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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 上】
44/208

6.偽りの関係



凍牙との偽りの交際を始めてから4日が経った。

するとこれまでの付きまといが嘘のように小野寺さんはわたしの前に姿を現さなくなった。


毎日、バイトの終了時間が近くなると、凍牙はわたしをカプリスへ迎えに来る。その際に店の掃除を手伝ってくれるものだから、静さんにもかなり気に入られている。


静さんは凍牙のことを柳さんから聞いていたようだ。

手も口も器用で将来が有望な世渡り人——というのが柳さんの評した凍牙らしく、借りを作っておけば老後に楽が出来ると冗談で言っていたとか。


元教え子にたかんじゃねえと、それを聞いた凍牙は苦々しげにぼやいていた。




バイトが終わればふたりで駅前を散歩して、そのまま凍牙にわたしの住むマンションの前まで送ってもらう。

その日の気分によって夕飯は外食で済ませた。


時々わざと適当なクラブに立ち寄って、そこに小野寺さんの協力者がいるかを確かめた。

店に入った凍牙の姿を見て不自然な行動をとったり、奥へ引っ込んだスタッフの特徴をとらえ、他のスタッフにさりげなく名前を確認する。


小野寺さん本人は接触こそしてこなかったが、姿は何度も目撃した。


ファーストフードで夕飯を食べて店を出ようとしたとき、出口付近のカウンターでひとりジュースを飲んでいたこともある。

そのときはこちらから話しかけるようなまねはせず、気づかないふりでそのまま後ろを通り過ぎた。


凍牙にいたってはわたしを送った後自宅に帰る途中で、しくしくと泣いている小野寺さんが道の真ん中に立っているという状態にかなりの頻度で出くわしているらしい。何そのホラー。


