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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
33/208

Another.怒りの矛先、行方は知れず(上)





      ◇  ◇  ◇





森本千種(ちぐさ)にとって、クラスメイトの高瀬結衣の第一印象は、気が弱くておとなしい、地味な女子といった感じだった。


同じクラスになったとはいえ、自分と属性の違う結衣を特別気に留めることはない。

教室内で常に影の薄い彼女とは、話す機会がないまま1年を終えるのだろうと、当初の森本は思っていた。


しかし状況が変わるのは早かった。


高校に入学して間もなく、結衣がマヤと一緒にいるところをよく見るようになったからだ。

どうやら結衣は顔に似合わずしたたかな性格だったらしい。


あの有名な、学校中の女子の憧れである三國翔吾の恋人に、結衣は周囲を気にせず気軽に話しかける。

彼女は三國翔吾の恋人である津月マヤを取り巻く、教室のよそよそしい空気に気づいているのか、いないのか。


ただ鈍感で無知なだけかもしれないが、自分たちを差し置いて結衣がマヤと仲良くするのは、森本にとって面白くなかった。


森本の属するグループの中心的存在である原田は、結衣に対し「自分だけ津月さんにいい顔をしてポイント稼ごうとしているのってずるいよね」と入学当初からよく憤っていた。



いや、原田だけじゃないか。——そう森本は振り返る。


原田を中心にして集まる友達はみんな、マヤと行動を共にする結衣が気にくわなかった。


昼休み、いつもマヤは恋人である三國の元へ行ってしまうため、結衣はひとりで昼食をとることになる。

友達よりも恋人を優先するマヤを森本たちは表立って非難しながら、心の中ではマヤに三國を紹介すらしてもらえない結衣を「ざまあみろ」と嘲笑っていた。

同じグループの友人たちも同じ気持ちだった。


身の丈に合わない恋をしている津月マヤ。そして皆がマヤを腫物を扱うように接しているなかで、ひとり抜け駆けしてマヤの隣というポジションを陣取った、高瀬結衣。

いけすかないふたりが教室内で平然と過ごしているのを見るだけで心が波立ち、無性にイライラした。


森本にとって、精神的苦痛を抱えているのが自分ひとりではなかったことが、数少ない救いだった。


仲のいいグループの、特に原田の結衣たちに対する憎悪は相当なもので、口を開けばふたりの陰口ばかりだ。

自分の悩みを代弁してくれるものだから、森本は原田といると安心できた。


「嫉妬」そして「執着」という感情を彼女たちが自覚することはなく、森本たちは、結衣とマヤの存在を完全に否定する原田に同意し続けた。





そんなある日のこと。

森本が原田たちと廊下でしゃべっていると、教室から出てきた結衣が前を通り過ぎた。


ここぞとばかりに聞こえる声で悪口を話し声に乗せてぶつけるが、結衣は相変わらず森本たちに見向きもせず階段のほうへと離れていく。



「はっ、強がって平気なふりして馬鹿みたい。あいつ、どうせあたしたちのいないところでこっちの悪口を津月と言い合ってるんだよ。絶対そうだよね?」



原田の言葉に、みんながそうだそうだとうなずく。


根暗で愛想がなくて、能面みたいな顔をしたコミュ障の女——。


口々に結衣についての悪口を言いあう途中で、森本は入学式があった日に教室で自己紹介をした結衣の姿をふと思い出した。


あのとき、クラスメイトたちは皆吉澤先生を意識して、緊張しながらも興奮気味に自分をアピールしていた。そんななかでひとり吉澤先生に見向きもせず、淡々と自分の名前を告げた結衣は逆に目立ち、森本の記憶に残っていた。


自分の人を見る目のなさに森本は密かに打ちひしがれる。

どうしてわたしは、あのとき高瀬さんを気の弱いおとなしそうな子だと判断してしまったのだろう。

たしかに声は荒げない静かな子ではあるけれど、彼女は人並み以上に気が強くて、とてもしたたかだ。


森本たちの敵意にだって暖簾に腕押し、糠に釘。

結衣はまったく気にするそぶりを見せない。


ひょっとして、彼女はいらだつわたしたちを観察して楽しんでいるのではないか?


だとしたらものすごく腹が立つ。いったい何様のつもりだ。

想像を膨らませて憤ってはみたものの、すぐにそれはないかと森本は考えを改めた。


なんとなくの思いつきでグループから半歩引いて、客観的な視点から結衣と自分たちを見てみる。すると森本にとって今までと少し違った景色があった。


——そういえば、入学したころから現在にかけて、結衣がわたしたちに関心を示したことはあっただろうか……?


