秋斗くんの人間模様は複雑なのです。
人間って…つまんねえな。
同じような退屈な朝。
同じような退屈な昼。
同じような退屈な夜。
ただ、それを繰り返すだけの生き物とはね。
それでもガキの頃は、退屈じゃなかった。
やりたい事、なりたい夢があったから。
戦隊ヒーローの黒い奴になって、悪い奴と戦いたかった。
赤は目立ちすぎて脳筋ぽいから、影でクールにこなす忍者みたいな黒い奴。これに憧れていた。
正義感は強かったんだ。
悪いことを言ってる奴、やってる奴は、相手がどんなに強くても立ち向かってた。ボコボコにされようが構わなかった。
正義感は強かったんだ…本当に。
いつからこうなった?
いつから…真逆になった?
思い出せない。
でも、分かっていることがある。
ただ、つるむ奴らを間違えただけ…ということ。
「秋斗、今日の実験に来れるだろ?」
「実験?何すかそれ…聞いてないです。」
「今夜、R廃校の理科室で動画を撮るから、お前も来いや。」
「R廃校って、心霊スポットで有名ですよね?肝試しでもするんですか?」
「肝試ししているところを動画に撮るのよ。俺たちは、ただそれを観ているだけ。」
「はあ…そうっすか。」
まあ…いつもと同じゲーセンに居るよりはマシか…
「ラットは用意してあるから、安心しな。」
「ラット?」
「ほれ、あいつら。今から震えちゃって…可愛いなあ。」
また、随分と弱そうなの見つけてきたね、先輩。殴られてはいないようだけど、金品は没収されてるだろうね。そんで、心霊スポットで肝試しという名の実験ですか?どうせ、幽霊が撮れるまで帰らせないという暴力なんだろ?
「相変わらず人が悪いですね?先輩。逃げないように、俺が動画撮りますんで。」
「いや、ダメだよ。秋斗がいたら安心しちゃうでしょ?それじゃ、面白くないでしょ?人間の極限の恐怖って表情を観たいのよ。視聴者はね。」
「趣味悪いっすね…R廃校はマジでヤバいですよ?本当に大丈夫なんですか?」
「秋斗…お前、いつも言ってんじゃねえか。人間ってつまんねえって。主観だから、つまんねえんだよ。客観してみろよ。おもしれぇぞ…」
浅上 竜也…想像以上に狂ってんな。高3だが、問題が多くて2年ダブっているらしいし…その内、人殺しでもやりかねない思考だよ。
「ほれ、迎えが来たから乗んな。俺の旧友たちが事前に準備してるから、ラット連れてくだけだから。楽だろ?」
「そうっすね…」
人相って、いつからこんなに悪くなるんだろうな…
他人の不幸を面白く感じる頃からか?
いつからそうなるんだ?あんなに怯えて泣きそうな顔してんのに、それ見て笑えるって…
「浅上先輩、やっぱりやめませんか?無理矢理は…ヤバいと思います。」
これを止めないと、俺も同類だ。
「ん?どうした秋斗。急にいい子ちゃんぶって、つまんねえよ。ここは盛り上がっていくところだろ?」
「いや…流石に盛り上がれませんよ。合意じゃないなら、犯罪じゃないっすか。」
「おー、分かった。じゃあ、お前やれラット。1人でやれ!それで手を打ってやんよ。これのために金も時間も使ってんだ。ちゃんと元取れる仕事しろよな?」
「ふざけんな!」
ドンッ……
「こちらに足を突っ込んだのは、お前だろ秋斗?これは、合意だよな?」
脇腹…痛ってえ…重いの入れやがって…
「くそっ…分かったよ。」
下手な正義感なんか、持つもんじゃない。
正義感が強かったって、相手次第で逆転される。
戦隊ヒーローのように、いつも勝てるわけじゃないんだ。
絶対に敵わない相手には、全てが無意味だってこと。
だから、人間ってつまんねえんだ…
………………………………………………………………
「着いたぞ。起きろ!」
