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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 上】
42/208

4.予測不可(中)




凍牙と共にこのまま皇龍の拠点に直行するのかと思いきや、櫻庭先輩のほうがこちらに足を運んでくれるとのこと。


昼時の混みあう時間帯に学生がふたり、ドリンクバーだけで居座ってさぞかし店の邪魔になっているだろうけど、もう少し利用させてもらう。


ほどなくして櫻庭先輩はお供を引き連れてやってきた。

これまでに見たことのない人だ。



「きみたちから話ってのも珍しいよねー」



店に入るやスタッフの案内も待たず、先輩たちはこちらへと一直線に歩いてくる。テーブルの前で櫻庭先輩はわたしに、指で凍牙の隣に行くようジェスチャーした。

黙って従うと、わたしのいたソファーに皇龍のふたりは腰を落ち着けた。



「あ、結衣ちゃんは多分こいつ初めて見るよねー。千里 徹(せんり とおる)っての。うちの高校の2年で、一応俺の後任だから。これからよろしくねー」


「あんまりよろしくしたくないんですけどね」



わたしの正面に座ったその人は、うろんな眼差しを向けてきた。


どうも、と会釈ついでに千里徹と紹介された彼を観察する。

白く脱色された髪に、耳や首に飾られたシルバーアクセサリーがやたらと目立つ。これは櫻庭先輩へのリスペクトだろうと一目で察した。


全体的にやせ型の体系。目が細くつり上がり気味なため、終始睨まれているように感じる。いや、実際睨まれているのか。

櫻庭先輩のイメージが猫なら、千里先輩は狐のようだった。


先輩たちはわたしたちと同じくドリンクバーの注文をした。

店のスタッフは快く伝票を置いてテーブルをあとにする。

これが皇龍と一般の学生の違いというものか。わたしたちの時と接客態度に差があるのは、今さらなことだ。


セルフのはずの飲み物でどれにするかまで聞いてきたスタッフに、千里先輩が仕事に戻るよう注意していた。



「で、話っていうのはなんだろうねー?」



うきうきとわたしたちを交互に見てくる櫻庭先輩に、引っかかりを覚えた。

最初からこの場の主導権を握ろうとしているような、嫌な感じだ。


わたしと凍牙が相談内容に予測が付いているのか——?



「実は、現在ちょっと厄介な女に付きまとわれてまして」


「は? なんの——」


「ちぃくんは黙ろうか」



凍牙の話をさえぎって何かを言おうとした千里先輩を、櫻庭先輩が止めた。



「続けて。おもしろそうだから聞くよ」



凍牙に向けて言っているはずなのに、櫻庭先輩はわたしと目を合わせたまま。


空気の流れが変わった。

薄く笑いそうになる口元に力を入れて表情を隠し、櫻庭先輩と交錯する視線をわたしが先にそらす。


そして事情を説明する凍牙の声を聴きながら、櫻庭先輩の隣で困惑を隠しきれない千里先輩を観察する。わかりやすい人でとても助かった。


いきさつを聞き終えた櫻庭先輩が口を開く。



「まだまだ修行が足りないねぇ」



それはわたしや凍牙に対してか、千里先輩に向けてなのか。


櫻庭先輩は千里先輩をどかせてソファーから立ち上がった。

行動を見守っていると、先輩は彼女がいるであろうカフェの見える窓へ近づき、思いっきり手を振った。


おいちょっとこら。

ストラン内の客からも注目されてしまってるよ。恥ずかしい。

しばらくして満足した櫻庭先輩は再び席に付く。



「びっくりして帰って行っちゃったけど、多分あの子だねー。顔は見えたし、アークにも来てる女だったよ」



それを確かめるためにあんな目立つ行動をとったのか。



「まあ、大体はつかめたかなー。んでもってその女、多分アークのスタッフにも声かけてるやつと同一人物だろうねー。いずれはエスカレートするのかなーって思ってたけど、まさかこんな早かったとはねぇ」



でもなーと、櫻庭先輩が考え込む。



「水口君が店に来たのを教えたら支払われるっていうお礼の金額、アークでは8千円だった気がするんだけど」



増えてる。……その金額の違いはどこからくるのか。

彼女をまったく理解できず首をかしげた。



「あれ? 結衣ちゃんひょっとしてわかってない?」


「さっぱりですよ」



櫻庭先輩が笑みを深める。擬音語で例えるなら、にやりがにんまりになった。



「告げられた金額そのものが、彼女にとってのそのクラブ、もしくはクラブにいるスタッフの価値に繋がってるんだよー」



あの女の人の価値観。

これはヒントなのだろう。



「なーんか結衣ちゃんにようやくいっこ勝てた気分。2年長く生きててほんとーによかったよ」



……勝ち負けでいうならわたしは櫻庭先輩に劣っている部分のほうが多いはずだが。



「まーなんにせよ最初からいこっか。俺、あの子……ああ、名前はアークで調べてあるけど小野寺 明梨(おのでら あかり)ね。で、俺は明梨ちゃんが水口君を好きになったきっかけも知ってるしー」


