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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
31/208

15.誰のため(上)






テスト期間の1週間、マヤとはひとことも喋らなかった。わたしが避け続けた結果だ。


本鈴のぎりぎりに登校して、テストが終われば即行で下校する。

自身の黒い部分を見られてしまったマヤに、どんな態度で接すればいいのかわからず、面と向かって話すことができない。


そしているうちにテスト期間が終了し、翌週の月曜日を迎える。

朝のショートホームルームのあとすぐに、マヤがわたしのところへ来た。



「今日のお昼、一緒に食べない?」


「恋人さんは?」


「翔吾には伝えてあるわ。行っておいでって言われたから大丈夫よ。話を、聞いてほしいの」


「……うん」



了承したわたしに、マヤはほっとしてうなずいた。


それからの授業は、柄にもなく緊張した。

昼が来ないでほしいと願う日ほど、時間がたつのは早い。

あっという間に4限目が終わり、昼休みが始まった。

わたしとマヤは教室を出て、5月のはじめにふたりで昼を食べたのと同じ場所に腰を下ろした。


7月になって気温がさらに上昇したようだ。

日陰にいても風がなかったら暑苦しく感じる。



「気分を害したらごめんなさい」



そう言って、マヤは話し出した。



「今の結衣は、昔の翔吾に似ているの」



それは、非常に複雑だ。

わたしの心情を察し、マヤが苦笑する。



「中学校に入るまで、翔吾は感情で動く人だったわ。怒りに任せて相手に怪我を負わせたことも、一度や二度じゃない。それで、毎回我に返ったあとは、自分の部屋に閉じこもってしまうの。自己嫌悪と、そんな自分をみんなが嫌いになるのが怖いのですって」



そこは「みんなが」ではなく「マヤが」というのが正解かと。



「もうそこからは持久戦よ。翔吾の部屋の前で、ひたすらに出て来てくれるのを待ち続けるの。今じゃもうなくなったけど、小さかったころは何回も繰り返したことよ。……翔吾の場合は受け身で待ってたけれど、結衣は、わたしから行かないともう以前のように戻れない気がしたの」



