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想いのたけ



 ビークルシティには観覧車が二つある。それは、遠くからでもよく見えるのですぐにわかる。

 そのうち、葵が僕を連れてきたのは、遊園地にあるやつではなく、パルクール会場の近くにある「二号観覧車」だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ〜〜、……ふふ。あぁ、しんどっ」


 僕らは、観覧車のところまで走ってきた。

 それも、また、手を繋いで。

 息を切らせた葵は、少し汗を浮かばせていた。

 

「ありがと。リンと一緒なのに、来てくれて。ってか完全無理やりだったけどね」

「もう。めちゃくちゃだよ。あとで絶対に怒られちゃうじゃない」

「うん。ごめん。あたしのわがままに付き合わせちゃって……迷惑だったよね」


 葵が悲しそうにすると、なぜか胸がギュッとなってしまう。

 それはもう、僕の意思ではどうにもならなくて……


「全然、迷惑とかじゃ、ないけど」

「ほんと? 嬉しい、そう言ってくれて。ゆうちゃんと一緒にいるのが、あたし、何より好きだから」


 言うはずのなかった言葉が口を突いて出る。正体不明の魔力が、僕の心を縛っている。その魔力を発動している魔術師は、どう考えても葵で間違いないが……。

 

 自分の意思に反して言葉が出るなんて危ないなぁとは思ったものの、僕は、正気を保つことに全精力を注げば問題ないと確信していた。


 葵が何をしたとしても、僕の答えは決まっている。この意味不明な魔力が若干の不安要素ではあるが、自分でここまで強く心に決めたことは今までなかったのだ。そんな気持ちまで根こそぎ持っていかれることはないはずだと思った。


 観覧車は空いていて、僕らはすぐに乗ることができた。

 まだ明るい時間帯の観覧車。ゆっくりと上空へ上がり始める僕らは、同じ側の長椅子に座って、同じ方向の景色を眺めていた。

 それは、いつかの公園のベンチを僕に思い起こさせた。


「いつかゆうちゃんと一緒にここに来たいって言ったの、覚えてる?」

「うん。あの頃、葵をデートに誘うならここだとずっと思い描いてた。そのくせあんま調べてなくて、詳しくなくて、結局思い浮かべてたのは、こういう観覧車でエッチなことをしてる妄想ばっかだったなぁ」


 言ってから、あっ、と思った。


 バカみたいに思ったことをそのまま口にするなんて間抜けの極み以外に言いようがない。葵の表情は完全にスイッチが入ったことを僕に知らせていた。


 しかし、思い返せばそれは観覧車に乗った時点で──いや違う。このビークルシティへ来た時点で、葵はもう、スイッチが入っていたのかもしれない。


 葵は、静かに語り始めた。


「あたしね。小学校の頃から色々試し続けたけど、結局ゆうちゃんに気持ちは届かなかった。でもね、それは、『自分のことをよく見せたい』だとか、『可愛く思われたい』だとか、自分のことばっかり考えてたからかも、って思ってさ。そんなあたしのせいで、ゆうちゃんも苦しんだのかもなぁ、って。だから、今から君に言うことは、嘘偽りのない、あたし自身。あたしの全部を、君に伝えたいんだ」


