それでも殺す気なら
観覧車から降りた後、僕のほうを振り向いた葵は目を腫らしていた。そんなことを言う僕だって一緒に泣いていたのだから、きっと僕の顔も葵と似たようなものだっただろう。
胸の奥に溜め続けてきた想いを互いに打ち明けあった。
長い間、心の牢獄に閉じ込められてジメジメしていた想いは、とうとう涙となって勢いよく外へ溢れ出た。
ずっと大好きだった葵が、僕のことを大好きだったと知って、いろんな感情がグルグルと回った。うちから湧き出る歓喜と、胸を締め付ける後悔と、それでも変わらない想いと……
いろいろ混乱しちゃったけど、ゴチャゴチャと、まるでゴミ屋敷のようにいろんな想いがゴッチャに積み上げられていた心の中は、一気にスッと片付いた。
リンのところへ戻ろう。
そう思いながら、彼女の瞳と同じ色をした空を見上げた時──
「やあ」
僕の肩に手が置かれる。
振り向くと、そこには銀髪のイケメン男性。
誰であるかは一瞬で分かった。だって、さっきまでリンと激しい撃ち合いを演じていたのだから。
「あ……どうも」
こんな反応が正しいのかは良くわからない。この人は、僕のことを「消す」と言ったのだ。
すなわち、言ったことをそのまま受け取ると、今この瞬間も、この人は僕を殺す危険性を秘めているというわけで。
ん────…………。
あの後リンから聞いた話によると、この人は「このまま生きて帰れると思うなよ」とリンに捨て台詞を吐いたらしい。リンは「きっと冗談」と言っていた。
まあ普通はこんなの冗談に決まってるわけだけど、やたら言い回しが怖い。
特殊部隊ジョークなのか? 一般人の僕には具合がよくわからないけど。
僕がどう対応しようか迷っていると、ジズさんは笑顔のままこう言った。
「こぉんな子供みたいなチビっ子君が、いろんな意味でキーマンだなんて信じらんないよね!」
ドッ
──────………………
「う…………」
なんだ? 何がどうなって……?
痛ったぁ……なんか首の後ろが痛い。
どうやら僕は、今、目を覚ましたようだ。
なんで? 寝てたっけ、僕?
何か固いなと思ったら、僕が寝ているのは床の上だった。
天井の高い、円形の部屋の真ん中にいるらしく、壁は全方位にモニターやらスイッチみたいなのがたくさん散りばめられていた。なんとなく、通信司令室のようなイメージの場所。
ここ、どこ?
頭を掻きながら、座り込んであたりをキョロキョロと見回す。
さっきまで葵と一緒にいたはずなのに、今、ここに葵はいない。
そういや、途中でジズさんに声を掛けられて────
「おはよう」
「────っっ!!」
後ろから声を掛けられ、飛び上がる。
振り返ると、すごく美人な女の人が、足を組んで椅子に座り、こっちを向いていた。
女の人……女の子?
金髪のポニーテール。ズボンは迷彩服だが、上半身はパルクールをやっていた時のリンみたいなタンクトップ。めちゃくちゃ可愛いのに怖い目をした、なんとなく川口さんに雰囲気が似ている女性だ。
「お前はササキユウマだな?」
「はい…………」
しかも、ものすごく可愛らしい、女の子っぽい声。
それとこの殺気漂う眼光がマッチしていなさすぎて違和感しかない。
「お前は人間だ」
「はい」
「リン・ラミレスはアンドロイド」
「……はい」
「リン・ラミレスは、どんな奴だ?」
「え…………?」
どうしてリンのことを僕に尋ねるのだろう。この人は何者?
