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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 上】
41/208

3.予測不可(上)






——凍牙くんはかっこいい。




年下ってところがネックになると思ったけど、彼自身がすごく大人びてるから、今では全然気にしていないわ。


わたしは高瀬さんみたいにバイトしなくてもお小遣いをたくさん貰えるの。だからいろんなことで凍牙くんを助けてあげられる。


この前はおそろいのお財布をプレゼントしようとしたんだけど、申し訳なさそうに断られちゃった。


きっと照れくさかったのよね。高瀬さんもそう思うでしょ?


凍牙くんたら最近アークに来てくれなくて、皇龍の人たちとうまくいってないのかなってちょっと心配。


夜の街には出てきてるみたいなんだけど、決まったお店にいないみたい。

あっ、もしかしたら皇龍の仕事を手伝ってるのかも。


そのはずよね。

わたしの見こんだ凍牙くんが、皇龍と手を切るなんて思えないし。


でも……、少し前から凍牙くん、どこのクラブにもいないのに家にも帰ってないことが増えちゃって。


あなたと一緒にいないってのは知ってるんだけど……高瀬さん、凍牙くんの行きそうなところとか、どこか心当たりはないかしら?







……………勘弁してください。








      *







夏休みになり、カプリスへは定休日の水曜を除いてほぼ毎日バイトに通っていた。

カフェの仕事もビルの清掃もない時間は、バックルームで宿題をさせてもらっている。


冷房の効いた部屋はありがたい。

宿題もさぼらずバイトにも励めて、わたしの夏休みはすこぶる順調だった。


……一点だけ目をつむれば。


今日もきょうとてバイトが終わり、カプリスを出て帰宅する。その途中——。



「あ、高瀬さん。仕事終わったんだ」



わたしは取り憑かれているのかと疑うほどに、彼女は毎日のように会いにきた。


水口凍牙と付き合っているのかはっきりしないが、まあもうすぐ交際は確実だろうと自称するその女性は、なぜかバイト終わりに出没する。

別の道で帰ろうとしても「今日はどこか寄っていくの?」と言って後ろから現れるのだから、わたしがカプリスを出たところを見張っているのだろう。


今のところ彼女は静さんのいる場所では話しかけてこない。そこだけはほっとしている。

彼女に捕まれば、延々と凍牙との仲良し自慢をされるのだが、これがまた面倒くさい。


以前わたしなんかに構わずに、他にすることはないのかと言ってみたことはある。

そしたらこの人、「ごめん、傷ついちゃった?」と困り顔で返してきた。意味がわからない。


それはもう、たしかにわたしの精神は疲労困憊でズタボロですけどね。


念のために催涙スプレーと防犯ブザーは常時身に付けているが、彼女に関しては今のところ出番がなさそうだ。痛い出費だったのに。


目的がはっきりしない彼女にどう対処すべきか、正直かなり困窮している。


凍牙と連絡を取ろうにも方法がない。


苦肉の策として、もしも凍牙がカプリスに来たらわたしが会いたがっていることを伝えてほしいと、凍牙の特徴も添えて静さんには言ってある。現状できることはそれぐらいだ。


わたしが無視していても気にせずにマシンガントークを続ける彼女の名前を、実はまだ知らない。

聞き出そうにもやり方を間違えたら協力者並びに友達認定されそうで、迂闊な質問もできないのだ。


一度彼女がわたしに向かって「聞いているの?」と言ったので、「それなりに」と返事をしたことがある。


言葉のとらえ方の違いとでも言うべきか。

返事を返したことで、なぜか今まで彼女が話していたこと全部にわたしが賛同したと思われた。これにはさすがに目眩がした。

軽はずみな相槌も打ってはいけないと学ばされた瞬間だ。





7月最後の日。

カプリスに出勤すると静さんからメモ用紙を渡された。


相談がある——からはじまり、日付と時間、場所が記された小さな紙切れだ。


書かれた字体には見覚えがある。

ボールペン字のお手本を少し崩したような、読みやすい字。凍牙が書いたものだとすぐにわかった。



「結衣ちゃんに渡してほしいって、虎晴くんが頼まれたんですって」


「ありがとうございます」



書かれた日付は明日。カプリスの定休日だ。

柳さんが凍牙に店の休みを教えたのだろう。


こんな回りくどい伝え方をせずに自分で直接店に来ればいいのに。