マヤのゆるぎない瞳に、わたしが映る。情けない顔をした自分を見てしまった。



「あのとき、わたしは何もできずにただ震えていただけだったわ。何もできない、ただのお荷物にしかなれなかった。役立たずで、結衣の足を引っ張っていただけ」



……違うよ。それは違う。

マヤの反応が普通なんだよ。


怖い目にあって震えるのは当たり前だ。

わたしが普通じゃないだけだから。わたしの異常にマヤが合わせる必要はない。



「結衣がわたしを役立たずと言って嫌いにならない限り、わたしは結衣と離れたくないわ。これからも友達でいたい」



——友達、か。



「あの男の目にシャーペンを突き立てて笑っていたわたしが、本当のわたしかもしれないよ?」


「そうしてでもあの場を打開しようと必死になっていたのが、本当の結衣なのでしょう?」



ああ言えばこう言うの典型だな。



「大丈夫よ。わたしだって、伊達に返り血男の幼馴染を何年もしていないわ」



それは三國翔吾のことか。



「だからね。結衣が皇龍に入るかもしれないって聞いたとき、すごく嬉しかったわ。一緒にいられる時間が増えるんだもの」



マヤは嘘を言っていない。純粋でまっすぐな、本当の気持ちを伝えてくれている。



「……わたしも、これからもマヤと一緒にいたい」



自然に漏れた言葉は、わたしの本心だ。

それを聞いたマヤは、さらに顔をほころばせた。




その日の授業が全て終了して、クラスメイトが散り散りに動く。


マヤは以前と同じようにわたしとあいさつを交わし、帰っていった。


わたしは1年1組のホームルームが終わるのを廊下で待つ。

5分ほどして、1組と2組が時間を置かず解散となり、廊下を階段へと進む生徒の波が押し寄せてきた。


自分の教室に避難して人混みをやり過ごし、下校のピークをずらし遅れてやって来た目的の人物——凍牙に声をかけた。



「お願いがあるの」


「なんだ」


「ものすごく腹立たしくて、頭が痛くなるぐらいにいらいらして、うなだれたくなるような情報を教えるから、日暮先輩と繋いで欲しい」


「その情報は俺と関わりがあるのか?」



ものすごく。むしろあなたも当事者です。

いぶかしがりながらも凍牙は櫻庭先輩を通して、日暮先輩へわたしの伝言を渡してくれた。


味方が増えて大変喜ばしい。

次にあの店名不明の喫茶店にのりこむときは、凍牙も一緒だ。






      *







午後7時。

夏至を迎えて間もないこの時期のこの時間はまだ明るい。

繁華街から離れた場所にある公園ないでも、遊具や木々の位置はしっかりと確認できた。

初めて来たが、人工の川が流れて池もあるかなりの規模の公園だった。


中央にある大きな噴水の前に、目的の人はすでにいた。


皇龍総長、日暮俊也。


さらには野田先輩や大原先輩、櫻庭先輩に——三國翔吾まで同行していた。



「遅くなりました。お呼び立てして、すみません」



皇龍の人たちに軽く礼をする。

わたしの後ろには、ここまで案内してくれた凍牙が控えていた。



「先週のお誘いの返答をしに来ました」



日暮先輩の空気に流されてはいけない。常に自分を保つよう心掛け、口を開く。



「わたしは、皇龍には入りません」



目の前にいる日暮先輩の顔が少しだけ険しくなった。



「どうして?」



疑問を口にしたのは、野田先輩だった。

はっきりと、迷いのない口調を心がけてさらに言葉を続けた。



「まず理由が不純すぎます。自分を制御できないから皇龍に入るなんて、そんな志もなければ目的もないことはしたくありません。それならわたし個人で自分を止める方法を探します」



利害関係がなければ共闘できない所属の仕方なんてしたくない。組織への思い入れの違いで、いずれ私が彼らの団結を破壊しかねないから。


そして、理由はそれだけじゃない。



「マヤが、来て欲しいと言っている」


「だからです。わたしはマヤの居場所を奪いたくありません」



三國省吾の呟きに、反射的に答えてしまった。



「奪うって、何もそこまで」



大原先輩が何を言っているのだと言いたげな顔をした。

大げさすぎると、呆れた表情が語っている。



「仮にわたしが皇龍に入ったら、あなたたちのお役にたてる自信はありますよ。物事を有利に運びたいときに、この口は便利ですから。でも、それじゃあだめなんです」


「……どういうことだ?」


「大原先輩、わたしは男じゃないんです。女子は同性に嫉妬します。そして、周囲の口と目にはことさら敏感です。友達であっても、友達だから、つい自分の価値と比べてしまう。幹部の恋人としてそこにいる自分と、皇龍として活動するわたしを、マヤが比較してしまうのはわかりきってます」


「マヤは——」


「そんな子じゃないなんて言わせません」



三國翔吾の言葉をさえぎり、言葉尻をとらえて畳みかける。



「周囲に流されてあなたと別れ話で揉めたのだって、ついこの間でしょう。マヤだって女の子です。周りの声で一喜一憂します。彼女に彼女の生活がある限り、あなたひとりの言葉を信じて生きるなんてことは不可能なんです」



次第に顔が渋くなる三國翔吾だが、ここで引くわけにはいかない。



「あなたは真っ先に、わたしが皇龍に入ることに反対すべきでした。マヤが大切で、あの子の居場所を守りたいなら、なおさらに」


「でも、それだけのことで……」



それだけというのは、何を指して言ってるんだろうね、野田先輩。


わたしが皇龍の役に立つ。

そのことを「それだけ」のひとことで片付けてしまうなら大きな間違いだ。



「わたしはかつて、たったそれだけのことで、何年も一緒にいた大切な人たちの絆を壊しかけました」



わたしだって何も想像だけで言っているわけじゃない。



「野田先輩が言ったのと同じで、あの時のわたしはその程度のことだと軽くとらえてしまっていました。それがいけなかったんです」



周囲の評価もわたしや仲間が気にしなくても、大切な人の心には負の感情として溜まっていった。

彼女の恋人が雑事にわたしを使うたび、彼女は無力感にさいなまれていった。


二度と繰り返したくない、苦い過去の話だ。



「……もうあの時の二の舞いはごめんです」



黙り込む一同を前に、さらに続ける。



「マヤは、こんなわたしでも、一緒にいたいって言ってくれたんです。わたしも、マヤと一緒にいたいです。あの子の不安要素にはなりたくないし、あの子の居場所を、わたしは壊したくありません」



