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俺の役目(晴翔視点)


 俺の頭に思い浮かんだ最悪の仮説。

 あくまで仮説であって欲しいと願っていたけど、やっぱりそうじゃなかった。


 付き合ってからはずっと、学校にいるときは俺と一緒にお昼を食べていた葵だけど、ある日、「今日は友達と食べる」と言ったんだ。

 俺は母さんが作った弁当を食べることが多かったから、葵も油断したのかもしれない。


 俺は、兄ちゃんと葵が二人で食堂にいるところに出くわした。


 雑巾のようにギュッと心臓を絞られる苦しさに何とか耐えて、「どうして嘘をついたんだ」と俺は葵を問い正した。けど、「嘘なんてついてない。ゆうちゃんは友達だよ」と返される。


 葵はムッとしたような表情になった。もしかしたら、嫌われてしまっただろうか。あまりにも心に溜め込んだものが大き過ぎて、感情を制御し切れなかった。

 こんなところで全部台無しにするわけにはいかない。俺は冷静になるよう自分に言い聞かせる。


 葵と兄ちゃんは幼馴染でクラスメイトだから、仮にお昼を一緒に食べても常識的に考えて不自然ではないし、「友達」というのも確かに嘘ではない。そのワードを聞いて俺が勝手にクラスメイトの女子のことだと思い込んだだけだ。


 だが、兄ちゃんと食べるなら、弟の俺にはそう言うのが普通だろう。なのに「友達」なんて言い方をしたら、それはもう隠したのと変わらない。


 いずれにしても、葵の話は理屈で言えば筋が通っているので、俺が思い浮かべた最悪の仮説は論理的に言うと立証されなかったが、屁理屈で強引に誤魔化す葵のこんな態度を目の当たりにした俺には、その仮説はもはや事実としか思えなくなってしまった。


 ずっと兄ちゃんを憎み、葵を自分のものにすることだけを考えてきた。

 だけど、ここで俺は、今までと少し違った気持ちになった。


 兄ちゃんの気を惹くために必死に足掻く葵のことを見ていられず、今すぐにでも抱きしめたくなる。


 たとえ建前であっても俺は彼氏なんだ。その俺のことを気に掛ける余裕すら無くなっている。

 なのに、そんな葵のことを、俺は、何とかして癒してあげなければならないと思ってしまった。


 俺が兄ちゃんのことを忘れさせてやる、とよっぽど言ってやりたかった。でも、それは結局、俺のエゴだ。


 抱きしめたいのも、兄ちゃんのことを忘れさせたいのも俺の願望。

 葵は、兄ちゃんに抱きしめて欲しいんだ。兄ちゃんから愛されたいんだ。


 他のものを全部失ってでも手に入れたかった俺の女神様は、やっぱり兄ちゃんのことしか見えていなくて……。


 その日の放課後、葵はすごく落ち込んでいた。


 あのあと何があったのだろうか。心ここに在らず、って感じで、葵はほとんど放心状態だった。俺は葵を慰めないといけないと思って、葵のお気に入りのスイーツ店へすぐに連れて行った。

 それでもずっと浮かない顔をしていたけど、ケーキを一口食べた時、「おいしい」って言った葵は少しだけ微笑んでくれた。

 

 俺は、葵と兄ちゃんがお昼を一緒に食べた日、葵にいったい何があったのか、次の日も、その次の日も考え続けた。そして一つの結論に辿り着く。


 葵をどこに連れて行ったら喜ぶか、という俺と葵のデートのことを尋ねた時、兄ちゃんは平気な顔をしてビークルシティを勧めてきた。

 それだけじゃなく、ビークルシティに連れて行けば葵が喜ぶよ、と、まるで俺と葵の仲が深まるのを喜ばしいことでもあるかのようにサラッと言ってのけたのだ。ほんの少し前まで、俺と葵のキスシーンを見せつけられて死にそうな顔になってやがったのに。

