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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
21/208

5.魔女の本領(上)






6月の下旬になると本格的な夏の気候になってきた。

梅雨は明けはまだでも、日差しは日増しに強くなっている。

からっと晴れた昼の空には入道雲がたちのぼり、校庭の池には水連の花が咲いていた。


バイト先の店長の耳に入る前にSNSの情報を皇龍が情報を訂正してくれたおかげで、バイトはクビにならずに済んだ。

だけど以前に比べて、バイト先のわたしへの心象は格段に下がってしまった。


火のないところに煙は立たない。

もしも次に、わたしに対するおかしなうわさが街で流れでもしたら、その時は迷うことなく解雇だと店長の態度が語っていた。

まさに首の皮一枚で繋がっている状態だ。


それでもこの先わたしが皇龍と関わらなければ、少しずつでも信用を取り戻せるはずだ……と、小さいながらも希望を持っていたのに。



「——やあ、こんばんは」



……なんであなたが出てくるんですか、野田先輩。






日曜日の夜10時過ぎ、バイトの帰りで高校の前を通ったときだった。

校門の前に、人影が3つあった。近付くにつれ輪郭がはっきりしていくが、どれもどうやら若い男のようだ。


わたしとの距離が狭くなっていくと、街灯によって彼らの顔が鮮明に見えてくる。

男たちのうち2人の顔を確認した瞬間、回れ右をして別の道で帰ろうか本気で迷った。


皇龍の人がなぜこんなところにいるのだ。

こんな場面を誰かに見られたら、もうわたしは街で暮らしていけないよ。



「やあ、こんばんは」



わたしが内心頭を抱えていることなんてお構いなしに、3人のうちのひとり、野田先輩が手を振ってきた。

出くわしてしまった時点で不運を嘆いたのに、声をかけてくるとは何事か。



「こんばんは」



努めて平静を装って、彼らの前を通り過ぎようと試みる。

そんな努力も虚しく、野田先輩はわたしにとどめを刺した。



「あ、ごめん。用事があるの、結衣ちゃんなんだ」



どうやら皇龍は組織ぐるみでわたしの平穏を消し去りたいらしい。



「あー……、うん。この時間ってほとんどここは人通らないし、多分大丈夫だと思うよ」



わたしは相当嫌そうな顔をしていたようだ。

野田先輩は頭をかきながら弁明してくるけど、大丈夫なんて保証はどこにもない。


文句を言うべきか。

それとも時間と場所に気を使ってもらえた点を鑑みて大目に見るべきか。

というかそもそも、この待ち伏せはおかしくないか。



「なぜわたしがここを通ることを知っていたんですか?」


「バイトの帰りにここを通るってことは水口に聞いた。ちなみに時間は結衣ちゃんが働いてるバーガーショップの店員に、ちょっとシフトを見せてもらったから、大体の時間は予測できたよ」



嫌な人脈を持ってやがるな。

そして凍牙、人の個人情報を勝手に漏らすな。今度覚えていろ。



「それで、こんな時間に皇龍の幹部の方がふ……3人も、わたしに対してなんの御用でしょうか?」


「今最大限に空気読んで言い直したけど、幹部が2人って言おうとしたよね?」



セーフかと思ったが、知らない男の人に指摘された。

野田先輩と、彼の隣に立つ——大原先輩に比べたらものすごく小さく見えるその人。

数えきれない耳のピアスをつけたやたらと目立つ見た目をしているが、会ったことのない人の顔と名前がわからないのは当然だし、どうしようもない。



「うわー、話は聞いてたけどショックだなー。どうせ幹部じゃないって思われたのって俺でしょ?」



猫目を細めてにんまりと笑いながらその人は言った。とてもショックを受けているようには見えない。



「気にしたら負けだ。俺だって知られてなかったんだ」


「知ってますよ。大原武先輩でしょう」


「この間教室に行ったときは、誰かもわからず俺と喋ってたろ、お前。教室から出てすぐ俺の名前を叫ぶ後輩の声が聞こえてきたぞ」



……榎本君のあほう。

ここにいないクラスメイトに心の中で恨み言を呟いていると、猫目の人が野田先輩を押し退けて前に出てきた。



「俺はねー、櫻庭一輝ってんだー。ここの高校の3年で、皇龍では一応幹部でーす! そんでもって、君みたいに皇龍に属さない危険分子や他のチームとの繋がり役の責任者をしてまーす!」



そうか。ひとまずこの人が櫻庭先輩というのはわかった。

そして櫻庭先輩がわたしを危険分子と称して、こっちがどんな反応するかを試しているのも予測できる。要するに軽いジャブを打たれたのだ。


やりたいことはわかる。

だけど、その前に、だ。



「もう少し小さな声で喋ってください。これでそこらへんの家の人が出てきてこの場を目撃でもされたら、さすがに恨みますよ」


「おっと、ごめんごめん」



ちっとも反省した様子はないが、声のボリュームは下げてくれた。



「でも本当に、俺のこと知らなかったんだぁ。見た目でこんなに目立たせてるのに」


「そうですね。櫻庭先輩のことはおそらく二度と忘れないと思います」


「俺でこれだったら、ひょっとしなくてもまだまだ皇龍の有名どころ、ほとんど知らなかったり?」


「かもしれませんね」


「えー、この街に住んでるのにそれってどうなの? 今度君のために皇龍講座を開いてあげようか」


「そういうものは希望者のみの自由参加でお願いします」


「……来る気ないでしょ」


「1ミリも」


「うわぁ俺、スリーアウトチェンジ。あっくん後はよろしくー」



そう言って櫻庭先輩は野田先輩の後ろに隠れてしまった。


この人は何がしたかったんだ?



