あなたは最高傑作
湯島美子は、自分のルックスに全く自信がなかった。今年小学六年生になったが、胸が膨らみ、初潮がきた頃、急に自分の容姿が気になりはじめた。
まず、目が二重じゃないのが気になる。鼻筋も通ってなく、穴が目立っているような。口元もゴリラっぽい気がして、鏡を見る度にコンプレックスを募らせていた。
テレビの中にいる女優やモデルは、みんな綺麗だ。SNSで自撮りをしている一般人などもみんな美人に見えてしまう。同じ歳ぐらいの子供が、子役として活躍していると、焦った気持ちにもなる。クラスの中で目立つ子も美人が多いし、自分のルックスなど一つも自信が持てなかった。
そんな折、親に連れられて教会に行く事になった。町の中にあるプロテスタント教会で、両親が揃ってクリスチャンになったので連れて行かれた。
正直、日曜はに教会に行くのは違和感があった。子供向けの日曜学校というのも参加したが、牧師の話や紙芝居などを聞かされ、眠くなってきた。
退屈だったが、高校生のお姉さんとは仲良くなった。黒岩未穂という高校生のお姉さんで、優しくて、美子の悩みも聞いてくれた。
教会のそばにある小さな喫茶店で、ケーキを食べながら容姿についての悩み事を告白してしまう。隣のテーブルでは両親を含め、大人達が会話を楽しんでいたが、美子は憂鬱だった。目の前に美味しそうなミルフィーユがあるが、これを食べたら太ってしまう恐怖もある。
「そんな事で悩んでたんだ」
未穂は、真剣に聞いてくれたが、少しホッとしたような目も見せていた。
「ねえ、美子ちゃん。芸能人やタレントの本質ってわかる?」
「歌って踊って、夢を与えるのではないの?」
「それもあるけど、基本は広告ね。この芸能人が美人の基準なんですよー、人気なんですっていう宣伝だよ」
小学校の頭では、なぜそんな基準を宣伝すているのかわからない。でも一つの「美」の基準を提示すれば、サプリ、整形、化粧品などなどの商品が売れるという。未穂の話は少し難しかったが、商売のネタと思えば何となく腑に落ちてきた。
「平安時代とは、今の美人の基準は全く違ったんだよ。そんな時代で変化するものに振り回されるのも辛くない?」
それは、よくわかる。確かに誰かが作った「美」の基準に振舞わされていた。自分が勝手に気にしているだけで、容姿について悪く言われる事もなかった。例え悪く言われても、人の事をとやかく言えるほど完璧なルックスの人も珍しいかもしれない。
未穂に話を聞いて貰いながら、だんだんと肩の荷がおりてきた。
「それに美子ちゃんは、神様の最高傑作だよ」
笑顔で未穂が言う。とても信じられないのだが。
「確かに人間は罪が入ってるからね。でも、あなたは値高く、尊いわ。聖書にもそう書いてある。あなたは最高傑作だよ」
全て信じられるわけでは無いが、あまりにも未穂にハッキリと断言されるので、そんな気もしてきた。そういえば、こんな風に誰かに褒められるのは、初めてだった。
心はふっと軽くなっていた。
「さあ、美味しそうなケーキ食べない? 今日は全部忘れて食べちゃいましょう!」
未穂は子供っぽく笑っていた。
確かに今までは、どうでも良い事を考えすぎていた。
「そうだよね!」
美子も頷き、フォークを掴む。美味しいミルフィーユを食べながら、今まで悩んでいた事は全部忘れてしまっていた。