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もう止められない①(リン視点)


 気が付けば、服を寝汗でビシャビシャに濡らしていた。

 またか……とため息をつきながら、私はベッドの上で体勢を変えて濡れていないところを探す。


 今でも夢に見る。


 それは鮮明に、まるで現実がもう一度やってきたのかと思うほどにリアルで、だからこそ、今ここでやり直すことができれば違う未来が待っているんじゃないかとさえ思う。


 でも、何度夢の中で繰り返しても、違う結果にはできなかった。私は常にあの時と同じ選択をし、事態は同じ結果を迎える。

 でも、だからといって私が悪かったかと言えば、そんなことはないと思う。あの時の私に、いったい何ができただろうか。


 こうやって自分自身に言い聞かせてはいるが、私がお父さんを見捨てたことには違いはないのだ。そのせいで、ハッと目が覚めた時には気持ちの悪い汗で体がボトボトになっている。

 

 いつも夢に見るその日。気がつけば私は後ろで手を縛られていた。

 私がいる場所は、寒く暗い場所。床の冷気が靴を突き抜け爪先をジンジンとさせる。


 何らかの目的に合わせて特別に作られたモデルでない限り、原則として人型アンドロイドには暗視機能のある眼球など装備されてはいない。だから、普通のアンドロイドでは、こんな暗闇では何も見えない。



 ──人間と同じ条件で、人間を超えなさい──



 これは、アンドロイドが最初に聞かされる言葉だ。

 誰が最初に言い始めたか、まことしやかにアンドロイドたちへと伝えられ、叩き込まれる。


 しかしそのせいで、この空間の様子を窺い知ることはできない。

 かろうじて人の気配がする。それは、「音」がもたらしていた。


 次に覚えているのは、会話。


「何が目的だ」


 お父さんの声だ。

 その声を聞いた瞬間、温かい感情が心を満たして気持ちが安定させられた。


 だからといって、胃を内側から盛んにつつく緊張感が緩和されたわけではない。

 お父さんは、私の肩に手を置いて私の首を撫でている人物に、どうしたら私を解放してくれるのか、と尋ねているからだ。


 その人物は、白く光るナイフを手に持ち、私の首に当てている。きっと何らかのエネルギーが込められているに違いなかった。

 ナイフが発するエネルギーなのか、それとも男の殺意なのかわからないが、私の首筋にはピリピリとした感覚が這い回り、体を動かし逃げようなどという胆力は微塵も出すことはできなかった。


「特別制圧隊・コードNo.1、アームズ隊長ブライアン・ラミレス殿とお見受けします」

「…………娘を離せ」


 違和感を覚える。

 お父さんならこんな奴、力づくで真っ二つにできるはずだったからだ。


 特別制圧隊は、隊員に選ばれた時点で特殊機能を持った眼球に入れ替えられるから、お父さんはこの暗闇でも見えているはずだった。


 加えて、原発一基分にも匹敵するバトルエネルギーを転送可能な「パワーチャンネル・システム」を使った剣技バトルアビリティ「ファルシオン」、そのエクストラスキル「デッド・ストライク」は、全開で発動すれば突進最大速度は時速一二〇〇キロにも到達する。加速度の最大値三〇〇〇m/s2超えの体速から繰り出される切っ先は完全静止状態からでもコンマ一秒以内に一〇メートル先の敵を斬ることが可能だ。

 

 予備動作無しからのコンマ一秒以内。その異次元速度は、この絶望的状況すら打開できる無敵の能力のはずだった。


 違和感は、やはり当たっていた。


 この暗い部屋のどこからも、パワーチャンネルを開通した戦士のみに現れる現象「輝くように体から溢れるエネルギー・オーラ」の兆候が見えなかった。すなわち、基幹システム「メティス」から戦闘バトルモードが許可されていない。


 お父さんは余裕があるのだろうか? なにせアームズの隊長だ。

 誰もが憧れるはずのヒーロー。絶対に誰にも負けない、私の──いや全ての弱者の勇者。こんな暴漢一人にやられるはずはない。


 しかし、心臓を鷲掴みにされるような不安感で次第に息苦しくなってくる。

 やはりいくらお父さんでも早く開通させなければまずいはずだ。バトルエネルギーを受け取らなければ、一般のアンドロイドと同条件なのだから。

 そんな状態では……


「どうやっている?」

「『反則技』は、使えなくさせていただきました」


 おそらく男。

 丁寧に話すが、それが逆に私の心臓を締め上げる。


「目的はあなたの命です。それを頂けるなら、娘さんは無事に返しましょう。三〇秒後に殺します。それまでに判断してください。ようい、スタート」


 言葉の内容を理解する前に始められるカウント。

 

