13.黒幕は(中)
色素の薄い肌に、ひょろっと細長い体型。
ノンフレームのメガネと、茶色い天然パーマの長髪。
あの髪は天然か人工かという賭けを、かつて仲間内でしたものだ。
白いシャツに黒のカフェエプロンを腰に巻いた彼の名前は、柳 虎晴という。
面倒事、厄介事が大好きで、自分が面白ければ周囲がどうなろうと関係ない、はた迷惑な年中無休のお祭り男。
何を隠そう、わたしの中学2年のときの担任だった人だ。
昨年の年末、急に進路先を変えたいと言い出したわたしに、3年時の担任だった先生は当然ながら困惑した。なんとかして思いとどまらせようとしてきたがこちらの意思は固く、話し合いは平行線をたどる。
そんななか声をかけてきたのが、同じ職員室でわたしたちの話を聞きつつデスクワークに勤しんでいた、柳先生だった。
柳先生はわたしに味方して、担任の先生の説得に加わってくれた。
そしてわたしが現在通っている高校を、代わりの進路先にどうかと打診してきた。
遠くに行けるならどこでもよかったわたしは言われるままに進路を決めてしまったが、よくよく考えれば柳先生が何の意図もなくひとつの高校を推すなんてありえないことだ。
やられた。
というよりも、今まで気づかなかったわたしがどうかしている。
「……吉澤先生とはどういうご関係で?」
「ああ、ヨッシーとは高校大学が同じだった腐れ縁だ」
わたしの引きつった顔がそんなに楽しいのか。
ニヤニヤ笑う柳先生に悪意はないことは知っている。だからなおさらこの男はタチが悪いのだ。
「あなた、2年前のわたしたちの担任が教師1年目だって言ってませんでした?」
「言った言った。俺、大学卒業して一回会社に就職したからなあ。えっ、ひょっとしてお前、俺のこと新卒だと思ってた? まあ確かに俺って若づくりだし、ヨッシーは老け顔だもんなー」
そんなことまで聞いていないし、吉澤先生は決して老け顔ではない。
勝手にひとりで納得してうんうんうなずかれても、わたしはどんな反応をしたらいいのか。
「今日は平日ですよ。学校はどうしたんですか」
「ああ俺、昨年度末で教師辞めた」
……おい。
「いやー、1年目にお前らの担任してこれは面白いって思ったけど、2年目は手応えがなくてつまんねのなんのって」
教師の風上にも置けない人だ。
「少しは吉澤先生を見習ったらどうですか」
「いやいや、俺はヨッシーががんばってるから、教師ってのはそんなに楽しいのかと思って採用試験を受けたんだって。俺はヨッシーを尊敬してるし、見習って崇めてたてまつってるさ」
なんか、話の方向がずれていっている気がする。
「あ、ちなみに水口凍牙君は去年俺が担任した」
いやちょっと待て。
……ということは……。
「うん、あれは大変だったよ。工業高校行くかヨッシーのいる高校行くかで迷ってた水口君をさりげなくヨッシーのほうに誘導するのは。水口もなかなかに勘がいいから、もーばれないかドッキドキ」
「つまり柳先生。いや、柳さん、あなたは——」
「こいつは自分の中学にいた問題児を、俺に押しつけやがったんだよ」
いつの間にか吉澤先生が店の中にいた。
着いてすぐのはずなのに、げっそりしちゃってるよ先生。
「やあヨッシー。車はちゃんと置けたようだね」
「……ああ」
吉澤先生はカウンターの一番右端に座った。
「高瀬も座れ。久しぶりに会ったんだ。昼飯くらいはおごってやるぞ」
言われてわたしは左から2番目の席につく。
吉澤先生とは3つ席が離れている。
柳さんは上機嫌でキッチンへと移動した。
「ずいぶんな人とお知り合いのようですね」
「いくら切ろうとしても切れない縁だ。あいつのやることはもう天災として諦めた」
「ご愁傷様です」
学校で見る吉澤先生の威厳はどこへやら。まあ柳さんの前で威張り散らしたところで無意味に疲れるだけか。
「あれ? 吉澤先生と高校が同じということは、もしかして柳さんも、皇龍設立に関わっていたりするんですか?」
「……ああ。まぁ、そうなるな」
めずらしく吉澤先生のはぎれが悪い。
柳さんがカウンター越しにわたしの前にオレンジジュースを置いた。
吉澤先生には昼間っからのビールだった。
「おや、その様子だと高瀬は皇龍についてはまだ詳しく知らないみたいだな」
悪だくみを思いついた柳さんは、吉澤先生に口を挟む隙を与えない。
「そんなお前に教えてやろう。実はヨッシーの本名、吉澤コウリュウっていうんだぞ」
