貴方、ロリコンだったのね!
初投稿です。
「あれが、彼の有名な勇者様ですの?」
「こら。キャサリン。勇者様を、あれ呼ばわりしないの」
「でも――」
頭上で、俺にも聞こえる声で言い合っているのは、俺をこの世界に召喚し、魔王討伐の任を与えた王の娘と王妃様である。
「二人とも口を慎め……すまぬな、勇者殿。我が娘はお喋りが過ぎるようだ」
「いえ……」
はぁ……とため息をついて、二人を諫めるのが何を隠そうこの国のトップであるアレクサンダー王だ。
普段は威厳たっぷりの凜々しい王様だが、娘のわがままっぷりには手を焼いているようだった。
「今日其方を呼んだのは、他でもない。魔王討伐を見事果たした褒美を授けようと思ってな」
「ありがたき幸せ」
召喚されてから2年。
訓練やら、魔王軍との厳しい戦いを乗り越え、つい先日魔王を打ち倒すことができたのだ。
その報償として、俺は――。
「では、勇者よ。其方が望むものはなんだ」
「私は、姫様との結婚を望みます!」
――
ざわつきを見せた謁見の場を辞し、程なくして姫様と実際に会話する機会が与えられた。
王は、姫様の意思を尊重したいとのことで、呆然としていた姫様にこの場で返事を貰うのは酷だと判断し、改めて人が少ない場で口説き落としたいと交渉したのだ。
「貴方、ロリコンだったのね!」
そして、これが姫様との顔合わせの第一声だ。
「ひ、姫様……!」
おろおろと姫様を止めようとする侍女を見ながら、姫様に言われたことを考える。
まず、俺はロリコンではない。ちょっとばかし、幼い女の子が好きなだけだ。
イエス、ロリータ、ノータッチ。
麗しき幼女は、目で愛でるに限る。健やかな成長を見守るのが、大人としての正しい在り方だからだ。
では、何故姫様に謂れのない罵倒を受けたのか。
それは、姫様の外見に起因する。
彼女は立派な成人済みの淑女である。
末っ子姫ということで甘やかされた結果、性格的には幼い部分もあるが、それでも公務などはしっかりと行うだけの責任感もある。
だが、彼女は自他共に認める、可愛らしい外見をしているのだ。
貴族女性では遅い18歳になっても婚約者がいないのはそのせいである。
あまりにも、可愛らしすぎるのだ。
小柄な体躯に、ぱっちりと大きな目。幼き頃より変わらないであろう、ふっくらとした頬は化粧をせずとも薄らと朱が入っている。
薄すぎない形のいい唇は、ちょこんと収まりの良い位置に鎮座しており、口を開けば可愛らしい声が鼓膜を震わせる。
合法ロリは、現実に存在したのだ。ありがとう、異世界転生! ありがとう、神様!
――俺はロリコンじゃないけど。
俺は誰に、何を言われようとも、指をさされようとも、彼女を手に入れるつもりだった。
そのためなら、きつい訓練も、命を賭した魔王討伐も乗り切れた。
「私はロリコンではありません。ですが、貴女の自分の意思をはっきりと持ち、それを貫くその姿に一目惚れしたのです。どうか、私を貴女の夫にしてください」
前世の定番、膝着きプロポーズを繰り出す。
決まった! これで、いくらか姫様の態度も軟化してくれないだろうか……。
ちらりと薄く目を開けて、姫様の様子を見ると――。
ドン引いていた。
それはもう、誰がどう見ても、このプロポーズにドン引いていた。
顔を引き攣らせ、無理に上げた口角がピクピクと痙攣しているのが見えた。
――
「私はロリコンではありません。ですが、貴女の自分の意思をはっきりと持ち、それを貫くその姿に一目惚れしたのです。どうか、私を貴女の夫にしてください」
彼が片方の膝を着いて、手に持った指輪の入った箱を私に差し出してくる。
私は、その姿と言葉に完全に意表を突かれていた。
――私は本当に彼がロリコンだと思っていた。
勇者様がこの世界に来た、2年前。
私は彼に一目惚れした。
この世界ではまずお目に掛かれない黒髪と、優しさを1つに集めて具現化したような顔立ちに心を打ち抜かれた。
周りからはフツメンだ、なんだと言われたが、彼の魅力に気づいていない女性が多くて助かった。
私の容姿では、妖艶な美女や清廉で大人びた女性がライバルだと、彼を射止めるのは難しかったからだ。
それからと言うものの、王城に隣接している騎士団で訓練を行っている勇者様を、暇さえあれば観に行き、護衛という名目で私のお抱えを密かに彼に付けた。
その中で、ある1つの可能性に辿りつく。
――彼は幼女好きなのでは、と。
彼は慈善事業も欠かさないらしく、訓練が休みの日は城下の孤児院へと足を運び、子供達と戯れているのだと言う。その中でも、生意気な幼女がお気に入りで、彼女が何を言っても笑って流し、彼女の我が儘を聞いてあげることもあったと言う。
また、父上に呼び出され、王城へと来ていたときには貴族の子弟達と楽しそうに遊び、これまた我が儘な幼女に嬉しそうに振り回されていたと言う。
そして、極めつけは私への視線だった。
私は、自他共に認める可愛らしい――幼い子供のような容姿をしている。
この18年間、そっち系からの視線を嫌というほどに浴びてきた私は、勇者様から同様の視線が送られているのに気付いた。
――彼は、この容姿を好んでくれている!
