国内最強の女戦士(リン視点)
いったい何人いるのだろう。
三百人はくだらない。よくもまあ、これだけのならず者が集まったもんだ、と感心する。
建物の陰に隠れて、上空にいるネリムからの映像をスマホで見ながら様子をうかがう。
身を隠して不意を突いてやるつもりだったが、残念なことにテロリストたちは、隠れる私から二〇メートルほど距離をとり、ずらっと並んで立ち止まってしまった。どうやら、私のいる場所は敵にバレているらしい。
バトルエネルギー探知機を使用しているのか、それとも別働隊が制圧した中央制御室からビークルシティの監視カメラやドローン映像で確認したのか。
いずれにしても、これ以上隠れ続けても意味はなさそうだ。
「リン・ラミレスだな」
女性の声。
きっと、さっきの放送設備から流された脅迫の声の主だ。
中央制御室を制圧した奴らと通信連携をとって、こいつが喋ったのだろうか。だとするとかなり準備してきている印象だ。
上空にいるネリムからの映像を見る限り、敵はまだ誰も武器を構えてはいない。
私と話すつもりなのか? まあ、話そうが攻撃してこようが、いずれにしても私はすでに臨戦態勢だ。
こんなクソッタレなやり方をする親玉がどんな奴なのかこの目で確かめてやる!
だから私は、敵の誘いに応じてやることにした。
喉から手が出るほど夕真の居場所を知りたかったが、万が一こいつらがジズと通じていなければ余計なことを言ってしまうことになるし、そもそも知っていても素直に夕真の居場所を言うわけもない。
夕真のことは、こいつらが言い出さない限り話さないほうがいい。
建物の陰からゆっくりと出て、テロリスト集団と対峙する。
敵集団の先頭にいたのは、背は低めの一人の美しい女性。金髪のポニーテールで、きっと女性らしい服を着れば数え切れないほどの男を落としただろう。しかし彼女は今、迷彩服を身に纏っている。
敵の戦力を見抜くこともまた、生き残るために必要な技術。
彼女の表情と身に纏っている空気は並々ならぬ意志を感じさせた。
皆殺しにしてやろうと息巻いていた私の肌をピリピリと撫でる緊張感。それが、決して油断してはならないと私に警告する。
このテロ集団のリーダーであろう彼女は武器を持たず、後ろに控える大勢の戦士たちは皆、銃火器で武装していた。
物騒な男たちの一歩前に立つこの女性リーダーは、「テロ集団のボス」という立場を疑ってしまうほどに、まるで少女の如く可愛らしい声で話す。
「パワーチャンネルは開通済みか。戦闘準備は十分、といったところだな」
「お前は誰だ?」
「先日は首相官邸で世話になった。俺の名はサミー・オズワルドという」
「あんたと話した覚えはないけど」
「覚えていなくて当然だ。俺は正面側でリュークと対峙していたからな。お決まりとはいえ、お前らの隠蔽工作には相変わらず感心させられっぱなしだ」
ニュースでは表向きテロリストを全滅させたことになっているが、実のところ、一人だけ逃してしまったのだ。
その一人はリュークさんと戦ったはず。あの化物級のリュークさんとだ。さすがにリュークさんには敵わなかったようだが、しかし生きて逃げ延びただけでも驚愕に値する。
正直、信じられなかった。この世で最強クラスの戦士の、本気の猛攻から逃げ延びたことになるのだから。
そして今、そいつはここにいる。
私の目の前に。私の死を、宣告して。
「うちの隊長と戦って、よく逃げ延びたな」
「無傷ではないさ。いや、さすがはアームズナンバーワン。見ろ、腕に穴が空いた。『スノー・グラディウス』というのか? 奴のパワーチャンネル・アビリティは凄まじいな。逃げるのが精一杯だった」
オズワルドは包帯を巻いた片腕を挙げ、うんざりした顔を作る。
……バカな。スノーグラディウスを使ったリュークさんを前にして、たったそれだけで済んだだと?
嘘だ。奴は嘘をついている! たかが普通の人間に、そんなことができるわけがない!
