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二つの愛



 ソコラータの順番待ちをしていた僕らは、店員に案内されてお店の中へと入る。

 男だけなら入るのを躊躇するような、可愛い装飾の施されたパステルカラーの店内。僕はキョロキョロと見回しながらリンの跡について歩いた。


 四人用の席に案内され、僕とリンが隣どうしで座った。その場合、葵と晴翔は当然その向かい側に座ることになるのだが──。


 僕の後ろを歩いていた葵は、僕の真正面に座った。


 一般的に考えて、だからどうってわけではないはずだが、リンが一瞬、表情を曇らせる。まるで「しまった」とでも言わんばかりの表情。


 若干罠に嵌められ気味に葵と手を繋いじゃった僕も今後どうなることかと心配していたのだけど、でも、さすがにこれは心配しすぎだと思う。

 仮に葵が何かを目論んだとして、いくら何でもこの状況で、葵にいったい何ができるというのだろうか?


 そうこうしていると、持ってきたお水をテーブルに置きながら店員が説明した。


「ご注文は、スマホからビークルシティのガイドにアクセスして──ええ、今まさにお客様の正面に現れている3Dインターフェイスでご注文いただくようになっております」


 僕はリンと、葵は晴翔と一緒に身を寄せ合って、一つのインターフェイスでお店のページを見ながら何にするか話し合う。

 リンは、すでに何にするか決まっているようだった。


「私、クレープに目がないんだぁ。だからクレープパフェが大好きで。ああ、久しぶりにここのを食べられる。幸せぇ……」


 瞳が水色になった。きっとすごく好きなんだろう。目をキラキラさせながら恍惚の表情を浮かべるリンを見ていると、こっちも自然と笑顔になる。

 

 しかしよくよく考えると、リンがどんなものを好きかすら僕はよく知らない。


 つまり、彼女のことを僕はまだ全然知らないんだ。まだ知り合って数日なのだから無理もないことではあるが、その数日の間に色々あり過ぎて、普通は先に知るべきことを全部すっ飛ばしてしまっている気がする。



「…………………ーだよね?」



 あっ、と思った時には遅かった。


 油断したのだ。考え事をしている間に、どうやらリンが僕に何か話しかけていたらしい。何を言ったのか全く分からなかった。

 とりあえず、今はまだ表情には何も現れていないはずだ。誤魔化すのだけは上手くなった。


 しかしどうする?


「え? もう一度言って?」と正直に尋ねるか?

 そんなことをしたら「また私の話、聞いてなかったぁ! 葵のことばっかり考えてるからだっ!」とか言われちゃうかも。

 さすがにこの場では言わないかもしれないが、後で何を言われるかわかったもんじゃない。

 じゃあどうする? 聞いていたフリをして「そうだね」とか言ってみるか。


 待て待て、そんなので誤魔化せるか? バレて「また誤魔化した!」とか言われるのが関の山だ。しかも、さっき嘘をつかないでと言われたところなのに。どんどん信用を無くしちゃう。


「〜だよね?」という語尾からして何かを確認したものと考えられるので、とりあえずその内容について考えてるフリをし、時間を稼ごうと思い至る。

 そして考察の結果、最終的に僕は「そうだね……」と言いながら顎に手をやることにした。話を繋いで、内容を推理する時間を稼ぐんだ!


「そう──」

「聞いてなかったんでしょ?」

「……はぃ」


 目を細めてじっと見つめられた。

 あぁ、すごく冷たい目だ。ゾクゾクする。

 よかった、この程度で済んで。僕は別にこんなのでは傷つかないのだ。


 聞くと、どうやら「飲み物はコーヒーだよね」と尋ねてくれたらしい。


 じゃあ「そうだね」で合ってたんじゃんか! どうして聞いてなかったと決めつける!? せめて最後まで言わせてほしかった。

 きっと表情に現れてたんだ。こいつ、「僕の顔はずっと見てる」とさっき言ってたからな。次からもっと無表情になれるよう心掛けよう。


 というか、リンは僕が何を好きか、こんなふうに把握してたりするんだよな。

 ってことは、これは僕がリンのことを知ろうとしていないってことになるのだろうか……?


