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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 中】
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2.届かない(下)





部屋に戻った有希に、成見が笑いかける。



「有希は優しいね。フォローご苦労さま」



これはねぎらいでもなんでもない、成見の皮肉だ。

あんなやつらに気を使うなという裏の意味は瞬時に理解できた。



「勝手な行動をするなと釘を刺しただけだ。あいつらならやりかねないだろ」


「たしかにね。あれは安直なうえ、自分本位すぎる」



スマホを操作していた成見が立ち上がる。



「じゃあ、変なのも消えたし、俺は菜月を迎えに行ってくるよ」



言い終わるや否や俺と春樹の返事を待たず、成見はドアの向こうに消えた。


モノトーンの発足以降、菜月の移動時は必ず成見が付きそっていた。

この時間、菜月はスーパーマーケットでバイトをしているから、仕事が終わり次第こちらへ向かうのだろう。


部屋に春樹と有希が残されたところで、有希はポケットからスマホを取り出した。

春樹はさっきの二人組のせいでいまだに不機嫌だが、有希に気を使う様子はない。



「知り合いが送ってきた情報だ」



言いながら有希に春樹にスクリーンショットを映したスマホを渡す。



——【拡散希望】写真の女は卑怯な手段を使って皇龍に取り入ろうとしている、要注意人物である。——



そんな文面から始まるSNSのタイムラインに添付された写真には、思いがけない人物が写っていた。


有希がこれを見たとき、まず「お前は何をやってるんだ」と突っ込みながら心の中で呆れた。

次に一緒に写真に写る男3人に、いらぬ心配をしてしまった。


さらには文面に記されている「皇龍」とやらを憂えてしまうところ、有希自身あの破天荒娘をかなり危険視してしまっていることに改めて気づかされた。


何度か読み返して、ようやく関係者ではなく結衣の状況を懸念したほどである。


画面を見つめる春樹の顔が険しくなっていく。



「いつのだ?」


「それが俺の手元に届いたのは2日前だが、拡散が起こったのは6月のことだ」



有希のスマホを睨む春樹をうかがいつつ、先程まで成見のいたソファに座る。


報告に2日待ったのは、単に春樹とふたりきりなる機会がなかったからだ。

大切な話は相手と直接顔を合わせて行うというのが、彼らの中では暗黙の決まりごとになっている。


これに関しては、どこかの電話嫌いが影響しているのは言うまでもない。

さらにはしかるべき場を作らず洋人たちにこれを知らせると、写真に結衣と一緒に写っている男3人の未来が危ぶまれる事態になりかねない。


いや、写真の結衣の表情からして、3人はすでにとんでもないことになったあとかもしれないのか。



「皇龍というと、東にあるチームだな」


「ああ。春成木の街を束ねていたはずだ」



春樹がもう一度画面を見る。



「不機嫌な顔しやがって」



呆れたような、懐かしむような、そんな声だった。


有希が結衣や一緒に写る男子生徒の制服から調べた高校の名を告げると、春樹が眉間にしわを寄せた。



「どうした」


「……凍牙と同じ高校だ」



思いがけない人物の名前に、目を見張る。

これは偶然と考えるにはあまりに出来すぎている。どこかの誰かの作意を疑わずにはいられなかった。



「よく知ってるな」


「5月にバイクの教習行ったらたまたま会ったんだ。そのときにな。……あいつ、結衣のこと聞いたら見てないっつってたぞ」



高校に入学したばかりで本当に知らなかったのか。——もしくは故意に隠したのか……。



「どっちにしろ同じ高校にいて、凍牙が結衣に気づかないとは考えにくい。俺に連絡を寄こさない時点で、教える気はないってことだろ」



有希にスマホを返しながら、春樹は続ける。



「凍牙なら、俺たちじゃなくて結衣に味方したってのも十分有り得るな。結衣も凍牙には懐いていたからな」


「……懐いていた、……か?」



