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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【本編After 2.傷の最初は誰も知らない】
172/208

17.ありえない人物の襲来





      ◇  ◆  ◇






日奈守駅から春成木駅方面へ、電車でひと駅。

下車して駅から15分ほど歩いた位置にある、雑居ビルの2階。


高瀬涼がその場所を訪れたのは、結衣が蔵尾に襲われた翌日、月曜日の午前9時30分になる頃だった。



ガラスのドアに記された探偵事務所の名前を確認した涼は何の躊躇もなくノックする。中から反応がなければ、もう一度。


しつこくノックを繰り返していると、やがて警戒心をむき出しにした男がひとり、ガラスのドアを覆っていた布に隙間を作って顔を覗かせた。


人好きのする笑みを浮かべ、涼はぺこりと会釈する。



「ちょっと、こちらにご相談がありましてー」



無害そうな好青年に毒気を抜かれ、訝しげになりながらも男は鍵を回した。

刹那、ドアノブを握った涼はドアをこじ開けて強引に押し入る。



「ぁあ? んだよお前!?」



男に構わず中へと足を踏み入れる。事務所の内部を隠すために設置されたパーテーションを過ぎれば、そこには中央に事務机が向かい合わせで3つずつ、合計6つ設置された空間が広がっていた。


壁際にはソファが置かれていて、そこに横になってくつろいでいた男が起き上がる。


ワンフロアの事務机はちょうど真ん中辺りでパーテーションにより仕切られており、奥がどうなっているのかは手前側にいる涼にはわからない。

ただあちらから複数人の気配がするだけだ。


ひとまず見える場所にいるのは、3人。


ドアを開けた丸顔の男と、ソファに寝ていた金髪癖毛の男。

そして事務机に腰掛けて不安そうに様子をうかがう男。


涼はそれらをひとりひとり指さした。



「ひい、ふう、みい……。なんだ、まったく揃ってねえじゃねえの」



声はあえてはっきりと、奥にいる連中にも聞こえるように言い放つ。



「ここの奴らはねぼすけだなあ。学生も今の時間は学校行って授業に励んでるぞ」


「……てめえ、あいつらの仲間か」


「あいつら?」



近くにいた男の唸るような声に、涼はきょとんと首をかしげる。腕を組んで考える仕草をしながら、うーんと考え込んだ。



「……あいつらって、誰のことを言ってんだろうなあ……。昨日おたくの社員をボコった水口凍牙か。ここの依頼主の、蔵尾箕神砥が執着している、柳虎晴か——」


「やっぱり仲間じゃねえか!!」


「いやいや違うって」



殴りかかってきた男をひょいと軽く避け、涼は男の背中を蹴った。


事務机とソファにいた両名が立ち上がる。


向かってきた金髪癖毛の男に正面から蹴りを入れると、見事に吹っ飛んだ。

男は奥のパーテーションに背中から激突し、繋げられたハリボテの壁は時差をつけて順々に倒れていく。


焦りや悲鳴じみた叫び、怒号が事務所内にこだました。

パーテーションの向こうに潜んでいた連中の数名が、壁が倒れた巻き添えをくらい下敷きになったのだ。



「なんだ。ちゃんと揃ってたか」



よかったよかったと、涼は胸に手を当てわざとらしく息を吐いた。




事務机の奥側は手前と雰囲気が違った。天井の照明は灯されず、窓を分厚いカーテンで覆われているため薄暗く、どこか閉塞的だ。


さらには中央にキングサイズのマットレスが敷かれ、それを囲うように複数の三脚や照明機材が置きっぱなしになっていた。


奥に身を隠していた男たちは、それぞれ手に警棒や刃物を携え、慌てふためきながらも涼に殺気立つ。



「……あれ、……高瀬涼、じゃねのえか……?」



そんな中、倒れたパーテーションから這い出た男が涼を見上げて呟いた。


声は小さかったが、周囲の男たちの戦意が薄れるのに比例して、動揺が一気に広がった。


最寄駅は日奈守駅ではないが、この事務所の建つ場所は日奈守市に属する。


後ろ暗い依頼を金と引き換えに請け負ってきた探偵事務所の構成員が、高瀬涼と樋口劉生の名前を知らないはずがない。


そして彼らには、高瀬涼がここを訪れる理由に、心当たりがあってしまった。



「……嘘だろ」


「嘘じゃねえよ本物だって。免許証見るか?」



信じられない。嘘であってくれと顔を見合わせる者たちに構わず、適当に告げた涼はパーテーションを避けて室内のへと進む。

彼に敵の持つ武器を気にした様子はない。


進行方向の正面にいた男は涼の飄々とした空気に気圧され無意識に道を譲った。


涼はそのまま事務所の隅にあった段ボールを覗き見る。


手錠や革の拘束具——、いわゆる特殊な嗜好の大人のオモチャが乱雑に入れられたその箱に、涼の表情が抜け落ちた。


そのままの顔で振り返った彼は視線で床に敷かれたマットレスを示す。



「昨日、日奈守駅で女子高生を攫って、この事務所に連れてくるつもりだったらしいな」



ひゅっ……と。何人もの息を呑む音が聞こえた。



「それで、ここで撮った動画をゆすりのネタに、柳虎晴から大金せしめて。さらに金を払わせるだけ払わせたあとは、約束を守らず動画でもう一儲けってか。なかなか面白いプランだなあ」