おおっと。
「ま、漢字はチームの皇龍じゃなくて、人偏に幸せって書いて倖龍、だけどな」
「……それは」
「黙れ、何も言うな」
なーるほど。
櫻庭先輩たちの言っていた吉澤先生の影響力の謎が解けた。
それにしても自分の名前をチーム名に、ねえ。
「そんでもって思考も止めろ。頭ん中でおかしなこと考えてんじゃねえ」
わたしが何を考えようとそれはわたしの自由ですよ。吉澤先生。いや……。
「だから何も考えんなっつってんだ! 張り倒したくなるからそんな目で俺を見てくんじゃねえ!!」
ああ、必死なのが痛々しいほど愉快だ。
「——まあ落ち着きましょうよ、倖龍さん」
「てめえ本気で蹴り飛ばすぞ!!」
「……っ、く、くく。高瀬お前、グッジョブ」
カウンターに突っ伏して肩を震わせて笑う柳さんの頭を、吉澤先生は手加減しながらも普通に殴った。
*
約10年前、この街は警察の手が付けられないほどに荒れていた。
犯罪が横行する無法地帯。
そんな街で、当時高校生だった吉澤先生は向かってくる人間を片っ端から締め上げていたそうだ。
次第に先生の周りには腐りきった待ちの現状を良しとしない、同じ志を持った仲間が増え、気づいたときには先生を中心としたひとつの集団が出来ていた。
きっかけは吉澤先生を、仲間が「倖龍」と呼んでいたことだった。
もともと名前のなかった集団は、敵や周囲に「倖龍のチームの」、「コウリュウのところの——」と言われるようになる。
そして知らぬうちに吉澤先生が率いた集団はチームとされ、名付け親は不明のまま街で「皇龍」と呼ばれるようになっていった。
柳さんの回りくどい説明を要約すると、そういうことらしい。
「それでさあ、皇龍が街のてっぺん取ったら、あろうことか今の今まで腰が引けていた警察どもがでかい顔して皇龍を取り締まってきたんだよなあ。あれは本気でうっとうしかった」
いや、それは治安が安定してきて警察の活動が目に見えるようになっただけでは?
「うっとうしかったから、ヨッシーのひとことで皇龍は一回解散したんだよなー? そしたら街はまた荒れる荒れる」
楽しそうに話す柳さんとは対照的に、昔を思い出す吉澤先生の顔はしかめっ面だ。
「見かねたヨッシーがもう一度皇龍を再結成したんだけど、次は警察も教師も口出ししてこなかったよな?」
確認するように柳さんは吉澤先生に話を振るが、先生は全く無視してビールをあおっていた。
吉澤先生の伝説はよくわかった。
「改名しようとかは考えなかったんですか?」
「あーダメダメ。俺らが卒業するときに一回やったけど、そしたらまた治安が悪くなった。ネームバリューっていうのか、皇龍って名前の価値はかなり重要なんだよ」
「皇龍」がこの街に存続している理由も、よくよくわかった。
「でも、教師になってまで吉澤先生がこの街に居続ける必要はあるんですか?」
素朴な疑問だったのだが、吉澤先生はジョッキのビールを飲み干して答えてくれた。
柳さんは吉澤先生のためにすでに2杯目のビールを用意している。
「……3年前に、高校に俺らがいたころから校長をしているおっさんに呼び出されたんだ。その時の皇龍は権力に溺れてデカいツラして、自分らで率先して街を荒らしてやがった。てめえが創めたんならてめえで責任もって管理しろと。翌年には今の高校の赴任が決まっていた」
……お疲れ様です。
「さらに言えば、俺が県内の公立高校で教師をしているのを校長に教えやがったのは、酒飲みながら料理しているあの馬鹿だ」
話を振られて、柳さんはこちらにピースサインを向けた。
もう吉澤先生が苦労人にしか見えなくなってきた。
しばらくして出てきた、柳さんお手製のカルボナーラは文句なしでおいしかった。
さすがは県下で唯一、男性の家庭科教員だっただけはある。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
食事が終わったわたしは早々に店を立ち去ろうとした。
ここにきていろいろなことを知ったけど、もう足を踏み入れたいとは思わない。
柳さんに関わって、第二の吉澤先生になるのだけはごめんだ。
「お、帰るのか? またいつでも来いよ」
「おー、帰れ帰れ。そんでもってテスト勉強に励め」
「そうします」
吉澤先生は酔ったのか、少し顔が赤かった。
帰りに駅に寄って、求人情報誌だけは貰って早々にマンションへ帰るとする。