動揺した心は絶対に相手に見せてはならない。なおも私はポーカーフェイスを崩さずにオズワルドと対峙する。
「お前は何者だ? なぜ私を殺そうとする」
「もちろん、我がアズリエルの掲げる目的達成の障壁だからだが──」
「それだけか? それなら世界中の国が敵だろう」
オズワルドと名乗った女は、少しの間、目をつむった。敵であるこの私の目の前でだ。
しかしその代わりに、その他の屈強そうな兵士たちは一瞬たりとも私から目を離さなかった。
よく見ると、この団体の後方部隊が建物に登って超小型レールガンを構え、発射準備を開始している。
「俺たちは、ずっと共に戦ってきた。アンドロイドに殺され、蹂躙された人間たちの弔いのためにな。平和ボケしたこの国の愚民どもにはわかるまいが、この国もまた、人形どもの策略によって緩やかに滅びつつある。全世界の幾多の国と同様にだ」
「何を言っている? 私たちが、人間を滅ぼそうとしてるっていうのか? 私たちは、人間と一緒に生きたいと願っている。人間とアンドロイドは『ともに生きる仲間』だろうが!」
「アームズであるお前ですらが、大局を動かす歯車の一つでしかないのだ。現に、お前がうつつを抜かしている人間・ササキユウマとの関係が、それを物語っている」
夕真の名前を出された瞬間、殺意が隠し切れなくなる。
オズワルドは、そんな私の顔を見て、堪らなく嬉しそうな顔をした。
「隠さなくても良いことだよ。最初からわかっている」
「……夕真はどこだ」
「我々の協力者が一緒にいるはずだよ。俺より先に確保してみるか? できるものなら、だが」
先に確保してみろ……か。
なら、こいつらがジズと接触するまでにこいつらを全滅させれば、まだ希望はある!
私は、サミー・オズワルドを睨みつけた。
「なぜそこまでして私を狙うのかと聞いている。テロリストなんかしてるんだ、そもそもお前たちは常に誰かを殺し、殺されているだろう」
「……俺たちは人間だ。お前たち人形と違ってな。一人一人、その命が散るときにはこの胸に刻み込み、受けた恨みは決して忘れない」
首から掛けたペンダントを右手で握りしめるサミー・オズワルドの瞳に宿った殺意の炎。
彼女の頬を伝う涙に死闘の開始を感じた直後、彼女の言葉が私の心を穿った。
「首相官邸でお前が殺したのは俺の夫だ。長きにわたって共に戦ってきた愛する我が夫の仇……この空中都市ビークルシティを墓標として静かに眠れ、リン・ラミレス」
初めて恨みのこもった声をあげるオズワルドの言葉に目を見開き、不覚にも、一瞬心が出遅れる。
場合によっては、その躊躇いが致命傷だったかもしれない。後衛に配置されたレールガンの放つ強力な一撃は、心が縛られた私のプロテクトをいとも簡単に貫通し、ガラスのように割れた硬質化エネルギーの破片とともに頬を掠めて遥か彼方に消え去った。
呪縛から解き放たれるや否や即座に駆け飛び、一般人がおらず戦闘に最適なアルティメット・パルクールのパークに近づきながら私は敵へと攻撃を開始する。
指先から具現化する水色のエネルギー弾「アズールショット」を連射し、手前の敵兵を薙ぎ倒しながら、ビル群への経路を塞ごうとする敵をファルシオンの横薙ぎで斬り飛ばした。
レールガンの照準がいくつも合ってくるのを感じ取ってすぐさまビルの側壁を駆け上がる。
蛇行しながら走った私の残像を追うように何発ものレールガンやサブマシンガンの銃撃、グレネードやロケット弾が撃ち込まれたが、極限まで強化されたパワートレインが捻り出す超人的な脚力が、敵のエイミングをことごとく外していく。
私が走った軌跡を破壊していく敵の攻撃を横目で見ながらビルの側壁から側壁へと飛び渡りつつ、地上にいるテロリストの集団へ向かって上空からアズールショットを雨のようにばら撒いた。
血を流して絶命していく無数の敵兵たち。
一部の兵士は反重力ブーツを履いているようで、私を上空まで追ってきた。
空中戦を挑んでくる敵の戦士に水色の弾幕を浴びせかけていると、ひとつの集団が私のアズールショットをうまく回避して反撃を試みる。
レールガンを装備した屈強そうな一人の戦士が引き連れたその集団は、なかなかいい動きをしながら私を追い込もうとした。
私を誘導するかのような動きからして、どうやら建物の中で勝負をかけたいらしい。私はあえて相手の思惑に乗ってやるために、窓枠から建物内へと入った。