そう思った私は、彼の好きそうなメスガキロリを演じることにした。
ちなみに、メスガキやロリコンという言葉は勇者の世界の言葉だ。歴代の勇者の中にも、ロリコンがいたらしく、後世にまでその名称が受け継がれている。
我が儘を言ったことがほぼ無かった私だったが、事情を母上に相談したところ、噂を流すことにした。
多少メスガキ仕草が不格好でも、噂で前提条件を植え付けておけば勇者殿も騙されるのではないか、ということだった。
この作戦が上手くいったかは、正直分からなかった。
彼は、その後すぐに魔王討伐に行ってしまったし、私も魔王が活性化したせいで各地で出た被害を補填するのに忙しかったからだ。
勇者様が城を出て、1年。
魔王討伐を果たしたとの吉報が入った時には、思わず泣いてしまったのを覚えている。
勇者様が帰ってくるまでの間に、再び城内に噂を流し、勇者様との謁見の場でもドキドキしながら失礼なことを言った。普通なら、激昂して私の首を撥ねても可笑しくないのに、困ったように眉尻を下げるものだからどくんと心臓が跳ねた。
――なんて可愛いの。
だが、その後の勇者様から私を褒美に貰いたい宣言は想像を超えすぎていて、お母様に言われなければそのまま息を止めて死んでいたかもしれない。
夢ならば、このまま醒めたくない。とまで思った。
その後の記憶はほぼない。
あれよ、あれよと言う間に勇者様と二人で話す段取りが付けられての今だ。
私は、彼の好みドンピシャな容姿をしているのだと思っていた。
今までのメスガキ演技が身を結んだのだと。
だが、勇者様はそんな私の不埒な作戦なんて目もくれずに、私の内面を見て、判断してくれたのだ。
正直言って、凄く自分が惨めで、なんて愚かなのだろうかと思った。
裏工作までして、彼の幼子を純粋に見守り、慈しむその綺麗な心根を邪推し、裏切ったのだから。
「キャサリン様……?」
「わ、私」
私がいつまでも答えないからだろう。
首をかしげてこちらを心配そうな表情で見つめる勇者様に、罪悪感が湧いてくる。
「私は、貴方にふさわしくありませんわ……」
「姫様?!」
私の想いを知っている侍女が、驚いた声をあげる。
私の暴走気味の感情を幾度も宥めてくれた。きっと、ここで断ろうとしている私の正気を疑っている、とその表情から窺える。
しかし、私は正気だった。なんなら、この2年間で一番正気だ。
彼を手に入れるため、躍起になって行動していたが、私は彼を疑っていた。
「何故、そう思われるのですか」
勇者様が辛そうに聞いてくる。
そんな顔させたくなかった。でも、私は勇者様に見初めて貰えるような女ではないのだ。
「私、勇者様が本当にロリコンだと思っていたのです――でも、違ったのですね」
なんて私が言えば、目が点になる勇者様。
そりゃそうだ。勇者様からすれば、なんて酷い容疑をかけられたものだろうか。
「勇者様の幼子を慈しみ、見守るその目線が幼女好きから来るものだと思っていたのです。私に親切にしてくれるのも全部、この容姿が刺さったのだと思っておりました」
「それは――」
「でも、違った。勇者様は、私の中身を見て、好きだと言ってくださった。でも、それは違うのです。私は勇者様を疑い、ロリコンだと決め付け、メスガキ系の幼女が好きなんだろうとそちらに寄せていただけなんです。本当の私は、なんの面白みもなく、平凡な女なんです」
言ってしまった。彼に、全てを。
きっと、幻滅してる。勝手に決めつけた挙げ句、勇者様を愚弄するような行動までして――。
私は、私が悪いにも関わらず、彼の目を見ることができなかった。
「キャサリン様、顔を上げてください」
「……」
「お願いします」
彼の優しい声に釣られて、顔を上げる。
ふと、彼の目を見れば、幾度となく向けられた視線とかち合う。
――そうよ、この目。瞳の奥で、何かが燃えたぎっているような……。
私は、この目を見て、きっと勇者様はロリコンなんだって思ったの。でも、違った。今まで私がそう認定してきた人達も、もしかしたら違ったのかしら。
「キャサリン様、私は嘘をつきました。貴女に嫌われないように……いえ、自分を守るため、です」
勇者様が苦しそうな表情をしながら、言葉を紡ぐ。
私は話を遮ることなく、勇者様の言葉を待った。
「でも、それで貴女が苦しんでしまうのなら意味がない」
勇者様はおもむろに片膝をついて、先ほどと同様のプロポーズの体勢を取る。
「やり直しを、させてください――キャサリン様。僕は、貴女の可憐で庇護欲が沸き立つ素晴らしい容姿、幼女のような無邪気さと、その裏に隠れた大人びた責任感の強さに惚れました。どうか、私を貴女の夫にしてください」
彼の真剣な目から、想いが伝わってきて視界が歪む。
私は彼の胸に飛び込みながら返事をした。
「貴方、やっぱりロリコンだったのね!」