学校にまつわる黒い噂は、いつの時代も変わらない。〈前編〉
あれから何度か電話しても、全く繋がらない。
…秋斗、何やってんだ。
いつも冷静に周りを見ていて、バカやってる奴をバカ言いながらも纏めているところが、カッコいいと思ってた。
なのに…何で、あんな奴らと……
足洗えって、言ったのに…
何、やってんだよ…バカ秋斗!
「なっちゃん?顔色悪いよ、大丈夫?」
「え?…ああ。」
「東海林 秋斗くん。いつも、夏輝くんと一緒にいる印象でしたが、今日の事は何も聞いていなかったんですか?」
「俺たちは、学校以外の付き合いは殆どしないから…けど、浅上っていう2個上の先輩の話を聞いたことがあって… そいつ、半グレ集団と繋がってて相当ヤバい奴で有名なんだ。」
「浅上 竜也ですね?確か年少に入って、2年ダブっているという。何故、退学させなかったんでしょうね?」
「仕返しが怖いからじゃな〜い?」
「確かに…注意した先生の耳を噛み切った事件が、揉み消されたって噂があるし…」
「半グレ集団……闇深さを感じますね。」
秋斗…
いったい、R廃校で何が起きてんだ?
浅上に何か弱みでも握られてんのか?
そうじゃなかったら、心霊スポットなんかに好んで行くような奴じゃないだろ?寧ろ、やめとけって言うタイプだろ?
お前…生きてるよな?
「ダメだ!繋がらない…春風、あとどれくらいで到着できる?」
「ナビだと、あと20分くらい。」
「20分…」
秋斗…頼む、生きててくれ!
……………………………………………………………
暗い…暗い…
痛い…痛い…
熱い…熱い…
あれは…誰だ?
誰かが…叫んでいる。
捕まえようとすると…黒い煙が邪魔をして動けない。
俺の体はどうなった?
僅かに伝わる振動…どこかに向かっているようだ。
何が…どうなっているのか分からない。
視界が狭くて、自分の姿さえ見えない。
眠い…
体が鉛のように重い…
きっと、眠ってしまえば楽なんだろう…
でも…分かるんだ。
寝てしまったら、二度と戻れないって…
夏輝…ごめん。
俺、お前に頼ってる。
お前なら、どうにかしてくれるんじゃないかって…
迷惑かけて、ごめん。
ごめんなさい…
…………………………………………………………
「秋斗の野郎…ナメやがって!理科室向かってんだろうな?」
「竜也さん。秋斗、部屋に入ったみたいです。モニター確認して下さい。」
「……何だあれ?秋斗か?」
「さあ…様子が変なのは、確かですが………」
「くそっ…お前、見に行ってくれ。」
……………………………………………………………
聞こえる…
何の音?…足音のような…鼓動のような…
悲鳴のような…呼吸のような…
「あの野郎…何で俺が、ケツ拭かなきゃならねえんだよ!」
怖いのか?
何に怯えているんだ?
暗闇か?静寂か?
それとも…別の何かか?
「おいっ!…秋斗?何やってんだ?浅上さん、ブチ切れて………」
真の恐ろしさを知らない脆弱な者よ…
我の姿を見たいのか?
「何だ?……お前…」
よかろう…
思い知らせてやろう。
無知で傲慢な愚か者に…教えてやろう。
恐怖というものを……
「うわぁぁぁああああああ………」
…………………………………………………………
…………………………………
かつて、名門校と名の知れた玲瓏学園。
理数科が強く、理系大学への進学率が高いと評判だった。だが、ある事件を発端に廃校となる。
事件とは、生徒が実験の最中に手順を間違え爆発を引き起こし、死傷者を出した事。
当時、その実験を担当していた教師は頭部損傷で即死しており、事実確認が不明瞭のまま終息している。
「これが、このR廃校が心霊スポットとなった所以だそうです。」
「ヤベぇな……」
『私のような人がいっぱい居そうですね?親近感が湧いてきました。』
「楽しみ〜。パラダイスの予感がする〜。」
「楽園??」
「うんっ、パラダイス〜。さあ!行くよ〜、あきちゃん救出作戦。実行の巻〜。」
「お、おおーっ!!」
秋斗…今、行くからな!無事でいてくれ。
………………………………………………………………
…にしても、廃校になって20年以上も経つと、こんなにも荒れまくるもんなのか?床一面に、瓦礫だのなんだの何かがぶっ壊れた物だの…
「うわっ!」
「どうしました?夏輝くん。」
「壁に、許さないって…書いてあんだけど…」
「ほう…恨み節ですね。興味深い。」
え?…怖くねえの?
