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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【本編After 2.傷の最初は誰も知らない】
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23.背中を押されて一歩を踏み出す






カプリスでのバイトが再開されて、いつもの日常が戻った。


蔵尾箕神砥の姿はあれ以来見ていない。

蔵尾については柳さんから「檻に入れたからもう心配いらない」とだけ報告があった。


それっきり、わたしたちの間であの迷惑男については話題にすらのぼらなくなった。


柳さんに気を遣っているとか、話しづらい空気ができているとかではなく、みんな蔵尾に対して興味がないのだろう。


わたしも正直どうでもいい。






そんなことよりも、だ。


二つ折りの携帯電話を前に、わたしは項垂れるようにして机に額をくっつけた。



「……凍牙が持っててよ」


「意味がないだろ」



いつもの昼休みの第2科学室にて。


ついに持ってしまった文明の機器へとあれこれ文句をつけるわたしに構わず、凍牙は我関せずと昼食を食べている。



「まだ売ってるんだな」


「ほんとに。どこで見つけてきたんだか」



携帯電話をわたしに押しつけ——、渡してきたのは涼君だ。


今回の蔵尾の一件を父母に報告しないことを条件に、もしもの時のために持っておけとのこと。

公衆電話で凍牙に助けを求めたのを知られて、ならば大丈夫だろうとなかば強引に持たされた。


この携帯電話にはメール機能がついていない。

さらには電話会社のサービスか携帯本体に付いている機能かは知らないけれど、電話帳に登録されていない番号からかかってきた電話はすべて着信拒否になるよう設定されている。


そして電話帳には一件も登録されていないので、現状では携帯電話に外から着信がかかってくることはない。


そこは涼君が優しさを見せてくれた。


本当に、もしもの時に使えればいいという魂胆だろうけど、こうやって電話にじわじわと慣らされてる気がしてちょっと怖い。


わたしが記憶している電話番号は凍牙のものひとつだったけど、ここに涼君の番号も追加された。というか覚えさせられた。


涼君いわく、なぜ凍牙の番号は覚えているのに、俺のは知らないんだ——と。意味がわからない。



「これのこと、今は誰にも言わないでよ」



この携帯電話はわたしにとって防犯グッズであり、コミュニケーションのための道具じゃない。


柳さんや春樹たち、マヤにも。

周囲の人たちはわたしの進歩を喜んでくれるかもしれないけど、いきなり繋がりが増えるのは怖い。



「自分のペースでいいだろう。俺からは何も言わない」


「……うん」



視界に入れているだけでストレスが溜まるので、携帯電話は早々にカバンの奥へ戻した。


昼食を食べながら、これからのことを考える。


今はまだいいかもしれないけど、高校を卒業して社会に出るころには、電話を避けて生活するのも難しくなる。


慣れるなら、普通にできるようになるならそのほうがいいに決まっている。


焦る必要はなくても、現状に甘え続けるのも違うだろう。



「……前向きになれた時は、電話の練習に付き合ってくれる?」



当たり前のことが当たり前にできないわたしの、どうしようもない頼み事。

こんなこと、凍牙にしかお願いできない。


凍牙は呆れも蔑みもしなかった。

うなずくこともせず、少し考えて自然に口を開く。



「直前に予告はしておけよ。でないと心臓に悪すぎる」


「了解。突発ではしない」



緊急用の名目で所持しているものを別用途で使うなら、そこら辺の気遣いは必要だろう。


気まぐれでするのは、いたずら電話の110番レベルにタチが悪い。



「まあ、まだ先の話になりそうだけどね」



とりあえずはもう少し、携帯電話が身近にある生活に慣れよう。


顔の見えない会話についてあれこれ悩むのはその次だ。


携帯電話、スマートフォン——、それらの機器を利用した新たな繋がりは求めてない。


でも、これらが便利な機械なのはわかっているから。






いつかは、必ず——。







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