偶像から真の推しへ
「俺は仕事一筋縄だよ。仕事が恋人です。ファンのみんなを愛してるから」
嘘つき。
カオリは部屋で泣いていた。過去の推しの発言を再生しながら、涙が止まらない。高校二年にもなって幼稚園生みたいに泣いていた。
今朝、推しの熱愛報道が流れ、結婚も秒読みたしい。信じられない。今までノースキャンダル。プロ意識も高く、どんな体調不良でも休む事はない人だったのに、よりによってB級アイドルとの熱愛発覚。
「信じられない。あんなアイドルと結婚だなんて……」
『果たして香織がそんな事いう権利はあるかしら?』
「え!? ネコが話した!?」
気づくと飼い猫が部屋に来ていた。黒猫のハナ。ひねりのない名前だが、一昨年、父の工場で捨てられている所を保護し、今では家族の一員。
幻聴が聞こえるほどショックだったのか。ハナはカオリの涙をペロペロ舐め、こうも言う。
『推しだって一人の人間よ。泣くし、食べるし、おならもする。もちろん、性欲があって恋もする』
「つまり?」
『カオリにとって都合の良い偶像ではないという事』
ネコと会話しているという奇妙な状況だったが、意外と普通に会話が成立してしましった。それに、ハナの声は可愛らしく、耳に心地いい。もふもふな背を撫でていると、涙は落ち着いてくる。
『推しは神様でもない。ちゃんと一人の人間として見よう。だったら、熱愛だって、素直に祝福できないかしら?』
「そう言われても……」
推しの人間性、価値観とか、夢とか、別にそういうコアな面は何一つ知らない事に気づく。ステージ上のキラキラした姿だけを見て喜んでいた。いや、見ているというより消費していた。まさに偶像。愛しているのは推しではなく、自分自身の方だった気がする。だとしたら……。
「そうかも。私、推しについて何も知らなかったかも」
『でしょう?』
またハナに涙を舐められた。くすぐったい。そもそもネコと会話をしているなんて、ファンシー過ぎるけれど。
『いつか推しの幸せを願える日が来る。今は無理でも』
たぶん、ハナは励ましてくれているのだろう。それだけは理解できた。
「う、うん」
カオリは頷き、部屋のアクリルスタンドやポスター、うちわ、ペンライトを一旦押入れに入れた。今は無理でも、いつか笑顔で推し活できる日まで、一旦休憩。




