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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
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2.余震(下)





6月に入って、中間テストが終わった。

テストの結果はまずまずだった。

バイトを通常通りに出勤しながらも全教科平均点以上取れたから、自分的には上出来である。


季節は梅雨に突入した。毎日蒸し暑い。

日中に真夏日並みに気温が上がる日も出てきた。


わたしの住むマンションも暑さは変わらない。


エアコンは電気代がもったいないのでつけずに、現時点では窓を全開にしてしのいでいるが、これでは7月、8月がもちそうにない。今は切実に、扇風機が欲しかった。


わたしとマヤの関係は大した変化もなく平和な日々が続いている。

先頭に立ってわたしをバッシングしてくるかと予想していた原田さんのグループは大人しいまま。これが平和の大きな要因だろう。


しかし散々コケにしていたマヤと今さら親しくするのが後ろめたいのか、もしくはプライドが許さないらしく、クラス内で話しをする人が増えたわたしとマヤも、原田さんと、そのグループの女子たちとだけは距離が埋まっていない。


小さなきっかけですぐにクラスの空気が一変してしまう。

そんな危うさが、今のクラスにはあった。






6月の第一月曜日。

出席簿でわたしの前の人が体調不良で欠席した。

おかげで今日その人がするはずだった日直が、前倒しでわたしに回ってきた。


しまった。予定がずれた。

今日は6限目が終わってすぐにバイトへ向かわなければいけない日なのに運がない。


放課後黒板をきれいにして、教室の床をほうきで掃いていたら、到着時間がぎりぎりになってしまう。

学級日誌は授業中に書くことにした。1日の反省欄なんて1日が終わってなくても適当でいける。


こういうとき、携帯電話を持っていないわたしはバイト先に遅刻の連絡ができない。都会のサバイバルの不便な点だ。


マヤがスマートフォンを貸そうかと言ってくれたが、バイト先の電話番号を覚えてないので断った。

知っていたとしても、ぎりぎり間に合うのなら連絡はいらない。電話で人と話す行為はやりたくなかった。


早く終わってほしい物事に限って、どうしてこうも望みどおりにはいかないのだろう。

授業終わりのショートホームルームはいつも以上に長引いた。

吉澤先生が言うには、最近隣街の他校生の問題行動が目立っているから気をつけろ。

くれぐれも触発されて馬鹿な行動はしないように、とのことだった。


最後の号令とともに立ち上がって、学級日誌を吉澤先生に押し付ける。眉間にしわを寄せられたが、受け取ってもらえた。


6限目が英語だったのが今日ほど腹立たしく思えたことはない。所狭しと書かれた文字を急いで消していく。

黒板を消し終わる頃には、クラスに残っている生徒の人数も10人ほどになっていた。

みんななにかしらの予定があるのか、速やかに下校していく。


掃除ロッカーからほうきを取り出して、床を掃く。

掃除当番が昼に一度掃除をしているので、そこまでごみは落ちていない。

床掃きは簡単に終わらせて、窓の施錠を確認。

すべてを終えたら足早に昇降口へ向かった。




悪いことが重なる。

校舎の階段を下りて昇降口に来たところで、自分に意識を向けてくる数人の男子生徒に気づいた。


その時点で嫌な予感はひしひしとしていたけれど、思いすごしを願って素知らぬふりをしつつ下駄箱で靴を履き替える。



「——お前って、高瀬結衣だよな」



そして、ガラス張りの玄関扉から外に出ようとしたところで男子生徒たちに呼び止められた。厄日なのか。


紺色のネクタイをした男子生徒3人。皆同じ1年生のようだ。

彼らのどうポジティブに捉えても好意的とは思えない、怒りを抑えた表情が癇に障る。怒りたいのはこっちだっての。



「ごめん。急いでるから」



男子生徒の間を走ろうとしたら、肩を強く掴まれた。

昇降口のほうへと引き戻す形で突き放され、道を塞がれる。



「急いでるんだけど」


「んなもん関係ねえだろ」



大有りだ。ただでさえ時間がなくてイライラしているときに、この仕打ちか。



「てめえ、最近調子に乗ってんじゃねえぞ」


「……は?」



初対面でいきなりなんだ。



「お前みたいなの、幹部の皆さんが相手にするとでも思ってんのか」


「迷惑なんだよ。その下心とっととしまって出直してこい」



3人は口々に詰め寄ってくる。

時間があったら、ひとまずは順を追って詳しく説明を求めるところだ。ほんと、時間に余裕があったら、だけど。


わたしにはこいつらが何を言っているのかわからないし、言いたいことを理解しようとする以前に、まず頭にきた。



「それで?」


「ああ?」


「具体的に、わたしは何に対して調子に乗ってることになってるの?」



低めの声で淡々と言うと、男子生徒たちがたじろぐ。



「それでもってわたしが調子に乗ると、そちらさんになんの害があるの?」


「……そ、そういうところが調子に乗ってるって——」


「こっちは具体的な実害は何かって聞いてるの」



上からかぶせるように畳みかければ、3人とも口を閉ざした。こんなことで黙るな。