 葵のこの言葉で、僕は、この後の展開は案外危惧していたようなものにはならないのでは……と安堵した。


 この密室で、ひたすらカラダを使った誘惑でもされるのかと心配していたのだ。だって、このビークルシティに来てからというもの、まさにそんな感じで葵は責めてきたから。

 もしかすると、葵と二人でここへ来てむしろ良かったのかもしれない、と僕は思い始める。


 ずっと、葵の全てが大好きだった。葵が他の男の子と付き合ったことでショックを受け続け、それでも彼女のことを心の支えにして生きてきた。

 でも、僕は、葵が何を考えていたのか結局はわからなかった。自分の気持ちにケジメが付けられず、宙ぶらりんになったまま、今までズルズルやってきてしまったんだ。

 とうとう僕は、その葵の気持ちを、知ることができるんだから。


「初めて出会ったのは小学生の時だったね。あたしね、お勉強でうまくいかない時、ゆうちゃんがあたしのこと助けてくれて、あれで君に恋しちゃったんだ」


 小学生の頃は好きだと言ってくれていたのに、中学生になった頃には僕から離れていった葵。


 ずっと、何故だろうと考え続けてきた。考え、苦しみ続けてきた。

 僕がカッコよくないから、チビだから、根暗だからダメだったんだと、結論づけてきたんだ。

 早く真相を知りたくて、体が勝手にソワソワする。


「だから、好きって気持ちを伝えることから始めた。でも、何回言っても、君は反応が薄くてさ。何度も何度も、家に帰ってから、あたしは泣いたんだよ」

「……そんな」


 僕は、恥ずかしかっただけだった。

 葵に心底惚れていたのに、そんな葵から好きだと言われて、浮かび上がりそうな自分の気持ちで照れて、恥ずかしくて……。

 葵がそんなに傷ついていたなんて知らなかった。


 今の僕なら、自分の気持ちを素直に言える。

 あの時、素直になれていたら、もしかしたら、僕は葵と……


 葵は、ふふ、と笑う。


「真正面から好きって言っても通用しなかったから、あたし、作戦を変えたんだ。君は、あたしにくすぐられたりして虐められたときにはすごく嬉しそうにしたから、きっと、とことん虐めたほうがいいんだ、って」


「────っっ」

 

 そんな思考回路、わかるわけない!

 まさか、そんなふうに思ってたなんて……


「だから、他の男の子に気があるふりをして、君を嫉妬させようとしたんだ。

 でも、ちょっと調子に乗っちゃった。そんなことをしてるうちに、中学生の時、その男の子と付き合う流れになっちゃって。

 別に好きとかじゃなかったんだけど、他の男の子と付き合うたびに、ゆうちゃんは辛そうな顔をするから。それはきっとあたしのことが好きだからなんだ、って。だから、もっとやればきっと君は居ても立ってもいられなくなって、そのうちあたしに好きだと言ってくるに違いない、って。

 そんな考えに囚われちゃったあたしは、もっともっとエスカレートしちゃって。本命でもない男の子とキスしたり、エッチしたり、自分の性欲も止めようがなくて、どんどん流されていっちゃった」


 こんなことを、バカ正直に言う葵。

 それは、僕の持ってる葵のイメージと違った。

 大好きだった女の子が他の男に穢された話は、いまだに僕の胸に鈍い痛みを与えてくる。でも、葵もまた辛そうに話していて……だから、きっと葵も苦しいのだと思った。


 なら、どうして話すのか?


 今まで見せてきた自分の態度の理由が何だったのか全部知ってほしいのだと、葵はさっき言った。そしてそれこそ、僕が苦しんできた原因そのものだ。

 葵の話を総合するなら、葵は自分のことをよく見せるのを諦めて、僕を苦しめ続けた呪縛を解こうとしてくれているということになる。

 

 自分のことではなく、相手のことを思いやり優先するからこそ、こういう行動になったのかもしれない。

 そうだとすると、その気持ちは僕にもよくわかった。ここ最近、僕は、自分の考えよりもリンの気持ちを優先したいと思い始めていたから。


 だからこそ、僕は、葵の言葉に嘘偽りはない、と理解する。

 だからこそ、葵の言うことは全て真実なのだと素直に信じることができた。


「でも……何をしてても、どんなときも、結局はゆうちゃんのことが頭から消えて無くなることはなかったんだよ。そうやって君のことを思い出すと、鼓動が早くなって、居ても立ってもいられなくなって。もうこんなことしてる場合じゃない、まっすぐゆうちゃんに向かわないと、って心底思わされた。

 それなのに、ゆうちゃんを嫉妬させる作戦に間違いはないって思ってた私は、もっと強い嫉妬をゆうちゃんに呼び起こす効果のある男の子──晴翔と付き合うことにした。ゆうちゃんも、晴翔も、二人ともがすごく傷つくって、わかってたのにね。

 そんな時、リンが転校してきたんだ。だから、ゆうちゃんに近寄るリンを何とかしたくて、突っかかったりしたんだよ。これが、今までのあたしの態度の、本当の理由だよ」


 いきなり聞かされたら信じがたい話だったかもしれない。

 でも、全ての流れを経た今、僕はもう、自然と疑うことはしなかった。


 この話を聞かせるためだけに、僕をここへ連れてきたのか?

