これに関してはわたしも他人事ではない。






凍牙とわたしの表面上の交際は今も続いている。

ただし初期のころのように毎日凍牙がカプリスに来ることはなくなり、頻度は3日に1度くらいまでに落ち着いた。


さすがに毎日あからさまに一緒にいると逆に怪しまれるのではと、ふたりで話し合った末の選択である。


カプリスに凍牙が来る日は特に決まっていない。

バイトしか予定のないわたしではなく、そこら辺は凍牙の事情に合わせていた。


それにしてもさっきの柳さん、おかしなことを言ってなかったか。



「あいつに気遣いなんて出来ますか?」



わたしも人のことをとやかく言えない自覚はあるけど、気遣いや気配りなんてものは我が道を突っ走っている凍牙と結びつかない。


ホットコーヒーをひとくち飲んで、柳さんは振り向いて後方にいるわたしを見た。



「お前のバイト先を知っていながら、自分で直接会おうとせずに俺を間に挟んだあたり、高瀬に気を使ったとみて間違いないだろ」



柳さんの言葉に、テーブルを拭く手を止める。



「水口と高瀬が交際という協力体制に入ったのは、いろいろな事態が折り重なった結果だろ。だが考えてみろ。もしも水口に付きまとっていた女が、お前にしつこく口出ししてなかったら。もしも、ファミレスで落ち合ったとき、外からその女が監視していなかったら——、水口はお前に弱音を吐いて助言を求めたと思うか?」



——その場合、凍牙は?


果たしてわたしを頼ろうとしただろうか——?



「自分の目で見て、お前自身がなんともないことを確認したい。だけど四六時中女に監視されている水口が直接カプリスに来れば、高瀬やこの店に悪影響を及ぼしてしまうかもしれない、ってとこか。まあ、落ち合ったファミレスで女に目撃されてしまったんだから、水口君もまだまだだよなー」



