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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
37/208

after.思いが迷子(下)






あなたが欲しい言葉をあげる。





どうぞ喜んで受け取ってくださいな。







      *






森本さんがマヤに宣言した「努力」は、早くも翌日から披露されることとなった。


朝の挨拶にはじまり、授業合間の休憩時間になると彼女はたいした要件もなく突撃をかましてマヤにやんわりと距離を置かれる。

そんなことが続いてついには見かねた彼女の友人たちが森本さんを諌めるも、当の本人は聞く耳を持とうとしない。


猪突猛進というか、必死になりすぎて冷静さを完全に失ってしまっている。


4限の授業が終わり昼休みになってすぐ、森本さんはわたしの席にやってきた。



「高瀬さん」


「なに?」



呼ばれて返せば森本さんはこわばった肩の力を抜いて、あからさまにほっとした表情を見せた。


無視されるとでも思ったのか。わたしだって反応くらいするよ。


これはいけるとばかりに嬉しそうにして、机に両手をついた森本さんが姿勢を低くして上目遣いにこちらの顔色をうかがってくる。



「あのね、今日から一緒にご飯食べない?  津月さんも誘ったのだけど、彼女はやっぱり三國さんと食べるみたいだから。高瀬さんだけでもどうかなって……」



話に耳を傾けながら、周りに注意を向けてみる。


教室にいる生徒がこちらに向ける視線は、いらだちの混ざった冷ややかなものと、困惑気味なもののふたつにはっきり分かれていた。


これまで人目を気にせず高瀬結衣を嫌いだと公言していた森本さんが、どうして嫌いなわたしに話しかけているのか。

クラスの人たちはわたしたちのやり取りに興味津々だった。


そんななか、榎本君が疎ましそうに森本さんを睨んでいた。

心配してくれるのはわかるけど、今にも介入してきそうな彼を鋭く睨み返して横に振る。


榎本君はぽかんと口を開けて唖然としたのち、すぐに顔を引きつらせて頭を抱えてうなだれた。

ありがとう。察してくれて助かるよ。


邪魔される心配がなくなったので、改めて目の前に立つ森本さんを見上げる。


視界の端には、心配そうに様子を見守る森本さんのお友達の姿が見えた。早くあそこに引き取ってもらわないと、昼休みが終わってしまいかねない。



「森本さん、悪いんだけど」


「あ、ひょっとして高瀬さん、いつも水口君と食べてたりするのかな。だったら、よかったら今日は水口君も一緒にどう?」



必死だね。

ここでわたしが断ると、ますます自分が教室に居づらくなるのを彼女は知っている。


森本さんはわたしが誘いを受けるまでは引こうとしないだろう。というか、受諾の返事以外は聞かないと言わんばかりの話し方だ。

こちらに喋る隙を与えようとしない。


教室前方の席にいたマヤが困り顔で立ち上がろうとするのを、軽く手を振り大丈夫だと伝えてこちらに来るのを制する。


そして再び、森本さんに向き直った。



「ちょっと質問していい?」


「いいけど、ご飯食べながらじゃだめかなあ」


「うん。その話の前に質問させて。でないと森本さんの誘いを受けるかどうかも決められないから」



顔色を青くして森本さんが口を噤む。

急に教室が静かになって、廊下から聞こえる生徒の話し声が目立つようになった。


ちょっと待て。

どれだけの人数がこっちに注目してるんだ。


近くにいる人が聞き耳を立てているのは期待していた。話がこじれた際、いざというときの証人が必要だから教室を離れるつもりはない。

だけど、聞き入る人があまりに多い状況もやりづらい。目立つのは好きじゃないってのに。


しかしここまでくるれば引くに引けない。

腹を決めるしかないか。



「道を歩いていたら、いきなり車に跳ねられた。そんな場面を想像してみて」


「……え?」



わたしにどんな不都合なことをを告発されるのかと戦々恐々身構えていた森本さんは、まばたきひとつ。

あっけにとられながらも何を言い出すのかと不思議そうにわたしを凝視する。



「運転手が車を当ててきたのは故意だった。理由は『なんとなく、あなたの歩いている姿が気にくわなかったから』とでもしておこうか」


「……ねえ、ちょっと待って」



嫌だ。待たない。



「幸いにも一命はとりとめて、その事故のせいで入院しているときに、ぶつかってきた車の助手席に乗っていた人が見舞に来た。深々と謝罪をした後に、その人が森本さんに向かって『どうぞ、これからも仲良くよろしくお願いします』とか言ってきたら、森本さんならどう返す?」