「は?」


「え?」



驚くわたしと凍牙に、櫻庭先輩は言った。



「ゴールデンウィークに入るちょっと前かなー。俺と水口君が一緒に街であった喧嘩の仲裁に向かってたとき、彼女、ナンパされてて俺たちの行く道が塞がってたんだよねー。俺の見立て、あの子けっこうノリノリだったよ」



ナンパ? 絡まれていたのではなく?



「そんで、呼び出しくらって機嫌最悪だった水口君が、ナンパしてる連中含めて冷ややかな声で邪魔、よそでやれって言って道を開けさせたと。後日彼女がアークに来たとき、俺はすぐにわかったんだけどねー。水口君全然覚えてないみたいで相手にもしないからもーうけるうける」


「……つまり、彼女はナンパをおじゃんにした凍牙に逆恨みをしていると」



だとしたらずいぶんとけったいな逆恨みがあったものだ。


櫻庭先輩はわざとらしく人差し指を立てて横に振る。



「ちっちっち。そーんな難しく考えなくても単純にいっちゃいなよー。あーでも、難しいかなー。世の中人間すべてが自分と同じ目線で物事をとらえてるなんて、あり得ないもんねー」



ねー、とはわたしに向けられている。これもヒントだ。



「……彼女は、凍牙にナンパされていたところを邪魔された」


「うん。それが結衣ちゃんや俺の視点」


「彼女の中では、ナンパされていたという事実そのものが湾曲されている。——凍牙が出てきたことによって、むしろナンパしてきた男のほうが……彼女にとっての邪魔者になった」



凍牙のほうがナンパ男よりも小野寺明梨の好みだったからか。


だけどいくらタイプの人間だからといって、事実として自分のことを好きでもない凍牙が、自分に好意を持ったと思い込む根幹はどこにある。

凍牙はお世辞と無縁の性格だから、小野寺さんが勘違いする態度をとったとは考えづらい。



「大分近いね。にしても意外だなー、結衣ちゃんならこういうのもさらっと対応しちゃうんだと思ったのに」



それはまさしく過大評価だろう。



「あんなタイプの人、聞いたこともありませんし出会ったこともありませんよ」


「ふーん。よっぽどきみの近くにいた人は、きみとそういうのを出会わせたくなかったのかもねー」



……櫻庭先輩の言葉に思い当たる節はある。


中学の生徒会で各先生の許諾が必要な事案があると、春樹は真っ先にわたしを使っていた。

だけど一部の教師に対しては、絶対にわたしを関わらせようとしなかった。


得手不得手を考えての人選だと春樹には言われたが、今回の件と関係があったのか……?



「ちなみに、ああいうのは組織のトップにもまれにいるからねー。ちぃくんも気をつけなきゃだめだよー」


「はぁ」



糸口が見えてきそうなのに、いまいちこれといった確信がつかめない。

わたしはまだ、小野寺さんについて知らないことが多すぎる。



「具体策としては、あの女が俺たちにこれ以上付きまとわないようにする手立てはあるんですか?」


「水口君は直球だねー。ちょっとは結衣ちゃんみたいに解決の過程を楽しみなよー」



わたしは断じて楽しんでいない。

次があることを考えて、彼女の頭の中を知りたいだけだ。



「まぁこのまま分析しているだけだと状況は変わらないもんねー。そうだねー、一番てっとり早いのは、あの子の意にそぐわないことをじゃんじゃんやっちゃうってことかなー。感情をマイナス方向に揺さぶってやれば嫌でもなにかしらの変化は起こしてくるだろーし」