 仮にお父さんがこの男の言うことを聞いたとしても、こいつが私を生かしておかないことだけは直感的にわかった。

 私の首を撫でるこの男の指が、殺したくて仕方がないと私に伝えているように思ったから。

 

 このままでは死ぬ────

 恐怖が頭と体を痺れさせ、気が付けば私は叫んでいた。


「おっ、お父さんっ────」

「大丈夫だ。安心しなさい」


 呼ぶことしかできなかった私を優しくなだめるような声。

 落ち着いた、静かな声で言うお父さんも、きっと私と同じ予感をこの男から感じ取っていたのかもしれない。


 コンマ一秒とはいかなかったが、一般アンドロイドとしては破格の速度、コンマ五秒くらいでこの男の元に──つまり私の元に、お父さんは駆けつける。


 お父さんは自分を防御することなく速度を落とさずに突っ込み、男と私の間に無理やり体を捩じ込んで私を抱きかかえる。エネルギーを失ったとはいえ、お父さんは素手で敵に攻撃を加えて私を敵から引き剥がした。


 お父さんは、私を抱いたまま暗い部屋を走って抜けた。

 ガラガラ、と大きな音が聞こえたのはきっと重い扉を引いて開ける音。


 扉から見える外の景色で自分が連れ去られていた場所を理解する。

 どうやら超高層ビル群の近くにある倉庫街のうちの一つだったみたいだ。雨の降る夕方の倉庫街を、お父さんは私を抱いて走っていた。

 

 しかし、走り方がおかしい。

 顔を歪めるお父さんの顔が、いつまでも私の心に焼き付いていた。

 

 逃げる路地の途中、大きな広場のようになった場所に辿り着く。その敷地の端には、積まれたスクラップの山があった。

 その後ろへ私を隠したお父さんは、屈んで私の両肩を掴み、自分のおでこを私のおでこに引っ付け、こう言い聞かせて微笑んだ。


「リン。先に逃げなさい。音を立てないように、あっちの方向へ逃げるんだ。大丈夫、心配するな。さっきだって、お父さんはお前のことを助けただろ? すぐに追いつく」


 スクラップの山の後ろにある、建物同士の細い路地を、お父さんは指で差し示す。

 立ち上がり、敵が追ってくるはずの方向へ向いたお父さんの背中を見て、私は息を呑んだ。

 敵がつけたナイフの傷跡が、まともに脊柱を直撃していた。間違いなく、重要機器が破壊されている。


 私はお父さんに抱きついた。 


「お父さん!」


 お父さんは振り返ってまた屈み、私を抱き寄せる。


「声を出しちゃダメだ。いいかリン、約束してくれ。絶対に、声は出さない。いいな?」


 私は、形だけ頷いた。


 お父さんがスクラップの影から出て行った後も、私は、お父さんとの約束を守らずに、その場にとどまった。お父さんのことを見捨てて逃げるなんて、どうしてもできなかった。

 