「……まず、わたしはなんでここで呼び止められたの?」


「てめえが津月さんを利用して、幹部の皆さんに近づこうとしてるからだろうが!」



ああ、そういうこと。



「……へぇ」



口の端を上げて目を細めれば、男子3人はあたふたと目を泳がせる。

最初の威勢はどうした。自分たちに怯えない女はそんなに予想外だったのか。



「その話の出所は? 実際自分で確かめて裏は取ったの?」


「そんなもん、そこら中でみんな話してることだろうが!」



こいつら、馬鹿だ。



「あり得ない話だけど、仮に、もしも、万が一、わたしが皇龍に近付きたくて津月マヤと一緒にいるのだとして、わたしみたいな小者に皇龍の人たちが動くってあり得るの?」


「……んなわけねえだろ」



否定は無視してあざけり笑ってやる。



「ああそっか、あんたたちは動いちゃったね。上の人たちが相手にする必要もないと判断した小者に対して、わざわざ、勝手に」



最後を強調してやると、男子生徒3人は気まずそうにうつむいた。正論でこられたら自分たちが不利だと今さらながらに気づいたのだろう。

しかしここでわたしが許すと思うな。



「もしあんたたちが皇龍に属しているなら、わたしと接触した時点であんたたちが自分のチームの品格を下げてしまったという自覚はあるのかな?」



上が必要ないと判断したものにも、下が勝手に動いた。

噂を真に受けて事実を確認せず、チームとは関係ない第三者を糾弾した。皇龍の統率力のなさと、情報収集能力の乏しさをこいつらわたしにさらけ出しているようなものだ。


憧れている皇龍上層部の首を自分たちが締めてしまっていると、わかっているのか?


3人組は、何も言わなくなった。

開き直らないだけまだよしとしていいのかもしれないが、このままではわたしの腹の虫は治まらない。



「それで、あんたたちがわたしをここで呼び止めたことによって、わたしのバイトの遅刻は確定した。

約2ヵ月半、無遅刻無欠勤を貫いてなんとか培ってきたバイト先への信用が、たった今ガタ落ちになってしまったんだけど、——あんたたち、それについては責任取ってくれるの?」



3人はこちらをちらりと見たのち、決まり悪そうに彼らだけで顔を見合わせる。



——え? 俺たちんなこと知らねえし。



みたいな顔してんじゃないよ。





フリーズした3人組を押しのけてバイト先へと急いだが、体力のないわたしが目的地まで走り続けるなんて不可能だった。


バイトはシフトを10分過ぎての出勤になる。

駅前という立地のよさから、夕方になるとバイト先のバーガーショップは混み合って一気に忙しくなる。


わたしと入れ違いで抜けるパートの人は、保育園に子どもを迎えに行くため残業はできない。彼女はもともと時間の限界まで働いているから、これ以上迎えが遅くなると保育園では延長料金が取られると前に聞いていた。


そんな慌ただしい時間帯にローテーションを崩してしまったわたしは、店長からひどく怒られた。



「次はないからね」



と言う店長は本気だろうと推察する。

仕事以外でほとんどコミュニケーションを取らないわたしを、庇ってくれる人がいないのは当然だ。

本来ならカウンターにいるはずだった年上の女性スタッフが裏方にいて、散々嫌みを言われた。


ここの店は、カウンターの注文受付係を担当したいという女性スタッフがやたらと多い。

愛想のないわたしはお客様の相手なんて極力避けたいところなので、今日もありがたく裏方に徹した。



それにしても、学校帰りの一件はどうしたものか。

あんな人目の付く場所で、周りに下校中の生徒がいるにも関わらずよく声をかけたなあいつら。


あの3人組が皇龍に所属していたらなおさらまずい。

1年生男子というだけで、顔立ちや特徴をよく見なかったことが悔やまれる。


見知った顔じゃなかった。自分の所属するクラスの生徒じゃないことくらいしか素性が知れない。


まさか敵になり得る人間がクラスの外にもいたとは、危機感が薄かった。


面倒なことになってしまった。

この先前から来るであろう荒波のために、せっかくマヤに理解を得て防波堤を築いたというのに、すべてを横波にかっさらわれてしまったようだ。







      *







翌日、学校の空気が変わっていた。

さすが人のうわさは伝わるのが早い。



「サイテー」



予鈴が鳴っても廊下でたむろしていた見知らぬ生徒から、野次をもらって確信する。

本鈴まであと1分というところで教室に入ったが、ここでもクラスメイトの注目を浴びた。


しかしどういうわけか、廊下や階段ですれ違った生徒の敵意に満ちた顔ぶれが、クラス内では少ない気がする。

同情や哀れみもたれているように感じるのは思い違いか?



「結衣」



席につくとマヤが心配そうに歩み寄ってきた。



「おはよう」


「おはよう……あのね」



言いにくそうにしながらも、マヤは言葉を続けた。



「昨日の夜、SNSの皇龍の非公式なコミュニティで、結衣のことが拡散されたの」


「……ごめん。ちょっと言ってることがわからない」



エスエヌエスは、インターネットを使ったあれか。バーチャルにあるもうひとつの世界的なやつだって、昔の仲間が説明してくれたのを覚えている。

皇龍についてはどうでもいい。

コミュニティとのことだから、皇龍についての情報を共有する集まりか何かだろう。


そこでわたしのことが拡散?


