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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
26/208

10.暗黒時代の振り返り(上)





当たり散らしたことを榎本君に謝って、そのまま昼休みは教室で過ごした。

先程と打って変わっておとなしくなったわたしを、榎本君は責めたりしなかった。


昼休みの終了間際に凍牙が教室に立ち寄り、凶器となった国語辞典が回収された。


6限目が終わった後のショートホームルームに、吉澤先生は来なかった。

代わりを務めた横江先生が、テスト勉強はちゃんとするようにと伝えてクラスは解散する。


この日——といってもまともに授業を受けたのは昼からの2限だが、わたしは原田さんと一度も目が合っていない。

ホームルームのあとも、彼女は誰とも話さずすぐに帰ってしまった。


原田さんが、昨日の男たちと繋がっているという証拠は何もない。

だからあえて平然と登校して反応をうかがっていたわけだけど、結局はわたしのほうが精神的にもたなかったし、望んだ成果は得られないまま一日が終了した。


しかも無理をしたせいで、わたしがヤバい奴だという認識がクラス内で堅実になってしまった。成果はゼロどころかマイナスだ。

不本意だけど、自分でやらかしたことである。仕方がないと早々に諦めた。





放課後、凍牙の案内のもと皇龍の拠点であるクラブに向かった。

木製の建物に足を踏み入れたところで、皇龍の仕事を押し付けられたくない凍牙はわたしに助言だけしてさっさと帰ってしまった。


開店前の店内で、カウンターの掃除をしていた男性のスタッフに声をかける。

話が通っていたのか、わたしが来たことをすぐに内線で伝えてくれた。


数分もしないうちに2階から下りて来たのは、感情にまかせて思わずチャラチビと名付けてしまった櫻庭先輩だった。

あれはごめんなさいと、心の中で適当に謝っておく。


櫻庭先輩はこの季節で、なぜか黒の革のジャンパーを着用していた。



「やっほー、5日ぶりくらいかな。俺のこと覚えてる?」


「皇龍幹部の櫻庭先輩ですよね」


「オッケーオッケー。水口君は?」


「帰りました」


「あー、彼ほんとうにぬかりないよねー。ちょうどお願いがあったのにー」



口を尖らせているけど、ちっとも残念そうに見えない。



「ここで話すのもなんだから、上行こっか」


「あ、ちょっと待ってください。できたら下で話がしたいです」


「んー、なんでー?」


「店の2階は皇龍所属者専門のエリアで、上がった瞬間から否応なく仲間扱いされてしまうと凍牙が言ってました」


「ほんっとうにぬかりがないねぇ、彼」



苦笑した櫻庭先輩はスマートフォンを取り出した。



「おれー。ちょっと結衣ちゃんが上行くの嫌がってるから、下りてきてくんない?」



一方的に話して電話を切った先輩は、店の奥の衝立に隠れたソファスペースに誘導してくれた。



「先輩それ、着ていて暑くないんですか?」



季節にそぐわないジャンパーがどうしても気になってしまう。



「んーっとねぇ、アークで革ジャン、イコール俺だから。どうしても我慢できなくなったら店の空調下げてもらうから大丈夫だよ」



まったくわけがわからないが、櫻庭先輩は地球環境に優しくないことだけはよくわかった。



「何か飲む? 営業時間外だけど頼めば作ってもらえるよ?」


「有料のものはいいです。お冷があればお願いできますか?」


「それも水口君からの受け売り?」


「そうですね。些細なことでもカリは作らないほうが後々のためだと言われました」


「君たちタッグを組むのやめない? 俺ホントに気が気じゃないんだけど」



うなだれる櫻庭先輩が演技なのか本心なのか、見極めようにも、わたしはまだ彼への理解が足りてなかった。



「すみません。遅くなりました」



