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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 中】
45/208

1.届かない(上)






      ◇  ◇  ◇






結衣が中学まで暮らしていた日奈守市の、繁華街から離れた位置にある海に面した倉庫街にて。


いくつもの同じ形の倉庫が並ぶこの場所は、かつては貿易関係で利用されていた。

しかし約20年前に隣接する港が別の場所に移転したことにより、頻繁だった人の出入りもなくなった。


現在にいたっては倉庫という目的ですら使用されていない。


数か月前まで、ここは地元日奈守でも有名なチーム「ストーム」の拠点となっていた。


モノトーンのトップ、武藤春樹が彼らストームからこの倉庫を譲り受けたのは、今年の5月のことだった。


……譲り受けた、では語弊があるかと、当時を振り返り蔵元有希は考える。

この場合は「押し付けられた」という表現のほうが的確かもしれない。


ストームは世代交代がなければメンバーの入れ替わりも少ない、少数精鋭のチームだったが、月日を経てメンバーが大人になったことで活動自体が縮小されていた。


そんなストームが改めて集まるきっかけとなったのが、近隣の街から湧き上がった不良どもの暴動でだった。


何を血迷って日奈守に手を出してきたのかは知らないが、まったくくもって迷惑極まりない。


不良の流入によって日奈守駅を中心とした街の栄えている一帯の治安が悪化した。一時は電車通学の生徒は高校から駅まで徒歩5分の下校に、安全のためシャトルバスが運行する事態に発展したほどだ。