腰から深く、日暮先輩に頭を下げた。



「お願いします。マヤと友達でいさせてください」



言い終わった余韻を残して、体勢を戻した。

伝えるべきことはちゃんと言った。

頭ひとつぶんよりも背の高い日暮先輩を見上げて、言葉を待つ。


彼が口を開くまでの間、緊張で手が汗ばんだ。


やがて日暮先輩は冷静な表情を崩すことなく、ゆっくりと口を開く。



「お前が壊れるようなら容赦なく皇龍で押さえ込む。街の秩序が危ぶまれるものなら皇龍が総力を上げてお前を街から排除する。それを忘れるな」



ためらいの一切ない宣告に安堵した。


情によって動かない日暮先輩の割り切った態度が、わたしのような人間にはちょうどいい。



「ご迷惑をおかけしないよう気をつけます。わたしが自分から目的を持って行動することは、滅多にありませんよ」



何といっても皇龍は、マヤが大切にしているものだ。


手を煩わせるような真似はできるだけ避けたい。


日暮先輩は凍牙を見据えた。



「何かあれば連絡を入れろ」



凍牙は軽く手を挙げて応じる。



「行くぞ」



公園を去る日暮先輩に、同行した人達が続く。


大原先輩はわたしを見てため息を漏らした。

野田先輩は納得がしきれない不満そうな顔をしていた。

三國翔吾はわたしへの憤りを隠さず、それでいてどこかほっとしている、複雑な表情だった。



「結衣ちゃん」



わざとゆっくり歩いて日暮先輩たちと幅を開けた櫻庭先輩が止まった。



「俺は諦めないからね」



やめてくれ。

冗談なのか本気かの判断が容易にできない。

ただ揺さぶりたかっただけなのか、わたしの返事も聞こうとせずに櫻庭先輩は帰っていった。



「それが原因か」



沈黙を貫いていた凍牙が静かに言った。



「そうだよ。本当に、たったそれだけのこと」



向き合う機会はいくらでもあったのに、ずっと目をそらし続けた結果だ。

わたしにとっては心配するに値しないことでも、彼女——綾音にとっては、どうしようもない不安なことだった。


彼女の心が悲鳴をあげているのに、わたしは気づいてやれなかった。



中学3年に上がるクラス替えで、わたしと春樹は同じクラスに編成される。

かたや春樹の恋人である綾音は、仲間の誰とも同じクラスにならなかった。



「生徒会で顔を合わせていた3年の前半はよかったよ。10月あたまで任期が終わってから、少しずつ、いろんなものが崩れていった」



そして12月の終盤、わたしたちの絆は、壊れた。


後悔しても戻れない、苦い経験だ。

あの時どうしていれば……なんていくつも考えたけど、結局いまだに正解は見つかっていない。


そんな状態で仲間と共にいることができなくて、ひとまずの最善策としてわたしはみんなから離れた。


それが一番簡単な、その場しのぎの解決方法だったにすぎない。


苦い経験だったけど、次には活かせる。

マヤに、綾音のような思いはさせない。

二度と同じ轍は踏まない。



仲間たちへの答えは未だに見つからず、探し続けているのが現状である。

ひとつだけ言えることは、みんなが、そして綾音がどんなにわたしを疎んじても、わたしは綾音が好きだという事実だけ。


ずっと、何年たっても、この気持ちは変わらない。


それでもこの街に来て凍牙と再会して、そしてマヤと出会って、心境が変わったこともある。



「凍牙に言っておきたいことがある」



すっかり暗くなった公園で、歩道に等間隔で立っている灯りがわたしたちの影を長く伸ばす。



「この前、もしもわたしと凍牙が敵対したらって、そんな話をしたよね。あの時の返事を、訂正させて」



一呼吸おいて、まっすぐに凍牙を見つめた。



「もしも、春樹たちと凍牙が敵対するようなことになっても、わたしは凍牙の敵にならない。わたしが和解の道を探す。交渉や譲歩できるラインの探り合いできな臭くなっても、争いにだけはしない。憎しみや負の感情をぶつけ合うことなんて、絶対にさせない。——だから、敵にはならない」



夜のぬるい風が走り抜ける。


虚を突かれたように、凍牙は動かない。



「……というのじゃ、だめかな?」



反応がなさすぎて不安になり、つい弱気な付け足しをしてしまった。



「自分の首を絞める決意表明なんざしてんじゃねえ」



盛大なため息の後、凍牙の手がわたしの頭にのびた。


くしゃりと、軽く髪を握ったその手は下へと進む。凍牙の指のあいだをわたしの髪が過ぎていく。



「まあ。ほどほどに期待しておく」



なんと逃げ道の残る返答をされてしまった。

しかし拒絶されなかった。ひとまずそれを喜ぶとしよう。

たとえ凍牙の期待がほどほどでも、わたしは全力で応えたい。



「それより結衣、お前これからの予定は?」


「とくにない、けど」


「だったら付き合え」


「どこに?」



駅前の道へと抜ける出口へと歩きだした凍牙を慌てて追いかける。



「柳先生のいる喫茶店までだ」


「やっぱり怒った?」


「今の高校に不満があるわけじゃないが、手のひらの上で転がされたのは気に食わない」



まっすぐ前を見据えながら、凍牙が付け加える。



「腹いせに晩飯をおごらせるから協力しろ」


「よしきた」



そういうことならお安い御用だ。


あのお祭り男にどれだけのダメージを加えられるかは不安だが。

むしろ率先して夕食を作ってくれそうだけど……。


凍牙と柳さんが衝突するようなら、わたしは凍牙に味方する。

そしてせっかく乗り込むのなら、前回聞きそびれた店の名前も忘れずに確認しておこう。







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