もう止められない②(リン視点)
特別制圧隊の殉職保障によって金銭面で生活に困ることはなかったけど、まだ小学校四年生だった私が一人で生きていくことは難しくて、しばらく私は、お父さんの部下であるリュークさんという人を頼る運びとなる。
彼の奥さんであるアンナさんという人は、「アルカーナ」という本屋さんを営んでいて、私はしばらく古本屋にご厄介になることになった。
早くにお母さんを亡くしていた私はひとりぼっちになってしまったが、リュークさんとアンナさんはずっと私のことを世話してくれた。
自分たちの子供もたくさんいるのに、授業参観も、お出かけも、ことあるごとに私のことを気に掛けてくれた。二人はまだ若いけど、私は今でも両親のように慕っている。
お父さんが亡くなって私が生きている、という事実をひたすら何度も考えた。
そうすると、自然とユウマのことをよく思い浮かべるようになった。
今、私がこうして生きていられるのは、命を懸けて助けてくれたお父さんと、ユウマのおかげなのだ。
きちんとお礼を言わなきゃ、と思って、記憶を頼りに彼の家を探そうと決意した。
だけど、そう思ってからハッと気づく。彼の家から警察の車に乗せられた私はほとんど放心状態で、どこに彼の家があるのかわからなかった。
私が誘拐され監禁されていた工場街も私の家の近くになんかないし、そもそもあの街はなんていう名前の街だったのだろう?
不覚だ。どうしてこんな大事なことを注意して見ていなかったのだろうか。小学生の私は、探すことを諦めるしかないという結論を下した。
お父さんの仕事になんて元々は興味がなかったが、あの事件以降、自分のような思いをする人をこれ以上増やしたくないという気持ちが強くなった私は、アームズを目指すことにした。
かなりの狭き門だから、必死でやらなきゃダメだ。リュークさんは複雑そうな顔をしていたが、「君は間違いなくブライアンの子だよ」と言って、最終的には応援してくれた。
中学生になったとき、私は、首都にある警察庁所管の武道場へ通わないかとリュークさんから話を持ちかけられた。
この国の最高レベルの戦士が集まるらしい。そこへ通うため、リュークさんの支援を受けながら、私は都会での一人暮らしを始めることにした。
アームズに選ばれるための条件はただ一つ、「強さ」だ。
誰にも負けない強さを。
情け容赦なく殺しにくる殺人鬼も、大量の国民を皆殺しにしようとする凶悪テロリストも。
真正面から戦う時だろうが、不意を突かれ──仮に大好きな人と愛し合っている最中に襲撃された時だろうが、いついかなる時であろうとあらゆる敵をねじ伏せる比類のない強さを求めて、私は闘争力を磨くことだけに明け暮れた。
そんな中、頭角を現し武道場でも目立ちつつあった私に近寄ってくるアンドロイドの男子がいた。
銀髪でカッコいい顔をしている彼は、二十歳に満たずして防衛省が直轄する特殊部隊「シックス・ウイング」に選ばれた戦士。だから、同じく若くして警察庁が直轄する特殊部隊「アームズ」を目指す私の力になりたいと言ってくれた。
イケメンの彼が来れば、警察庁の女性職員はみんな「合コンに誘わないと!」とか「連絡先を聞かないと!」とか言って必死になる。でも、彼は、そういうのには興味はないと言って断っていた。
その割に私とはよく話すし、私に買い物の用事があったりすると休日に二人で出かけてくれたりした。
カッコいいタイプはそんなに好みではなかったけど、優しい彼のことを私も好きになる。中学二年生だった私は同い年の周りの女子と比べても大人びていて、彼とは歳の差もあったけれど、自然と付き合うようになった。
けど、あいつと付き合ったのは間違いだった。
あいつは、私を暴力で束縛しようとした。
Sの私は、真正面からあいつと喧嘩するようになる。私が思い通りにならないとわかると、しまいには、あいつは私の周りの人にまで危害を加えようとし始めた。
私はあいつに別れを告げたが、めちゃくちゃしつこくて、完全に私のストーカーと化してしまった。厄介なことに、ガチの武力は私よりあいつのほうがまだ僅かに上なのだ。全く、カッコいい奴は性格が悪い!