これみよがしな陰口に気づいていないわけでもあるまい。それについて結衣はマヤをはじめとしたクラスメイトの誰にも相談するそぶりも見せない。


自分たちの怒りや嫌悪感を、結衣は完膚なきまでにスルーしている。


——こっちがこんなにも、腹を立ててあからさまな怒りをぶつけているのに……?


ひとつの事実にたどり着いた森本は、結衣の不気味さを実感して急激な寒気に見舞われた。



「どうしたの?」


「……ううん。なんでもないよ」



グループの中でも特に仲の良い友人が首をかしげて聞いてきた。どうにかごまかし、心を落ち着かせるよう努めた。


目の前で繰り広げられている仲間たちの結衣の陰口は、しっかりと聞こえていた。しかし頭の中にまで入ってこない。


森本は気づいてしまった。

結衣は高校に入学したころから、自分たちへの接し方や態度が変わっていないという事実。


怒りや嘲笑、ときには哀れみも。森本や原田はこれまでにたくさんの感情を結衣にぶつけてきた。

そのうえで、結衣から森本たちへなんらかの反応が返ってきたことは、これまでにあっただろうか——?


話しかければ、結衣は言葉を返してくる。だけどそれは端的なもので、好きや嫌い、喜怒哀楽といった感情を乗せた受け答えには程遠い。


森本の足元が揺らいだ。


いらだちの対象でしかなかった高瀬結衣という存在が、人とは違う、異様な怪物のように思えてしまった。



「どーしたの? さっきからぼおっとしてるよ」



友達が心配そうに聞いてくる。

森本はとっさに動揺を隠し、笑みを顔に張りつけて首を横に振る。


不思議そうに、みんなが森本に注目する。グループのみんなと自分の歩調がずれてしまったことに、強い焦りがこみ上げた。



「なんでもないって。……それにしても、高瀬さんって不気味だよね。これだけ嫌われてるってのに、本人は態度とか全然改めようとしないし。なんか、ロボットでも相手してる気分になっちゃうよ」



森本が必死に空気を読んで明るく言い放った言葉の裏には、誰かがわたしの気づいた結衣の異常性を察してくれないかという嘆願が込められていた。


グループの友人たちはそんな森本の心境を知るよしもなく、一瞬きょとんとしたあと、はじけるように笑いだす。



「たしかに! いつもまったく表情変わらないし。ひょっとしたら能面張りつけて歩いてるのかもね」


「ロボットって、うける! ほんと、今時AIだって愛想を覚える時代なのにねー」


「人の皮張り付けて動いているけど、あれの中身無機物説が出てきたよコレ」



盛り上がる話題から、森本はひとりだけ取り残された。


——違うよ。わたしが言いたいのは、そういうことじゃない。


高瀬さんが無機質なロボットだというのなら、そんなものに怒って不満をぶつけているわたしたちは、いったいなんなのだろう。


こんなの、動かないマネキンを囲んで悪口を言い合い、楽しんでいるのと同じではないか。不意に滑稽なイメージが森本の頭に浮かんだ。

それが今、廊下で話している自分たちにぴたりと重なり、結衣をけなして笑うこの様子がひどく無意味なものに思えてきた。





階段から現れた結衣が先ほどと同様に森本たちの前を通って教室へと入る。

待ってましたと言わんばかりに、結衣に聞こえる声で友人たちは悪口や嫌味を口々に言い放った。

それを聞いても結衣は変わらない。わたしたちに憤ることもなければ、嫌そうな表情さえ見せないのだ。

そもそも結衣は、初めから森本たちに一切の興味を持っていない。



それ以降、森本の結衣に向ける感情がいらだちと嫌悪感から、畏怖と恐怖へ変化した。


すると不思議なことに、結衣がマヤと仲良くする姿に森本はとりわけ不満を感じなくなった。

心境の変化がどう心に作用してそうなったのかは、森本自身もわからない。


しかし大きな心変わりがあろうとも、森本は今日も原田たちと一緒に結衣とマヤの陰口を言い合っていた。


友人たちの気持ちを否定して、原田の怒りを買うのが怖かった。

原田に意見して、機嫌を損ねて仲間外れにされたらどうしよう。


高瀬さんのように、わたしも陰口を言われたらどうしよう。



そこから森本はグループの友人たちの顔色をうかがい、思ってもみないことを口にするようになる。


あんなに楽しかった原田たちと一緒にいる時間が、苦痛を感じる気まずい時間に変わってしまった。






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