それに、この迷彩服……。
遅ればせながら、この時ようやく、僕はこの人物がさっきビークルシティの放送を使ってリンの殺害を宣言した輩じゃないかと疑った。
思い返してみれば、声が近い気がする。
「リンを、どうするんですか」
「俺の質問に答えろ。さもなくば、この場でお前を殺す。さぞリン・ラミレスは悲しむだろうな」
「…………!」
僕の額にまっすぐ向けられる銃口。
こんなこと、今まで生きてきた中でされたことはない。モデルガンでさえ、ないのだ。まさかこれ、モデルガンじゃないよね……?
ほら、例えばさっきリンがやってたアルティメット・パルクールのイベントの続きだとか?
……いや、それはないか。ビークルシティの地上階に張られている透明なドームが実際に破壊されて穴が開いていた。何も知らない大勢のお客さんもパニックになって逃げ惑って。いくらなんでも「ドッキリでしたー!」では済まされない。
つまりは、今、僕の脳天に突きつけられているこの銃は、本物で。
この人は、リンを殺しにきたテロリスト……ということになる。
……ので、僕はとりあえずきちんと問いに答えることにした。
「……すごく可愛い、女の子です……」
「可愛い? 顔がか?」
「まあ、顔はもちろんそうですけど。内面も、というか」
「ほう。教えろ」
足を組んだ金髪美女は、ぴくりとも表情を変えずに僕へ命ずる。
不思議だ。記憶が確かなら「仇を討つ」と館内放送で宣告した声は確かにこの人の声だったはず。もちろん、やってることは今もその意志を感じさせるものなのだけれど。
無表情だけど、無表情じゃないような。
感情のない声のようでいて、何かが込められているかのような。
何がそうさせるのかイマイチ原因はよくわからないが、そんなに悪い人に思えなくなってしまって恐怖感というものを感じない。
僕の感覚が麻痺しちゃっているのだろうか? だって、問答無用でリンを殺しにきたテロリストなら、こんなことを尋ねる必要はないように思うのだ。
しかし、だからといってこれ以上この人の言うことに逆らうのは憚られたので、一応真面目に回答を考えることにした。
僕は、どう説明したものかと悩み、うーん、と唸る。
難しく考えても、うまい具合に良い言葉が思い浮かびそうにない。
なので僕は、思うままに口を開くことにした。
「言葉がうまく出てきそうにありませんけど……一言でいうと、リンは、僕の人生そのものです。僕という人間は、ずっと空っぽだった。そんな僕に健気に寄り添って、生きる意味を与え、一生懸命、愛で満たしてくれた。掛け替えのない、大切な女性です」
口から出した言葉が心まで強くしていくかのような感覚。
体の芯から自信が溢れ出していく。目の前の銃口から射出される弾丸さえ弾き返してしまいそうな、そんな強い自信。きっと、その想いだけは銃にも負けはしないんじゃないかと僕は錯覚した。
だからこそ、金髪の女性の鋭い眼光にもまっすぐ目を合わせて逃げなかった。
逃げたら、自分の中にある想いの強さが負けたことになる気がしたのだ。
しかし、金髪のこの人も、目を逸らさずに鋭い視線でガッツリ見返してくる。
……こわ。なんだろう、これ。
どうしたらいいの?
