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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
35/208

Another.怒りの矛先、行方は知れず(下)





原田が学校を去ったあと、それまでは平日、休日に関係なく集って遊んでいた友人たちとなんとなく距離ができた。

近ごろは学校で一緒にいる程度の関係に落ち着いた。


グループの親密すぎた空気は消滅し、自然と森本はひとりで休日を過ごすようになった。すると緊張状態から脱却したように肩の力が抜けて、リラックスできる時間が増えた。


自分の心にゆとりを作るためにも、親しい友人とのあいだにも適度な距離感が大切なのだと森本は改めて考えさせられた。





夏の日差しが肌をさす。

期末考査が終わって迎えた日曜日の夕方。森本がひとりで本屋に行った帰りのことである。


駅前にある大きな緑地公園の遊歩道を歩いていると、道の端のベンチに座る人影を見つけた。


なんとなく見覚えのある姿にもしかしてと思い近づけば、暗い影の輪郭は徐々にはっきりとした人物となって森本の目に映った。


ベンチに腰掛け、脱力しながら遠くを見つめる横顔は、間違いなくクラスメイトの結衣だった。


認識した途端、走馬燈のように過去の出来事が森本の頭をよぎる。

打ちのめされそうな罪悪感がこみ上げて、気がついたら衝動的に走り出していた。



「高瀬さん!」



駆け寄った森本の呼び声に、木陰のベンチに座る結衣が視線を向ける。

歓迎は期待していない。嫌な顔をされるのだって覚悟の上だ。



「少しだけ、いいかな?」



ほんの十数メートル走っただけなのに息が乱れた。懇願の色が濃くなった森本の声は緊張のあまり震えていた。



「なに?」



頭に血が回りすぎて泣きそうになっている森本に対し、結衣は表情ひとつ変えずに訊いてくる。



「ずっと、わたし……謝りたくて。どうしてわたし、高瀬さんたちにあんなにひどいこと言ったのか、いまでもわからないんだけど……。でも、わたしが人に言っちゃいけないことを言ってしまったのは事実だから……本当に、ごめんなさい!!」



勢いに任せて、伝えたかったことをまくしたてた。


きょとんと目を丸くした結衣がかすかに首をかしげる。



「謝罪ならテスト期間中に聞いたはずだけど」


「あれは、吉澤先生が作ってくれた場所だったし、わたし、もう一度自分から高瀬さんたちに謝らなきゃって、ずっと思ってて……」



先生が用意した舞台で、謝罪をしなければいけないという空気の中で言った「ごめんなさい」では、果たして彼女たちにどれだけの気持ちが伝えられたのだろうか。森本はずっと不安だった。

あの日以降の、すべての出来事をなかったように振る舞う友人たちの態度にも、違和感を覚えていた。


もっとちゃんとした反省を見せなければ、わたしたちは許されないのではないか。わたしたちは、結衣たちの怒りに責任を持たなければならない立場だから……。


森本の使命感を受け流すように、ふうんと、結衣はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

相変わらず、結衣は怒りや憎しみを森本にぶつけようとしない。


黒いまっすぐな瞳が森本を射抜く。ただ結衣と目が合ったというだけで、森本の心臓はうるさいぐらいに鼓動を強めた。



「それで、満足できた?」



視線を合わせたまま問いかけられる。



「え、……え?」



訊かれた意味をうまく頭に落とし込めずうろたえる森本を見て、呆れた結衣が再び口を開いた。



「謝ってそれで、森本さんはどうしたかったの?」


「どうって……、わたしは何も」



何かがしたかったわけじゃない。ただ、直接彼女に謝りたかっただけ。その先のことなんて考えていなかった。



「その、……ごめんなさい」


「うん」



結衣のうなずきは承諾というよりも、「それで?」と先を促すようなニュアンスがあった。


どうしよう。

勢いで来てしまったけど、謝ったあとのことなんて考えていなかった。


「もういいよ」という許しの言葉か、「ふざけるな」でもいいから、何かしらの反応が返ってこないと、自分がこれからどうすればいいのかわからない。


たじろぐ森本を前に、結衣は先ほどよりも大きなため息を吐き出す。



「これ、津月さんにもやったの?」


「えっ……、ううん。津月さんはまだ、ふたりきりになる機会がなかなかなくて」



そう、とそっけなく返した結衣は眉間にしわを寄せて、不快な表情で森本を冷たく見つめた。



「別にね、わたしは森本さんに怒っていないし、これまで森本さんたちの言動が心に刺さったことは一度もないよ。吉澤先生はこれはいじめだって断言したそうだけど、正直わたしにはいじめられたって自覚はない。一件、頭の痛い事故は起こったけど、それ以外のことで勝手に被害者扱いされるのは、わたしとしても気にくわないところがあるんだよね」



たしかに、面倒くさくはあったけど——と、当時を思い出してかだるそうに結衣は言葉を続けた。



「……本、当に?」



思いもよらない告白だった。森本はすがるような眼差しを結衣に向ける。


わたしは独り相撲をしていただけで、高瀬さんをいじめてはいなかった?