じゃあブサイクなら性格がいいかというともちろん何の因果関係もないことだが、私の中ではもうそれでいい。
あんなクソ野郎に、私の初めてを全部あげてしまった。
ああ。もう男の子となんて、付き合いたくないなぁ……。
イライラを全て武道にぶつけていると、アームズ入隊の願いは、案外早く叶うことになった。
一五の時、私は選抜された。
身体能力やら、戦闘技術やら、知識、思考力、精神力、覚悟……。戦いに必要なものは数限りなく存在するが、わずか一五歳の私が首都警護の要であるアームズに選ばれた時、隊長が私に言った言葉はこうだ。
「君が選ばれた理由は、比肩するもののない闘争本能だ」
この言葉は、私を心の底から安堵させた。
お父さんを殺された時、私は恐怖のあまり逃げ出した。もっとも乗り越えなければならないのは心の弱さだと自覚していたが故に、この言葉は本当に嬉しかった。
反面、たまに暴走する狂気が抑えられなくなるのが怖いところだが、これは鍛錬でなんとかするしかない。弱いままでいるわけにはいかないのだから。
これで、トラウマは乗り越えられたと思った。
もう私は、誰にも助けられたりしない。私が誰かを救うのだ。
この頃になると心に余裕を持てるようになっていて、しかも自信もついてきていたので、まるで自分で何でもできる感覚になっていた。
そんな時、ふと思いつく。
今の私なら、「ササキユウマ」のことを探し出せるんじゃないだろうか……?
倉庫街から逃げる時、倉庫の屋根の向こうに大きなビルが建ち並んでいた。
あれは間違いなく首都・シンクレア東京の摩天楼だ。ならば首都を望める倉庫街をしらみ潰しに探せば、あの街も、彼の家も見つけることができる!!
私は浮き足だった。すぐさま、捜索活動に取り掛かった。
史上最年少でアームズの隊員となった私は、特例として、仕事は学校と並行してやっていいと言われていた。学校が終わると、私は毎日倉庫街の探索に出かけた。
マップ上でピックアップした倉庫街をマーキングし、順次捜索にかかる。
すると、目的の倉庫街はすぐに見つけることができた。そしてもちろん、彼の家も。
しかし、ここで問題が一つ発生した。
彼の家は、空き家になっていた。
周辺住民への聞き込みによると、どうやらこの家の主はおばあさんで、二年前に亡くなったらしい。
彼の言葉を思い出す。「おばあちゃんちへ遊びにきた時は」と言っていた。彼の本当の家はここではないのだ。
手がかりは「ササキユウマ」という名前だけとなった。
ネットでの名前検索など既に数え切れないほど試したが、平凡な名前すぎてSNSなんかでたくさんヒットしてくる。
私は検索でヒットした「ササキユウマ」たちがSNSなどにアップする写真から場所を特定して、家を突き止める作業を開始した。
しかしなかなか見つからない。そもそも本命の「ササキユウマ」がSNSをやっていなかったり、写真をアップしていなかったりする可能性もあるわけで。この作業は相当に骨が折れたし、心も折れそうになった。
目標達成の実現性が霞み、絶望感が気分を暗くした。
精神的に疲弊して完全に行き詰まる。だんだん荒れ始めた私は、イライラしすぎて武道場でついやり過ぎることもチラホラ出てきた。
気分転換のため、私は昔お世話になったアルカーナへ寄ってみることにした。
相変わらず古臭いお店だ。
私は都会のサイバーチックなテイストが好きだから、この古本店はそんなに好きではない。完全に体を動かすのが好きな体育会系女子だし、だから本を読むのだって好きではないし、年間の読書量なんて一冊あればいい方だ。そんなことをする暇があるなら剣を振るし銃を撃つ。
高い本棚に目を馳せながら、ふとレジにいる少年に目をやった。
……可愛い。
ドキッとして、反射的に目を逸らしてしまった。
なんか心臓をくすぐられるような感覚が。前はバイトなんて雇ってなかったけど、アンナさんも子沢山だと大変だから雇い始めたのだろうか? しかしどう見ても彼、年齢は中学校低学年くらいだけど……。
誰にも言ってないけど、私、実は極度のショタコンで。
可愛い男の子を見るとめちゃくちゃにしたくなる衝動が自分でも怖い。あんな中一くらいの男の子を私の目の前に差し出すなんてライオンの檻に餌。マジで小学生でもイケるけど、付き合う事まで視野に入れたらあのくらいが限界だよね。
これくらい薄暗い店内なら、ちょっとくらいイケナイことしても大丈夫なんじゃないかな──……なんてソワソワし始める。
ダメダメ。アームズって警察庁の所属なんだから。私、扱いは警察官なんだよね。
そういや、私を助けてくれたあのササキユウマもかなり可愛い顔をしていた。
今はもうそんなに鮮明には覚えていないけど……確か、このレジにいる彼のような感じだった気がする。
あの頃、警察から解放され、いったん家に帰ってからも彼のことが頭から離れなくて、どさくさに紛れて抱きついときゃよかったかな……って、後になってめちゃくちゃ後悔したのを覚えてる。
あの時は、ちょっとそれどころじゃなくて……。
思えば、私のショタコンはあの時点で始まった。それ以後、彼のことを思い出すたびに体が疼いて何度一人で慰めたかわからない。
きっと今頃はカッコいい男の子になってるだろうな。
弟君もなかなかイケメンになりそうな素質があった。だから、兄であるユウマもイケメンになっているはずだ。私の目は確かだと思う。
でも、カッコいい系はちょっとね。全然趣味じゃないし、もう懲り懲りだ。
私は、顔が可愛くて、ドMで押しに弱くて、女の子からされるがままになっちゃいそうな、まさにこのレジにいるこういう男の子が大好物なのだよ。
……アンドロイドかな? 人間かな?