 この短期間でこんなに兄ちゃんの心が持ち直した原因は、一つしか考えられない。


 兄ちゃんは、あのリンってアンドロイドに惹かれ始めているんだ。


 葵が必死になっているのも、たぶんそういうことだろう。今日の昼にあのリンの姿は見当たらなかったが、兄ちゃんと話した結果、葵はその事実を思い知らされたのかもしれない。


 きっと間違いないと思う。その証拠として、リンをビンタする葵の姿を朝の校門で見かけた、って俺のクラスメイトが言っていたから。それほどまでに取り乱す葵を、俺は見たことがない。


 そうは言っても、たかがアンドロイド。人間じゃない。

 どうしてアンドロイドごときに葵がこんなに焦っているのか、それは世間に流れる噂が影響しているだろう。


 ──アンドロイドとのセックスにハマった人間は、まるで覚醒剤に手を出してしまったかのように抜け出せなくなる──


 兄ちゃんが一度リンの味を知ってしまえば、もう二度と抜け出せなくなるかもしれない。

 まるで人間のように稼働するアンドロイド。完全に人間と同等の心と体で虜にされてしまえば、人間と付き合おうなどというモチベーションがまるで無くなってしまっても確かに不思議ではない。


 俺たちは奴らを「人形」と揶揄しているが、はっきり言ってそれは嫉妬の表れであるかもしれない。


 俺たちだって、本当はわかっている。普通に生活する限り、もはや人型アンドロイドに人間と異なる部分などないのだ。愛を知り、人間らしい体温を手に入れた機械はこの世界で人権すら手に入れ、人間の恋愛相手として作られた彼らの大半は人間を愛する。


 俺の知っているアンドロイド同士の夫婦は、例外なく大家族を作っている。おそらく、子孫繁栄を担う一部のアンドロイドと、「人間を愛する」という本来の役目を担うアンドロイドに役割分担されているのだろう。


 本人たちと話した感じ、アンドロイド各個人がそんなことを意識しているとは到底思えないが、全てのアンドロイドが連結されているという基幹システム「メティス」が遺伝子レベルで影響を与えているのかもしれない。そのせいで、人間の人口減少が加速しているとさえ言われている。


 人間は、自ら作り上げた仲間(・・)のせいで、今、絶滅の一途を辿っているのだ。


 人間の女性の中でもトップクラスの美貌を持つはずの葵が、異常なほどにリンを恐れ、必死になって兄ちゃんを取り合っている。

 葵と同じく、リンもまた類稀なる美貌を持つアンドロイドの精鋭。今、この一騎打ちは人間とアンドロイドの頂上決戦と言っても過言ではない。それは、本来なら葵の圧勝でもおかしくないと思うのだが。


 葵と兄ちゃんの様子を見て、俺はあのリンとかいうアンドロイドが心底恐ろしくなった。

 

 兄ちゃんの女の趣味なんて、誰も知らない。

 どんな女の子が好きで、どうされたいと思っているか。それに、今どんな心境で、どんなトラウマを持ち、どうすれば癒せるか。


 性格の歪んだ兄ちゃんのことだ。おそらく普通の男子よりも推し量ることは難しいだろう。なのにあのリンはそんな兄ちゃんの心を掴み、絶望の淵から救出しやがった。

 人間の弱点(・・)を研究されて造られた叡智の結晶であるアンドロイドの末裔・リンから、果たして葵は兄ちゃんを勝ち取れるのだろうか。これまでの情報を総合すると、葵は完全に追い詰められている。


 俺はやっぱり葵が欲しい。だから心の底ではどうしてもリンが勝つことを望んでしまうが、それはすなわち、大好きな葵の心がズタズタにされるということでもある。

 葵と俺とのキスシーンを見せつけられた兄ちゃんは何とか心を持ち直したようだが、人生の半分以上をかけて恋焦がれ続けた兄ちゃんをとられる悲しみから、果たして葵は持ち直せるだろうか。


 気づけば、兄ちゃんをどん底に突き落としてやるという気持ちも、兄ちゃんから葵を奪い取ってやろうなんて気持ちも、もう薄れていた。俺が全力を注ぎ込んでやらなきゃならないことが、明確になったからだ。


 俺の役目は、きっと葵が負けた時に来る。

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