恐喝やチーム同士の衝突が日常茶飯事となり、ここは本当に日本かと真面目に問いただしたくなるくらいに、街は荒れた。


ストームのリーダーが春樹に声をかけたのは、そんなときだった。


拠点の倉庫に招待し一言「ここはやる。あとは頼んだ」と言ったのを最後に、ストームは解散となった。


曰く、若い世代のことは若いやつらで解決しろ、ということらしい。


リーダーの男は中学生だったころの春樹にすでに目をつけ、卒業するのをずっと待っていたというのは有希があとから聞いた話だ。


街を平定してくれるなら今年いっぱい倉庫の光熱費を含んだ維持費はこちらが持つ。

そんなおいしい条件を付けてくるあたり、ストームのリーダーが春樹にかける期待がうかがえる。


有希たちには隣街の不良の排除よりも重要なやるべきことがあった。

しかし街の状態を放置しておけば、後に今以上の面倒が起こる事は容易に予想できたので、彼らはストームのリーダーの提案を受け入れた。





それから。


春樹を筆頭とした集団は、ひとまず調子に乗ってこの街に攻めて来たあほどもを叩き潰して隣街へと追い返した。


春樹がまだ高校一年のガキだからと舐めてかかった連中を心の底から後悔させて、自分たちは近隣の街を含めて影響力のある立場に登り詰めた。

ここまでするのに、2ヶ月かかってしまった。


ようやく街も安定し以前の様子を取り戻してきたところで、武藤春樹を中心とした集団は「モノトーン」を名乗る。


こっちの事情でお前を探せないなら、せめてこの名前だけでも届いてほしいと、彼らは願っていた。








      *







モノトーンの拠点となった倉庫街。


縦長の巨大な倉庫がいくつも並んでいるが、電気が通っているのは表の通りから一番近い倉庫に限定されていた。


倉庫は三角屋根の2階建て。1階はコンクリートの床に高い天井の開けたスペースとなっており、吹き抜けの2階には部屋がふたつ。


2階のかつて事務所だった部屋はストームが改装し、まるでマンションの一室のような居住空間が出来上がっていた。


エアコン、ソファ、冷蔵庫などはすべてストームからそのまま譲り受けたので、有希たちが倉庫にいるときは主にこの部屋を利用していた。


現在部屋にいるのは6人。


有希は奥の隅に置かれたパソコン用デスクの付属チェアに座っている。


部屋の中央にあるローテーブルを囲うように、角を空けてコの字型に配置された3つの黒いソファにも、それぞれひとりずつ仲間が陣取っていた。


室内の空気は重い。


原因は話があると先程部屋に入ってきた、二人組のせいだ。


有希もふたりの顔は知っている。出身が同じ中学の同級生だった者たちだ。

彼らは春樹に対してはへりくだる傾向が昔からあるようで、モノトーンを発足させたときも何かと関わりを持ちたがっていたと記憶していた。



「だから、こんだけ大きなチームになったんだから、今なら絶対見つけられるって」



二人組のうち、茶髪で小太りのほうがさっきと同じことを春樹たちに訴えかける。


空気がまた一段と重くなるのを有希は感じた。



「必要ないっつってんだ。何回も言わせんじゃねえ」



ドアの前に立つふたりからして、正面にあるソファに座る春樹が言い放つ。


有希の場所からはソファの背もたれに体が隠れて春樹の姿は肩から上のオレンジ色の頭しか見えていないが、声音からしてさぞいらついていることだろう。


鼻筋の通った左右均衡な顔をしたモテ男の剣呑な表情が目に浮かぶ。



部屋に入ってくるなり、二人組が切り出したこと。

モノトーンは他のチームに多大な影響をもたらせるようになったんだ。このネットワークを使えば高瀬結衣も簡単に見つけられるという提案がされてから、春樹の機嫌は悪くなるばかりだ。


有希はさっきから、余計なことは言わずに空気を読んでとっとと消えろと無言で念じているが、彼らにはまったく伝わっていない。



「なんでだよっ。俺たち中学のときに高瀬にしてしまったこと、すげー反省してんだ。あいつに会ってあのときのこと一言謝りたっ」



ドンっと、低く鈍い音が小太りの声をさえぎった。


3人掛けのソファにあおむけで仮眠をとっていた洋人が、そのままの体勢でソファに勢いよくかかとを振り下ろしたのだ。



「有希、……何時だ?」


「もうすぐ15時になるところだ」



洋人の問いに答えてやると、彼はだるそうに起き上がる。寝癖の付いた赤茶色の髪をかきながら靴を履いた。


のっそり立ち上がり、あくびをしながら背中を伸ばした洋人は入口に向かう。

目つきの悪さと態度のでかさなど、洋人は見た目でかなり損をしている。


高校では1学期が終わってもなお、洋人の赤茶色の髪が地毛だと信じない教師がいるほどだ。



「バイト行く。なんかあったら連絡入れといてくれ」


「おう。気をつけろよ」



応じた春樹に軽く手を上げて、洋人はドアの前から避けたふたりを無視して出て行った。

洋人の行動からして、おそらく途中から目が覚めて話の内容を聞いていたのだろう。


ドアの閉まる音とともに、部屋は静まり返った。


気まずい空気が流れるなか、しばらくして春樹が口を開いた。



「中3の冬にてめえらが結衣に何をしたのかは聞かねえ。だがあいつを探すためにモノトーンを利用するのは明らかにおかしいってのには、普通に気づけ」



威圧感のこめられた声に訪問者は押し黙るが、どう見ても不満そうだ。



「……お前らは、高瀬に会いたくないのか?」



こいつはまた余計なことを。

二人組の一方、ひょろ長い金髪の質問に、有希は室内の温度が下がったような気がした。



「俺らがあいつをどうしようが、てめえらに報告する必要はねえんだよ」


「でもっ、俺たちも」


「待て!」



食ってかかろうとしたひょろ長を、小太りが止める。



「なあ、俺、もしかしたらって思ってたんだ」



春樹の様子をうかがいつつ、小太りは続けた。



「あのアルバム見て、俺たちは高瀬とお前らがまだ繋がってるんだって考えちまったけど。実はあれはフェイクで、あっちの噂、高瀬が鈴宮をいじめてたってのが真実なんじゃ」



ガンッ!