ただし彼女は凍牙に詰め寄ることもなく、距離が一定に縮まると走って姿を消してしまうとか。



「奴は何がしたいのかまったくわからん」



バイトが終わり、牛丼店で夕食を取りながらの作戦会議。

小野寺さんの行動を凍牙から聞いていたが、良し悪しはともかく小さな変化は起こっているようだった。



「凍牙に追いかけて欲しいんじゃないの?」



凍牙が自分のことを好きだと彼女が思い込んでいるなら、あり得ると思う。



「仮に俺が追いかけて、それからどうしろと」



警察に引き渡す。

いやいや、これはわたしの考えであって彼女の望みじゃない。



「追いかけて、追いついて……、仲直り?」


「待て、そもそも仲直りができるほど深い関係でもないだろ」


「凍牙はそうでも、彼女の頭の中じゃ凍牙は親密な関係ってことになってるんじゃないの。あ……、これちょっと当たりかも」



彼女にとって、凍牙の意思は関係ない。

自分で決めた都合のいいシナリオに、凍牙やわたしを強引に当てはめて動かそうとしている。それも自覚なく。

これが櫻庭先輩の言う正解だったらたちが悪いな。


そう言う人間はどうやって動かせばいいのか。

罪悪感につけ込もうにも、他人に嫌がられているという認識がないのだ。


誠心誠意、迷惑だと伝えたところで彼女がどうとらえるかわかったものじゃない。

解決に至るための材料はそろいつつあるのに、核心となりそうなピースが足りない。



「何を見落としてるんだろうなぁ、わたしは」



これはもう長期戦を覚悟すべきかと思った翌日——。




「いい加減にしてよ!!」



痺れを切らした小野寺明梨がわたしたちの前に現れた。







      *






その日、バイトが終わる寸前に降り出した集中豪雨で足止めをくらい、わたしと凍牙は店を出るのがいつもより遅くなった。


バックルームで雨宿りをさせてもらうあいだ、静さんと凍牙を交えてわたしの数学の宿題を3人で解いてる様はなんともいえない光景だった。


問題を懐かしむ静さんはいいとして、凍牙の頭の良さはなんなのか。

簡単に問題を解いてしまうに留まらず教え方までわかりやすいとか、こいつはどこまで万能なんだ。

授業はわたしよりもサボってるくせに。うらやましすぎる。


雨は19時ごろに上がり、静さんに雨宿りさせてもらったことへのお礼を言ってわたしたちは街に出た。


若者のたむろするクラブの前を通り過ぎ、駅前の商店街を学校に向かって歩く。

道を照らす街灯には提灯が飾られ、通り過ぎる店の窓にはどこも同じポスターが貼り付けてあった。


今週の日曜日は、商店街の夏祭りらしい。


信号で足を止めていると、凍牙がこぶしをわたしの手に軽く当てた。



「来るぞ」



前にいる人の背でわたしには見えなかったが、主語がなくても何が来るのか察した。


平静を装って青になった信号機を渡る。

交差点から20メートルほど先。小野寺さんは歩道の中央で腰に手を当て仁王立ちしていた。

行き交う人たちは彼女を半身になって避けている。ものすごく迷惑そうだ。



「いい加減にしてよ!!」



わたしたちも人の流れに任せて彼女を避けたのだが、途端に後ろから叫ばれてしまった。


歩道の信号が赤になり、人の波がおさまる。



「なんなんだいったい」



道の端に寄った凍牙が小野寺さんを睨む。

顔にも態度にも出ている凍牙のいらつきに気づけないのか、彼女は空気を読まずに詰め寄ってきた。



「そんなことしなくても、わたしが凍牙くんのこと好きなの、本当はわかってるんでしょ?」



眉をピクリと動かした凍牙が怪訝そうにわたしを見下ろす。



「……通訳」


「ごめん、翻訳できない。日本語って難しいね」



彼女の頭の中の台本がどうなっているのか、いまいちつかめない。



「生憎俺とこいつ、今付き合ってるんで。あんたの気持には一生応えられそうにないんだ」



わたしと付き合ってなくても、小野寺さんに応えるつもりはないだろうに。とは思っても口には出さない。

交際設定は惜しみなく活用していく。

話を合わせるためにも、凍牙の言葉はしっかり聞いて内容を把握しておかなければいけない。



「だから、そうやってわたしのこと試さなくてもいいって言ってるのよ」



前のめりになって小野寺さんは悲しそうに訴えかけてくる。


それを言われた当人は無言。無表情。

うわあ、凍牙がかなりのご立腹だ。


それにしてもこの噛み合わない会話はどうしたものか。


この張り詰めた空気をものともしない小野寺さんは、ひょっとしたらとんでもない大物なのかもしれない。

彼女にはブチ切れ一歩手前な凍牙はどう見えているんだろう。



……そうじゃない。



どう見えているか。

今の凍牙は誰が見ても同じだ。苛立って、怒っている。


肝心なのは、この怒りをあらわにした凍牙を、彼女がどう見ようとしているかが問題だ。


苛立ちを隠そうとしない凍牙が、誰に対して怒りを向けているのか、何に対して憤りを感じているのか。

感情は目に見えるものじゃない。だから、解釈はそれを感じた者の解釈に委ねられる。



「こんな言い方して悪いけど、高瀬さんってあんまりぱっとしないし、凍牙くんとも釣り合ってないじゃない。だから凍牙くんも彼女と一緒にいたらイライラしちゃうのよ。高瀬さんも自分でそう思わない?」



