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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 下】
17/208

1.余震(上)



嫌いでいいの。




こんな自分勝手なわたしなんて、許してくれなくていいから。




どうかあなたには、幸せに笑っていてほしい。









      ◇  ◇  ◇






春成木市の繁華街にあるクラブ・アーク。



皇龍の拠点となっているこの店は、夜になると若者たちで大きな賑わいをみせる。

建物は木造の2階建てで、1階部分がクラブの営業スペースとなり、2階は皇龍幹部やそれに近い者が使用していた。


木製の床やテーブル、カウンターは自然な色のまま。アンティーク調のランプの電飾が店内を淡く照らす。店の内装は避暑地にあるペンションを彷彿させた。


アークの2階廊下は吹き抜けになっているので、階下のホールがよく見渡せる。

反対に2階は廊下の幅が広く取られているため、個室位置は1階から確認することができない。



皇龍というチームは暴走族というよりも、自警団に近い組織である。


約10年ほど前、荒れ放題だった街を初代皇龍総長が沈静化させたのが栄光の始まりだとか。

治安が安定するならと、チームの存在は地元の警察も黙認しているのが現状だ。


皇龍では恐喝や窃盗など、他者に影響がある行為は固く禁止されている。


恋愛は自由。

酒とたばこは自己責任、らしい。


ここ春成木では皇龍への所属が一種のステータスとして考えられている。

それほどまでに街での皇龍の影響力は絶大なのだ。


しかしながら、力を持ってしまった大きな組織を維持するには、規律や上下関係も当然のように発生する。

それらを厳守してでも皇龍に入りたいという若者が後を絶たないというのだから、憧れというのは末恐ろしいものだと水口凍牙は内心で辟易した。


俺には無理だ。

上の人間に顎で使われるなんて、成人してからで十分だろう。


望んで不自由を選択する者たちを嘲笑する気はないが、そこに混ざりたいとは到底思えない。


とはいえ皇龍に属さない、反対の思想を持つ危険分子は春成木で動きづらいのもまた事実。

立ち振る舞いを弁えている凍牙は、皇龍とのほどほどの付き合いを心がけていた。




この日凍牙がアークに来たのも、皇龍の幹部に呼び出されたからである。しかし約束の時間を10分過ぎても目的の男は姿を見せなかった。

所用があっての遅刻ではない。その男はわざと遅れて来訪者がどんな行動するのかを確かめているのだと、とっくに把握済みだ。


ついでに水口凍牙という人物が皇龍と懇意にしていることを、店に来た連中に見せつける目的もあるのだろう。


店内ではさっきから視線がうるさい。凍牙は誰かに話しかけてきたらそれを理由に帰るつもりでいた。


壁にもたれかかってスマホをいじって時間を潰していると、その男はようやく現れた。



「ごめんねぇ、遅くなっちゃって」



2階からした声にざわめきが起こる。


上階の吹き抜けから小柄な体格の男が凍牙に手を振っている。

赤茶色の髪をした、常に何かをたくらんでいそうな猫目の男は、階下の人間に注目を浴びながらゆっくりと階段を下った。


男は5月の中頃というのに長袖のレザージャケットを着ているものだから、見ているこちらが暑く苦しく感じてしまう。


間違っても店の空調は壊れていない。


体は小さいが、存在感は半端なく大きいこの男。


——櫻庭 一輝。


高校3年の、皇龍の幹部だ。


櫻庭は皇龍において主に凍牙のようにチームに属さない者や、皇龍以外の街のチームとの橋渡し役を担っている。


カウンター席へと近づいた櫻庭に、凍牙は軽く会釈する。



「構いませんよ。あとに予定があるわけでもないので」



櫻庭のような属性の人間は、自分のリズムに相手を引き込むのがやたらと上手い。

上手い——とは理解しているが、この男の上を行く奴を知っているためあまり影響は受けないでいられる。


この程度の意図的な遅刻などは気にせず流せた。



「そう? ま、話は奥に行ってからね」



櫻庭は視線を多く集めるため、わざと店の中央を歩いて行く。


凍牙が皇龍に追従していると周りにアピールさせる狙のが狙いだ。凍牙自身もそのことをわかってはいるが、不用意に反発する理由もないので抵抗はしない。

ここにいる者たちがどう思おうが、凍牙にはさして興味がなかった。


店の奥にあるソファースペースの一角は、あらかじめ人払いがされていた。


衝立で周囲の目が遮られた場所に、凍牙と櫻庭は向かい合わせで座る。



「ごめんねーいろいろこっちも忙しくて。みんなが水口君みたいに素直だったらもっと俺も楽になるのに。俺は真面目に働いてるってのに、ほんと、いろんなところが次々に問題起こしてくれて、休んでる暇がないんだよねー。まいっか、待たせちゃったぶん、前置きなしで話すよ。」