歯切れのいい大きな音にびくついて、小太りは喋るのを止めた。

春樹がローテーブルを蹴り付けるように足を上に乗せたのだ。

この怒りにはさすがに気づくだろう。有希はうんざりと息を吐き出した。



「……そうだよ」



場にそぐわない明るい声。これまで傍観者を貫いていた成見が口を開いた。



「結衣は綾音に嫉妬して、裏から学校全体が綾音をいじめるように仕向けていた。俺たちがそれを知ったところで、付き合いの長さから自分は許されるだろうってところまで計算に入れて」



二人組は食い入るように成見を凝視する。



「だけど綾音だって俺たちの仲間だ。たとえ首謀者が結衣だからといって、許せるはずがない」



足を組み直して、成見が真剣な表情で二人組をじっと見つめた。



「俺たちは結衣を今でも許していない。決裂した人間を手間暇使ってわざわざ捜す必要なんてないんだ」



ふたりの顔に、徐々に安堵が広がっていく。心の内が非常にわかりやすい。


傷みのない黒髪を揺らし、人のいい笑みを浮かべた成見はそのままの顔でふたりをつき落とす。



「——なんて春樹が言ったら、君たちは結衣に謝る必要がなくなるのかな。それはまた打算にまみれた安直で自分勝手な謝罪があったものだね」



口調は穏やかだが、成見も相当きているようだと有希は察した。

気持ちはわかる。不確かな情報、しかもこいつらには関係のないことで身内を悪人と決めつけられて、不愉快にならないわけがない。



「話が終わったならとっとと失せろ」



顎でドアを示す春樹にしぶしぶ従い、訪問者は部屋を出て行った。



ため息をつきながら、有希はふたりの後を追う。

いつものことだが、春樹たちは説明が足りない。


彼らは2階の廊下では、まだ未練がましく立ち止まっていた。



「蔵元……」



救いを求めるように呼ばれて、またひとつため息がこぼれる。



「なにも犯罪者を指名手配するわけじゃないんだ。チームを使って捜したら、結衣を日奈守一帯のさらし者にしてしまう。もしくは俺たちを良く思わない連中が、あいつを先に見つけてしまう可能性だって当然ある。頼むからそれぐらい考えてくれ」



自分たちの自己満足な謝罪のために、結衣を危険にさらすわけにはいかないのだ。



「たまたま見かけたところを俺たちに報告してくれるならありがたいが、むやみに捜し出す必要はない」


「で、でもよ」


「仮にお前たちが結衣を見つけて謝ったとしても、結衣にとってそれはあまり重要なことではないと思うが」



むしろ彼女はこの二人組に何をされたのか覚えているかも怪しい。

結衣は記憶力に優れてはいるが、覚えようと意識する項目が偏っている。むかしから自分に起こった出来事については無頓着で、すぐに忘れるタチだった。



「そんなの、高瀬じゃねえとわかんねえだろ」



むきになって返してきた小太りからは焦りが感じられた。

睨んでくる視線をものともせず、有希はふたりとそれぞれ目を合わす。



「とにかく余計なまねはするな。周囲に高瀬結衣のことをむやみに吹聴するのも絶対にやめろ」



リーダーである春樹以外に命令されたのが気に食わないのだろう。

返事をすることなく彼らは有希に背を向けた。



「間違っても、謝ればすべてが済まされると思うな」



そんな男たちへ、有希は静かに言い放つ。



「お前らが結衣にしたことは、たとえ結衣が忘れたとしても一生残り続ける。償ったところでなかったことにはできない。これだけはくれぐれも忘れるな」



足を止めた彼らは青い顔をして振り返るが、言い訳を聞くつもりもないのでさっさと部屋に戻った。


今の言葉は、自分自身にも言えることだと、有希は本日何度目かも忘れたため息を漏らす。


隠されていたとはいえ、結衣がいじめを受けているのを見過ごした俺にも、罪がないわけじゃない。


春樹たちも同じ思いだろう。彼らを責める前に自分を責めてしまうから、感情に任せて強く出られない。







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