——これだ。


糸口が見えた。



「凍牙と釣り合うのは自分だと、そう言いたいんですか」


「わたしがどうじゃなくて、凍牙くんもそう思ってるでしょ。自分のレベルに合う人間はわたしだって」



小野寺さんの言う「レベル」とは、当然ながら彼女の価値観で示されるものだ。

彼女は自分の作ったシナリオの上で、自分の示した価値観のもと、他人の意思を無視して生きている。


いや、無視じゃない。


他人の心に気づこうとしない。


——これでもまだ甘い。



人の心に気づかない、気づけない。


そもそもそういった観点で、人と関わっていないのだ。


彼女は自分が生きていくうえで、他人の心を必要としていない。



——これが答えだ。



考えがまとまって顔がにやける。



「凶悪なツラになってんぞ」



失敬な。

さっきの凍牙だって似たようなものだったろ。



「付き合ってますよ、わたしたち。誰がなんと言おうとあなたがどうとらえようが、事実は変わりませんから。ね?」



凍牙を見上げれば、話を合わせて強くうなずいた。


小野寺さんがショックそうに息を呑んで目を見開く。



「……嘘よそんなの。凍牙くんに限ってそんなことあるわけないじゃない」


「お前、俺やこいつの何を知ってそれを言ってるんだ。てめえで作った枠組みに勝手に他人を押し込めてんじゃねえよ」


「そんな……、ひどい……」



目に涙を溜めて彼女は鼻をすすった。

無視して凍牙が歩き出す。



「行くぞ」


「待ってよ!」



立ち去ろうとしたら、彼女が大股でわたしたちを追い越して行く道に立ちはだかる。


今日はもういいだろ。

これから作戦会議に入りたいんだ。



「付き合ってるっていうのだったら、今ここで証明を見せてよ」



馬鹿か。



「男女の交際は役所に届け出なんか必要ありませんよ」



さらっと流してとっととここを去ろうとしたのに、口に手を当てた凍牙が顔を背けた。

わたしとしては応戦を期待していたのだが、凍牙はそのまま動かない。



「……おい、今そんな愉快な場面でもなんでもないよね?」


「……悪い」



おもしろそうに笑みを浮かべて、凍牙がわたしを見下ろしてくる。



「お前の思考回路も大概斜め上を突っ走ってるな」


「ここであんたにけなされる理由がわからない」


「まあいい、少し喋るな。——それで、交際証明なんざどこも発行してくれない世の中で、どうやって俺たちはあんたに付き合ってると証明すればいいんだ」



さっきまでイラついてた奴とは思えないぐらい楽しそうだね。

凍牙の変わり様に小野寺さんはたじろぎながらも踏ん張った。



「そ、そうね……、キス。キスしてみせてよ。付き合ってるんだったらそれぐらい当り前でしょ!」



おいこら、あんたの当たり前をわたしたちに押し付けるな。



「どこにこんな往来でそんな恥ずかしいまねする一般人がいるんですか」


「あら、できないってのなら嘘なんじゃない」


「常識考えてものを言ってください。なんならあなたのご自慢の経済力でここの通りを封鎖して、目撃者を消していただけるのでしたら、こちらも前向きに検討しますけど」


