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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
34/208

Another.怒りの矛先、行方は知れず(中)







はじめは友人たちで集まり、気に食わないクラスメイトの愚痴を言い合うだけだった。

そうして結衣に不満を抱くのは自分だけではなかったと、共感を得られて安心できた。


結衣のことを嫌っている存在が自分以外にもいるのだから、この感情は正しいものだと自信が持てた。


だから森本たちは態度で「わたしたちはあなたを不快に思っています」と結衣に教えてやったのだ。

たとえるならこれは、マナーの違反者に矯正を促しているようなものだ。結衣はクラスの暗黙の了解を無視してマヤと親しくしたのだから、こういう扱いを受けて当然だ。

早くあやまちに気づいて、行動を改めてくれないものか。


そう、わたしたちは間違っていない。


しかし結衣は人に嫌われることを何とも思っていないのか、徹底して森本たちの警告のシグナルを無視し続けた。


森本の結衣に向ける感情が、徐々に苛立ちから焦りに、そして恐怖に変化する。

そしてある日ふと目が覚めたように思い至ってしまった。


どうしてわたしはこんなにも高瀬さんに執着しているのだろう——と。


友人たちは変わらず、結衣の悪口を言い合っている。

楽しそうに。それが正しいことなのだと、信じて疑わずに。


一度芽生えた疑問は、森本の頭から消えずにいつまでも残った。

そのころから森本は結衣への嫌悪感よりも、人をけなして意気投合する友人たちへの戸惑いが高まっていった。


結衣は、普通の人とは何かが違う。このまま彼女に口撃してたら、わたしたちのほうがおかしな方向に歪んでしまう。そんな直感があった。だけどそれを言い出す勇気はない。

なによりも森本は原田たちに嫌われるのが怖かった。


罪悪感にさいなまれながら友人たちと話を合わせて結衣に悪口をぶつける毎日は、森本の心境が変化してからもしばらく続いた。



「ねえ、高瀬の靴箱に忠告書いた手紙を入れてやらない? あんなキモイのが水口君なんかと親しくしてるなんて、もはや公害以外のなんでもないよね?」



仲良しグループの中心的人物、原田が森本にそんなことを提案してきた。

気乗りはしなかったが無難に断るための言い訳は見つからず、原田に賛成した。


すぐに手紙を用意したのは原田で、人気のない時間を見計らい森本が昇降口にある結衣の靴箱に手紙を放り込んだ。


森本は一連の流れが儀式のように思えた。


お前も共犯なのだと、原田に突き付けられているような気がした。


逆らえば、わたしも高瀬さんや津月さんと同じ扱いを受けるんだって、マユはわたしにそう言いたいんだ……。


その出来事があってから、森本は友人たちの機嫌を損ねないために、これまで以上に気を遣うようになった。






      *







「ねえ、ちょっと購買でお茶買ってきてくれない?」



顔色をうかがってばかりで主体性がなくなると、森本はグループの仲間に小さな頼み事をされることが増えた。


結衣とマヤに対して原田が向ける憎悪は日を追うごとに強まっていく。

そうなると次第にグループ内でも原田の言動についていけず、ふとした時に及び腰になる友人がひとりふたりと現れだした。


その友達がさりげなく原田に「ちょっとやりすぎでは」と意見すれば、原田は過去に自分たちが結衣にぶつけた言葉を持ち出して「あんたも前にこう言ってたじゃない」と、友人たちの反発を封じた。