俺としたことが…拉致られ気絶かよ。さっきのダメージが思った以上にキツい。骨までイッてるかも…
「…痛え。」
「痛えか?悪かったな。でもよ…今夜は刺激的な夜になったじゃねえか。なあ…俺たちにも刺激を分けてくれよ?」
「何すれば…いいんだ?」
「簡単だよ。2階の理科室で、指示通りに朝まで居ればいいだけ。カメラは仕込んであるから。」
「何で理科室なんだ?」
「そりゃ、出るからだろ?どんなのが出るのか検証したいの、俺。」
くそっ…他人事だと思って楽しんでやがる。こういう奴が敵にまわると厄介だって分かってはいたが、ここまでとは…だが、ただ言いなりになるのは納得いかねえ。
「分かったよ。その代わり、これであんたと縁切るわ。」
「あ?いいぜえ…やれるもんならなー。」
R廃校…確か、20年くらい前まで玲瓏学園っていう名門校だったはず。何かの事件で潰れたって記憶があるが…思い出せない。調べようにも、スマホを没収されてお手上げ。
「連絡手段、どうすんだ?」
「ああ、このトランシーバーのみよ。お前のスマホは預かってるから、こっちの指示だけ聞いてくれ。」
「くそっ」
「おー、いいねえ。その気の強いところタイプだよ。朝まで耐えたら、抱いてやってもいいぜえ。」
「ざけんな、縁切るわ!」
「はっは…いいねえ。じゃっ、健闘を祈ってっから…死なねえようになー。」
まさか…死んだ奴いないだろうな?
俺が知っていることは、誰もが知ってるヤバい心霊スポットだということ。ここから帰ってきた奴が狂って、再起不能になったとか…
死んだ奴がいたなんて、聞いたことないが……
「何だよ…これ。」
凄まじく、怖え…
入口から既におぞましい空気…幽霊なんか見たことないが絶対に居るって、そういうレベルだよ。
「ジ…ジ……秋斗、聞こえるか?正面に懐中電灯、転がってるだろ?それ使え。」
くそっ…まあ、ないよりはマシか…
「理科室に行けばいいんだろ?行ってやるよ!」
空気が重い…
闇の圧力…というのか、思うように足が進まない。
床に拡がったガラスの破片や瓦礫、壁には故意的に空けられた穴があったり…心霊スポットならではの光景は同じだが…
ここは、異様だ。
許さない 許さない 許さない 許さない
所々、壁に書かれたこの言葉が、暗闇の中でも目に止まる。
こんな闇…見たことがない。
これが、この異様な光景に基づくものなら、誰かの思念が怨念となって、このただならぬ空気を作り上げているのだとしたら、とんでもない事件が背景にあったのかもしれない。
『……ナイ…』
ん?…声…聞こえなかったか?
気のせいか…後ろから聞こえた気がしたが、正面玄関からの足取りに人の気配はないし、浅上が悪戯を差し向けたのかと思ったが…違ったようだ。
「あれ?…階段が…無い。」
「カチッ…ジ……秋斗、その階段は無理だ。ぶっ壊れてるから。職員室挟んだ反対側を使え。」
「はい…はい。」
複雑だが、このトランシーバーのおかげで、俺自身を保てているようなものだ。一方的に指図されるんじゃなく、これをどうにか上手く使えないだろうか…
─パンッ
「音?」
ラップ音ってやつか?職員室から聞こえたような…
「…ん?」
何か…動いてる?
何だ?……あの黒いの………
「あ……」
いる……黒い塊みたいな…
「ジ……どうした?秋斗。次いでに職員室の中入ってくれ…ジ…カメラは無いが、声だけでも雰囲気出るからよ…」
無理無理無理無理無理無理無理無理……
「無理!!」
心臓の爆音?初めて聞いた…
どんなに強い奴と対峙した時もこんな音しなかったぞ!
「…ジジ……秋斗!逃げんじゃねえ!バーカ!!」
「ざけんな!てめえがやれ!くそやろっ!」
こんな状況で逃げない奴なんて、いんのかよ!