——などと十分に前置きしてから、櫻庭は話しだした。



「最近さあ、隣の街が荒れてるんだよね。西のほう。この前も徒党を組んでこっちまで攻めてきたりしたしさあ。あ、あの時は水口君も手伝ってくれたっけ」


「そうでしたね」


「ま、あんだけこてんぱんにしたら、さすがに懲りたんだろうね。こっちの街にあれから悪さしに来ることはなくなったんだけど。あいつら、今度はうちと反対側のさらに西側の街に攻めて行って、そっちがただ今絶賛大荒れ中でさあ」



対面して座る櫻庭は凍牙の目を射抜いたままそらそうとしない。

探るような視線から、櫻庭の言いたいことを推理するのは容易だった。



「このままいくと、西の地域一帯が悲惨なことになりかねないんだけど、ね」



きな臭い話ではあるが、皇龍には関係のないことのはずだ。

皇龍は春成木という街を縄張りとし、外には完全不干渉を貫いている。

この話を自分にした目的は別にあるのだろう。


凍牙の推測は正しく、櫻庭は面白そうに口を釣り上げた。



「水口君って、西の街が出身だって言ってたよね」


「そうですね。前住んでたのは日奈守ってとこですから、ここからじゃ西にふたつほど都市を挟んだ場所にありますね」


「そうそう、そういうとこだったね。下手したら騒動に巻き込まれかねないかと思ってね。こっちに入る情報はあんまりないけど、一応教えておいてあげようかと思ったんだ」


「ご丁寧にどうも」


「心配じゃない?」


「別になんとも」


「地元に友達とかは?」


「心配するほど親しいやつはいませんよ」



櫻庭の情報提供には、好意という優しさは微塵もない。


この男は試しているだけだ。

凍牙が与えられた情報にどのような反応を見せるのか。

かつて住んでいた街は、凍牙にとってどれだけの価値があるのか——。

それらは水口凍牙が皇龍の敵となった場合の手札になり得るものなのかを。


櫻庭の狙いは十分にわかっているが、凍牙は櫻庭の質問には正直に答えたつもりだ。

かつて住んでいた街、日奈守には心配事も未練も残してはいない。


心の読み合いは、凍牙に軍配が上がった。



「あーあ。水口君ってほんとーに掴ませてくれないねえ。弱みのひとつでもどっかに置いといてよ」



口では困ったような言いぶりだが、完全に表情が裏切っている。思いどおりにならない相手を心の底から楽しんでいるようにしか見えない。

櫻庭一輝とは、そういう男だ。



「混乱はおそらく、日奈守で終わると思いますよ」


「んん?」


「同じ年に、それなりに有名なやつがいたので。そいつが動けばどうにかなるかと」


「そいつの名前は?」


「武藤 春樹。俺と同じ中学の同級生です」



下手に隠して後々疑念を持たれるなら、今伝えておくべきだろうと判断して、凍牙は言葉を選んで声に出す。



「地元じゃ結構有名でしたよ」


「知り合い?」


「顔見知り程度ですね。クラスが一度同じになったので、向こうも俺を知ってます」


「そいつ、心配だったり?」


「いえ、まったく」


「またまたぁ」


「ほかの街の奴らが攻め込んでそいつがやられるなら、俺の見込み違いだったというだけですよ。その時は水口は人を見る目がない人間だとでも評価しておいてください」



嘘は言っていない。

武藤春樹はそう簡単に潰される奴ではない。

彼が不良が街を荒らしても我関せずで放置を決め込む可能性もあるが、そこまで言わなくてもいいだろう。



「ふーん。じゃ、まあそういうことで」



話が終わったのなら、と退出の言葉を言うより先に、櫻庭の口が続けざまに動く。

にんまりとした笑みが、ここで逃がすと思うなよと言わずして凍牙に告げていた。



「あとさもういっこ、君に聞いときたいんだけど。——高瀬 結衣って、どんな子なの?」



いつかは来るとは凍牙も想定していた追求だが、予想以上に早い。

マヤはともかく、皇龍幹部の野田に結衣と話しているところを見られたのがまずかったか。



「どんな、とは?」



櫻庭の問いかけは回答に困る。

結衣自身について聞いているのか、凍牙が結衣をどう見ているのかを知りたいのか。——あるは両方、か。



「いやあね。最近話題に上っていろんなところから話は聞くんだけど、その子の人物像が見えてこないんだよね。明良は『話は通じるのに予想通りにいかない吹っ飛んだ子』って言ってるし。マヤちゃんは『慣れたら気を使わなくていい優しい子』だって」