「うわ〜んっ!」
「どうしました?春風くん。」
「ゴキブリ〜!!」
「まあ、いるでしょうね。それより、先を急ぎましょう!」
やっぱ、冬馬はどっかズレてんな。てか、春風ってゴキブリがダメなんだな…まあ、らしいっちゃらしいな…
「お?階段がぶっ壊れてる…」
「理科室は2階なんですが…この職員室を挟んだ、反対側の階段はどうでしょう?」
「あっ…待って〜、職員室に誰か居るみたい。太郎くんが呼んでる〜。」
春風の指す方向にモヤッとした黒いモヤモヤが一つと、モザイクが掛かった太郎っぽい人影……
俺は、この数時間である事に気がついた。
理屈は分からないが、一度接触した霊は見慣れてくると、触れなくても段々見えるようになるんじゃないか?ということだ。
まあ、取り敢えず触ってみよう。
『ひゃっ!』
太郎とは真逆なおっさんが、びっくり顔でこっち見てるわ。手を離して、もう一度触ってみよう。
『ひぃ……』
もう一度……
『ひぇ……』
ならないな。もう一度……
「なっちゃん、遊ぶのやめて〜。怖がってるよ?」
「あ…遊んでないし、試しただけだし…」
どれくらいで、モザイクなんのかな?
『ええと…皆さん、こちらは権平さんです。以前、この学校の用務員をしていた方で、私たちに伝えたいことがあるそうです。』
『あ…あの、君たちくらいの子が、とても危険な状態に合っております。早く助けてあげて欲しい。』
「権平、秋斗の事か?俺たちは助けに来たんだ。危険な状態って?」
権平から、俺たちがここに来るまでの知りうる情報を聞いて、俺は愕然とした。秋斗は、思っていたよりも深刻な状態かもしれない。
「秋斗…取り憑かれてるってことか?」
「たぶん…そうだと思いますが、問題はその先ですね。」
「冬馬、どういうことだ?回りくどいのはやめてくれな。」
「…取り憑かれている状態なら払うことができますが、乗っ取られた場合は、僕たちではどうすることもできない。専門家に頼んだとしても、何らかの後遺症があるかと…」
「乗っ取られる?元の秋斗に戻れないってことか?」
「それは…つまり、精神を蝕まれることになるので、人としての思考が成立しなくなる状態に陥り、最悪…自害の可能性が高くなります。」
「なんだよ…それ。」
秋斗が死んじゃうってことか?
極論、そういうことだよな?
こんな…こんなことで、人生が終わんのか?
「バカみてえ… やりたくて、やったんじゃねえのに?元凶は全て浅上のクソだろ?…ふざけんなよ!くそっ!」
「まあまあ〜、それは最悪の場合だよ。あきちゃん自身が悪戯目的でここに来たんじゃなければ、後ろめたさが無い分、完全に支配されることはないから。」
あ…確かに……秋斗はそんな奴じゃない。
「ってことは、秋斗…死なないよな?」
「夏輝くん、ごめんなさい。僕が過剰に判断したから…」
「いや、冬馬は悪くねえし。寧ろ、2人とも教えてくれてありがとう。…俺は秋斗を信じるよ。」
浅上のクソ野郎…秋斗が戻らなかったら、俺は絶対に許さねえからな!