 と、またもや考え事に耽る僕に、正面にいる葵が微笑みながら言う。


「ふふ。ゆうちゃん、昔からそうだよね。何か考え事をしてる時は、そうやって上の空。あたしの話も、ぜーんぜん聞いてなかったもんねぇ。リンを悲しませちゃダメだよ」


 葵がそんなことを言うから、僕は昔のことを思い出してしまった。


 小学生の頃、僕が葵の話を聞いてなかったとき、葵からは罰を与えられた。

 キスの刑と、くすぐりの刑だ。

 無理やり押さえつけられ、葵の好きなように体を弄られ続けた。

 それが堪らなく気持ちよくて、僕は──。



「夕真?」



 隣から聞こえるリンの声にハッとする。


 また冷たい目で見られちゃうな、と思っていた僕は、リンの表情でイヤな感じにドキッとさせられた。

 リンは、目を細めるとかじゃなく、ただ不安そうに僕を見ていたのだ。

 

 リンは、気を取り直したように言う。


「葵の話、ちゃんと聞いてたの?」

「もちろん! 僕が昔から人の話を聞いてないって話だよね」

「その次は?」

「リンを悲しませちゃダメ、って」

「さらにその次」

「へ? さらにその次?」

「そう、さらにその次」



 さらにその次!?



 さらにその次に、何かを話したってこと?


 しまったぁ……聞いてない! 何を言ったんだ!?

 推理しろ! さっきみたいに時間をかけるとバレる!

 即答だ! ……よし、


「そうやって上の空の時は、ぶっ叩けば目を覚ます、って言ったんでしょ」


 人差し指を立てながら胸を張って言った僕へ、リンと葵は目を見合わせて口元を悪そうに緩ませた。

 リンも頬杖をついて、今度こそ目を細めて下から僕を覗き込む。

 

「へぇ────…………。そうなんだぁ。次からそうしよ」

「えっ。違うの? 僕が葵の言うなりになっていたこととか?」

「それは言われなくてもわかる。ってか、クイズじゃないから当てようとすんなっての。聞いてなかったんでしょ?」

「……はぃ」


 僕って、都合が悪くなるとすぐ誤魔化そうとする人間なんだなぁ。何だか反射的に誤魔化そうとしてしまう。人付き合いなんてしてこなかったから、全然わかんなかったよ。気をつけよ……。

 

「正解は、『何も言ってない』、でしたー」

「はぁ!? ずるい! 卑怯だっ」

「何が卑怯だよっ、聞いてたら一瞬で正解できたでしょ! 君が聞いてなかったからだよ、こんなことになってんのは!」

「ははは、リンちゃん、兄ちゃんが人の話を聞かないのは別に葵の前だけじゃないよ。俺といる時だってねぇ……」


 さんざん僕をネタにされたけど、そのおかげでようやく空気が和んできた感がある。

 なら、イジられた甲斐もあるかな、と思いつつ、店員が運んできたコーヒーに口をつけた。

 他の三人のぶんもテーブル上に揃う。僕は、リンオススメのパンケーキを頼んだのだ。


「あ、美味しい! ほんとだ、すっごく美味しいよ」

「でしょ? こっちも食べてみ、ほら」


 リンが、クレープパフェをスプーンで掬って僕の口に入れようとする。僕は、完全に日頃の条件反射で鯉のように口を開けた。

 

 葵の前であることに、羞恥心を掻き立てられる。

 ずっと好きだった女の子と、自分の弟の前で、リンにされる「あーん」。

 顔の皮膚の熱さを感じながら、僕は葵のほうを見ずにリンのラブラブ行為を受け入れていた。


「このお店、俺も別の系列店に行ったことあるけど、どれも美味しいよね」

「そう! 私、お気に入りなんだぁ」


 晴翔とリンが話し始めた時、ふと、異変に気づく。僕の足に、温かい何かが触れたのだ。 

 足首のあたり。擦るように……その擦り方に、僕の鼓動は跳ねる。


「好き」という気持ちを、愛情を伝えようとするかのような、触れるか触れないかの接触。それが靴を脱いだ葵の足先だと気づいたとき、僕は目を見張って顔を上げる。


 真正面を向いた僕の視界には、じっと見つめてくる葵の顔があった。


 微笑みつつも、どこか拗ねているかのような。

 リンの行為を今すぐやめさせて、こっちを向いて、と言っているような。

 僕を引き寄せようとする、好意と嫉妬に溢れる瞳。

 剥き出しの感情を葵から直接注がれた僕は、頭の片隅にすら思い浮かべていなかったあまりの出来事に、声を上げることもできずに固まった。


 僕が抵抗できないのを良いことに、葵の足先は、僕のふくらはぎをつつつ、と伝って膝を通過。

 太ももと太ももの間に捩じ込もうとする。僕は、反射的に両膝を閉じた。

 真横にリンがいるのにもかかわらず、葵は僕を責め続ける。


 僕は、「やめて」という意思を込めて葵を見返したつもりだった。

 僕の思いを受けた葵は、意地悪そうな、でも、今までみたいに冷たい感じじゃなく、僕を愛してくれているかのような、優しさも含んだ笑顔。


 そんな葵がする責めは、もう、なりふりなんて構うつもりはない、いつリンにバレようが覚悟はできている、と言っているかのようだった。

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