「……くく。そうか」
ずっと無表情だった金髪美女さんの顔に、感傷的になったかのような表情が一瞬ちらりと見え隠れした。
どんどん悪い人に見えなくなっていくのが若干怖くなってくる。
「僕も、質問していいですか?」
「なんだ」
「どうして、アンドロイドを殺すんですか?」
「人間を殺しにくるからだ」
「殺したりしませんよ。……いや、そりゃ犯罪者も中にはいるだろうけど……でもそれは人間だって同じだ。リンはアンドロイドだけど、彼女はどん底にいる僕を救ってくれたんです」
「それこそが、最終的には人間を殺すことになる」
「意味がわかりません」
「わかった時には、人間は絶滅してるって寸法さ。……いや、『そうかもしれない』と気づいている人間もそこそこいるってのに、最終的にはアンドロイドを受け入れちまう。ったく、どうしようもないぜ。人間の弱点は、『愛』だ」
小さく首を横に振り、遠い目をする美女さん。
これ以上話を聞いても、僕には理解できそうにない。
この質問は、ここで終わりにした。
「もう一つ、いいですか」
「ああ」
案外、僕の質問を許してくれる。
この人、やっぱり悪い人には思えないなぁ……。
しかし、僕の脳に向けられる銃口がいつまで経っても一切ブレないこともまた事実で、僕は現状が正しく評価できず、中途半端に強気に出てしまった。
「どうして、リンの人柄なんて尋ねたんですか」
それでも彼女は気を悪くしたりせず、椅子の肘掛けで頬杖をつきながら、しかしもう一方の手では抜け目なく僕に銃口を向け、ふう、と大きく息を吐く。
「……必ずって訳じゃないんだがな。俺は、ターゲットにしたアンドロイドと親しい人間がいれば、そのアンドロイドがどんな奴か尋ねることにしている。俺たちは、人の心や命の重みをわかっていない訳じゃない。むしろ逆さ。わかっているからこそ戦っているんだ。人の心がわからないのなら、それこそ機械どもと同類だからな。相手のことを知った上でもなお、殺す覚悟を持てた場合にのみ殺すことにしている」
「……なら、リンのことは?」
ぎゃあっ、と叫び声がする。
この部屋の外だ。
続いてバタンとドアが開く。ほとんど同時に、そのドアから水色の気体を纏った女の子が一人、入ってきた。
服も、タンクトップから出た肌もが、なんか血みたいなので汚れている。
「夕真っ!」
「リン! あれ、どうしたの、そんなに汚れちゃって」
「はぁ!? なに呑気なこと言ってんの! 散々心配させといて、なんだよその可愛い反応はっ」
「可愛くなんて言ってないよっ」
「元がそもそも可愛いの! ってか私がトイレ行ってる間に葵と二人で勝手にいなくなってどういうつもりだよ! まずはその釈明からでしょうが君は!」
「うぅ…………っっ。それはっ。その、葵が、ちょっと、調子が悪くなっちゃって」
「へぇぇ……。じゃあ、どこへ連れて行ったの? どの道を通って、なんていうところに連れて行ったの? さあ早く答えてよ!」
「あの、その、あんまり詳しく覚えてなくて。ひとつも思い出せないや。あはは」
「くっ……じゃあ、葵と手を繋いだことは、どう言い訳すんの?」
「へっ!? つっ、つっ、つつ繋いでなんかないよ!」
「嘘つき! この大嘘つき! 私が『サバイバル』してる最中、葵と手を握り合ってたくせにっ! ネリムが見てたから私は全部知ってんだよこの浮気者!」
「えっ……と。それはさ、ネリムさんもほら、カメラの角度とかでそう見えちゃうこともあるんじゃない? 僕は記憶にないなぁ」
「こっっ……このやろ──……。今後もそうやって可愛く笑って誤魔化す気!? 帰ったらみっちりお仕置きだかんな、覚悟しろ!」
「あううううううぅぅっ」
なんか、こんな叫び声、どっかで聞いたなぁ……なんて、自分で言っておいて僕が物思いに耽っていると。
僕の首に、金髪女性が後ろから腕を巻きつけた。
ゴツっ、と硬い感触が僕の後頭部に当てられる。おそらく、斜め後ろから突きつけられる銃口だろう。
リンは僕へ向けていたいつもの優しさを消し、水色の瞳の奥に、寒気のするようなゆらめく炎を出現させた。
リンと金髪女性は、互いに向き合い殺意を剥き出して開戦を宣言する。
「はは。リン。いいこと思いついたぜ。全てスッキリする方法だ。これからルールを説明してやるからよ。ゲームをしようぜ」
「何をしようがお前は今日、ここで死ぬ。お前も、お前の兵隊どももだ、サミー」