トランシーバー、ぶっ壊して帰りてえ…
「あっ…」
そうか…ぶっ壊す…でいいのか。
「先輩、交渉だ。職員室に入ってやるから、俺のスマホを返してくれ。その代わり、職員室に居る幽霊を撮ってやる。」
「カチッ……ジ…ジ……そりゃできねえな…スマホを渡したら通報すんだろ?どうせ。職員室のは要らねえから、とっとと理科室進んでくれ。ジ……こんなんで…交渉とか言わんでくれよ。」
「理科室だろうが、職員室だろうが…結局、幽霊が映ってればいいんだろ?先輩、通報はしない。約束する。」
こんな交渉が通じる相手じゃないことは分かってるが、とにかくスマホを取り戻すことが優先だ。正直、こんな状況で下等扱いされて、割に合わないことをやらされる覚えは無い。成立しないなら、トランシーバーぶっ壊して逃げればいいだけのこと。
「……職員室に居るのは確かなんだな?ジ……嘘だったら、どうなるか…分かってんな?」
「さっき見たんだ。黒い塊だったが…全身が震えた。ヤバいのが居ることは間違いない。」
「…わあった。んじゃ、入口まで戻って来い!」
ガツッ…
「これは保険なー。映ってなかったら、もう一発なー。にしても…よく俺様と交渉しようと思えたな?そこはすげーよ。何かのヒーローにでもなったつもりか?なあ?」
……痛え。
「…なわけねえだろ。」
分かってる…
俺は、ヒーローなんかじゃないし…なり得ない。
まして、ダークヒーローにも及ばない。
「見りゃ…わかんだろ?」
中途半端な正義感で、身を滅ぼす愚か者だ。
「お前との縁をぶっ壊したくて、必死なんだよ!」
同じような退屈な朝。
同じような退屈な昼。
同じような退屈な夜。
クソ面白くもない毎日。
つまんなくしていた人生を…ぶっ壊す。
そのきっかけを探してた。
「あーっそ、お前のそういうところ萎えるわー。まあ、好きにやれ!但し、撮れるまで出てくんな。わあったな?」
「ああ。撮ってやるよ。」
「はっ、気の強いラットはめんどくせーな。」
ラット…
あんたにとって、俺はそれと同類だったってことね。
想像はできていたけどな…
俺もバカだったわ。
強い奴といれば、強くなった気分でいられたから。
勘違いしてたな。
こんな奴を一方的に仲間だと思ってた。
利用価値があるかどうかの実験材料。
それが俺のポジション。
捨て素材となったら、このザマ。
つまんねえ生物だよ。
俺という人間は…
「さて…どうやって、この闇を乗り越えるか?」
不思議だ… 床に拡がったガラスの破片や瓦礫、壁に書かれた『許さない』の文字。さっき見た異様な光景が嘘みたいに普通に見える。
見慣れたからか?…いや、気持ちの落とし所が定まったからだ。
「絶対、撮ってやる。」
恐怖心よりも、その気持ちの方が強くなったからだ。
なんせ、俺の人生が掛かってるからな…
「ふぅ…」
職員室…ここに居た黒い塊。あの威圧感の正体を撮ることができれば…
─パキッ…パキッ
不自然な小さい音があちこちから聞こえる。
職員室に居るってことをアピールしているように…
「うわぁっ!」
窓ガラスに映った俺か…
「くそっ…」
重苦しい空気でおかしくなりそうだ。
頭痛えし…
「出て来いよ!居るんだろ?」
こっちからふっかけて、来るような奴なのかは分かんねえが、この空間で長居はしたくない。
「頼む…お前の姿を撮らせてくれ。」
─パンッ………バンッ……
「…そこに…居るんだな?」
寒い…
全身が震える…鳥肌?
こんな蒸し暑い日にありえねえって…
頭痛えし…耳鳴りもすげえし…
「あ………」
カーテン…動いたか?
「そこに…行けばいいのか?」
深呼吸しろ…落ち着け、俺。
自分のためだ…自分のためだ。
「開けるぞ!」
何も無い…
まあ…それもそうか。
窓、開いてないし…カーテン動いたのも目の錯覚だったのかもしれない。
ホッとしたような…残念なような…
「何してんだ…俺。情けねえ…」
ここに居る幽霊って…教師だったのかな?
俺のこと、どんな風に見えてんだろ…
バカな奴が無茶してるって、そんな感じか?