わたしも凍牙に聞きたいことが山ほどあるのだから、誘いを断る選択肢はなかった。







8月1日の午前11時。


繁華街にある24時間営業のファミリーレストランでわたしと凍牙は落ち合った。


わたしが店に入ったときには、すでに凍牙は禁煙席の一角に腰を落ち着けていた。

接客に来たスタッフに連れがいることを伝え、凍牙の向かいに座る。


注文はドリンクバーふたつ。

もっと頼まないのかと言いたげなスタッフの視線は、ふたりで完膚なきまでに無視した。



「先に謝っておく。悪い。巻き込んだ」



凍牙に謝罪されるのは、ひょっとすると初めてかもしれない。



「その謝罪、うちの高校2年の女子生徒の、身長大体160センチの痩せ型、栗色ぐらいのセミロングヘアにノリみたいなので二重まぶた作って毎日違う色のコンタクト付けてる女の人が関係ある?」


「……そこまでわかっていて名前は出てこないのか」


「知らないよ。出会ったことのないタイプで、どう切り返してくるか予想できないから怖くて聞けてない」



額に手を当てて、凍牙が目を閉じる。

珍しい。かなり弱っているみたいだ。



「洗面所行くふりして、後ろの窓から見えるカフェの中をさりげなく確認してみろ」



言われたとおりに立ち上がり、後方にある「お手洗い」の表示へと進む。


凍牙の示したカフェはすぐに見つかった。

この場所とは大きな道を挟んだ向かい側に建てられた、ドライブスルーもある有名なチェーン店だ。


車の波が途切れてあちらの店の全体が姿を現す。同時に凍牙が何を伝えようとしたのかを知った。


何せここ数日、毎日のように顔を合わせていたのだ。

向こうの店の照明が若干薄暗くても、見間違うわけがない。


カフェの道側に備えられた一席に、白いカップを片手にこちらを睨んでいる、例の彼女がいた。



……おいおい。



顔が引きつるのを全力でこらえ、手洗い場に入り心の中でゆっくりと10秒数えてから席に戻った。



「凍牙が彼女のこと大事に思ってたらものすごく申し訳ないんだけど、わたしは今リアルなホラーを体験している気分だよ」


「心外だ。あれに関して俺は好意的な感情は微塵も抱いていない。不気味で気持ち悪くて背筋が薄ら寒いのは俺も同じだ」



同意見だけど、わたしはそこまで言ってない。



「誰なの、あの人」


「知らねえ。5月ぐらいからたまに話しかけられてはいたが、最近になって頻度が増えてきやがった」


「名前は?」


「知るわけないだろう」



彼女の言い分とかなり食い違っている。昨日まで聞いていたあの惚気話はなんだったんだ。



「そもそもどういうきっかけで知り合ったのさ」



名前すら不明な人間と「知り合う」と言うのはおかしいかもしれないが、少なくとも彼女と凍牙が関わることとなった出来事は過去に起こっているはずだ。


それはそれは彼女の心を射止めるような強烈な出会いだったのだろうと予想して聞いたつもりだったが、凍牙は馴れ初めを語ろうとはせず明後日の方向を向いてしまった。



「……凍牙さん?」


「……覚えがない」



これは……、いよいよ彼女が生きているのか怪しくなってきた。



「あの人、前に嫌な人に絡まれてるところを凍牙に助けてもらったって言ってたけど」


「初めてあの女と会ったのはアークで、この前はありがとうと言われたのは記憶しているが、あいつの言う『この前』にあたる部分に心当たりが俺にはない」


「……人違いとか」


「それも指摘した。向こうは絶対に俺だの一点張りで、最近じゃそんなに謙虚にならなくてもいいなんざ抜かしてくるようになってきやがった」



……どうしよう。彼女の思考がますます読めない。



「2週間ほど前から、街に出るたびに会いに来るようになってな。ここ数日、あいつの話題に結衣のことが頻繁に出るようになって、まさかと思ったんだが……」


「付きまとわれてます」


「……本気で悪かった」



げっそりしている凍牙の姿はレアなのだが、わたしも当事者になりつつあるので笑ってはいられない。



「あいつが結衣の話を出したときに口を挟んでしまったんだ」


「……なんて?」


「あんたに俺の友好関係をとやかく言われる筋合いはないと」


「……で?」


「どこをどうとらえたのか安心したと言われて、それから毎日のようにバイト帰りのお前の様子を聞かされる。今日の高瀬さんの服装はまったく似合っていなかったとか、金がないのになぜ深夜や早朝のバイトをしないのかとか、正直意味がわからん」