時期を同じくして森本は、原田が話しをするときに、必ずと言っていいほど相手に意見の同意を求めることが気になりだした。

「そう思うよね?」と原田に言われても、以前のように気軽に同調できなくなっていく。


森本たちの心が少しずつ原田から離れていく。

その間も、原田の結衣たちへの憎しみは膨らむ一方だった。



「高瀬と津月がさあ、男に襲われるようなことがあったらいい気味だと思わない?」



当初森本は原田の言ったことを冗談だと思った。


そんなこと起こるはずがないと高をくくり、原田のした話題について森本たちは適当に相槌を打って聞き流した。


しかし間もなく原田から森本のスマホに上機嫌なメッセージが送られてくる。

原田は本気だったのだと、その時になってようやく森本は思い知った。



やってやった


高瀬、津月、ざまあ



絵文字とイラストで装飾された得意げな一言に、森本は血の気が引いた。


次の日、マヤは学校に来なかった。

遅刻で授業に乱入した結衣の顔には痛々しいあざができていた。


原田の言ったことは本当だった。

あってはならないないことが、結衣たちの身に実際に起こってしまったのだ。







もう、限界だ。わたしひとりでは背負いきれない。


友達のはずの原田のことが、森本は怖くて仕方がなかった。



「どこ行くの?」



授業の合間の休憩時間。

教室を出ようとした森本に原田が声をかけてきて、肩がびくりと跳ねた。



「トイレだよ」



震えそうになる自分を叱咤して、森本は引きつった笑顔で応えた。



「ふうん。一緒に行こうか?」


「ううん。手を洗ってくるだけだから、大丈夫だよー」



悟られるわけにはいかない。

平静を装って、息をするように嘘を並べていく。



「そっか。早く帰っておいでよ。もう授業始まっちゃうから」


「うん」



原田の視線を背中に感じながら、森本は駆け足で階段横にあるトイレへと飛び込み、個室にこもった。


心臓がバクバクする。

わたしが今からやろうとしていることは、友達への裏切りだ。


じっと息をひそめる。次の授業のチャイムが鳴ったのと同時に、森本は意を決して鍵を開けて手洗い場を飛び出した。


鐘の音は続く。

振り返ると長い廊下の途中に自身の所属するクラス——、1年4組の教室が見えた。


1年4組のドアの前で、原田がじっと立ち尽くして森本をうかがっている。


息が詰まった。


森本と原田の距離は数十メートルほど。

急いで走れば授業が始まる前に、余裕で教室へと戻れるだろう。


原田は笑っていなかった。

試すかのように、無言で森本を見つめるだけ。


目の奥が熱くなって、次から次へと感情がこみ上げる。森本は歯を食いしばった。


どうしてこんなに苦しいのかわからない。誰かわたしの心の中を、わたし自身に教えてほしい。


チャイムが終わる。原田の視線を振り切って、森本は教室に背を向けた。

全速力で階段を下る。


もう後戻りはできない。


森本はすがりつくように、職員室にいた担任の吉澤に助けを求めた。






——その後。



「原田だけが悪者じゃねえ。お前らが津月たちにしてきたことは、ごまかしようのないいじめだ。自覚がないのなら、今ここで思い知れ」



森本たちグループを会議室に呼び出した吉澤は、そう断言した。


事態は森本の知らないところで、大きく動いていた。

一連の事件は学校でも問題として取りざたされ、結果、原田は学校を辞めた。


彼女は逃げたのだと、森本は思った。

わたしたちを置いて、学校に来るのが気まずくなったから、原田はひとりで楽な道へ行ったのだ。

吉澤に怒られながら、グループの全員がそう思ったに違いない。


森本は原田がいなくなったことに安堵しながらも、これからの学校生活への不安に押し潰されそうだった。


表立って森本たちが原田を非難しなかったのは、吉澤とマヤが自分たちに「原田だけを悪者にするのは間違いだ」と釘を刺してきたからだ。


事件のあと、森本は吉澤の設けた場で結衣とマヤに謝罪した。

そのときも、結衣は森本たちに最後まで無関心だった。



あれ以来、グループの中で原田のことを話題にするのはタブーとなった。


ぎこちなさを残しながらも、原田繭という友達など最初からいなかったかのように彼女たちはふるまう。


森本たちの中心であった原田が消えても、何の問題もなく日常は過ぎていく。

友情とはなんてあっけないものなのだろう。

むなしいさを残しながらも、森本は平穏な日常を取り戻した。


しかし森本の心の中に蓄積された言いようのないもやもやは、いつまでたっても消えることはなかった。







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