アンナさんに言って紹介してもらおうか? でも、こんな幼い感じのコ、正規のバイトじゃないかも。じゃあ、親戚の家の仕事手伝い的なアレか?
どうしよう。このままだと私、きっと彼のこと欲望のままぐっちゃぐちゃのドロドロにしちゃうだろうし。やっぱ親戚の中学生に手を出すわけにはいかないか?
アンナさんに紹介してもらって、話をする程度にとどめるか……。
いや。和やかに会話なんかしたら、なんか暴走が止められなくなりそうな予感が。
うん。きっと間違いない。今だって実は相当ヤバいのだ。犯罪だ。仕事クビになる。
でもまあ、だからってこのまま店を出るなんてさすがにちょっと勿体無いな。どっちにしても、まずはこのコの顔を真正面からちゃんと見たい!
本になんて全く興味はないが、レジへ行くために仕方がないから一冊だけ買おうか。
えっと、何でもいいや。一番マシなこれを……
私は一冊の本を手に取り、レジの男の子へ手渡す。
やっぱり、近くで見ると頬をスリスリしたくなるほど可愛い。女の子みたいな顔をしてる。この本屋と一緒でちょっと根暗な雰囲気はあるけど、磨けば絶対に光る。イケメン好き女子には決してわからない、原石だ。
それに、このあどけない表情。ゴリ押しすれば彼のことを好きにできそうな気がする……。
ゾワゾワと内臓を這い回るような欲情が私に囁きかける。
行ってしまうか……? と。
やめろやめろやめろ!
あのとき助けてくれたササキユウマ君に、顔向けできないことはするな!
そうだ。自制しろ。清廉潔白なアームズ紅一点の女戦士リン・ラミレスの名が泣くよ。お父さんだって、命懸けで助けた娘がそんなことしてるって知ったら開いた口が塞がらないだろうな……。
と、その男の子の胸にある名札が目に入った。
手書きの名札なんか作っちゃって。やっぱ可愛いなあ……ん?
……佐々木、夕真?
え?
ええええええ?
「殺人術に興味がおありですか?」
「ふぇ? あ、い、いや。その。あ、兄が、そういうのがすすす好きで」
急に言われて変な声出たぁ! お兄ちゃんなんていないのに反射的に嘘ついちゃった。どもっちゃったし、もうめちゃくちゃだ。
「なら、プレゼント包装しますか?」
「お願いします……」
気を利かせてくれたのだろうか、殺人術の本をプレゼント包装し始める佐々木夕真。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
どういうこと? 私がお世話になっていたアルカーナに、なんで彼が?
わけがわからん……
あの調子だともっと大人っぽくなっているはずだ、って勝手に想像してたけど。
まさか、あのまま可愛く成長して!?
待て待て、早とちりするな! 同姓同名かも。今まで必死に探して見つからなかった彼が、こんなところに都合よくいるはずが──。
と考えながらも彼から目を離せないでいると、本を包装しながら彼は前髪をかき上げる。
サラッと流れた髪の隙間から見えた、左の目尻にある泣きぼくろ。
過去の記憶が鮮明に復元され、ビリッ、と体の芯を電気が走ったようになる。
まるで、全身が燃えたかのようだった。
ほかほかと汗ばむ体を両手で抱きしめるようにして、ごくっと生唾を飲み込み、目の前の男の子を凝視する。
確定……ササキユウマ、だぁ……。
マジか。信じらんない。こんなに可愛くなってるだなんて!
えっ、待って!? じゃあ私と同い年くらいじゃん! 合法だよ、手籠めにしても全然犯罪じゃないよ?
やばいやばいやばい。
どうする? どうする!?