「まぁ、人の見方はそれぞれですからね」


「ちなみに総長は『無理やり自分を抑え込んでる危うい状態の女』だってさ」



最後の見解に凍牙は閉口して心の中で感心する。

さすが、あの人は的を射てくる。



「余計なことして結衣って子が敵になると厄介だから、不用意に関わるなって。総長にそれだけ言わせる女ってどんだけーって思わない?」



確かに。皇龍総長、日暮の判断は凍牙から見ても正しい。

これだけまとまりのある組織ならなおさら、結衣には関わらないに越したことはない。

拠り所を失っている現在の彼女は、あまりにも不安定すぎる。



「で、ますます結衣って子がわからなくなった俺としては、水口君の見解も聞いておきたいわけでさ。水口君にとって、高瀬結衣ってどんな子なの?」


「どうってことないですよ。強いて言えば、空気と同じですね」



「あれ? それって君に冷たくされえも諦めない、店に来てる女と同じってこと?」



あんな煩わしい気体があってたまるか。



「邪魔にならないという意味で言ったつもりです。俺にとっての高瀬結衣は、人畜無害だけど有益にもならない存在ですかね」


「あ、そういうこと。ところで君たちってどこで知り合ったのさ?」


「学校の敷地内ですよ。昼食仲間といったところです」


「ふうん」



嘘は言っていない。詳しいところを飛ばしただけだ。

探りを入れられても、凍牙にこれ以上の情報を提供する意思はない。



「ほかに質問は?」


「うーん……、ない、かな?」


「気になるようなら直接確かめに行ったらどうですか。藪をつついて蛇が出てきても、俺の知ったところではありませんし」


「迷うことを言ってくれるねえ。ちなみに水口君が結衣ちゃんを紹介してくれたりとかは」


「生憎俺は自分が可愛いので」



過去の出来事や黒歴史を不意打ちで使ってくる結衣に、これ以上ネタを与えたくはない。

これでもう用事は済んだだろう。



「帰っちゃうの? 飯ぐらいおごるよ」



立ち上がった凍牙に櫻庭がメニュープレートを差し出す。



「後々飯代以上の労働を強いられそうなのでお断りしますよ」


「ちぇ、本当に可愛げがない」


「失礼します」


「はーい。西がまた攻め込んだら、呼び出しかけるからね」


「近くにいて時間があれば応えますよ」



あいまいな返事にしておかないと、櫻庭は本当に戦力として頭数に入れてくる。


凍牙が聞くところによると、櫻庭の策略によって自覚のないうちにいつの間にか皇龍になっていたという新興チームは、ひとつやふたつではないらしい。

安定した関係性には明確な線引きが大切だ。


店を出た凍牙は薄暗い街灯の下を目的もなく歩いた。

日付が変わる時間帯でも、ここら一帯の賑わいは変わらない。


——西が荒れる。


そう聞いたところで、凍牙が進んで動くことはない。

武藤春樹と接触するつもりもないし、ましてや結衣にこのことを話す必要もないだろう。

もしも西の混乱で万が一にも武藤春樹たちがやられたとしてもだ。


勝手にやればいい。

俺は結衣に何も言わない。




ただひとつ——。


お前たちが手放した猫が、今でもお前たちを大切に思うあいつが、心を痛めないために……。


その一点に関してだけは、春樹たちに協力するつもりでいた。








      ◇  ◇  ◇








人のうわさも75日というけれど、情報に溢れた現代社会では75日も続く話題のほうが珍しい。

マヤと三國翔吾の熱愛騒動は、休日をまたいで月曜日になればすでに下火になっていた。


それからまた一週間。

生徒たちの関心は、来週にある中間テストに移っているようだった。


その間にあった、わたしの凍牙に渡す「ほどほどにおいしい弁当作戦」は見事なまでに撃沈した。

どうやらわたしの料理は、一般的なものに比べて味が薄すぎるらしい。



「次は味塩でも醤油でもいいからかけるものを持参しろ」



大きめの保存容器に入ったおかずを食べながら、凍牙はそう言った。


次なんてあってたまるか。

もし今度頼みごとをしたときのお返しは、別の何かを考えようと決意する。


なんだかんだ言いながらも、凍牙はわたしの手作り弁当を完食した。



「まずいなら残せばいいのに」と言ってみたら「食べられないレベルじゃない」と返された。