「……嫌なこと、ですか?」



千里先輩が聞き返す。


彼女の嫌がること……、わたしに会いに来るのが日課になっているのなら、こちらは静さんに頼み込んでカプリスに引きこもらせてもらおうか。


あとは夏休み中凍牙が遠方に行ってしまうとか。


思いつくのはどれもぱっとしないものばかりだ。


櫻庭先輩は考え込むわたしたち3人を見比べて、決定事項とばかりに爆弾発言をのたまった。



「とりあえず、水口君と結衣ちゃんで付き合っちゃおーか」



うん、それがいいとひとり納得しているチャラ男と、ここにはいない柳さんが一瞬被って見えたのは疲れているからだと思いたい。


ああ、櫻庭先輩、今ものすごく楽しそうだ。

すっごく生き生きしている。


そんなことを考えながらぽかんとするわたしの横で、凍牙は眉を寄せて口をつぐんでいたところ——。



「——はあ!?」



突然の大声に周囲にいる客の視線が一斉に集まる。


どうやら適切な反応を返せなかったわたしたちのぶんまで、千里先輩がテーブルを代表してリアクションしてくれた。





満席でにぎわうファミリーレストラン。

はしゃぐ子どもの声、食器の音、慌ただしく動くスタッフたち。


それらから隔離され、まるで別空間にいるかのようにわたしたちのテーブルは浮いていた。



「——つまりは小野寺さんの前で、わたしと凍牙が付き合っているという体裁を繕えばいいんですね」


「……うん、まあそういうことなんだけど。なんていうか、きみってものの5秒で冷静に戻っちゃうよね」



つまんない、と呟きつつ櫻庭先輩は千里先輩をどかせてドリンクバーに行ってしまった。



「……有効かと思うか?」


「どうだろう。あの人の凍牙への執着ぶりからして、少なからず何かは起こるだろうけど、それで事態が良いほうに向かっていくかは見当がつかない」



黙って考え込んでいると、櫻庭先輩が戻ってきた。


自分にはホットコーヒーを入れて、千里先輩の分はわたしたちと同じウーロン茶だ。

千里先輩が恐縮して飲み物を櫻庭先輩から受け取るのを眺めつつ、小野寺を思い浮かべ今後について考える。



「悪いほうに転んだとして、それをきっかけにして良いほうへ持っていくのもひとつの手か」



ひとり言だったが櫻庭先輩にはばっちり聞かれていて、企みをむき出しにした笑みを向けてきた。


彼女がどんな性格をしていても、法律や校則といった決まりを破った時点で第三者が介入できる。

凍牙を諦めきれずわたしに危害を加えようものなら、その証拠をそろえてしかるべき機関へ訴えればいい。

凍牙に対して過剰な行動を起こしたときも、また同じ。



「有効かどうかじゃなくて、有効になるように持っていけばいいんだ」



無論、相手の出方が想像の範疇を超えているぶん、気が抜けないところはあるけれど、試してみる価値は十分にある。


少なくとも、打つ手をなくして右往左往している現状よりもよっぽどいい。



「あの子、あと4カ月もしたらちぃくんの担当だから」



ぼそっと漏らした櫻庭先輩の一言に、千里先輩が顔を引きつらせていたがそこら辺は気にしない。


リスク承知の櫻庭先輩の助言である。

無駄にはしたくない。



「効果のほどは置いておくとして、お前は嫌じゃないのか。俺と付き合うとなると街にそれなりに広がるぞ」


「もう悪いほうである程度有名になってしまってるから、そこはあんまり気にしない」



むしろわたしが皇龍に取りろうとしているなんて頭の痛いうわさがこれで消滅するなら好都合だ。



「わたしにもそれなりの利点はある。凍牙はどうなのさ。わたしと付き合うってうわさが流れて不都合なことになったりしないの?」


「あの女に取り憑かれ続ける以上の不都合は今のところ俺にはねえよ」



となるとこのやり方で一回様子を見てみるか。



「……合理主義者ども」


「諦めなよ、ちぃくん。そして早く慣れちゃいなねー」



おののく千里先輩を櫻庭先輩がなだめる。

そんな顔をされると千里先輩がどんな展開を期待していたのかちょっと気になった。


思ったままに口にしたら「付き合うって言われてほっぺ赤くしてたじたじになったりとかー」と櫻庭先輩に代弁される。

ごめん。背に腹をかえられない現状では恥ずかしがってもいられないんだよ。


小さく息を吐いた凍牙が片手で頬杖をついてわたしと目を合わす。



「そもそもの原因は俺なんだ。週2程度ならファストフードか牛丼奢るからちょっと付き合え」


「……それ告白じゃなくて、手を貸してくれってお願いにしかなってないよねー」



つまらなさそうにぼやく櫻庭先輩は軽く流す。



「牛丼、チーズのトッピング付けていいかな?」


「まあそれぐらいならな」


「……甘さがまるでない」



千里先輩それ、目的を果たすためにあんまり必要じゃないから。



「せめてファミレスのパフェぐらいで交渉しようよ。きみたち雰囲気ぶち壊しすぎー」



イエローカードでーす。とスマートフォンの画面全体が黄色くなっているものを見せられた。

いつから用意してたんだ。






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