それは面白くもなんともないだろうに。


後ろにある大窓を見てみるが、着席時の目線の高さはすりガラスになっているため向こうにいる彼女がどうしているか把握できなかった。



「あの人、本当に生きてるよね」


「どうしてそんな考えになる」


「死んでる人ならお祓いで一発かと」



ついでにわたしに憑いているという、柳さんを喜ばせる何かも祓えれば一石二鳥だ。



「楽なほうに逃げずに現実を見ろ。あれは生きている人間だ。幽霊は人間を買収したりしない」


「買収されたの?」


「俺じゃなくて、俺の周りがな。あまりにも居場所が筒抜けすぎておかしいと思ったんだ。それなりによく行くクラブで、俺が来ると妙によそよそしくなったスタッフを脅して白状させた。俺が来店したとき、あの女にそれを伝えれば報奨金がもらえるらしい。一回につき5千円だとよ」



金持ちだ。

だけどその金の使い方はどうかと思う。



「同じような依頼を受けているやつが他のクラブにも何人かいる。……どこの誰が教えたのか、俺の住んでいるマンションまで知ってやがる」



苦々しく顔をしかめた凍牙に、どうしたものかともう一度後ろを振り返る。


ドリンクバーを注文しておきながらテーブルの上にはメニューボードが置きっぱなしで、飲み物がひとつもない状態なことに遅れながらも気がついた。


席を立ってドリンクバーに飲み物を取りに行く。


2人分のウーロン茶を用意しながら向かいのカフェを横目でうかがうと、彼女はまだそこにいた。


戻って凍牙の前にコップを差し出す。



「あの人って他にすることとかないのかな」


「夏休みだからなあ」



ウーロン茶を飲みつつ凍牙は投げやりに呟いた。



「巻き込んでおいて悪いが、あれの対処法思いつかないか?」


「ごめん。わたしにとっても未知の領域だ」



だよな、とこぼしながら凍牙がスマートフォンの画面を見る。



「あの人にそれの番号知られたらどうなるんだろうね」


「何度かかかってきてうっとうしかったから着信拒否にした」



……もう知られたあとだったか。


こんなのわたしじゃ手に負えない。


そもそも恋愛とは何かというのをつい最近になって考え始めたわたしに、恋に突っ走る彼女を理解するのは難しすぎた。


こうなってしまっては仕方がない。



「厄介者は、その道で場数を踏んでいる人に助言を仰ぐのが一番なんじゃないかな」



とか言いつつも、わたし自身はあまり気乗りしない。

凍牙も理解しているのか、黙って考え込んでしまった。



蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。

厄介者の相手をできる人間が、親切心にあふれた無償で助けてくれる人などという都合のいい話はどこにもない。


わたしの頭に浮かんでいる候補者2名もこういうことに対応できそうではあるが、事態が収拾したその後を心配してしまう。


助言の見返りで変なことを押しつけられはしないか。

安易な気持ちで借りを作ってしまうのは、いささか危険な気もする。


だけど……。



「今の状況考えれば、後々面倒事のひとつやふたつ、引き受けるのもありな気がしないでもない」


「……まあな」



嫌そうにしながらも、凍牙はスマートフォンを操作した。

そして大きなため息をついて、ひとこと漏らす。



「……櫻庭さんに聞いてみるか」



苦笑してうなずくわたしの目の前で電話をかけ始める。



モノトーンという不安要素がある中でこちらから皇龍と関係を持つというリスクを天秤にかけても、柳さんに相談する道を選ばなかった凍牙になんとなくだが意地を感じた。


メモ用紙ひとつの伝言を頼むだけで、彼はいったいどんな見返りを求められたのだろうか。


ちょっと気になった。







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