フォローのつもりか。

まあ、食材が残飯にならなかっただけ良しとした。




マヤと三國翔吾が仲直りしてからというもの、ふたりの関係は学校全体が徐々に受け入れるほうへと進んでいるようだった。

そうなると、マヤの周囲でくすぶっていた気まずい空気も自然と消えていく。


クラス内でも少しずつマヤと普通に話す生徒が増えてきた。


ゆるやかに、それでも確実に変わっている。


とはいえ全部がよい方向に変化するとは考えていない。

これは面倒事が起こるまでの、つかの間の休息なのだろう。



「一度、皇龍の拠点になってるお店に来てみない?」



ある日の体育の授業終了後、着替えを済ませて教室に戻っているときだった。

なんの脈絡もなく、思いつきでマヤはわたしに言った。



「行かないよ」



マヤにしてみれば、皇龍というチームを知らなさすぎるわたしを気遣っての提案なのだろうけど、自ら自爆しに行くまねは遠慮する。



「行ったところでわたしの何かが変わるってわけでもないだろうし、状況が悪化するだけだろうからね」


「状況って?」


「わたしがマヤの近くにいるのは、皇龍に取り入ろうとしているからだ——、みたいな感じの周囲の意見が強くなる」


「そんなっ!」


「第三者の目から見ると、そう捉えられてもおかしくないって話だよ」



見方が変われば、考え方が違ってくるのは当然だ。

わたしにその気がなくても、これについてはいずれうわさとして広まって行くことが予想される。



「——悪意を持たせてしまったから、余計にね」



厄介ごとはまだ、完全には消え去ったわけではないのだ。



「……え?」


「ううん。ひとりごと」



面倒なうわさを流されるのが嫌なら、マヤからさっさと離れてしまうのが得策だろう。

だけど、それはわたし自身の望むところではない。


なんだかんだとあったけど、学校生活においてマヤといる時間は心地がいい。

しかしこれはあくまもマヤ個人との話であって、三國翔吾や皇龍といったおまけはいらない。


少しでも平穏な生活を長く続けるためにも、彼らと関わってはいけない。


マヤが皇龍を大切に思っているなら、絶対に。



「わたしにとって、友達の知り合いも、友達の友達も、友達の恋人も、友達の家族も。直接知り合わない限りは他人だからね」


「……今のは、ひとりごと?」


「ううん。わたしの思うところを伝えただけ」


「その価値観からいくと、結衣にとっての翔吾は?」


「確認されるまでもなく他人だね」



先の一件で話題となった人だけど、結局わたしは三國翔吾がどんな顔をしているのかすら知らない。


出来ることならわからないままで卒業まで迎えたい。



「わたしは皇龍と関わりたくないし、今の状態が維持できるならそのままがいい。下手に自分からこの均衡を崩すことはしたくないよ。そこはマヤにもわかっておいてほしい」


「……うん」



腑に落ちないながらも、マヤは頷いてくれた。


わたしにとってはどうでもいい組織でも、マヤにしてみれば皇龍は憧れのチームなのだろう。


好きなものが認められないのは、つらい。

だけどごめん。わたしは自分のほうが大事だよ。


教室の入り口に差し掛かったところで、マヤが立ち止まる。

何かを思いついて、ぱっとわたしに振り返った。



「もしも、もしもだけど、水口君が皇龍に入るようなことがあったら。その時は結衣も水口君と一緒に——」


「問題です。前述を参考に次の問いに答えなさい。——わたしにとって、友達の仲間は?」


「…………他人です」


「わかればよろしい。さっきのは何もマヤに限って言ったことじゃないよ」



明らかに残念そうなマヤを置いて先に教室に入った。


凍牙だって例外にはならない。

彼が皇龍に入ろうが、わたしは何ひとつ変わらない。


凍牙の人間関係に口出しする権利をわたしが持っていないというのは、当然。逆もまた同じなだけ。


お互いの利害が一致したときだけ協力し合う。

わたしたちの関係は、今もこれからもそんな感じで続いていくのだろう。



たとえ困難に陥っても、凍牙がわたしを頼ってくることなんて——。



きっとないと思うから。






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