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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
32/208

16.誰のため(下)






      ◇  ◇  ◇






午後10時を回ったところで、凍牙と結衣は柳の喫茶店を後にした。


かつての担任の調子のいい性格は相変わらずで、凍牙は柳をやり込めることを再会した瞬間に諦めた。

勝てない相手に無駄な労力は使いたくない。


同時に凍牙は、自身が皇龍と関わる際に一番連絡を取り合っている櫻庭がこの男の域に達してなくてよかったと、改めて安堵した。


結衣と共に乗り込んだ喫茶店で、店主の柳は頼まずとも率先してふたりに夕飯を作った。


カウンター越しの厨房で作業する柳を前にして、この男の嫌がることはなんなのかと、凍牙と結衣は真剣に話し合うも、結局最後までいい案は浮かばなかった。


そのまま3人でたわいない会話をしながら時間は過ぎる。


柳は凍牙たちの中学時代の思い出話を持ち出しても、結衣の友人たちの話題には触れなかった。

ただ店を出るときに結衣にひとこと、仲直りできるといいなとこぼしただけだ。


気まずそうに目をそらした結衣は、何も言わずに小さくうなずいた。


繁華街を抜けたところで凍牙は結衣と別れた。


結衣の後ろ姿を見送って自身も帰宅の途に着こうとしたとき、スマホの振動に気づく。画面を見て確認すると、メッセージを受信していた。


差出人は櫻庭だ。

歩道の端に寄って、内容を確認する。



『西の混乱は水口君の予想通り、日奈守の武藤春樹が制圧した。それと同時に、武藤を中心としたチームが結成される。


チーム名は、モノトーン。


武藤とその周辺の情報を知りたいから、溜まり場に来れる日を教えてちょーだい』



メッセージの内容について、凍牙に驚きはない。

いずれはこうなるだろうと予想していた。


スマホをポケットに入れて、歩きながら凍牙はひとり逡巡する。


皇龍にはどこまで伝えるべきか。

若干の迷いは、過去の出来事に起因していた。






      *







凍牙が中学2年だったその年の11月。

美術の授業でのことだ。


よく晴れた日の美術室。

季節は冬に移ろうとしているなか、気温は10月の中旬並みという暖かい日だった。


その日の授業内容はデッサンで、クラスの班ごとに机を突き合わせた机の中心に置かれたワイン瓶を、鉛筆のみで模写するというものだった。


色みのない作品が課題となっていたからだろう。



「——結衣は真っ黒ね。グレースケールのグラデーションの、一番下。白みの一切ない漆黒よ」


「ふーん。じゃあ綾音はわたしの正反対、かな。灰色の気配さえない真っ白だよ」



教室後ろ側の真ん中の班、結衣と鈴宮綾音が授業をそっちのけにしておしゃべりに興じていた。


生徒のほとんどが集中して私語がなかったため、ふたりの声は大きくなくても斜め前の班にいた凍牙のところまで届いた。


結衣たちの話題は、黒板に張られている帯状になって示された白黒のグラデーションのどこに、自分たちは当てはまるか。という思いつきからきたものだった。



「ゲームとかでは、黒とか闇ってあまりいいイメージがないけど、結衣はそういうのじゃないわね。よどみやむらのない、完全な黒。ほかの人には絶対に染められない、そんな意味の黒よ」


「綾音の白はイメージ通りの純粋さだね。といっても、何も知らない子供のような紙一重で怖い方にも取れる無垢って感じじゃない。全部を知った上で包み込んでくれる、みたいな包容力の大きさとか。グレーも黒も受け入れてくれる。だけど綾音自身は何者にも染まらない——」


「もういいっ。結衣、それ以上はやめて!」



褒め殺しに耐えきれなくなった綾音は顔を真っ赤にして結衣を遮った。



「ごめんごめん。でも本音だから」


「——っ、も——!」



とどめを刺された綾音がスケッチブックに顔を隠す。

いたずらが成功した結衣は、嬉しそうに笑っていた。



「菜月はどこになる?」



気を取り直す手助けか、結衣が仲間の名前を出した。



——咲田菜月。



綾音と同じく結衣の数少ない女友達の一人で、結衣の仲間の中では唯一の常識人だ。


おずおずとスケッチブックから頭を出した綾音が、憮然とした菜月の顔をうかがう。

おかしな話に巻き込むなと、菜月の目が語っていた。



「ちょうど真ん中より少し黒に寄ったところ、かしら。常識ってそれぐらいの気がするから。それで、ナル君が真ん中より少し白みより、ね」



菜月の反対に位置づけられた男。



——市宇 成見(いちう なるみ)