『あの…男の子が落とした物があるんですが…これです。触れないので、拾ってもらえませんかね?』
「トランシーバー?って、これ…秋斗が使ってたってこと?」
『はい。連絡を取っていたようですが…相手の方とのやり取りを聞いていた様子では、かなり険悪そうでした。』
「浅上だな…」
ってことは、これで浅上と連絡が取れるってことか…
「なっちゃん!ちょっと待って〜。まだ使わないでね?上手く交渉しないと逃げられちゃうから〜。」
「春風、いい案があるのか?」
「とりあえず、あきちゃん救出が先かな?理科室へ急ご〜。」
「分かった!……権平も行くか?」
『いえ…何故か職員室から動けないので…儂のことは気にせず、行ってください。』
太郎と同じパターンなのか?なら…
「権平、俺の背中に乗ってくれ!運ぶから。」
『いえ…でも…』
『権平さん、大丈夫ですよ。この場所を抜けたら自由に動けますから、私が経験済みです。』
『そうですか?では…お世話になります。』
「お、重…い、行くぜー!」
キ──────────────────ン…
「痛っ!……耳鳴り?!」
「階段方面から、もの凄い殺気を感じますね…」
何だこれ?空気が重く感じる?
権平を背負っている重さじゃないことは確かだ。
気圧みたいな、目に見えない圧力?が半端ない。
太郎と悦子の旦那の修羅場でさえ、こんなエグい空気は無かったぞ。
この上に、とんでもない化け物が居るってことか?
禍々しいって言葉を何かの漫画で知ったけど、そん時の主人公が言ってたっけ…
「負のエネルギーってやつか………オエッ」
気持ち悪…最後の方、決まんなかった…恥ずい。
「うう〜ん。マイナスイオンだよ〜。僕が先頭に行くね!」
「春風くん、お願いします。是非、あれをやって下さい。」
あれって何?ってか、マイナスイオン?!
何が始まるんだ?
春風が…見たこともない神妙な顔して深呼吸したぞ?
親指を上げた?
やる気か?…何をやるんだ?
「るんらら…るんらら…るんらら〜。」
はい?
「るんらら…るんらら…るんらら〜。」
…歌ってる?…鼻歌?…このタイミングで?
ふざけてんのか?ってか…
「…音痴だな。」
「夏輝くん…それはダメ…」
「…ぷんたら〜?」
「あ、怒った?ごめん。…って、この歌なんなん?」
「これはですね……」
「るんらら…るんらら…るんらら〜。」
このよく分かんない…歌みたいな呪文みたいなのは、周囲の霊に働きかける鎮魂歌のようなもの?
これを聴くと、どんなに乱暴な霊も大人しくなるんだとか…って、冬馬がダラダラ言ってたけど、確かに…さっきよりも空気が軽くなった気がする。
そして…
「これが、理科室か…想像していたよりも広いな。」
「2階部分を占めていますからね。でも…これは、凄まじい出来事があったと容易に理解できますね。」
「ああ…これは酷い。」
生徒が手順を間違えて、爆発を引き起こしたって記録があるけど、何をどう間違えたらこんな事態になるんだ?
「天井が崩壊してんじゃん。窓ガラスも無いし…」
「でも、床は割と綺麗に片付けられていますね…あ、小型カメラが設置されていますよ。分かる限りで4台ありますね。」
「これ…浅上が観てるってことだよな?ぶっ壊してもいいか?」
「それは止めましょう。損害賠償を請求されるかもしれません。」
「くそっ、あの野郎…ただじゃ済まさね……オワッ?!」
「どうしました?夏輝くん…?」
「テーブルのし…下、冬馬の足元んとこの下!」
足が出てんだけど…
「秋斗じゃない…誰だ?」
「ごめんなさい。…ごめんなさい。…ごめんなさい。」
「おいっ、お前…浅上の仲間か?秋斗をどうした?」
「あきと?…ひぇぇぇ…ごめんなさい。…ごめんなさい。」
何が起きてんだ?