高瀬さんは、わたしたちにいじめられてはいなかった……?


森本の自責の念が薄まっていく。


しかし——。

軽くなりかけた森本の心を見透かしたように、ベンチに腰掛ける結衣は怪しく笑う。


口の端がわずかに上がっただけの薄っぺらい微笑に、森本の背筋がぞくりとざわついた。



「たとえわたしがそうだったとしても、津月さんの思いがわたしと一緒ということはあり得ないよ。彼女は彼氏さんと別れようとするまで追い込まれて、悩んだのだから」



静かで抑揚のない声音だった。しかし森本を責める意図ははっきりと、強烈なまでに本人に伝わった。



「気をつけたほうがいいかもね。謝罪したいからと謝って、森本さんはそれで気が済むのかもしれないけど、こっち側からしてみれば、もう終わった楽しくもない記憶をあなたの都合で一方的に蒸し返されただけに過ぎないから」



簡単に許してもらえないのは森本も覚悟していた。だけど予想以上に、結衣の言葉は残酷に心をえぐってくる。



「後々のために謝罪したという実績を作りたいとか、自責の念を払拭して心を軽くしたいがためのごめんなさいとか。返ってきた態度で相手が自分をどう思っているのか知りたい——とか。そんな目的ならわたしはともかく、津月さんに謝るのは慎重になるべきだと思うよ」


「違う。わたしは、そういうつもりじゃ」



否定して森本は壊れたように首を振る。


結衣は笑みを消して、つまらなそうに首をかしげた。



「じゃあもう一度質問するけど、わたしに謝って、森本さんはどうしたかったの? 謝罪したあとに、どんな未来を思い描いていたの?」


「……それは」



言葉に詰まったと同時に思い出す。

結衣はわたしたちに対して、まったく興味を示さないひとだった。


怒り、悲しみ、苛立ちも。

悪口を浴びせたところで結衣が何も思わないというのなら、森本が謝罪したところで、結衣が何かを感じるはずがない。


わたしはいったい何を期待して、高瀬さんに話しかけたのだろう?



「ひとの作ったシナリオ通りに動くの、好きじゃないから」



ベンチから腰を上げた結衣が森本の横を通り過ぎる。



「ごめんね、楽にしてあげられなくて」



感情のこもらない声。皮肉ともとれる一言を最後に、小さな後姿は遊歩道を歩いて行ってしまった。


呆然と立ち尽くす森本の影が、太陽の傾きに従いだんだんと長く伸びていく。

薄暗くなった遊歩道に、電灯の明かりがぽつぽつと灯る。


高瀬さんは、相変わらず人形みたいに感情がなくて、怖かった。

そんな彼女とまさかこんなに長く話ができるとは。森本は今になって自身の行動に驚いた。


——ごめんね、楽にしてあげられなくて。


最後のあの一言で、初めて結衣の内面に触れた気がした。


いや……違うか。


結衣はマヤのことが大切なんだと、ここにきてようやく森本は思い至った。


今日の長い会話も、森本のエゴでマヤを傷つけないために牽制をかけてきたにすぎないのだ。



「いいなあ……」



ふと口から本音が漏れた。

誰に対しても無関心な結衣は、マヤにだけはこんなにも優しくなれるのか。



高瀬さんと津月さんは、今でもお昼は別々に食べていて、学校で四六時中一緒にいるわけではない。


毎日のようにスマホでメッセージを送りあって、友情を確認し合うわたしたちよりもはるかに希薄に見える関係だけれど——。



——高瀬さんは本人の知らないところでも、こうして津月さんを気にかけている。



友達とはなんなのか、疑問を浮かべて毎日を送るわたしとは何もかもが違う。


結衣とマヤの関係性が、森本にはとても羨ましく思えてならなかった。






      ◇  ◇  ◇







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