「だからお前は喋るなって」



わたしと小野寺さんの間に入った凍牙に腕をつかまれた。体を引き寄せられ、背中に腕を回されて身動きが取れない。



「ちょっ」


「黙れ動くな」



自分からやれと言っておきながら、いざとなって止めようとした小野寺明梨。

お前何やってんだとりあえず離せと訴えるために顔を上げたわたし。

両者の動きと口を、凍牙の低い声は封じた。



背中にまわしたのとは逆の自由な手で、凍牙がわたしの顔にかかった前髪をはらう。

小野寺さんに見せつけるようにあえてリップ音を立てて、凍牙の唇がわたしの額に触れた。


抑えようがないぐらいに引きつる顔を隠すため、背中にあった手が頭にまわされて凍牙の胸元に押し付けられる。

こいつ後で覚えてろ。


頭上から開き直った凍牙の声がした。



「で、他にご要望は?」



冷やかな挑発だ。

小野寺さんの唸るような声がわたしの耳にも届いた。



「唇かんで泣きながら駅方向に走っていった」



彼女の様子が見えないわたしの代わりに凍牙が中継する。



「信号曲がって姿を消した」



頭を押さえていた凍牙の手が離れた。



「……暑い」


「ああ。夏にするもんじゃないな」


「季節関係なしでアウトだ! というか、これを普通にやらかすあんたに思考回路云々言われる筋合いはないよ!」



感情のままにまくし立てようが、凍牙は気にしない。



「セーフにしとけ。お前の黒歴史に比べたらこんなもんどうってこともないだろ」


「今ここでそれを持ち出してくるか!」



言い合いをしながらも足は動く。

注目されたことには変わりないので、とにかく商店街を離れたかった。



「仲間の交際を不純異性交遊だとか言って全校集会でさらし者にしてきた、女教員の不倫を表沙汰にしたのはどこの誰だ。あの伝説に比べたらこんなもん語り継ぐまでもない」


「だから、そんなの状況も違えば比較する意味もない話だって! もひとつ言えば菜月と成見はちょっと手を繋いでただけで、不純なまねはしていない。全部あのおばさんの幸せをひがんだでっちあげだから」


「そんなことわかってんだ。櫻庭さんの言っていたあの女の嫌がることを実行しただけだろ。いい加減に話を戻すぞ。あの女、結局のところこれで撃退できたと思うか?」



ひとりで吠えるのが馬鹿らしく思えるぐらいに凍牙は冷静だった。


わたしも落ち着くために肺いっぱいに空気を吸い込んで、細く長く吐き出した。


商店街の通りが終わる。外灯の数が一気に減ったことで辺りが薄暗くなり、道から喧騒が消えた。


周囲に人がいないことを確認し、電柱の下で立ち止まる。



「また来るよ。凍牙が何を好きで誰と付き合おうが、小野寺明梨自身が見ている凍牙は彼女を好きなことに変わりはないから」


「……たちの悪い妄想か」


「妄想というより、超絶なまでのポジティブ思考のほうが近いかも」



他人の気持ちを考えない人間に「嫌われたらどうしよう」といった不安は付きまとわない。



「今は雰囲気に酔ってかわいそうな自分を演じているけど、しばらくすれば思い直すだろうね。凍牙は自分を好きなのだから、さっきの行動は自分のためにしてくれたものだ——って」