思い返せば中学で授業をさぼった結衣を連れ戻しに行くと、凍牙といるところを見かけたことがあった。

他人の意識や視線に敏感な結衣が同じ空間に身を寄せられる点で、たしかに結衣は凍牙に気を許していたのだろう。


なるほどと、有希はひとり納得して小さく首肯した。

さすが、付き合いが長いだけに春樹は結衣のことをよくわかっている。


だからこそ、余計に不思議だ。



「凍牙がいるなら少しは安心できるか。俺らがモノトーンを名乗ったことだって、あいつの耳に入る可能性が高くなる」


「……お前は」


「なんだ?」


「そこまで結衣を理解しておきながら、どうして毎回ああも壮絶な喧嘩を繰り広げてしまうんだろうな」



返答に困ったのか春樹は顔をそむけた。


これは春樹だけに言えたことではない。結衣も同じだ。

他の者と意見が衝突したときは、受け流したり妥協案を持ちかけるのに。春樹と結衣はこの組み合わせになると互いに遠慮の欠片もなくなる。


無意味なまでの意地を張り、喧嘩自体が泥沼化していくことはこれまでにも何度かあった。

しかしここまですれ違ったのは、今回が初めてのことだ。



「水口はいいとして、問題は皇龍か」



ほどほどに話題を戻す。

中3の冬にあった一件は、春樹自身が自分を責めているのは知っているので、有希もこれ以上の言及はしない。

ここから先は当人たちで解決すべきところだ。



「……有希、お前向こうの街に人脈あるか?」


「ネット上で構わないならそれなりに」


「十分だ」



気を取り直した春樹が有希を見る。



「皇龍が俺たち、もしくはモノトーンをどう捉えているのか、可能な限り探ってくれ。それと、その拡散された騒動はどんな収拾の付き方をしたのか。街の連中が結衣をどう見ているのかも、頼む」


「わかった」



立ち上がって有希はパソコンのデスクへと移動した。



「綾音には俺から言っておく。他のやつには明日揃ったときに教えればいいだろ」



全員にまとめて知らせるなら、誰かひとりが暴走することもなくなる。

なだめ役が自然と出てくるからだ。


しかし……。



「洋人はぶちぎれそうだな」



そうなったら止めるのは俺かと、有希はげんなりと呟く。

こういうことは成見には期待できない。



「菜月も怒るだろ。あいつが下心を持って何かに取り入ろうとする姿なんざ、出会ってこのかた見たことねえよ」



春樹が脱力して天井を仰ぐ。



「結衣の周囲が安全なら、俺も綾音も待つ覚悟はあるんだ」



呟きは有希でなく、自分に言い聞かせたものだろう。


偶然流れてきたSNSの投稿からしか結衣にたどり着けないもどかしさ。

結衣を個人的に探すには、モノトーンは敵を作りすぎた。


現状で周囲に目立たず行動できるのは、春樹たちの中で唯一モノトーンの結成に携わらなかった綾音だけだ。


近隣の街の不良が起こした混乱を静める際、春樹と綾音は表向きは別れたことにした。


理由は単純。

ひとりでも自由に結衣を捜すために動ける人間を確保しておきたかった。ただそれだけである。


綾音は今、女子のグループに入りモノトーンの外側でしか聞こえない情報を、密かに春樹たちへ伝えてくれてもいる。


高校に入学して、一皮むけたのか綾音は強くなった。

モノトーンのトップとなった春樹に、どれだけ女が寄りつこうが気にするそぶりも見せない。



「答えが出たの」



そう言って綾音は有希たちに対し心の痛みを隠して朗らかに笑った。



「あとは、結衣の答えを待つだけよ」



さっさと謝り、それで仲直りとはいかないのが春樹たちのすごいところだと有希は密かに関心している。


次に同じあやまちを繰り返さないためとことん納得いくまで考え悩む彼らを、有希はもう見守ることしかできない。



「水口とは連絡は取らないのか?」



気を取り直した有希の質問に、しばらく考え込んだ春樹はやがて口を開く。



「そうだな。だめもとで結衣の様子を聞いてみるか」



緩慢な動きで春樹はローテーブルの隅にあるスマホへと手をのばした。



それは夏休みも中頃にさしかかる、8月10日のことだった。







      ◇  ◇  ◇





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