こんなしょーもないことに必死になって、滑稽に見えてんのかな…
例え、あいつと縁切ったとしても…
俺の人生はずっと、こんなしょーもないことが続くんだろうか…
キ─────────────ン……
「痛……」
耳鳴り…
『……ナイ…』
声が…さっき聞いた声と同じ…
─パンッ……バンッバンッ…
音が………近くに居る。
「…どこだ?」
── バンッ! ──
「あ…………」
…………天井に……黒い…
「く……来んな…」
……顔……顔が………
「く…」
逃げろ…逃げろ…逃げろ…逃げろ…逃げろ…
「来んな!」
あんなの無理だろ…
撮れたかどうか分かんねえけど…そんな場合じゃねえ!
「出口…どこだ…」
なんか…空間…歪んでねえか?
足が縺れて進まねえ…目眩?…何だ?
何が…起きてる?
先が見えない…懐中電灯…点いてるよな?
何で…こんなに…真っ暗なんだ?
あ…トランシーバーで…………無い?
失くした?
連絡…しなきゃ…………………
キ───────────────ンッ…
……………………………………
「君、大丈夫かい?もう遅いから、早く帰りなさい。」
「…痛いんです。あちこち…痛いんです。」
「動けるかい?」
「動けません。もう…無理です。」
「誰かに連絡できるかい?ここは、危険だから。」
「いません。俺は…独りだから…」
「いるよ。目を閉じて、思い浮かんだ笑顔の人に、連絡してごらん?」
思い浮かんだ笑顔の人?
誰だ?
俺の周りで笑っている奴なんて……
父親は、既に俺を諦めている。
俺の言動の全てを否定して、嘲笑するだけ。
母親は、いつも困った顔して遠くから見ている。
何か言いたいくせに、目も合わせず俯いて…人形のように微笑んでいる。
教師は問題外。奴らは、揉め事に巻き込まれたくないサイボーグ。機械的に冷たく笑って終わり。
仲間だと思っていた奴からは、俺の言動を鼻で笑われた。
クラスの奴らは、その場のノリでバカ笑いする社交辞令。
バカ笑い…そういえば、屈託無くバカ笑いする奴がいたっけ…あいつにだけ、浅上のことを話したことがあった。
足洗え…って、苦笑いされた。
「夏輝…」
…………………………………………
あれ?………俺、今…どこにいた?
誰かと話したような…
連絡するように言われた…?
とにかく一旦、職員室は出よう。
─パンッ……パンッ……パンッ
音が…ついてくる。
後ろに居るのは…間違いない。
振り向いちゃダメだ…
間違いなく…ヤバいのが居る。
出たら、正面玄関に向かって猛ダッシュ…それしかない。
あと2歩…………1歩………
ダッシュ!
「ジ……ジ……おい!ジ………聞こえる…か?」
───── ドクンッ ─────
トランシーバー?……どうして?
「ジ…おい……逃げんなよ…ジ…ジ…理科室に行け!…ジ」
バカか俺は…
何で…振り向いた…
こんなの…無理だろ…
黒い…塊………顔が…焼けて……
「もう……ダメだ…」
足が動かねえ…手は…かろうじて動きそうだ。
せめて伝えなきゃ…ここに居ること。
手が震える…
「…頼む……出てくれ…」
声を聞いたら…素直になれそうなんだ…
あいつは信用できるから…
「秋斗?」
バカ話して…バカ笑いしてたって…
最後まで話を聞いてくれる奴は、夏輝だけだった。
「夏輝…どうしよう俺…ヤバいことになった。」
「どうしたんだよ?お前らしくない。」
「まさか…こんな……」
黒い塊……
随分と…ゆっくり近づいてくんだな…
俺たちの話を聞いてんのか?
動けない俺を嘲笑うように…
ゆらゆら動きながら…楽しそうに…
余裕かましやがって…この
クソ野郎!
── ドンッ ──
「うわああぁ…」
俺の…体に………
「…来んな!」
やめろ…
「秋斗?大丈夫か?何処にいるんだ?!」
死にたく…ない…夏輝…
「R…廃校…ごめん。」
「R廃校?!…秋斗!!…おい!切るなよっ!」
最後に…声が聞けて…良かった…
………………………………………………
「ジ…ジジ…おい!秋斗…ジ…てめえ!さっきから…くそっ電波…ジジ…悪…」
「…リカシツニ……イクヨ…」