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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
30/208

14.黒幕は(下)





      ◇  ◇  ◇





「ごちそうさまでした」



カルボナーラを完食した結衣がカウンター席から立ち上がる。

柳にとって約4カ月ぶりに会った結衣の目は、中学の最後と変わらず濁ったままだった。


残酷なまでに物事への関心が薄く、それを自覚しながらも正そうとしない。

行動の選択を間違えればすぐにテロリストになってしまうような危うさが常につきまとう。縄が切れかけたつり橋の真ん中から、結衣は無感動に奈落を見下ろしている状態だと柳は感じた。


落ちれば人でなくなる。

おそらく結衣にとっては、悩みがなくなる楽な道だ。そんな瀬戸際で今もなお常識人の仮面を被り続けているのは、かつての友人たちを思う気持ちがあってのことだろう。



「高瀬、お前にこんなことを言っても仕方がないと分かっている」



結衣の帰りざまに吉澤が声をかけた。天井をぼんやりと見つめたまま、ひとりごとのように呟く。



「お前と津月は、俺の生徒だ。そんでもってなあ、原田も、俺にとっては守るべき生徒だったんだ」



吉澤は歯を食いしばった。その表情からはこんな形で終わりたくなかったという、後悔と未練がにじみ出ていた。


苦渋を曝け出す吉澤に結衣が口端を吊り上げる。

喜怒哀楽を持たずに、ただ表情筋を動かしただけの微笑みだ。



「知ってますよ。吉澤先生はわたしたちの担任ですから」



なんてこともないように結衣は言い放ち、店を出て行った。


その言葉に意味はないのだろう。ただ、言われたから返しただけ。

柳の知っている高瀬結衣は、中学の時から何も変わっていない。


ふたりになった店内で、吉澤はちびちびと飲んでいた2杯目のビールを一気にあおった。

柳は3杯目のアルコールは出さず、吉澤の前に水の入ったコップを置いた。



「教師失格だと、笑いたきゃ笑え」


「うーん。んなこと言われても、俺もう教師じゃねえし」


「俺はお前から高瀬の話を聞いて、少なからず期待していた。あいつなら、原田をなんとかできるんじゃないかとな」



たしかに柳の知る結衣がその気になれば、女子生徒ひとりと表面上だけでも仲良くなるのは簡単にできたはずだ。


ただ、今のあいつは——。



鈴宮 綾音(すずみや あやね)咲田 菜月(さくた なつき)


「……前に聞いた名前だな」


「俺が高瀬の担任をしているときの、あいつの女友達の名前。そんでもって、高瀬にとって優しさの基準だったやつら。ふたりのうちどちらかがヨッシーのクラスにいて、問題の生徒と仲良くなりたいと望めば、高瀬はひと肌もふた肌も脱いでただろうな」



まあでも、鈴宮も咲田も仲間至上主義なところがあったからなあ。

もしもここに高瀬の仲間がそろっていたら、問題の生徒が高瀬に手を出してしまった時点で教室が今以上に阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまった可能性のほうが高いか。


