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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【モノトーン編 上】
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1.嵐の前触れ(上)





6月の終わりごろに、ファストフードのアルバイトを解雇された。


それからテスト期間中も含めて必死に求職活動をしたところ、わたしの新しいバイト先は「カプリス」というカフェに決まった。

店は春成木市の商店街から外れた、オフィスビルが立ち並ぶ一角にあった。


カプリスのオーナー兼店長の美咲静さんは、華奢でおっとりした柔らかい空気の人だ。

いつもウェーブのかかった長い黒髪を後ろでひとつにまとめていて、店では常に白のカッターシャツに黒のパンツを着用している。


カプリスで働くきっかけとなったのは、中学2年の時の担任で、現在はとある喫茶店を経営している柳さんにある。

わたしと皇龍に関するあらぬうわさが街中に広まり、そのおかげでなかなか次のバイト先が決まらなくて頭を抱えていたわたしに、柳さんが彼女を紹介してくれたのだ。


わたしが仕事を探しているとどこからか聞きつけたこの男は、吉澤先生を使ってわたしを呼び出した。


柳さんは当初わたしに自分の店で働けと言ってきたのだが、これについては断固拒否の意思表示を貫き通した。この人の下で働くとなると、時給以上の仕事をさせられるのが目に見えている。


そんなわたしに柳さんは苦笑しながら一枚のショップカードを渡してくれた。「話は通しておくから行って来い」という言葉を添えて。


名刺サイズのカードには、「カプリス」という名前と住所に電話番号、そして店の場所を示す簡単な地図が印刷されていた。


言われるままに足を運んだわたしが店のドアを開けて静さんが出てきた時点で、即採用となったのにはさすがに驚いた。


……もっと驚いたのは、静さんの戸籍上の名前が「柳 静」だという事実を知ったときである。


なにを隠そう彼女の正体は、柳さんの奥さんだった。


カフェ・カプリスは5階建てのオフィスビルの1階部分にあった。

表の通りからは植え木でほとんど中が見えない構造は、柳さんの喫茶店と共通している。


店の内装は木の床に白い壁、カウンターに対面ソファーの置かれたテーブルが4つだけのシンプルな構造だ。利用者はオフィスビルで働く人がほとんどだという。


営業時間は午前8時から夕方の17時まで。ディナーはしていない。

わたしの仕事は学校に行く前の、朝7時からの開店準備の手伝いと、閉店後の掃除と次の日に向けた仕込みが主となった。


あとはたまに、カフェの業務とは別にオフィスビルの清掃要員にも駆り出されたりもする。


この土地とビルは静さん名義にはなっているが実際は柳さんの所有物らしい。そこら辺は柳さんに上手く使われてしまってる感が否めない。

好条件で雇ってもらっているので、それぐらいは許容範囲である。ファストフードでバイトをしていた時よりも労働時間が減っているのに、給料は格段に上がっているのだから文句は言えない。