 そうではないことを、葵の表情が物語っていた。



 僕を見つめる瞳の雰囲気が変わる。



 これまでの話は、事実の告白。

 葵が今までやってきたことの、理由の説明。

 しかし、移り変わった葵の瞳が示すものは──これから葵がやろうとしていることは、間違いなく「想いの証明」だと思った。

 

 ゴンドラはいつの間にか葵の甘い匂いで満たされ、僕は葵の目から視線を外せなくされていた。

 すっかり油断していた僕は、気づけばとくんとくんと強制的に高められていた鼓動を持て余す。

 この狭いゴンドラに逃げ場はない。いや、もはや逃げ出そうとする力すら削がれていた。僕を縛る正体不明の魔力が、最大出力で発揮されている。


「リン、すごくいい子だね。見てるだけで、嫉妬しちゃう。ゆうちゃんのことを一番に考えて、ゆうちゃんが幸せになれるように、一生懸命で」

「うん……」

「負けた、と思った。この子には勝てない、もう無理だ、って」

「………………」

「それでも、どん底にいたあの日のあたしを救ってくれたゆうちゃんは、あの時から今まで、ずっとあたしの心を支え続けてくれた掛け替えのない男の子だったから。諦めることなんてできない、って思ったんだ。もし願いが叶うなら、もう二度とゆうちゃんを傷つけたりしない。今度はあたしがゆうちゃんにたっぷり愛を注いで、ゆうちゃんのことを幸せにしよう、って」


 葵から愛の言葉を向けられて、僕にも、ずっと葵に言えなかった言葉があったことを再び意識させられる。


 そしてその言葉こそ、葵もまたずっと待ち望んでいた言葉だった。僕が言えなかったせいで、葵は苦しみ、どんどん堕ちていったんだ。


 今まで言えなかったその言葉を、僕は最近、葵に言った。

 気持ちを込めずに、頭の中で思ったからってサラッと言ってしまったあの時の会話。

 ずっと変わらず葵が僕を想い続けていたとしたなら、僕が気軽に吐いたあの言葉で葵はどれだけ傷ついたんだろうか。


 命すら断とうという考えが頭をよぎった自分自身の心の傷と、今の葵が重なった。

 

 義務なのかもしれない。葵のことが何より大事な宝物だったくせに、その宝物を自らナイフで切り刻み続けた、僕の。


 傷つけたくない。

 僕のせいで、もう、これ以上────


「これが最後。あたしが今まで生きてきた中で、何より大事で、離れたくないゆうちゃんに、もう一度、きちんと伝えたいんだ」


 失敗することを怖れ、ためらい、それでいて勇気を振り絞ったかのような葵の顔。

 僕のことだけをずっと想ってきたが故に傷付き続けてきた葵の気持ちは、全精力を注いで用意したはずの僕の心の盾をスッと優しく貫いた。



「あたし……あなたのことが、大好きです」



 ずっと知りたいと願い続けた、葵の本当の気持ち。

 ゴンドラに渦巻く葵の想いは、何処へ漏れることもなく全て僕に注がれる。


 その想いに、僕は応えなければ────…………




 ────夕真、だめっ!




 僕は、ハッとした。何処からか、リンの声が聞こえた気がしたんだ。

 気のせいか……と思ったけど、目の前にいる葵もが少し驚いたように周りを見回す。

 

 幻聴?


 わからない。だけど、心に吹き込んだリンの声が、僕の体に沁み込もうとした葵の魔力を相殺し、心に刺さった葵の剣を砕いていく。

 


「ごめん」



 心に決めていたはずのこの一言は、葵の魔力が霧散したのちに出た。


「こんなに嬉しいことはないよ。僕は……僕は、君のことがずっと大好きだったんだから……。でも、君が正直に話してくれたなら、僕も話さなきゃいけない。

 僕もずっと大好きだった。初めて出会った頃から、ずっと。小学校の頃、葵に好きって言われた時、僕は天にも昇る思いだった。

 なのに、僕は、自分の気持ちを素直に言えなかったんだ。死ぬほど嬉しかったのに、恥ずかしくて、照れ臭くて……。

 そんなことをやってるうちに、君は他の男の子と付き合っちゃった。

 僕は、その度にしんどくなった。大好きな人がどんどん違う男の子のものになっていくのを、指を咥えて見ていたんだ。そしてとうとう、晴翔が葵をものにした。僕は、このままじゃ自殺しちゃうかも、ってところまで追い詰められたんだ。

 でも、そんな僕を、リンは救い出してくれた。君の言った通りだよ。僕の心を救い出して、生きていることに感謝するまで立ち直らせてくれた。抜け殻みたいだった僕の人生に、意味を与えてくれたんだ。だから、僕は……」


 葵の頬に、涙が伝う。

 体から力が抜けたかのようになり、涙は床に落ちていく。


「もっと早く、ゆうちゃんの気持ちに気づいていたら」


 とめどなく溢れる涙で揺れる葵の瞳を見つめて、僕も言った。


「あの時、僕が葵にきちんと気持ちを伝えていたら」


 僕の目尻からも涙が流れる。

 葵は、自分のおでこを僕のおでこにコツンと引っ付ける。


 僕らは、ゴンドラが下に着くまで、そのまま泣き合った。

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