after3.その後
◇ ◇ ◇
マヤに友達ができた。
これは野田にとっても喜ばしいことだった。
野田はマヤが小学校、中学校と人間関係で苦労してきたのを知っている。すべてはあの傍迷惑な幼馴染のせいだ。
だからこそ順調に育まれているマヤの交友関係については、口を挟まず見守ってやりたいとも思う。
しかしながら、マヤと親しくする女子生徒——高瀬結衣は、水口凍牙とも顔見知り……を通り越した友人だ。……自分が関係性を問い詰めてしまったせいで、あのふたりは友人になってしまったのだ。
皇龍幹部の恋人であるマヤと、結衣。そして結衣と繋がる凍牙——。
この関係性は、さすがに無視するわけにはいかなかった。
念のために皇龍のなかで凍牙と繋がりが深い先輩幹部に報告したところ、その彼は興味津々で野田の話を聞いてくれた。
「ふーん。ずいぶんと面白い相関図が出来上がっちゃってるねー」
野田が説明を終えて開口一番、報告した相手は楽しそうに笑って他人事のようにそう言ってのけた。
こっちからして見ればどっこも面白い要素なんてありませんけどねえと、口には出さず野田は毒づく。
「ちなみに高瀬結衣については?」
「知らないよーそんな名前。初めて聞いた」
街の要注意人物は大方把握しているこの人でも、やはり彼女についてはノーマークだったか。
野田は自身の情報の把握に漏れがあったわけではないことに、密かに安堵した。
「希望が含まれた予測になるのは自覚していますが、高瀬結衣と水口が結託してマヤちゃんを利用している、というのはないと思います。三國翔吾や皇龍といった単語に対しては食いついて来ませんでしたし」
「そーちょーについてもスルーだったんだよね」
「ええ。それどころか総長の名前も顔も彼女は知らないみたいでしたよ」
ふーん、と野田の話し相手は鼻を鳴らす。
水口凍牙は皇龍総長、日暮俊也とも面識がある。
万が一、結衣と凍牙が結託したうえで皇龍に対して何かを企んでいると想定した場合、凍牙を通して結衣へ皇龍所属者についての情報共有は当然行われているはずだ。
結衣が皇龍に対してまったくの無知だったところを見るに、野田が思いつく限りの最悪の予想は外れるだろう。
「少なくとも彼女がマヤちゃんを介して、三國翔吾や皇龍との接触を狙っているとは考えにくいでしょう。というか……」
「なになにどうしたの?」
「この前ちょっと話したときに、俺みたいなややこしいのとは関わりたくないって、言葉と態度ではっきりと訴えられました」
「あはは、なにそれうけるー!」
笑い事じゃない。つーかこの人、結衣についてそこまで深刻に考えてないだろ。問題が起こったら全部あんたに押し付けるからな俺は。
野田の恨みがましい視線を、相手はひらひらと手を振っていなす。
「ごめんごめん。笑い事じゃないから俺に報告してきたんだよねーあっくんは」
謝罪に心がこもっていない。
ひとしきり笑い終えて野田の先輩はにんまりと人の悪そうな顔で目を細めた。
「ぶっちゃけ俺としては、その女の子がマヤちゃんを利用してたとしても、どーだっていいんだよねー。どーせ見過ごせない事態になったら、皇龍が正式に出るまでもなく君としょーくんで片付けちゃうんでしょ?」
「まあ、そうなりますね」
「うんじゃあ、俺が聞いておかないといけないのはこっちだよね」
こっちとはどっちだ? なんて野暮なことを野田は言わない。
ふざけていてもこの男も皇龍の幹部だ。
「もしものことが起こった場合、その子は皇龍の脅威になりそうなの? もっと言えば、君としょーくんじゃあ、いざというとき対処できないぐらいに、その子は危険だと思っているってことのかな?」
プライドを刺激してくる言い方だが、ここでむきになって否定するのは得策でないと野田は自分に言い聞かせる。
この男のことだ。否定した途端に「じゃあその子については君が頑張って対応してね!」の押し付けが待っている。ここは冷静にならなければ。
野田は結衣の底が見えない黒い瞳と、彼女と向き合った際に感じた言いようのない不気味さを思い出しながら首肯する。
「……そうですね」
「ええー、そこ肯定しちゃうんだ」
「すみませんね役立たずで」
野田としても年下の女子ひとりに振り回されている現実を、できることなら認めたくはない。
しかしあの娘が牙をむいたら手に負えないという確信があった。
根拠を言葉で示せないのがもどかしい。
ここにきて先日、放課後の学校で日暮は結衣を見てどう思ったのか、野田は無性に知りたくなった。
「いやいやあっくんはいつもよくやってくれてるよー。ちなみに質問なんだけど、結衣ちゃんだっけ? その子と水口くんだったら、どっちの方が聞き分けよさそうな感じ?」
彼の狙いは野田にもわかる。
結衣はともかくとして、水口は現時点で皇龍全体が共通認識している注意人物だ。
ならばここは逆に結衣を利用して、水口もろとも懐柔できないかと目論んでいるのだろう。
野田もその方法を思いつかなかったわけではない。
しかしながら、現実は厳しい。
「すみません。話が通じるのはだんっぜん水口のほうです」
「えー、まじかー」
うなだれているように見えて、どこか相手は楽しそうだ。
「お友達っていっても、どの程度までその子と水口くんが親しいかはあっくんも把握しきれていない、と。水口くんは、結衣ちゃんについてどう思ってるんだろーね」
なんにせよ面白い駒が見つかったと、野田の先輩が呟く。
思惑を隠そうともしないあくどい笑みが、男のタチの悪さを明瞭に表していた。
「ま、なんにせよそーちょーにも話は聞いておくよ。場合によっては俺から接触するかもしれないし」
「会いに行く分には止めませんが、俺はどうなっても知りませんよ」
ひとまず、よくわからないがとんでもない子がいるということを上に報告できたので、よしとしよう。
これで結衣については野田は完全に無関係になった——。というわけにはいかないのは本人も承知している。
マヤに対して多少の罪悪感を抱きもしたが、集団に属する者としてすべきことをしたのだと野田は自分に言い聞かせた。
結局は俺も、皇龍の人間なのだ。
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