話を聞いていてむしゃくしゃした。


つまり、小野寺明梨がわたしに付きまとうことがなければ……そしてあの日、凍牙とファミリーレストランで会っているところを彼女が見ていなければ——。


凍牙は小野寺さんについてわたしに話すこともなく、自分ひとりで解決しようとしたかもしれない。

というよりも、凍牙の一連の行動からして確実にわたしを頼ろうとしなかっただろう。


柳さんから静さんに渡され、わたしへと行き着いたメモの意味。

わたしはそれを指摘されるまで気付けなかった。


なんだかいろいろ釈然としない。気を紛らわせようと、テーブルを拭く行為に集中するように努める。


そんなものだろうとも思う。

わたしが凍牙の立場だったら、間違いなく同じことをしていた。

当事者じゃなければ、巻き込む理由がない。

わたし自身の行動予測を差し置いて、凍牙に文句なんてもちろん言えるはずがない。


だけど——。


そんなものだと思う反面、わたしたちの関係はその程度のものか、とも思ってしまう。

凍牙に腹を立てること自体、理不尽だというのに。


コーヒーを飲み終えた柳さんが立ち上がる。



「今の気持ち、大事にしとけよ」



機嫌の悪さを隠そうとしないわたしの頭をぐしゃぐしゃにして、柳さんはカプリスを出ようとした。



「おいしかったよ、ありがとう静さん。向こうの店閉めてまた来るよ」



カウンターを挟んだ静さんとうなずきあって、店のドアに手をかける。



「きゃっ」


「おっと」



外に人がいたのだろう。


いきなりドアが開いたことに驚く声と、ドアの外の人物とぶつかりかけた柳さんの声が重なる。


つられて顔を上げると、柳さんの前にはマヤの姿があった。


マヤと最後に会ったのは夏休みに入った初日に、彼女がこの店にお客として昼食を食べに来たときだった。


8月も折り返しにさしかかろうというのだから、もう半月以上会ってなかったことになる。



「ごめんね。気づかなかった」


「い、いえ。こちらこそすみませんでした」



物腰を柔らかくしてドアを大きく開け、柳さんはマヤを店内に招き入れる。じつに紳士的な振る舞いだ。違和感しかない。



「きみ、かわいいねえ。どうかな、今から俺の店でお昼食べてかない?」


「……はい?」


「奥さんの前で女子高生を口説くな!」



さっきちょっと柳さんを見直した自分が馬鹿に思えてしまう。

こんなことを言う人にわたしは凍牙の心の内を指摘されたのか。

嫌だ。自分で気付けなかったのが悔しくて仕方がない。


引き気味に困惑しているマヤを前に、ケタケタと笑った柳さんは「ごめん、冗談」とだけ言った。

そしてそのテンションのまま、静さんに手を振って店から出て行く。


どうしよう。この一連の出来事をものすごく三國翔吾に伝えたい。

いい大人にマヤが口説かれていたとあの男が知って、わたしのぶんまで柳さんに立ち向かってくれたらいいのに。



「……今の人は?」



しばらく呆けていたマヤが聞いてきた。



「静さんの旦那さん。見てのとおり、人をからかって遊ぶのが大好きな人だから。もし街で出くわしたら全力で逃げることをお勧めしておく」


「……え、それは……」



マヤがわたしと静さんを交互に忍び見る。

奥さんを目の前にそんなことを言っていいのかと、表情が語っていた。



「いいのよ。本当のことだから」



苦笑しながらも静さんは迷うことなく柳さんのタチの悪さを認めた。



「おしゃべりが好きな人だから、もし会ったら話し相手になってくれるとわたしも助かるわ」


「やめて静さん。柳さんとマヤが話す話題なんてピンポイントすぎます。これ以上あの人にからかわれるネタを提供しようとしないで」


「あら、それもそうね」



のほほんと微笑む静さん。

駄目だ、この人はナチュラルに柳さんの味方だ。






その後。



「店はひとりで大丈夫だから、後ろでゆっくりしていなさい」



そう言ってくれた静さんに甘えさせてもらった。


人手がいらないなら今日のバイトは上がるとも言ったが、閉店業務は手伝ってほしいとのことだった。


いまいち状況がつかめていないマヤを連れて、バックルームに入る。


6畳ほどの室内には、事務処理をするための木製のデスクがドアの横に配置され、中央にはローテーブルとそれを挟むように2人掛けのソファが2つある。


壁には伝票などを収納する本棚と、上着を掛けるためのハンガーラックが置かれていた。



「いいの? わたしまでこんなところに入って」


「個人営業のお店だから、わたしがオッケーしたらそれで大丈夫よ。夕方になったら結衣ちゃん借りちゃうけど、好きなだけくつろいでいってちょうだい」



バックルームに顔を出した静さんが、ローテーブルに二人分のオレンジジュースを置いた。


静さん、だからそれは店のメニュー……。



「あっ、お金」



肩にかけたカバンから財布を出そうとしたマヤを静さんが止める。



「いいのよ。わたしからのサービスだから」


「わたしの給料から天引きしてくださって構いませんよ」



せっかくマヤが来てくれたのだから、これぐらいはわたしが出そうとするも、静さんは了承してくれそうにない。



「大人には甘えておきなさい。結衣ちゃんがお店の都合に融通利かせてくれるぶん、わたしもすごく助かってるの。これぐらいは貰っておいてもばちは当たらないわ」



そこまで言われると受け取らないほうが逆に失礼だ。


ありがとうございますと頭を下げて、ソファへと腰かけた。



「おかわり欲しかったら言ってちょうだいね。あとでお菓子持ってくるから」



いや、さすがにそこまでは。


こっちが断る前に静さんはバックルームのドアを閉めて、店へと戻ってしまった。



「お母さんみたいな人ね」



苦笑しながらマヤは向かいのソファへと座る。



「すごく親切で優しい人だけど、お母さんはやめておこう」



その理屈でいくとお父さんのポジションに柳さんが出てきてしまう。

考えただけでぞっとした。






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