衝立の向こうから野田先輩が現れて、わたしを見るなり呆れた顔になる。



「まさか今日、君が登校してるなんて思ってもみなかったよ」



「学校のほうには、今日は結衣ちゃん欠席しますってこっちから連絡してたんだよー。きみ、連絡手段ないだろうから」



立ち直った櫻庭先輩が補足の説明をしてくれる。

これは初耳だけど、そうなるとわたしは無断遅刻の反省文を免れる可能性が出てきた。



「ひとまずあっくんも座りなよ。昨日の夜のことから順に話していくから」



野田先輩がわたしと対面する形で、櫻庭先輩の隣に座る。


店のスタッフに飲み物を頼んだところで、櫻庭先輩が昨日わたしの帰った後のことを教えてくれた。






      *





わたしとマヤを拉致した男5人はあのあと皇龍から尋問を受け、ほしい情報を吐かせたあとに解放……とはいかず、皇龍は男たちの通う学校へと連絡を入れた。

そうして隣街にある男たちの通う高校まで、皇龍のOBの手を借りて車で容赦なく連行された。


さらにはこちらの学校の生徒が被害に遭ったということで、その場に吉澤先生も駆けつけたという。


5人の通う高校の教頭や関係職員は知らせを受けて、すでに帰宅していた人も学校へと集められた。そしてわたしとマヤを拉致した男子生徒5人の保護者も。


彼らはそこで皇龍監視のもと、仕出かした罪を自分たちの口から白状させられた。


自動車の窃盗に始まり、無免許運転、他校生の拉致、暴行、強姦未遂——。


言い訳と釈明は同行していた日暮先輩と、話を聞くにつれ鬼になっていった吉澤先生が許さなかったとか。


そして。



「マヤちゃんもね、その場に一緒に来てくれたんだ」



櫻庭先輩はそう言った。



「結衣ちゃんに頼りきってしまったから、これぐらいはするって。あの子は全部を見ていたわけだから、あいつらが少しでも事実を隠そうものならちゃんと訂正してくれたよ。ホント、翔くんが傍にいるとマヤちゃんは強いね」



さっさと帰ってしまったわたしを咎める意味合いはなく、純粋にマヤに感心している様子だった。

それにしても皇龍の行動力には目を見張るものがある。

マヤにもちゃんとお礼を言おう。


男子生徒5人は、退学は免れないとのこと。

皇龍の治めるこの街にも、二度と立ち入ることができないだろうと野田先輩が続けて言った。



「ぬるいと思う?」



わたしを試すように、櫻庭先輩が聞いてきた。



「いいえ。自分で警察まで被害届を出しに行かなければと考えていたので。むしろそこまでしていただけたのが予想外でした」



警察沙汰にしたら、わたしの親に昨日のことが伝わってしまいかねない。

実家の人たちには極力心配をかけたくないので、皇龍の采配は助かった。そこまでしてくれたのなら、わたしがあの男たちに追加でやることは何もない。



「えー! 仕返しは倍返しじゃなきゃ! とか、自分の味わったのと同じ恐怖と痛みを受けろー、とかはないの?」



不服そうに櫻庭先輩が頬を膨らます。あんまり可愛くない。


恐怖なら、皇龍に尋問された時点で十分味わっているだろう。

普段イキがっている連中が、親や教師を前に自分たちのやらかしを自らの口で打ち明けたのだ。さぞかし屈辱だったことだろう。



「わたしが何かをしなくても、これからの人生で彼らはこの代償を払い続けるでしょう。そこからさらに転落しようが、這い上がってやり直そうが、どうぞお好きにとしか」



この先彼らが悲惨な人生を歩んだとしても同情はしない。

逆に開き直って幸せを掴んでいても、わたしにはどうでもいいことだ。



「ふーん」



櫻庭先輩はつまらなそうだったが、野田先輩はどこかほっとしているみたいだった。



「SNSのアプリを通じて知り合ったらしい」



話を切り替えたのは、野田先輩だった。



「連中にとっては、最初はこの街の情報を仕入れる手段として使っていたらしいけど。『ミィ』っていう、俺たちと同じ高校に通う女子生徒とネット内で知り合ってから、事態は変わったんだって」