秋斗のことをこんなに怖がってるって…
「取り敢えず、邪魔なので眠ってもらいましょう。」
ああ…そうやって、俺も眠らされたのね…
「俺、冬馬を怒らせないようにすると決めたわ。」
「はは…ご名答です。なんちゃって。」
「るんらら……あ〜、あきちゃん!」
「秋斗?!」
嘘だろ?…これが秋斗?
まるで、操られてるみたいな奇妙な動き方…
いつから居たんだ?気配を全く感じなかったぞ?
焦点が合ってないのか?
何か…今にも吐きそうな酔っ払いのおっさんみたいな雰囲気だし…これが、取り憑かれてる?乗っ取られてる?って状態なのか?
「ナニモノ…ダ?」
声が…秋斗じゃない。
何者って…俺のこと分かんねえのか?
「秋斗…俺だよ。夏輝だよ。…思い出せよ。」
「…ナツキ…シラナイ…」
「嘘だ!…電話しただろ?怖い目に合ったんだろ?」
「…シラナイ…」
「そんなわけ…ないだろ?」
「シラナイ…コロス…」
もの凄い殺気…秋斗とは全くの別人だ。
じゃ、誰なんだこいつは…
こんなに恨むようなことだったのか?
理科室で何が起きた?
「俺のこと、頼ってくれたんだよな?」
「…タヨ…ル」
「そうだよ…頼ってくれたんだろ?だから、電話したんだろ?」
「ウルサイ…コロス」
「俺…秋斗に頼られて嬉しかった。だって、それって…」
認められたって、ことだろ?
「友だち…だって。」
「トモ…ダチ…」
…………………………………………………………………
暗い…暗い…
痛い…痛い…
熱い…熱い…
やめて…やめて…やめて…
何も知らない…何も見てない…
やめて…やめて…
もうこれ以上…汚さないで…
お願いだから…
痛い…痛いよ…
熱い…熱いよ…
何だ?…誰かの記憶か?
俺…何してた?眠っていたのか?
視界がぼんやりして、まだ夢を見ているような…
ここは?
教室だよな?…何が起きてる?
誰か居るみたいだが…知らない奴ばかりだ。
まて、様子がおかしい。
目隠しされた奴が椅子に座って…囲まれてる?
何をされてんだ?
あ…
火傷……まさか!
5人かよ…あんな弱そうな奴に寄って集って、殺すつもりか?
止められる奴、居ないのか?
居るじゃねえか!ドアの向こうに…あれ教師だろ?
教師は何をしてる?
おい!見てるだけか?!
嘘だろ?止めに入れよ!
虐められてんだろっ!
いつもそうだ…見て見ぬふり、知らないふり。
事が大きくならないように隠蔽。
お前ら教師は、何を教えたいんだ?
無能な人間を育てたいのか?
くそっ!
俺が止めてやる…動け体!…動け!
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ま…眩し……光?
あ…熱!熱い………熱い!!
顔が…あ…あ……顔がああああああ………
『ごめんなさい。』
あ……あ……あ……………
『儂がもっと早く、気づいていたら…こうならなかった。本当にごめんなさい。』
……あなた…は……話しかけてくれた…
「オジ…サン…」
『もう大丈夫だよ。安心して、君は独りじゃないよ。』
「冬馬くんっ、今!!」
一瞬、背中に衝撃があって…
何かの記憶がぶっ飛んだ感じがして…手足がブルブル震えた。
「い…痛ってえ!!」
「あ…秋斗!」
「夏輝?…どうして…」
「バカがまたバカやってるって聞いたら、駆けつけるに決まってんだろ?バーカ!」
霧が晴れたように、周りがよく見える。
不安に思うことは、もう何も無い。
屈託なく笑う…夏輝の笑顔があるから…
頼ってよかったんだな…
「夏輝…ありがとう。」
来てくれて、ありがとう。