この男、笑って毒を吐ける愉快犯は、陰で悪魔と呼ばれている。

菜月を誰よりも愛する成見は、どこに根回ししたのか、いつも菜月の近くにいる。この日の授業もふたりは向かい合わせで座っていた。



「菜月は普通にいい人だけど、ナル君はいい人そうに見えるだけの人ってとこから、白いほうに近くしてみたわ。あくまで、見た目ね」


「光栄だね」



にっこり笑う成見は自分の評価を確実に聞き流している。

光栄なのは、菜月の反対側という関連性を綾音が示したからだろうと、側で聞いていた凍牙はすぐに察した。



「洋人は?」


「んー、限りなく黒に近いグレーかしら」


「推理小説に出てきそうな言葉だな」



綾音の解釈に武藤春樹が突っ込む。

コメントに乗っかるかたちで結衣が付け足した。



「作中で一番怪しいけど結局犯人じゃなかった。みたいな人だね」


「……もっといいたとえはねえのかよ」



口を挟んできたのは話題に上った本人——岩井 洋人。

喧嘩っ早い性格と腕っ節の強さには定評があり、猪突猛進で容赦のないところから、仲間たちのあいだでは脳筋鬼というあだ名が付いていた。



「リアルでも容疑者になっていそうなところが笑えないね」



成見が笑顔で便乗する。



「周囲の弁護が完璧だから、めったなことじゃしょっ引かれないわよ」



フォローとも言えないフォローを入れたのは菜月だった。



「てめえら」


「有希は?」


「んーと……そうねえ」



洋人は怒りすらもスルーされ、結衣と綾音は次の話題へ。

このクラスにとって、これもいつもの流れだった。


有希という男は、凍牙の隣の席にいた。

結衣たちの会話に加わろうとせず、真面目に鉛筆を動かし授業に取り組んでいる。


——蔵元 有希(くらもと ゆき)

