イカれてんのか
リンの視界はビルの側壁から窓を通って屋内へ。
解説者の分析が正しいなら、リンはジズを中へと誘い込みたいはずだ。僕はジズの現状を把握するために視界をジズへと切り替える。
ジズはリンの誘いには乗らなかった。そのままビル側壁に残り、リンが向かう先を予測しているのだろうか、迷うことなく屋上のほうへと壁を走って移動する。
【高野さん、これはしばらく膠着するかもしれませんね!】
【そうですねぇー。互いの思惑が明らかですから。中へ誘い込みたいリン選手と、あくまで外で勝負したいジズ選手。ジズ選手の武器は連射が効きますから、屋外でも威力は高いですし】
【しかし、リン選手の動きはとんでもない熟練度です。あれをそう簡単に捉えることができるとは到底思えませんが──】
【その通りですねー。マジでやばいです。一つ言えるのは、普通に撃ち合っているだけでは、この二人は被弾しないんじゃないかということですね。真剣に勝ちを獲りにいく場合、どこかで命を削る作業が必要になってくるでしょう。まあ、今日はビークルシティでのイベントですので流石にそこまではやらないと思いますが】
【というと?】
【いくらスポーツであるとはいえ、このアルティメット・パルクールの危険なところは、ワンミスで死亡するところです。
先ほどリン選手が見せたように、ビルの屋上から飛び降りて、地上寸前で重力面を切り替えることによって地面との激突を免れるようなプレーは、尋常ではないハイパフォーマンスを生み出すと同時に危険と隣り合わせでもあります。
場合によっては、ビルの屋上からの飛び降り自殺になってしまうことも、たまにあることなんですね。この両選手、仮に勝負をつける気なら、そのギリギリを狙っていくことになりますが──】
【なるほど。確かに、今日の試合でそこまでは無いかもしれませんが、良いパフォーマンスを期待したいところですね!】
【ですねー】
この解説を聞いていて、僕は、また鼓動が暴れてきた。
リンは、きっとやる気だと思った。
彼女は「ジズには絶対に負けない」と言ったんだ。なら、命を削る作業に身を投じる気がする。
それに、負ければジズの言いなりになるのだ。
きっと──いや間違いなく、リンは命を懸けてジズを討ち取りに行く!
うおおおお、とまた怒号のような歓声が上がる。
僕が映像に意識を戻すと──。
今度の大歓声は、一騎当千の二人が繰り広げる真正面からの撃ち合いによるものだった。
屋上で鉢合わせた二人は、床面からポコっと飛び出た階段室の建屋の影に隠れることもせず、他に障害物も全くない広い屋上で、真っ向から撃ち合っていたのだ。
銃口の向きから弾道を予測し、何を根拠としているのかわからないが射撃のタイミングすら的確に察知する二人は素早い身のこなしで弾を回避しながら互いに激しく撃ち合い続ける。
ダダダという連射音と、ガォン、ガォン、という重い銃声が歓声に混じって響き渡っていた。
ジズの武器は連射ができるから、こういう展開はリンのほうが不利な気がするが、リンはおそらく、屋上にある建屋の壁に重力面を設定しながら横方向の素早い動きを作り出しているようだ。
……と思ったが、それだけか?
よく見ると、リンは、建屋のない方向にまで落ちていく。
どうなっているのか、もはや僕には全くわからない。
【これはぁ──、高野さん、これ、リン選手、一つ下の階の内壁に重力面を設定してますね! まさか、内壁のある場所をさっき昇ってくる間に全部覚えたのか──?】
【うわぁぁ! やべぇこれ! シンジらんないっす。マジやべぇ】
しかしさすがに連射を全て凌ぐのは厳しいのか、リンは屋上からの離脱を選択した。
体を回転させながら柵をヒョイっと飛び越え、三〇階超えの超高層ビルの屋上から何の躊躇いもなく墜落する。
リンは、落下によってその姿を消す間際、ジズへ挑発するような笑みを向けた。
「……へっ。いいぜ、面白ぇー。付き合ってやる!」
僕がジズの視点で見ていると、奴は余裕のセリフを吐いた後、ダッシュでリンを追いかけていった。
そしてジズもすぐさま躊躇せずに柵を飛び越え、自然落下に身を任せてリンを追う。
と────。
真下にある地上──落下方向を見るジズの視界の中で、リンは仰向けに倒れるような姿勢でジズに向かって銃口を向けていた。
水色の瞳が殺気を宿して銃口とともにまっすぐこちらを向いて──。
二つの銃声が、咆哮を開始した。
【両者、落下しながら互いに撃ち合います! しかしこれはぁ、高野さん、危険です!】
【そうですね……このパターンは、いつビルの側壁に着地するかがポイントになります。
先ほどリン選手がやったように、向かいのビルとの三角跳びなどすれば別として、この状況のままだと回避行動の自由度が著しく制限されてしまいます!
しかも、先に飛び降りたリン選手のほうが先に地面に激突するリスクがある上、回避行動を起こした瞬間の隙を狙われて圧倒的に分が悪い。チキンレースになってしまう!】
状況の利はジズにある。が、回避行動の自由度が制限されていること自体は二人とも同じ。
リンは、わざと不利な状況を作り出して、ジズを誘って仕留めるつもりなのだ。
【両者、激しく撃ち合います! これはエイム勝負になっている──!】
【しかしもう地面が! レッドラインを越える……】
風を切る轟音と空気を震わす銃声が混ざり合い、HMDを通して僕の聴覚をいっぱいにする。
一切の表情変化も回避行動も起こさず、ただジズを見つめる水色の瞳と銃口に、ジズはとうとう音を上げた。
「っっ……イカれてんのかっ」
回避行動を起こすために照準を外し、体位変換してビルの側壁を向いたジズの視界に、ヘッドショットによって飛び散ったマーキングが見えた。
同時に、リンは重力面を設定したことにより急激にビルの側壁へと引き寄せられる。
【ああ────っっ、地面に、ぶつかるぅ──っっ!!】
【ダメだっ、間に合わないっっ】
解説者すら言葉を失い叫ぶことしかできない中、ギャギャギャっ、とブレーキングの摩擦音を鳴らしながら急減速する様を、全ての観客が固唾を飲んで見守っていた。
僕は、リンの視界に切り替える。
途轍もない速度で側壁を滑っていたリンだが、残り数メートルというところで減速が効いた。
壁との摩擦によって煙を発生させるリンの反重力ブーツは、地面にトン、とゆっくり接触し──……
そしてフワッと地上に着地する。
ビ────っ、と試合終了の合図が鳴った。
【……勝ち。勝ちですっ! 青チーム、リン選手のスーパープレーでジズ選手を打倒し、五人抜きで逆転勝利ぃ────っっっ!!】
ようやく正気を取り戻した解説者がリンの勝利を宣言した時には、地面を揺らすほどの歓声がアルティメット・パルクールの会場を包んでいた。