カプリスは調理から接客まで静さんひとりでやっていたらしい。

柳さんが教職を辞して時間に余裕ができた今年の4月からは、昼時のどうしても人手がいるときだけ柳さんに手伝ってもらっているのだとか。


あの人のやってる喫茶店はその間どうするのかなんて、これは聞いちゃいけない。



「結衣ちゃんが来てくれてほんとに助かるわ。虎晴くんもたまにはいいことをしてくれるわね」



そう言って、静さんは目尻に皺をよせながら表情をほころばせた。

うまく表現できないが、彼女の言葉はどこまでも澄んでいる……とでも言えばいいのか。

出会ってからまだそう日もたっていないのに、人見知りの気があるわたしでも店に馴染めている。


静さんの紡ぐ綺麗だけど重い言葉からは、彼女が簡単な人生を歩んできてはいないとなんとなく察することができた。






      *






新しいバイト先が決まったことを友人のマヤに報告したら、自分のことのように喜んでくれた。


カプリスはマヤの家からも遠くないらしく、夏休みにはお客として来ると言っていた。





昼の休み時間に同じことを中学校から付き合いがある凍牙に伝える。



「……あの人結婚してたのか」



こいつはわたしのバイト事情なんかよりもそっちのほうに食いついてきた。気持ちはわかるけど。

反対の立場だったらわたしも絶対そうなったはずだ。



「柳さんも静さんも詳しい年は聞いてないけど、静さんのほうが年上らしいよ」


「ますます意外だ」


「同感」



とは言ったものの、柳さんにどんな女性が似合うのかと訊かれてもわたしには具体的な答えは出せない。

どこをとっても常識の斜め上を行ってしまうあの人は、誠に勝手ながら生涯独身だとばかり思っていた。


柳さんと静さんは、籍を入れただけで結婚式は挙げていないとのこと。

そこら辺も含めて彼らにはなにかしらの事情があるのだろうけど、これはわたしの立ち入っていい話ではない。



「夏休みはバイトに明け暮れるつもりか」


「うん。いろいろ覚えないといけないことはたくさんあるし、求職中の収入ゼロだった期間の収入を取り戻さないといけないから」


「店の名前はカプリスだったか」


「そうだけど」


「夏休み中はそこに行けばお前と連絡が取れるんだな」


「……何かあるの?」



含みのある言い方に弁当に付けた箸を止めて凍牙を見た。


真夏になっても第二体育館の非常階段は、日陰ができて風も通る心地良い場所だ。

踊り場で壁にもたれかかって立て膝をついている凍牙は、すでに昼ご飯を食べ終えていた。


少しの沈黙の後、彼は口を開く。



「厄介事が起こりそうだ」


「……どんな?」


「簡潔に言ってしまえば、皇龍が武藤を注意人物とみなした」



今度はわたしが沈黙する番になった。


どこの武藤さんかなんて聞かなくても、ここで話になるのはあいつしかいない。



——武藤春樹。



わたしの中学時代の仲間のひとりで、最も信頼を置いていた男だ。


さすがは俺様気質な存在感の塊というべきか。

これだけ距離のあるところにもあいつの名声は届いてしまうらしい。


まさかまたおかしなことをやらかしているのではと、自然と春樹を心配している自分がいて、気を紛らわすように首を振った。


あいつがどこで何をしようが、もうわたしには関係のないことだ。



「先に言っておく。俺と武藤が同じ中学だと皇龍は知っているが、結衣と武藤たちの関係は今のところ知られていない」



なるほど、厄介事は起こるだろうな。

中学時代に触れられたくないわたしは、高校に入学して以降、凍牙と出身中学が同じであることを誰にも話していない。



「今さらわたしと春樹たちが親しい仲だったと発覚すれば、意図的に隠していたと思われても仕方がない……か」



そして凍牙も、知っていながら皇龍に報告しなかった。


これまでの言動が総じて予期せぬ方向に物事が転びつつあるのはわかったけれど、納得できない箇所が多い。そもそもわたしが皇龍とここまで関わること自体が想定外だったのだ。


言ってはなんだがわたしは高校に進学してから、そこまで大きな問題を起こしてはいないはずだ。


自分からやらかしたことといえば、元クラスメイトにけんかをふっかけたのと、授業中に担任教師にこれまたけんかを売ったくらいだ。


それなのになぜ皇龍がチームに勧誘してくるまでに至ったのか、冷静に考えると過剰評価を受けてしまっている感じが否めない。

どこをどう狂ったらこんなことになってしまったのか。


わたしの心情を凍牙に伝えたら、「どのツラ下げてそれを抜かしてんだ」と呆れられた。

ちょっと不本意だ。


食べ終えた弁当をカバンに片付けて立ち上がる。



「いざとなったら、わたしがこの街に来た原因は柳さんにあるって、吉澤先生に証言してもらうとしよう」


「まあそれが得策なんだろうな」



子供の喧嘩に大人を使うのが反則なんて言わせない。

わたしと凍牙がこの高校に進学するよう画策したのは柳さんなのだから、これぐらいの責任は取ってもらおう。



大きな雲が太陽てくれたので、今のうちに教室に戻ることにした。



「わたしのこと、皇龍に伝えるかどうかは凍牙の自由だから。ただ、前にも言ったかもしれないけど、あいつらが皇龍を敵として攻めてくるならそれはわたしが止める。……皇龍が春樹と敵対するなら、わたしは皇龍の敵になるよ」



そうなれば友人の恋人が皇龍にいるとか、そんな事情は関係なくなる。

わたしの宣言に、凍牙はため息をこぼして「知ってる」とだけ呟いた。


え、そんなにわたしはわかりやすい?


自身の思考回路の単純さが悔しいやら、凍牙に理解されている安堵感やら。複雑な感情がせめぎ合い瞬きを数回繰り返す。


しばらく呆然と凍牙を見ていたが、校舎から聞こえてきた予鈴に我に返って第二体育館から背を向けた。



「——モノトーン、って言うらしいぞ」



後ろから聞こえた声に、心臓が大きく脈打って足が止まった。



「武藤たちが、調子に乗った馬鹿どもをいなしてそいつらの抑止力となるために、自ら掲げたチームの名前だ」



淡々と告げられたその意味を、改めて問い詰めるまでもない。


モノトーン。黒白。無彩色。

それは——……。



「……っ、馬鹿だろ!」



そう吐き捨てるのが精一杯だった。


凍牙を振り返る余裕もなく校舎へ走る。

途中雲から顔を出した太陽の突き刺すような日差しに襲われたが、気にならないほど動揺していた。


何をやっているんだあいつは。

街で馬鹿がどんなに増殖しようが、あんたたちは無視して放っておくべきだろう。

それに、チームだなんて。わたしなんかより遥かに大馬鹿だ。


わたしは高校入学を機に行き先も告げず、逃げるように日奈守から離れた。

携帯電話を持たないわたしに、あいつらが連絡を取ることなんて出来やしない。


そう思っていたのに、とんだメッセージの伝え方があったものだ。


媒体はチーム名。


有名になればなるほど、人から人へと伝わっていく。



——白黒がいい。



かつてみんなにそんなことを言ったのはわたしだ。

その意を汲んでの命名だと、これは判断してもいいところなのだろうか……。

わたし自身が望む方向に考えを持って行ってしまっているだけの気もする。


ひとつだけはっきりしているのは、西で起きていた混乱を鎮圧するという、史上最大級の貧乏くじをあいつらが引いてしまったということだ。


この部分だけは同情する。

同情はするが、春樹たちのとった行動は褒められたものではない。


そういえば皇龍がわたしを春樹たちの仲間とみなした場合、凍牙はどうするのか、さっき訊いておけばよかった。



混乱しすぎて思考が正常に働いていない。


午後の授業はまったく耳に入らなかった。







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