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深い事情を尋ねてみたが


 結月とカイトのことは仲睦まじいカップルだと思っていただけに、話を聞かされた時、正直、僕はすごくショックを受けた。

 

 一途な愛なんてこの世に存在しないのだろうかと、漠然とした不安を抱いてしまう。

「浮気や不倫をしたことがありますか」というようなアンケートを見て、えっ、こんなに多くの人が? と動揺したのと似ているかもしれない。


 ただ、そういうメディアで得た情報と今回の件が違うところは、僕たちは彼らの間近にいて、詳しい事情を知ることができたということだ。


 親に反対されたことは、結月にとっては相当に大きな問題だったのだろう。

 僕は親などどうでもいい、というかむしろ鬱陶しいから彼女の気持ち自体は全くわからない。だから、今回のことって本質的にはどういうことだったんだろう、と考えてみる。


 心の中心にあるものを揺るがされた時、人間なんて脆いものなのだろうか。

 

 そうだとすれば、僕にだって結月の気持ちを少しは理解することができるかもしれない。葵こそが、僕が唯一、心の支えにしていたものだったのだから。


 高木という一年生はかなり女癖の悪い奴のようだったが、噂によると何やら酷い怪我を負って、せっかくの美形なのに手術が必要な状態らしい。まあ、これこそ天罰というやつだろう。神様は本当にいるのだ。


 しかし、それよりも遥かに奇怪なことが起こった。

 菱山や川口が、リンの手下に加わったのである。


 その証拠に、なんとあの菱山が、教室でいきなりひざまずいてリンの靴を舐め始めたのだ。

 菱山がリンの靴を舐める直前、リンがあいつに発した言葉は「手始めに、私の靴の裏を舐めさせてあげてもいいけど」だ。


 手始めに? 舐めさせてあげてもいい?


 完全に奴隷扱いだ。ただ、最も驚くべきは、菱山がその提案を嬉々として受け入れたことだ。リンの靴の裏を舐める菱山は、本当に幸せそうだった。

 あれはやらされている奴の表情じゃない。僕にはわかる。あいつは、心底望んでやっている。

 まるで全ての重責から解放されたかのように背中を丸めてリンの靴を舐めるあいつを見ていると、なんだか親近感が湧いてしまった。


 川口についても印象はガラッと変わった。話してみればすごくいい子だったのだ。

 ビンタされた時には限りなく怖い存在だったが、よく見ればドキッとさせられるような、かなり可愛い顔をしている。

 何を考えていたのかわからないけど、謎に僕に迫ってきた時の顔は不良なんかじゃなく、ただの可愛らしい一人の女の子のように見えた。

 そんな川口がリンにやられちゃうのは可哀想になってしまって、僕は川口を庇ってやった。

 僕の判断は間違ってなかったと思う。リンは、きっと情け容赦なく叩き潰しただろうから。


 いずれにせよ、どうやったのかはわからないがどうやらリンはあの悪党どもを完全に征服してしまったらしい。

 ということは、今やこの学校はリンの支配下に置かれたと言っても過言ではないだろう。古い言い方をすれば、いわゆる「スケバン」だ。


 これで僕らの脅威は一つ残らず無くなった……と思いきや、一つだけ大きな問題が残っていたのを僕はふと思い出す。



 教室の机に肘をついて、無表情に僕らを見つめる葵。



 リンも、葵のことはどうやら手を焼いているらしい。リンは葵を見るとき、なんだか渋い顔をしているから。確かに、菱山と川口は屈服したのに、葵の視線はなんら敵意を弱めないのだ。


 葵は、菱山と川口にも冷徹な視線を浴びせかけていた。

 二人は「不甲斐ない」と葵から断じられたのだろうか、そんな葵の視線に耐えられなかったようで、すぐに顔ごと逸らしていた。


 菱山と川口の脅威が無くなったことは大いに望ましい出来事だったが、だからといって僕のストレスが無くなる訳ではない。僕のストレスの大半は、葵と晴翔の関係なのだから……。


 放課後になり、学校からの帰り道をリンと手を繋いで二人で歩く。

 ふと繋いだ手を見ると、お揃いのブレスレットがチラチラ目に入って、僕はつい表情を緩めた。


 するとリンは、僕が何を見ているかすぐに気づいて、僕に微笑みかける。

 こんなふうに笑顔を向けられることも、手を繋ぐことも、いつの間にか日常になってしまった。


「何を考えてるの?」


 通り過ぎる、全ての男が必ず振り向く美少女。

 そんな女の子と手を繋いで歩いていることに、最初は違和感しか感じなかったのにな。


「何も」

「あ。そっけなぁ。泣いてもいい?」

「やめてよそれ。僕が君に泣かされてるんだから」


 リンは、少しだけ表情を曇らせる。

 それと即座にリンクしてオートで僕の心に雲がかかり、胸が嫌な感じにドキドキし始める。

 謝ろうかと思ったが、リンの言葉のほうが早かった。


「そんなに私のこと、迷惑なの」

「あ、いや、そ、そういう訳じゃ。それはさ、えっと。その、言葉のあや、というか」

 

 どうしてこんなにしどろもどろになるのか自分でも理解できない。言い訳する必要性が全くわからない。

 悲しそうなリンの顔を見続けるのが、なぜか辛くなってしまうんだ。


「ふふ。冗談だって。もし迷惑だと思われてるなら、私の魅力が足りないってことだから。夕真は全然悪くないよ」


 違うよ。魅力は、これでもかというほど感じてる。真正面から受け止めている僕が言うんだから間違いないよ。

 何度ヤバいと思ったか。まあ、だからって落ちたかというとそれは断じて認められないなぁと思うわけで。うん。


「それにしても、菱山たちを従えちゃうなんて、やっぱりリン様は只者ではありませんなぁ」

「うむ、そうであろ。これより、わらわをもっと敬うが良いっ」

「調子乗るの早。まあ、特別制圧隊なんて、そこらの不良が敵う相手じゃないよね。リンみたいに高校生でなっちゃう人なんているの?」

「うーん……いないね。私、史上最年少だから」

「すご。え、だいたい普通はどのくらいの年齢で選ばれるものなの?」

「そうだね……二〇歳とか。遅ければ三〇歳とかかな。私は一五歳の時なんだ」


 中学生の時かよ。

 スポーツ選手のエリートみたいなものか? 感覚がよくわからないが。


「でもさ、なんでそんな年齢で、アームズを目指そうと思ったの?」


 今まで、尋ねようと思っていたが尋ねられなかったことだった。彼女はこの仕事のことを自ら話そうとはしなかったから。


 リンは、雲ひとつない晴れ渡った空を見上げる。

 複雑そうな表情を浮かべ、うん、まあ色々ね、とだけ言った。


 確かに、もし仮に深い事情があるのなら、単に落としたいだけの対象者である僕に話すことではないのかもしれない。

 それは同時に、僕が真の意味ではリンの信用を得てはいないことを意味しているのかなー、なんて思って、少しさみしくなってしまった。


「そんなことよりさ。葵の生い立ちのほうが気になるよ。どうしたら、あんな厄介な目ができるようになんの? 夕真は幼馴染なんでしょ? きっとその原因がわかると思うんだけどなぁ」

「うーん。そんなこと言われても……」


 僕は少しだけ昔の葵を思い出してみた。

 そうしながら横にいるリンを見ると、リンもまた、何やら物思いに耽っていた。

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