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モノトーンの黒猫  作者: もりといぶき
【皇龍編 上】
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9.異質な子(上)





      ◇  ◇  ◇






「聞いて気持ちのいい話はしないから、一緒にいてとは言わない。ただ、今日わたしが原田さんと話すこと、それを凍牙が聞いているということを知っておいてほしい。全部終わったら報告するから、教室で待ってて」



昼休みの終了間際、第二体育館から戻った結衣は津月マヤにそう言った。


そして結衣の頼みで、マヤは三國翔吾を通して知り合った先輩に放課後人のいない教室を教えてもらった。


舞台は着実に整っていく。


結衣は放課後すぐに凍牙が教室前に来るから、彼にも例の場所を伝えてほしいとマヤに頼んだ。


クラスメイトの原田繭と結衣が話すのに、マヤは正直に言えば不安を抱いていた。


結衣のことを信じていないわけじゃない。

しかし、もしも結衣が原田と話して心変わりをしてしまったら……。そんな想像がマヤの頭に何度も繰り返された。


不安と緊張のなか、5限目が終わる。

6限目が始まる前、マヤの席に原田が来た。

見下した目と、勝ち誇った口調で彼女は告げる。



「高瀬さん、あたしらの味方だから」



どくんと、心臓がはねた。

そんなはずがないと言い何度も自分に聞かせても、鼓動は止まらない。


そのまま授業も耳に入らず、6限目が終わった。

ショートホームルームが終了してすぐ、結衣は原田と腕を組んで仲良く教室を出て行った。


——結衣はわたしのもの、とかじゃないのに……。


結衣とマヤは友達と呼べるかもわからない、クラス内に限定された希薄な関係だ。

それなのに、原田に「結衣を取らないで」と叫びそうになった。


落ち着くために大きく息を吐いて、マヤは廊下に出て凍牙が来るのを待つ。

1組の教室のほうを見ると、こちらへと歩いてくる水口凍牙を見つけた。

スマホを手に持つ彼は、顔をスマホの画面に向けたままマヤの近くで足を止めた。



「場所は?」


「2階の、第二科学室よ」



端的に言葉を交わしただけで凍牙はマヤに見向きもせず、目の前を通りすぎた。


しばしの逡巡の後、マヤは階段を下りる凍牙を追いかけた。

結衣には待っていてと言われたけれど、報告があるなら現場に自分がいても問題ないはずだ。


悪口にはもう慣れてた。

親しくない人に何を言われても平気。


何度も自分に言い聞かせ、意を決して踏み込んだ第二科学室で、マヤは先に入ったはずの凍牙を探す。

姿がなかった彼は少ししてから呆れた様子で準備室にマヤを招いた。


準備室は教室の3分の1もないほど小さな部屋だった。戸棚には科学部の賞状と、集合写真が飾られている。



「結衣は来るなと言ってなかったか?」



苦言を呈しながらも凍牙は相変わらず、スマホをいじっている。



「わたしにだって、聞く権利はあるはずよ」



強気に発言したけれど、すぐに不安が押し寄せる。

果たして自分が凍牙にこんな発言をしてもいいのだろうか……。


水口凍牙は皇龍に所属はしていない。

しかしながら喧嘩も強く機転が利くため、よく皇龍の活動に協力していて、幹部からも顔を覚えられているという。


衿足を少し伸ばした薄茶の髪、人を寄せ付けない鋭利な目。

薄い唇は常に下を向いていて、人との慣れあいを好まない性格だとマヤは聞いている。


そんな人と友達という結衣は、やっぱりよくわからない。


凍牙はマヤを追い出すことはなかった。

というよりも、彼女にこれといって興味を示していないのがその態度からはよくわかった。



「好きにすればいい。間違っても音を立ててあいつのやることを邪魔するな。あと……」



まだ、何かあるのか。

身構えるマヤに彼はさらりと告げる。



「どん引きしても、俺は知らない」



……それは、リアクションに非常に困る。


なにが起こるのかマヤがと聞こうとしたら、隣の部屋からドアの開く音がした。


慌てて息をひそめた。

隣の声が聞こえるように、準備室のドアは少し開いている。

だからこちらも、物音には気をつけないといけない。


緊張で口の中が乾いた。

心臓の音がうるさい。