柳はひとり結衣の中学時代の仲間たちに想像を馳せる。



「お前はなんでそいつらも一緒に入学させなかった」



ダメだよヨッシー。酔っているとはいえ自分の責任を他に押し付けちゃ。



「なんでって言われてもなあ。そいつらと離れるために、高瀬は当初と違う高校を志望したわけだし。それに高瀬はあいつらと離別するために、本気でやらかしたからなあ」



結衣が中学3年だった3学期。

結衣と仲間たちの関係がぎくしゃくしているのに乗じて、あるうわさが中学校を駆け巡った。



——高瀬結衣は鈴宮綾音に嫉妬して、陰でいじめている。



結衣や鈴宮綾音は昨年10月まで生徒会役員を務めた、校内でも有名な存在だった。

だからこそ、うわさは学年を越えて全校生徒に瞬く間に広がっていった。


うわさについては当事者たちのほうが馬鹿馬鹿しいと聞き流したほどだ。聞き流して、彼らは外野が騒ぎ立つうわさそのものを問題にしなかった。


しかしとある目論見があった結衣は、そんな仲間たちの知らないところで、笑ってそのうわさを肯定する。



——優しいあいつらのことだ。わたしがそんなことしたって知っても、許してくれるよ。



あえて挑発して、生徒たちの正義感に火をつけたのだ。


そうして1月の中頃には、全校生徒による結衣に対する制裁という名のいじめが始まった。


いかに結衣を武藤春樹や鈴宮綾音たちから遠ざけるか。

いかに結衣が仲間と呼ぶ連中に知られないように制裁を加えるか。


ゲーム感覚で、生徒たちは誰ひとり罪悪感を覚えることなくそれは実行されていた。


教師だった柳がそれに気づいたのは、2月の終わりごろになってからだった。


体育館倉庫に閉じ込められた結衣が、一晩をそこで過ごした翌日に発見されたのだ。


偶然が悪いほうに重なった。

その日は全体職員会議のため、大掃除のあとに部活動で生徒が校内に残ることが禁止されていた。

体育館掃除に行った結衣はそこで館内最奥の、校舎から一番遠い倉庫に閉じ込められる。


教室にあった結衣のカバンは別の生徒によってゴミ箱に捨てられ、結衣は掃除のあとのホームルームをさぼって帰宅したものとされた。


彼女は翌日、朝練習に来たバスケ部員によって発見される。

すぐさま病院に運ばれた結衣は、暖冬の気候と結衣が手袋やウインドブレーカーといった防寒着を着用していたのが幸いして一命をとりとめた。


公立高校の受験を控えていた学校は、事態を表沙汰にするのをためらった。それは結衣の希望と一致して、すべてを運の悪い事故で片付けられた。

だからこれらは、柳が独自に生徒たちに聞きまわって知った事実だ。


それ以来、結衣は卒業式の夜まで中学に一度も登校していない。

多少のアクシデントに見舞われたものの、おおまかな流れは彼女の思い描いたシナリオ通りに進んだのだろう。


全校生徒を利用して、結衣は仲間と接触する機会を完全なまでに拒絶した。




「壊れてるどころじゃねえ。狂ってやがる」



柳の話を聞いた吉澤が忌々しげに漏らした。


今の発言、しらふに戻ったら絶対自己嫌悪に陥るだろうなこいつ。

思いはしても、柳は吉澤に指摘しない。



「だいたい、ことの発端となっている高瀬とその仲間のけんかの原因はなんなんだ!?」


「さあなあ。そこまでは詳しく知らない。言えることがあるとすれば、高瀬は自分が仲間から離れることが、仲間のためになるって判断したってことだけだ。そのために、あいつは手段を選ばなかった」


「……とんでもないもん押しつけやがって」



吉澤が前髪をかき上げる。



「まあ、なんにせよ水口君が野心家じゃなくてよかったね。もし彼が皇龍を落として街の頂点に立とうとしたら、十中八九高瀬は協力しただろうし」


「お前本気でふざけんな。その可能性があるとわかっていて、あのふたりを同じ高校に入れたのか」


「いやー大丈夫だって。水口君はそんな子じゃないって俺は信じてた」



うん。まじで。

何かあったときに結衣を止められるのは、仲間のほかに凍牙以外はありえない。

この人選は間違いでなかったと、柳は今も確信している。



「あいつらがもし街でなんかやらかしたら、問答無用でてめえも巻き込むからな」


「おっ、それはいいね。面倒事は大好きだ!」



柳がぐっと親指を立ててウインクすると、吉澤は頭を抱えて脱力した。

そんな吉澤を見て、柳は軽快に笑う。



本当に苦労性だなあ、ヨッシーは。


もうちょっと肩の力を抜いてもいいのに。






      ◇  ◇  ◇








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