「ミィちゃんは結衣ちゃんとマヤちゃんにいじめられてて、仕返ししてくれたら今度オフでデートしようって約束してたらしいよー」


「それ、あの5人は信じてたんですか?」


「割と本気で張り切ってたみたい。きみたちが悪女だって思い込んでたから、ためらいがなかったんだろーね」



SNSって、顔も見えない文字だけのコミュニケーションだよね。


馬鹿だ。

イジメられてるとか、成功したらデートができるとか……何を根拠に信じたんだそいつらは。



「まぁ、あの5人のことは置いておくとして、問題はそのミィちゃんがどこの誰かってことなんだよねぇ」



猫目を線のように細くして櫻庭先輩が笑う。



「結衣ちゃん、実はもうわかってるんじゃないの?」


「……ええ。だから今日は思い当たる人物を揺さぶってみようと登校しました」



失敗してしまったけど。



「……原田、繭?」



野田先輩が一段と低い声で聞いてくる。



「やっぱこういうのって、日ごろの接し方が大きく出ちゃうよねー。もし違ってたらかわいそうにねぇ。気に食わないって態度を君たちに取り続けただけで容疑者だよ」



櫻庭先輩は相変わらず軽い口調だ。

だけど言っていることとは裏腹に、彼の眼は確信を得ているように見える。



「……っていうか結衣ちゃん、そのために学校行ったの?」



野田先輩に驚かれた。



「痛めつけたはずの人間が平然と学校に来たとなると、加害者にそれなりの精神的ダメージを与えられるでしょう。あちらの反応も見れますし」


「……………」


「もしわたしの考えが外れていて彼女が何もしていないのなら、ただわたしが変人扱いされて終わるだけなので。この方法なら濡れ衣を着せた責任も取らなくて済みます」



少しがんばってみようとしたのだが、わたしのほうが先に限界になってしまった。



というか吉澤先生って、わたしに何があったかを昨日の段階で把握していたんだよね。

事情を知っているならそっとしておいてほしかったよ。



「SNSのやり取りは、男のほうから全部データをコピーしてる。詳しくないけど、IPアドレスから個人を特定できるらしい。ただ情報の開示を請求するとなると公的機関の手続きとか、何かと時間がかかるからね。俺たちも別の方法をでミィの正体を突き止めるつもりだったけど……君のやり方はさすがに予想外すぎるよ」


「ネットから個人情報をすっぱ抜くの、皇龍内で得意なやつはいるんだけどねぇ。そいつを犯罪者にするぐらいならケーサツ行くほうがリスクも少ないしねー」


「そりゃそうですよ」



そんなぽんぽんと人の個人情報が盗まれてたまるか。

モラルは大事だ。



「ってことで俺たちもミィちゃん探しに本腰入れようとしたんだけど、なんか吉澤先生が待ったをかけてきてさー。この件に関しては月曜まで動くなって、結衣ちゃんにもきつく言っておくよう言付かっちゃったよ。今はテスト勉強に集中しやがれ、だってさ」



どうやら吉澤先生の威光は皇龍にも通用するらしい。



「すごいですね、吉澤先生って。皇龍差し置いて街で一番の権力者なんじゃないですか?」


「あれ、知らなかった? あの人、皇龍創設者のひとりだよ」



野田先輩、わたしそれ初耳です。



「吉澤先生は皇龍の抑止力みたいな感じで街に君臨してるからねー。あの先生が一言『皇龍は解散』って言ったら、俺たちもうこの店にもいられないしねぇ。こっちはあの人に見捨てられないようにもぅ必死だよ」



櫻庭先輩、わたしはとんでもない人に喧嘩を売ってしまったようです。





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