マヤの心の準備ができるより先に、結衣と原田繭はしゃべりだした。






      *






焦る原田を、結衣が嘲笑って言葉でもてあそぶ。

誘導尋問というものを、マヤは生まれて初めてリアルで聞いた。


原田がマヤ自身をよく思ってないのは今さらだ。

なので彼女の言葉は、少し前のように心に響くことはない。


それよりも、だ。

マヤは結衣に対して驚いた。


高瀬結衣は何者なのか。

口がやたらと強いのはよくわかった。しかしいったいどこでそんなに鍛えたのか。

次々と繰り出される言葉が、彼女の目的通りに相手を追い詰める。


本音の中に隠れた矛盾を指摘されて、壁の向こうで原田が憤っている。


こんな人の言葉に流されて交際していた幼馴染と別れたのかと思うと、自分がバカバカしく思えてきた。



「——証人はちゃんと呼んでる」



結衣の話に合わせて、凍牙がドアの隙間から手だけを出す。ものすごく息の合った連携だ。


最後に舌打ちした原田が足音を荒くしながら教室を出ていく音がした。



「もういいよ。ありがとう」



結衣の声を合図に、凍牙に続いてマヤも準備室から出た。



「来てたんだ」



驚いた様子もなく、結衣はマヤに言う。



「うん。心配になって」


「そう。あんまり楽しい話じゃなかったろうに」


「……ええ。でも、安心したから」



結衣が味方でいてくれたことが、何より嬉しくて、心強かった。



「ならいいや」



ふっと無表情がほころんで、結衣が微笑む。

自然に笑った時の彼女を、マヤはとてもかわいいと思った。


ちなみに結衣のよくする含みのある笑みは、正直ちょっと怖い。



『ええっと、なんだったっけ』


『だーかーらっ、津月さんのこと! 高瀬さんボケすぎだよ!』



つい先ほど耳にしたやり取りが再生され、マヤと結衣は凍牙の手元に注目した。



「距離があるぶん鮮明ではないが、何を言ってるのかは聞き取れるな」



どうやら一連の会話をスマホに録音していたらしい。万事において抜かりがない。



「へえ、スマホってそんな機能もあるんだ」



文明の機器に結衣が感心する。



「アプリで取ったんだ。というか、俺が録音しなくても、お前が自分のスマホでやったらどうだ。そうすればデータを送る手間も省けただろ」



そういえば、結衣と連絡先を交換してないことにマヤは今になって気づいた。

しかしながら、この機会に連絡先を交換などという定番の流れに、結衣となるはずもなく。



「無理だよ。わたし持ってないから、電話とか」



衝撃の告白。

結衣を普通の枠に押し込んではいけないと、マヤは改めて実感させられた。


このご時世に電話を持たないというのは、きっと何か理由があるはず。

家庭の事情とかで持ちたくても持てないのかもしれないし……。


そっとしておこうとしたマヤとは反対に、凍牙はずかずかと結衣の内側に入り込む。



「やむを得ずか?」


「ううん。自主的に」



遠慮のかけらもなく質問する凍牙もだけど、結衣の答えもどうかと思う。

固まるマヤを置いて、ふたりの会話は進んでいく。



「緊急連絡先は?」


「実家」


「お前、情報社会の前線で生きる気ないだろ」



口を挟む隙間はないが、凍牙にはものすごく賛同する。


あれ? でも……。


不意にマヤが少し前に結衣とした会話を思い出した。



「結衣って、新聞取ってないって言ってなかった?」


「取ってないね」


「……テレビも………」


「住んでる所には置いてないかな」



……なんでもないように言ってくるが、そうなると情報の仕入れ先がまったくないのでは。



「パソコンとか、インターネットとか……」


「しないし、持ってないよ」


「……ラジオ、は?」


「災害時の避難袋に入ってた気がするけど」



つまりは使ってないということか。



「あ、電池用意するの忘れてる」


………………。


なんというか、これは……。



「どうしてそんな陸の孤島みたいな環境を自分で作りあげてるのよ……」


「ライフラインは凍牙によろしく」


「そんな都会のサバイバルに俺を巻き込むな」



本当に、結衣と凍牙は仲良しだと、マヤはしみじみ実感した。






      ◇  ◇  ◇







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