結衣たち問題児集団に属しながらも教師たちからは優等生と評価される、グループ唯一の良心だ。



「有希君は、ここって決められる場所がないわね。極端な話、白と黒以外ならどこでもいけるわ」


「状況によってグレーの度合いが変わるってこと?」


「そういうこと」



主にあの個性的すぎる集団と教師の繋ぎ役をしている有希には順当なところかと、凍牙も心の中で納得する。

結衣たちの話が聞こえているはずの有希は、何の感想も返さずひたすらスケッチブックに向かっていた。


話題の最後に残された春樹を、結衣と綾音がじっと観察する。


先にさじを投げたのは結衣だった。



「難しい。綾音に任せる」


「春樹は、有希君の真逆ね。白と黒。両極端を両方持っている。でもそれは、水と油みたいなもので決して混ざり合ったりはしないの」



ふぅん、と結衣が軽くうなずいた。



「たとえるなら、どういうものかしら」



そう言った菜月に、他意はなかったはずだ。

ありふれた疑問の答えを、凍牙を含む話に聞き入っていたクラスメイトたちはそれぞれに考え出した。


皆が武藤春樹のイメージを思い描く。

完全に分離された黒と白。

今年の10月で生徒会長になった春樹はまさに学校のリーダーだ。


それにふさわしものは何か。


チェスの盤面と駒。

スペードのエース……。


ありきたりなシンボルをクラス中が思い浮かべるなか、テンプレートに当てはまらない者たちが口を開く。


結衣と、脳筋鬼洋人だ。



「……ダルメシアン?」


「乳牛だろ」



——ぐっ。


授業中の美術室にて、吹き出しそうになるのをとっさに抑える者たちが続出した。笑いの渦に飲み込まれないように、皆が必死になって唇に力を入れる。



「——あはははははははははっ!」



そんな最中に、悪魔成見がひとりで高らかに笑った。

成見につられてクラスメイトたちから爆笑が起こり、美術の授業どころではなくなった。



「……てめえら」



春樹の怒気を含んだ低い声に、結衣と洋人は悪びれない。



「注意しなくていいのか?」



凍牙の隣の席で我関せずを貫き通す有希は、結衣たちに見向きもしない。



「先生も笑ってらっしゃるんだ。俺の出る幕じゃない」



有希に言われて凍牙が前方を見ると、美術教師は無言で肩を震わせていた。

顔はスケッチブックに隠されているが、あれは明らかに笑っている。



「にしても、グレーの中全部とか、白と黒両方ってのはピンポイントじゃないわね」


「あくまでイメージだから、ルール無用でも問題なしよ」


「それもそうね」



連想ゲームのようにただ遊んでいるだけなので、菜月はあっさりと綾音の言葉に納得する。



「色彩入れたらピンポイントでいけるんじゃない?」



結衣の提案に、再び綾音が考え出す。



「そうね。そうなってくると……。春樹は鮮やかな黄色。有希君は若草色。菜月はオレンジで、ナルくんは藍色。ひろ君は、朱色……かしら」


「綾音は薄い桃色で——」


「それ以上は言わせないわよ。結衣は……やっぱり」


「黒だろ」



春樹が綾音に続く。



「まあ妥当かな」



成見ものっかるが、当の本人は不本意そうだった。



「もうちょっとひねろうよ」


「お前はどこをひねって絞ろうが、頭から腹の中まで真っ黒だろうが」



ばっさりと洋人にそう斬られ、結衣が口をへの字に曲げる。



「色がつくと早かったね」


「選択肢がそれだけ増えるもの。こっちのほうがイメージしやすいわ」



ひと通りの答えを出した綾音は、スケッチブックへと鉛筆を走らせる.ようやく授業に集中する気になったらしい。

クラス全体を巻き込んだ笑いの波も徐々に引いていき、とりあえず授業は再開した。


それからすぐ、ひとり鉛筆を持つ手を止めて考え込んだ結衣がおもむろに口を開いた。



「……でもなあ。やっぱり白黒のほうがいいかも。わたしだけどっちも黒なのに、なんだか色みが入るとみんなが遠くなる」



しんと、美術室が静まり返った。

驚きの空気が満ちる中、クラス中が信じられないと言わんばかりに、結衣に注目する。

凍牙の隣にいる有希ですら、その時ばかりは手を止めて結衣を凝視していた。



「……なにさ?」



元凶である結衣はむっとしてクラスを見渡した。聞き流されると思っていた何気ない呟きに予想以上の反応があったことに戸惑い、隣の綾音に助けを求めて顔を向けた。


刹那、フリーズしていた綾音が結衣に勢いよく抱きついた。



「なんでもない! でも今の結衣はすごくかわいい!!」



バランスを崩して椅子から落ちそうになる結衣にも、綾音はお構いなしだ。



「ツンデレ娘が久しぶりに甘えたわ」


「たしかに。最近じゃレアになったね」



目を丸くする菜月に、成見も同意する。


いつの間にか作業に戻っていた有希だが、うっすらと静かに笑みを浮かべるその表情が、まんざらでもないと語っていた。



「春樹、お前はどっち派だ?」



驚いた表情のまま、洋人が春樹に話を振った。

授業どころでなくなった教室で、春樹はため息交じりで言い放つ。



「どうでもいい」



ぶっきらぼうに返しながらも、結衣と綾音を見つめる目は優しいものだった。







凍牙にとって、それは懐かしい思い出だ。


あのころ。

先に起こる決裂を、結衣たちは誰ひとり予測していなかったはずだ。


ふざけあい、笑いあい、支えあう——。


寄り添う仲間が隣にいるのが結衣にとって当然だったころ。

結衣の幸せは、確実にそこにあったのだ。



櫻庭から送られてきたメッセージを再び開き、凍牙はひとりやるせない思いにさいなまれた。




————モノトーン。





それがお前たちのこたえ、なんだろ——?








      ◇  ◇  ◇






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