「はっはーっ! バカが、外じゃなけりゃあれほど自由には飛び回れまい! この狭いエリア内じゃレールガンの餌食だ、そんなこともわからん頭の悪い小娘が──」
後ろから追いかけてきた敵が全て建物内へと入ったことを確認した私は、振り返って莫大なエネルギーを解放する。
周りから見るとまるでイカヅチが落ちたかのような感じらしい。その場を満たす白い光は全ての者の視界を奪い、気がついた時には刃圏にいる全ての魂をあの世へと送っている。
パワーチャンネルアビリティ「ファルシオン」のエクストラスキル、「デッドストライク」。
雷撃と見紛うほどの光と凄まじい雷鳴。私が駆け抜け終えたときには、一〇人はいた敵の追手は一人残らず二つに焼け切れる。私が通ったあとの床には、エネルギーを帯びた反重力ブーツと床との摩擦によって、水色の炎で作られた軌跡が一筋の線を描いていた。
私がビルの奥へ向かおうとすると、次の追っ手が窓枠から入ってこようとする。
愚かなことに、今度はレールガンではなく普通の銃火器だ。並のサブマシンガンやライフルでアームズのプロテクトを貫くことなどできはしない。
叫び、自らを鼓舞させながら果敢に一斉射撃を開始するテロリストたち。
直径一〇センチ程度のガラスのようなエネルギー円板が、敵の撃ってくる弾一発につき一枚出現し、致命の弾丸が私へ到達するのをパシパシと衝突音を立てながら防御する。
複属性五層オートプロテクションのうちの一つ、耐衝撃プロテクト。私の真正面から撃たれた嵐のような弾丸は、一発たりとも貫通することはなかった。
しかし、あまりにも連射されたせいで、大量に具現化した耐衝撃プロテクトによって私の前方に壁が作られ視界を遮る。
それを煙幕代わりにして、壁の上を迂回するように弧を描いてロケット弾が撃ち込まれた。
プロテクトがあるとはいえ、ロケット弾をまともに受けるのはリスクが高い。
そのため私は回避行動をとる。ビルの内壁に重力面を設定し、着弾点から遠い位置へと水平に落下しつつロケット弾とは別方向から回り込み、逆にこちらから敵へと突っ込んで回転斬撃で斬り刻む。人間の柔らかい肉など、バトルエネルギーで形作られた刃なら触れるだけで簡単にスライスすることができる。
飛び散る内臓と血を浴びながら室内の敵を全滅させた私は、建物内を突っ切って反対側の窓を割ると同時に再び外へと飛び出した。
そこには、反重力ブーツを装備した無数の兵士たちが待ち構えていて、私は取り囲まれた。
瞬間、ビルの側壁で水平回転しながらアズールショットを全方位にばら撒き、レールガンが発射される寸前に発動したデッドストライクの一太刀で二〇人以上を細切れに斬り飛ばす。バラバラになったテロリストの戦士たちは、まるで雷の唸る空から降り注いだ雨粒のように地上へと落ちていった。
敵を順次殺害しながら地上へと近づき、ボスであるサミー・オズワルドの位置を確認しようとする。
と────
「リンちゃん、まずい! テロリストたちの一部が地階へと入っていった! あれはショッピングモールの方向だよ。きっと夕真くんのところへ行く気だ!」
ネリムの言葉に、全身が粟立つ。
ワープルートを通ってくるエネルギー量は、追い詰められれば追い詰められるほど私の求めに応じて青天井に跳ね上がり、私の体は水色のアークを纏ってパリパリと音を立て始めた。このままだと上限である1ギガワットに到達するのではと思うほどだ。
負ける気はしない。誰が相手であっても、今の私を止められない!
「オッケー……すぐに向かうよ」
敵から離れた上空で全体の戦況を監視するネリムから大切な情報を取得した私は、地上で私を狙う敵兵を蹴散らし一番近いショッピングモールへの入口へと向かう。ネリムによると、敵はここから入っていったらしいのだ。
「敵は三〇人程度。レールガンが四人いたのは見えたけど、他にもサブマシンガン・ロケットランチャー・グレネードランチャーがそれぞれ数人。その中にはオズワルドもいた。先に中央制御室を制圧した部隊もいるし、用心しないと──ビッ」
遠くから放たれたレールガンの一撃が、コマンド・ビットを貫いた。ネリムの分身は、煙を上げてバラバラと分解しながら地上階へと落ちていく。
ネリムのサポートは期待できなくなった。ここからは、私の感覚だけで対応しなければならない。
私は、追手の撃退よりも夕真を追うことを優先する。
絶対に、夕真を殺させやしない──。
私は、かつてないほどに集中していた。