「どっからそんな考えが湧いてくるんだ」


「理由なんてどうにでもできる。そこそこ有名な凍牙の彼女になったら、街でいらない注目をあびる。それを避けるために偽の彼女を用意して自分を守ってくれている、とか」



凍牙は難しい顔をして黙り込む。



「もしくは自分にもっと嫉妬してほしくて、目の前であんな場面を見せてきたんだって思われたかも」



状況なんてものは、自分のしたいようにいくらでも考察できる。


以前の凍牙が言ったという「友好関係に口出しするな」の意味だってそうだ。

「交友関係を心配しなくても、あいつはただの友達だから」といった具合に、凍牙が放った言葉は自分に対する釈明だと彼女は受け取ったのだろう。


そう捉えたうえでの「安心した」だ。


こっちが伝えたい意思は、どう頑張っても彼女には伝わらない。


さらにもうひとつわかったこと。



「小野寺明梨が凍牙を好きなのは、小野寺明梨自身の自己評価におけるレベルに見合った人間が凍牙だったからじゃないかな」



舞台のように決められた立ち位置。

さしずめわたしは妨害者かライバルみたいなポジションに当てはめているのだろう。



「以上がわたしの考え。結論を言えば彼女には何を訴えても無意味なだけ」



理屈でぶつかり合おうにも食い違いすぎて話にならない。



「穏便には済ませられないか」


「手がないわけじゃない。ただ、それで上手くいくかは不安なところがある」



正面きって立ち向かったところで意味がないなら、別の角度から変化を促すしかない。

いつものわたしのやり方に反しているようで気は進まないが、四の五の言っていられないのも事実だ。



「彼女自身を変えることができないなら、周りの環境を変えてやればいい」


「……どうする気だ」


「彼女の自己評価を上げて、凍牙よりも、もっと自分にふさわしい男がいるって思わせる」



しばらく考えた凍牙は、自分なりの結論を出した。



「皇龍に喧嘩売って、俺の評価を下げるか」


「わたしもそれちょっと思ったけど、現段階ではやめておきたい。いろいろややこしくなるし。最終手段に取っておこうよ」



危ない橋を渡らなくても、やれることは他にある。



「小野寺明梨は惚れた男に貢ぐ女だ。みたいな噂を街で流して、彼女に言い寄る男を増やす」



もともとナンパされて乗り気だったというのなら、見知らぬ男に尻込みすることもないだろう。


自分はもてる。

進んでアピールしなくても、男のほうから寄ってくる。


そう彼女が自身を評価してくれるなら、自ら凍牙に突き進んでいくこともなくなる。



「自分になびかない男は馬鹿だ。くらいまで思い込んでくれるといいんだけど」



じっと見つめてくる凍牙の顔には表情がない。当然か。



「人として褒められたことを提案してない自覚ならあるよ。わたしはこういうのしか思いつかないから、もっと綺麗に片づけたいのなら他をあたって」


「綺麗事で片付いてんならとっくに終わってんだろ。……そうじゃねえ」


「そう。あとは顔を見せてくる小野寺明梨が声をかけてくるようなら、なだめてすかして褒めたたえて、彼女に自信を提供してやるくらいか」



あなたには凍牙よりもっといい人がたくさんいる——と。


褒め言葉を重ねておだてつつ、自己意識を変えていく。


他人の流れに合わせるなんてやり方は初めてだ。

相手に気づかれないように価値観を誘導するのは骨が折れそうだ。



「……いい。結衣は動くな」



次に彼女に会ったときの計画を立てていたら、凍牙に横から口を出された。



「噂は流す。俺の情報を売った連中にそれで落とし前をつけさせて、いったん様子を見る」


「どうして? わたしも動けるよ」



凍牙が目を伏せる。

結ばれた唇がかすかに開き、小さく呟かれた声に聞き耳を立てたが、受け取った言葉はとてもすぐに理解できるものではなかった。



「……武藤が結衣をあの手のやつに差し向けなかった理由がなんとなくわかった」



どうしてそこで春樹が出てくるのか。



「わたしにはまったくわからない」


「今はそれでいい。仲直りしてから武藤に直接聞け。結衣があの女と向き合わなくとも、周りの連中が動くだけで事態が収拾すればそれにこしたことはないだろ。あの女が会いに来ても、絶対喋るな。無視を徹底しろ」



言いくるめるような話し方。凍牙が焦っているように見えるのはわたしの勘違いか。


凍牙の言い分に納得はいかないし、反論は山のようにある。

なのにあまりにも真剣に伝えてくるものだから、何も言えない。



「人に合わせてわざと流される必要なんてない。こんなことで、自分を変えるな」



頭の上に置かれた手が髪を梳いて離れていく。


凍牙の提案に嫌だというのはとても簡単だった。


確実性を上げるためにはわたしも動くべきだ。ここまで巻き込んでおいて中途半端な場面でわたしを用済みとするのはどういうことか。


自分の提案が最終的にどのような結果をもたらすのかも気になる。

どうせなら最後まで付き合わせてほしい。


言いたいことは山のようにある。



だけど——。



——誰だって相性の良し悪しはあるんだ。俺の見立て、あの教師とてめえは水と油以上に相性が合わない。いいか、絶対何があってもひとりで向き合おうとするんじゃねえぞ。



かつて春樹に言われた言葉が脳裏をかすめる。


凍牙も春樹も、どうしてそんなことを言うのかわからない。

だけどわたしを慮っていることだけは、凍牙の顔を見るだけで痛いほどに伝わってくる。



「……頼む」



懇願するような小さな呟きにわたしは自分の好奇心を捨て、小さく首肯した。






小野寺明梨はそれからしばらく、わたしたちの前に姿を見せていたが、次第に来訪の頻度が下がっていった。


8月の中旬を過ぎたころ、彼女と大学生くらいの青年が街を歩いているところを目撃される。



だけどその知らせを凍牙から受けたときには、わたしはもう彼女に注意を向ける余裕すらなくなっていた。







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