涼の口調は棒読みもいいところだ。



「どんなプレイで撮るか、なかなか楽しそうに話し合っていたみたいだが、なあ?」


「ひぃっ」



迫力に圧倒され、男のひとりが腰を抜かして尻餅をついた。

呼吸も忘れて固まっていた者たちが、一歩、また一歩と涼から離れるようにあとずさる。


涼は彼らを冷笑し、自分自身を指さした。



「あいつが誰の妹かって、お前ら調べて知ってたろ?」



確信を持って放たれた言葉に、事務所の人間は顔を青くする。図星だった。



「あーあー、俺も舐められたもんだなあ。ひょっとして、妹をネタに俺も脅そうとしてたのか? 下克上は歓迎だが、その手段はいただけねえなあ」



明確な怒気を孕んだ日奈守の化け物を目の当たりにした事務所の構成員は生きた心地がしない。


日奈守での高瀬涼が関わったとまことしやかに囁かれる騒動や事件は、ひとつやふたつではない。

事務所には涼と同年代の者も多い。かつて彼が日奈守の頂点に君臨していた時にやらかした数々の所業は、今でも度々話題になるほどだ。


高瀬涼は日奈守の生きる伝説で、たとえ一線を退いてもその力は多岐に渡って絶大だ。



……だから、あの娘はやめた方がいいって言ったんだ!



ここにはいない、依頼人の蔵尾箕神砥に対し、事務所の誰もがそう心の中で叫んだ。






      *






——考えてもみろ。




今時、事情もなく高校生が親元を離れてひとりで生活しているなんてあり得るか?



しかもそいつが通っているのは、そこでしか学べない特殊な学科がある学校じゃない。

県下で偏差値が突出して高いわけでもない、そこそこのレベルのどこにでもある普通科だ。


そんな高校、家から通える範囲でいくらでも選べただろうに。


なんでわざわざ実家の通学圏外の高校を選んだ? 


なぜ親は許可して送り出した?



ちょっと捻って考えたらわかるはずだ。


そいつとそいつの身内のあいだには、関係性に深い溝がある。

まず間違いないだろうよ。



なあに、お前らの危惧している事態にはならねえよ。


心配のしすぎだ。


なんならそいつで遊んだ後、そいつの兄貴にデータを餌に取引を持ちかけてみろよ。


そいつも金は持ってそうなんだろ?



自分の恥になる、身内の汚点を全力で隠そうとする人間はそこら中にいる。


賭けてもいい。


そいつの兄貴とやらは、絶対自分の保身のために動くだろうよ。



交渉次第ではいい金ヅルになるぞ——。






      *







自信に満ち溢れた蔵尾の話には、奇妙な説得力があった。


たしかに、高瀬涼は大学進学後は日奈守の裏側から徐々に距離を置いていった。

社会人となった彼にとって問題を起こして汚点となる身内の存在は、過去の自分と同じぐらいに周囲の人間に知られたくないはずだ。


そう思うと、蔵尾の力説は正しい気がしてきた。





高瀬涼が隠したがっている妹は、依頼人である蔵尾の希望を叶える意味でも役に立つ。

リスクを怖がっていては、大きなリターンを得られない。

金に目が眩んで進んだ先には破滅が待っているとも知らず、男たちは突き動かされた。



実際のところ、高瀬涼はその世界から足を洗ったわけではない。


大学入学を機に目立つ行動をやめて、探偵事務所の者たちが把握できない、日奈守のさらなる地下層へ潜っただけなのだが。


それを彼らは知るよしもなかった。






標的として監視を続けていた高瀬結衣が日奈守へ帰省した際、事務所の数人はおかしなことだと首をかしげた。


高瀬結衣は実家と疎遠ではなかったのか。


嫌な予感を覚えつつ、今さら後戻りはできないと計画を実行する準備に入った。



そして日曜日。

日奈守駅に現れた高瀬結衣を確保するためそれぞれが動き出した。


しかし結果は標的に悟られ失敗に終わる。


さらには依頼人の蔵尾がでしゃばり、高瀬結衣を追い回した果てに彼女が逃げた先は、あの(・・)「メディウス・クロス」だったという。


探偵事務所の者たちは皆顔を青くした。


おい誰だ高瀬結衣と身内の関係が希薄だと言ったやつは。

よりによって逃走先が樋口劉生のいるメディウス・クロスだと!?



慌てふためく男たちに反し、唯一事態を把握しきれていない蔵尾は訝しげになりながらも「そんなことより次の手を考えろ」と彼らを急かした。






そうだ。


よく考えろ。



高瀬結衣の連れ去りに失敗したことは自分たちにとって幸運だったのだ。


しかしターゲットを高瀬結衣ひとりに絞り続けるのは、今後のためにもよくない。


探偵事務所はあくまで、依頼人の希望である柳虎晴の関係者を狙っただけ。

そこにたまたま、高瀬涼の妹が混ざっていたのだ。


この体裁を整えるため、高瀬結衣とは別に、急いで柳虎晴の関係者を襲撃する必要がある。


蔵尾も「時間がないんだ。とにかくどんな手を使ってでも柳の身近な人間を壊せ」と急かしている。


これは蔵尾の命令であり、自分たちが自発的にしたことではないのだ。


だから、問題ない。



幸運なことにメディウス・クロスの人間に顔を見られたのは、蔵尾ひとりだった。


今のところ、この探偵事務所と高瀬結衣の接点は明るみになっていない。

だから、蔵尾が裏切らない限りは高瀬涼が自分たちの存在を知る術はない。




……そう、安心していたのに。




なぜ高瀬涼がここにいる——?







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