 でも、こうやって手負いのお父さんを一人で行かせた時点で、私はお父さんを見捨てているのだ。この場に留まることで、少しでも自分の罪を濯ぎたかったのだ。


 一緒に逃げればよかった。駄々をこねて「一緒に逃げよう」と、お父さんにわがままを言うべきだった。このまま放置すればどうなるのか、予感はあった。

 しかし今さらここから出ていく勇気はない。卑怯な私は、雨の中ひざまづいて両手を握り合わせながら、お父さんが勝って帰ってくることを必死で祈った。


 雨の中、どのくらい時間が経ったか。

 雨音のせいで、物音は何も聞こえない。

 私は、スクラップの山から顔を覗かせ、様子を窺った。


 強くなってきた雨で悪化する視界の中、広場の真ん中に、二人の人物が見える。


 男は、仰向けに倒れたお父さんの胸に、さっきのナイフとは違う、白く輝く長い剣を突き立てていた。


 手で掴んでいたスクラップを動かしてしまって、いくつかがガラガラと大きな音を立てて崩れる。男がこちらにゆっくりと顔を向けようとしているのが見えて──。


 爆発しそうになる鼓動に突き動かされながら、私は必死に逃げた。


 お父さんが言った細い路地を、全力で走った。足はもつれ、何度も水溜りへ転んでは立ち上がって、泥まみれになりながら無我夢中で走った。


 ……かたきを、とらなきゃ。

 お父さんが殺された。このまま逃げることなんてできないっ……


 そう思ったけど、体は勝手に逃げ出していく。

 恐怖で手足は震えて、満足に動かすことすらできなかった。


 どこをどう通ったかは全く覚えていないけど、目の前に超高層ビル群が見える倉庫街を走っていると、運悪く袋小路に行き着いてしまった。


 戻ることはできない。もうどこにも逃げられない。

 そう思うと、仇を取るなんて考えはどこかに吹き飛んだ。

 土砂降りになってきた雨で体は冷たくなり、あの男が追いかけてくる恐怖で指先が痺れ、心もが震えた。


 きっと、私も殺される。せっかくお父さんが助けてくれたのに、無駄にしてしまった。

 もうすぐ、あの路地を曲がって、奴はここへやってくる────。


 胸を締め付ける圧迫感で苦しくなり、この袋小路からどうするのかなんて、何も考えることはできなかった。

 水溜まりにペタンと座り込み、肩で息をしながら、殺人鬼がやってくる運命の路地先を呆然と見つめる。


 と、真横にあった鉄製ドアが、突然キイイ、と音を立てて開いた。


「し────っ! こっちだよ!」


 人差し指を口に当てた、私と同じくらいの歳の男の子が、目を見開く私の前に現れた。

 男の子は、私の手を掴んで引っ張り、その建物の中へと引き込んでドアを閉めた。


「こっち、こっち」


 何が起こったのかわからないまま、古びた倉庫の中を、私は男の子に手を引かれてただひたすら走り続ける。

 真正面に見えるその男の子の頼もしい背中が、私の目に焼きついていた。

 

 鉄製の階段を上がって、また降りて、倉庫の中を走って、ぐるぐると駆け回るうち、気がつけば、私たちは倉庫街から抜け出て街中を歩いていた。

 閑静な住宅街にある立派な一軒家の前で立ち止まった黒髪の男の子は、ニッと笑って私の手を離す。


「君も鬼から逃げてたんでしょ? アオイはねぇ、結構、勘がいいからね。ハルトはきっと、もう捕まっちゃっただろうなぁ。でもね、ぼくは、おばあちゃんちに遊びに来た時はいっつもあの倉庫で遊ぶから、あの中に関しては一番くわしいし。絶対に、捕まらないよ! ……それにしても、ずぶぬれになっちゃったね。ぼくんち、来る?」


 男の子は、すぐに合流してきた同い年くらいの女の子と弟を連れて、私の手を引いて一軒家の中へ連れて行ってくれた。

 彼がずっと手を握っていてくれたおかげで、すごく安心したのを覚えてる。


 その家のおばあちゃんは、「すぐに風呂に入れてやりな!」と叫んで誰かに指示していた。


 アンドロイドの金属骨格を形成する「生ける金属」はある程度の適正温度帯があるみたいだけど、生体組織は温度管理が難しいらしい。少しでも冷えた状態で放っておくと機能不全を起こす。だから、それを防ぐために、アンドロイド本人にちゃんと知らせる機能が付加されていて──すなわち、私は寒くて震えていたのだった。


 男の子のお母さんらしき女の人が、まあ大変、と言って、子供たちを一緒くたにお風呂に入れる。私も、その中に入れられた。

 知らない男の子と一緒にお風呂に入るなんて、普段の私ならきっと恥ずかしがったと思うけど、お父さんのことがあって、私はそれどころじゃなかった。


 お風呂を出たらバスタオルでガシガシ拭かれて、それから、この男の子の服を貸してもらって、ストーブのついた部屋で暖まらせてもらった。

 ここはどうやら人間の家族の家らしいが、彼らに会った時から私はずっと瞳が光っていたみたいで、みんな最初から私がアンドロイドであることに気づいてくれていた。


 ご飯まで出してくれたが、しばらくは喉を通らなくて、私はお箸を持ったまま固まっていた。男の子は、そんな私の背中をずっと優しく撫でてくれていた。

 

 この時、初めて私は男の子の顔を真正面からしっかりと見つめる。


 左の目尻にある泣きぼくろが印象的な男の子はものすごく可愛い顔をしていて、私は、つい、彼の顔にじっと見入ってしまっていた。

 その様子を見守る「アオイ」と呼ばれた女の子がずっと私を睨んでいた気がするが、事情はよくわからない。 


 私はしばらく放心していたけど、ようやく話せるようになって、男の子のお母さんに事情を話した。

 話し始めてすぐ大人たちは深刻な顔をしたけど、男の子のほうは首を傾げたりしていたので、きっと事情はよくわかっていなかったと思う。


 すぐに警察の人がいっぱい来た。しばらくすると、私もお父さんが殺された場所へ警察の人と一緒に行くことになった。


 振り返ると、男の子が私に手を振っている。

 ニコって微笑んでくれて、またね、と言って。

 

 これだけは絶対に確認しておかなければならない。

 私は、男の子に名前を尋ねる。家族の会話の中で「ユウマ」と呼ばれていることはわかっていた。表札は「佐藤」と書かれていたから、苗字はこれだろうか。


 でも違った。私の手を引いて命を救ってくれた男の子は、自分の名前をササキユウマと名乗った。

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