森本さんの土気色になった顔をのぞき込んで、軽く首をかしげてみせる。

彼女からの返事はない。



「それに近いものが、今のわたしの心境だと思ってもらえれば助かるよ」



椅子に座ったままのわたしは、森本さんを常に見上げている状態だ。

うつむき気味の彼女の下顎が微かに震えだしたのを、はっきりと見ることができた。


今にも泣きだしそうな森本さんに、教室にいる生徒が複雑そうな視線を投げかける。


おそらくクラスの人たちは原田さんが何をやらかしたのかをうわさ程度で知っているのだろう。

原田さんが学校を去ってから、仲の良かった森本さんたちは腫物に触るような扱いをクラスでは受けていた。


この不安定な状況はきっかけひとつで簡単に変わる。

いいほうにも、悪いほうにも。


森本さんをクラスの腫物的存在から除け者に変えるのは簡単だ。

だけどクラスが森本さんを責める理由にわたしが使われるのは勘弁願いたい。



「わたしね……、高瀬さんと仲良くなれるなら、何でもするよ?」



しかし森本さんも必死だね。

自分が誰かの陰口を言うのは平気でも、誰かに陰口を言われるのは耐えられない、と。



「それはなんの奴隷宣言なのさ。わたしは森本さんに何もしてほしくないし、仲良くなろうと努力する必要もないよ」



とうとう堪えきれず、森本さんの瞳に涙があふれた。

ぽつりぽつりと机の上に水滴が落ちて、教室がにわかにざわめく。



「高瀬さん、ちょっときつすぎじゃない?」


「ねえ、何もそこまで責めなくても……」


「いや森本のほうがヤバいだろ。つーかあいつ、泣いたら許されるとでも思ってんのか」



外野は黙ってろ。



「あのさ、わたし前に言わなかったかな。森本さんのことは怒ってないって」


「でも、……でもぉ……っ」


「……それじゃあ自分の気が晴れない? 悪いことをしてしまった自覚があるから、償わずにはいられないの?」



涙でぐちゃぐちゃになりながらも、森本さんが何度もうなずく。


あほか。

こちとら立場的には被害者だってのに、なぜわたしが加害者のために心を砕く必要があるのか。

言ってやりたいところだが、これに関しては目的達成のために必要のない言葉だ。



「言ったはずだよ。わたしは森本さんを恨んでないし、怒ってすらいない。それなのに、そっちの満足のために過剰に気を使われたところで迷惑としか思えない」



言い聞かせるように一言一言はっきりと言葉を紡ぐ。

彼女の心に刺さるように段階を踏んで、こちらの望む精神状態へと誘導していく。


気持ちがどん底まで落ちた直後の甘い言葉は、さぞかし甘美な響きに聞こえるだろう。



「森本さんが罪悪感にさいなまれても、それは森本さんの問題だから。わたしがとやかく言う筋合いはない。お願いだから、わたしの気持ちをちゃんと尊重してほしい。わたしは森本さんが教室やわたしのいる場所で楽しく学校生活を謳歌していても、怒ったりはしないよ」



すぐ隣であんたが笑っていたとしても、不快にはならない。

気を使われて顔色をうかがってこられるほうがよっぽど不快だ。



「この先森本さんが幸せな人生を歩んだとしても、わたしはそれをひがんだりしない。きっと、マヤも」



ちらりとマヤに目を向ければ、つられて森本さんも振り返る。

離れたところで見守っていたマヤは、わたしたちに向かってゆっくりとうなずいてみせた。


嗚咽を漏らして森本さんが泣きじゃくる。



「……行こ、……もう……」



森本さんの元に目を赤くした女子が近寄ってきて、そっと裾を引っ張った。

彼女はよく森本さんと一緒にいる人だった気がする。


早く行けと手で追い払うしぐさをすれば、森本さんのお友達はわたしに小さく頭を下げて泣きじゃくる彼女を連れて行ってくれた。


だんだんと教室が騒がしくなる。

もう少ししたら何事もなかったかのようにいつもの昼休みの雰囲気に戻るだろうけど、そこまで待ってはいられない。


お腹がすいた。わたしも早く昼ご飯を食べに行こう。


前方のドアでマヤを待っている三國翔吾を発見した。

目が合ったけど、彼のほうから興味なさげにそらしてきたのでわたしもそれ以上意識を向けるのはやめた。


マヤのほうを見れば、泣きじゃくる森本さんとお友達と何かを話しているようだった。


様子をうかがうわたしに気づいたマヤが、苦笑しながら問題ないと首を縦に振って伝えてきた。

大丈夫ならそれでいいけど、早く話を済ませないと三國翔吾が乱入してくるよ。


わたしは一足先に昼ご飯を食べに行くとする。


廊下に出る前に、出入り口から軽く教室を見渡した。


かつて原田さんを中心に集まっていた女子たちは、涙ぐんで感動に浸っている。

ようやく解放されたマヤは、カバンを持ってこちらと反対側のドアに立つ三國翔吾の元へと駆け寄った。


三國翔吾の姿に緊張する男子と、色めき立つ女子が幾人か。


それぞれが昼休みの時間を過ごすなかで、時を止めたようにじっと動かない女子がひとりいた。

窓側の中央にある席に座る彼女の視線は、森本さんをとらえて離さない。


わたしが森本さんと話していた時から、ずっと——。


見ていることに彼女が気づく前に、教室に背を向け歩き出す。




どうやら今回の件。

森本さんの嬉しい結果に終わったことを快く思わない女子が、最低ひとりはいるようだ。


かつて森本さんたちのグループは、標的にした人間をグループのみんなで嫌悪し、糾弾することで友情を確認しあっていた。


彼女たちのターゲットになっていたのは、わたしとマヤだけとは限らない。


かねてから森本さんたちに恨みを抱く人にとっては面白くない結果となったのかもしれないが、これ以上わたしは関わらないよ。


彼女たちとの関係は、ただのクラスメイトというだけで十分だ。


憎もうが、攻めようが、不幸に陥れようが、それはあなたの勝手にすればいい。


わたしとマヤは、ここで降りるから。






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