「なんかもう、いろいろごめん。本来なら結衣ちゃんに会うなんて、互いに危険なことしたくなかったんだけど……ちょっと、状況が状況になってしまってね。これも水口に頼みたかったけど、断られてしまったし」



言いにくそうに、野田先輩は街の現状を話し出した。



「今ね、西の街の治安がものすごく不安定なんだ。なんというか、西のほうにある高校で徒党を組んでチームを作るのがブームになってて。しかもその数が半端なくて、学校にひとつとかじゃとどまらず、もうね、1クラス1チームぐらいで続発して力を競っていてね。しかもそいつら、皇龍のまとめるこっちの街にまで手を出してくるから始末に負えない」



吉澤先生がいつかのホームルームで言っていたのはこれかと、他人事のように思った。


……他人事で、いいんだよね?



「一度大勢で攻め込んできた時にこてんぱんにしたから懲りたと思ったんだけど、また最近になってちょくちょくこっちに手を出すようになってさ」


「そちらの事情はわかりましたが、それとわたしの関係がわかりません」


「——くだんのSNSで拡散された情報が、西の連中にも出回ってしまってんだ。お前と皇龍の奴らが写った写真を見せて、この女は誰かとうちの学校の生徒に聞いていた奴がいたらしい」



大原先輩が面倒そうに説明してくれた。


……勘弁してください。



「大方のことは理解してくれたと思うけど。それで、抗争に結衣ちゃんを巻き込んだら俺たちも後味が悪いし、もしものときのためにこれを渡しておきたいんだ」



野田先輩が差し出したのは、2つ折りタイプの黒い携帯電話だった。



「…………いりません」



いやもう、確実に。全力で拒否する。

わたしにこれを持てとか、軽く拷問だよ。



「本当は俺たちの連絡先を教えようとしたんだけど、マヤちゃんから君は携帯を持ってないって聞いたし」



……持っていないのにはそれなりの理由があるのですが、それは。



「チームで使ってるのだから遠慮はいらないよ。なんならマヤちゃんと好きにメールしてくれても大丈夫だから」


「や、遠慮とかじゃなくて、ほんとにいりません」


「別に俺たちと密に連絡を取り合おうって言ってんじゃねえんだ。何かあったときにそれがあったらお前の場所がわかって便利だろ」



プライバシーもへったくれもないな。

それって何もない時でもわたしの居場所がそちらさんに筒抜けだってことだろ。



「何かがあると決まったわけじゃないでしょう。仮に襲われたとしてもあなたたちの責任になんてしませんから」


「結衣ちゃんが責めなくても、この街で起こったことに俺たちが動けなかったら、チームの威信に関わってしまうんだよ」


「皇龍のブランドネームに傷がついてチームの箔が落ちたら、西だけじゃなくこの街も荒れんぞ。そうなったらてめぇ、それこそ責任取れんのか」



野田先輩と大原先輩に揃ってまくし立てられる。

そうは言われても、わたし自身納得がいかない。

長身の先輩ふたりと睨みあっていると、野田先輩の後ろからシンプルな電話の音がした。



「総長からの伝言でーす」



いえーいと言わんばかりにスマートフォンを持って、櫻庭先輩があいだに立つ。



「えーっとねぇ、さっき結衣ちゃんが携帯はいらないらしいって送ったところ……、携帯を取るか、ここにいる3人のうちの誰かを護衛兼監視につけるか、好きなほうを選ばせろ——ってさ」


「……総長さんとやらに話があります」


「ここには来れないらしいよー。あ、その携帯、総長の連絡先も入ってるよ」



遠まわしにさっさと受け取れと言われてるのは気のせいか。

腹いせにこの電話、皇龍のファンとやらに売りつけてやろうか。



「ちなみに俺は君みたいな聞かん坊たちをなだめるので忙しいから、護衛はパスね。武かあっくんに任せた」


「俺だって下の連中躾けるので忙しいっつの。受け持つとしたら明良、お前だろ」


「あいにく俺は翔吾の目付け役でいっぱいいっぱいです」



わたしだって全員願い下げだ。



「……期間は、いつまでですか」



ここはもうわたしが譲歩しないと終わりそうにない。

しかし譲歩のぶんだけそれなりのわがままは通させてもらう。



「まさか一生これを持てなんて言いませんよね。明確な期間を今ここで設定していただかないと、それ、敵とかあなたのファンに気の向くままに売り飛ばしますから。もうひとつ言うとわたしは一週間が限界です」


「……短いね」


「今日受け取って明日返すと言わないだけまだましかと思いますよ、一輝さん」



意外にも野田先輩がフォローしてくれた。







一週間。来週の日曜日までには西の街の不良連中をなんとかする。

いさかいが解決しなくても、拡散された情報がただの勘違いだったことは最低限西の街にも浸透させる。


電話もメールも出ないし、かけない。

あくまでもわたしはただ持っているだけ。

そういった約束をもぎ取って、わたしはしぶしぶ野田先輩から携帯電話を受け取った。



「くれぐれも肌身離さず携帯しておくようにね」


「………………………」


「あ、電源は切ったらだめだよ。通信が切れたら皇龍の溜まり場に知らせが入るから、圏外なところに行く場合は連絡入れてね」


「………………………」


「……携帯自体は悪くないんだから、そんな親の仇みたいに睨まないでよ」



いや、こいつの存在がすべての元凶だろう。

テクノロジーの発展をこれほど恨んだことはない。



「携帯電話を正規と逆向きに曲げることを、逆パカと言うそうですね」


「よく知ってるね。やっちゃだめだよ、絶対に」



釘を刺されたけど、一週間たってもしこの人たちが返却の受け取りを拒否したら、こいつは逆パカだ。


絶対やる。







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