具体的なことは把握できない。しかし嫌な予感しかしなかった。


マヤが主題に入る前に、本鈴が鳴った。

「あとで」と言って、マヤは席に戻った。



【拡散希望】


『写真の女は卑怯な手段を使って皇龍に取り入ろうとしている、要注意人物である。

春成木の住人で皇龍を慕う者は、この情報をできるだけ大人数に伝えて女の陰謀を阻止すること』


※後日皇龍が調べた際、この警告文の拡散に協力しなかった者は、皇龍の敵みなされます。




マヤが見せてくれたスマートフォンの画面には、そんな文面と、わたしが昨日の放課後にあの3人組と話していた時の写真があった。


なんでもSNSのひとつで、皇龍のファンが有志で作ったコミュニティがあるらしい。

皇龍の情報共有目的で作られたそこには、皇龍に関する様々な情報が真偽に関係なく行き交っているとのこと。


マヤに説明してもらったけど、正直あまりよくわかってない。ひとまずわたしの知らない場所で、皇龍とわたしを紐付ける情報が流されたのだけは理解できた。


ショートホームルームが終わった後の休憩時間だが、廊下から教室内を覗いてくる生徒の数がやたらと多い。

すっかり見世物状態だ。



「皇龍の敵とみなされるってところにみんな怖がって、本当かどうかわからないけどとりあえず拡散に協力しておこうって人がそれなりにいるみたい」


「こういう情報って、どれぐらい出回るものなの?」


「わからないわ。でも、高校生でスマホを持ってない人のほうが珍しいし、拡散されたコミュニティはこの街の中高生や若者の大半がチェックしているものだから、皇龍にとってマイナスになる情報は広まりも早いって今朝翔吾が言っていたわ」



拡散が早いなら、出所をつきとめるのも難しいか。

こういうのって、見る側にとっては情報の虚偽はあまり重要じゃないんだろうな。


にしても街中に出回るって、どうよ。

つまり、あれか。



「これ、バイト先の人が見たら、わたしは皇龍に取り入ろうとしたがために昨日は遅刻した、ということになってしまうんだよね」



なんだこの理不尽な状況は。



「昨日、遅刻してしまったの?」


「ここに写ってる三人衆のおかげでね」



ひょっとしたら、この3人もメールを流した大元とグルか?



「こいつらって、本当に皇龍なの?」



彼らが皇龍である前提で話を進めていたが、最初から罠だったケースも捨てられない。

横顔がここまではっきりと写されてモザイクもなしで流されている時点で、写真を撮った奴とこの3人が仲間という可能性は低いが。


どっちにしろ、この写真は証拠としては十分だ。

わたしもだけど、3人組も逃げられない。



「皇龍では急いでこの情報の事実を確認するらしいわ。皇龍に取り入るのが目的なら、結衣は最初からわたしを利用してるって言ったんだけど、部外者を特別扱い出来ないって」


「それが正解だよ。下手に特別視されたら今度こそ確実に袋叩きにあう」



確認した結果、仲間を信じることにしたとか言われたらとんだ茶番だ。その時はわたしも腹を括ろう。



「皇龍の上層部が写真の3人を信じることにしたなんて言ったら、その時は手加減なくわたしがこの3人を締め上げるけど。そうなった場合は証人としてぜひともマヤの人脈を貸してほしい」


「多分、そんなことにはならないと思うけど、その時の協力は約束させてもらうわ」


「助かるよ」



他人の敵意は受け流せるから、大丈夫だ。

これだけあからさまなものなら、むしろすがすがしくて清々する。

知ってほしい人が本当のことを信じてくれている。

それ以上の贅沢を、わたしは求めるつもりはない。


マヤはスマートフォンの画面を食い入るように見つめて、難しい表情で首をひねった。



「それにしても、この写真の結衣、すごく不機嫌よね。これ『取り入ろうとしている』というよりも『喧嘩を売ってる』ってほうが信憑性がある気がするのだけど」


「……急いでいたからね」



たしかに、この写真のわたしは見るからに目がすわっている。

そっちの方の内容で情報を拡散されていたら、駄目だったかもしれない。



「でも、マヤの目の付け所はすごいよ。おそらくそれが確信だ」


「どういうこと?」



マヤにもう一度、スマートフォンに映る写真を見せてもらう。

不機嫌な自分の顔は、見ていて非常に不快だ。



「これを載せた人間の狙い。マヤの言う通り、写真だけ見たらわたしは皇龍に敵対しようとしているってみなすこともできた。なのに発信者わざわざ曲解して、皇龍に取り入るなんて捉え方にしたのか」



敵や脅威と書いて危機感を煽れば、皇龍が過剰に反応をしてしまうかもしれない。

発信者はおそらく、皇龍には本腰を入れて動いてほしくないのだ。


陥れたいのは、あくまでもわたしひとり。


「取り入る」という書き方には、発信者の願望も含まれている可能性がある。


なんにせよ、やり方が汚いことには変わりない。








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