目が熱い。恥ずかしい。きっとギンギンに光っちゃってるよぉ……。
しかし恥ずかしがっている場合ではないことに私は気づく。
一向に足取りが掴めなかった彼が、今、目の前にいるのだ。
しかも私のドンピシャ好みのルックスとMっ気とショタっ気ムンムンの雰囲気を備えて。
これはもう、ガンガンいくしかない!
私がアルカーナでお世話になったことがあるってことを話すと、色々過去のことも話さないといけなくなるし、今はやめとこう。
幸いにも、今私の横にいるリナは久しぶりに会う私のことがわからなかったようだ。私がここにいた時、リナは小さかったからな。なら、ここはこのまま他人のふりをしておいて、後でアンナさんとリナに連絡して夕真を落とすの協力してもらおうっと。
ってことで、私は彼に話しかけた。
「……あの」
「はい?」
「アンドロイドのお客は、珍しいですか?」
「あ、いや。というか、このお店はそもそもお客さん自体がすごく少ないので。どうしてですか?」
「なんとなく、私の瞳の色が変わった時に、あなたが動揺したような気がして」
そうだ。彼は人間。だから、第一関門にして最大の関門は、アンドロイドと付き合うつもりがあるかどうかというところ。
「そんなことはないですよ。お買い上げの本が珍しいやつだったので、少しびっくりしたというか」
おっ! もしかして、これはいけるかも!
「あはは。変な本買う奴だと思いましたよね。よかった、アンドロイドだからってびっくりしたわけじゃなかったんだ。アンドロイドと人間のカップルなんかも珍しくない時代ですからね」
「そうですよね。まあ、なかなかアンドロイドと付き合うってことは無いのかもしれませんけど……」
油断して浮かれちゃったぶん、彼の言葉は私の心を不意打ちで叩っ斬った。
……や、やっぱ、そうきたか。
くそ。悔しいが仕方がない。これは覚悟していたことだ。だから、勝負はここからなんだ。
「どうして?」
「え?」
「どうして、なかなか付き合うことはない、と思うんですか?」
「まあ、当然ですけどアンドロイドは機械ですからね。『心も外見も人間と違いはない』って言われてますけど、機械なんだから根本的に人間とは違うと思うし。人間の恋愛対象には、『人間らしさ』みたいなものが必要な気がするんですよねー」
「はぁ?」
あまりにもはっきり言われて、つい本心が声に乗り憑った。
これは案外、根が深いかも。
長期戦……になるかもしれないか。
「アンドロイドの魅力が、人間に劣るっていうんですか?」
「……ええっと……いや、そういう、わけでは」
「今、言いましたよね? 人間らしさが、アンドロイドには無いって」
「あ、いや、その」
ごめんね、こんなふうに責めちゃって。でも、悪いけど、思いついちゃった。
君を、落とす方法。こういう形で、君のこと、遠慮なくガンガン攻めさせてもらうよ。
「すみません! 違うんです、僕はただ、その……アンドロイドはアンドロイドと付き合えばいいし、人間は人間と付き合うのが、その、適切っていうか。そのほうが互いの魅力がわかるというか」
「アンドロイドの女の子と付き合ったこと、あるんですか?」
「あ、いえ、ないですけど……」
「じゃあ、わかんないじゃないですか」
「まあ、そうなんですけど。いずれにしても、僕はアンドロイドを異性として好きにはならないかな……」
正直、この一言は効いた。
「ここからが勝負だ!」と気持ちを作っていたのに、その覚悟を根こそぎ持っていかれるくらいに胸を抉ってくる。
でも。
そうだよ。もう、後へなんて引けない!!
「へえ。なら、アンドロイドの女の子には、魅力を感じたりしないんだね?」
「へ?」
「私に何をされても。君は、私に、絶対に落とされたりしないんだよね?」
挑発に乗れ! さあ、言うんだ!
「そうだね。落とされたりしないよ」
うしっ! と心の中でガッツポーズをする。
まずは、スタートラインに立った。
でも、分が悪い戦いになることは間違いない。なぜなら、世間一般的に見て人間とアンドロイドでは遊びの恋愛が多いんだ。それには、悲しいことにアンドロイドと人間では子供が作れないことが少なからず影響している。
ああ。人間に、生まれたかったなぁ……
……やめろ。泣き言を言ってもどうにもならない。私は決めたんだ。
そんなクソみたいなジンクスは、私が全部ぶち壊してやる。
彼のことを振り向かせて、絶対に、心から愛し合える関係になってやる!
さあ。夕真、始めるよ!
「決めたっ! 絶っっっ対に、君のことを落としてみせる。毎日毎日、いっぱいいーっぱい会いに来るから、覚悟しとけよ!」




