心からネコを信じなさい
これは、野中翔太が小学校に上がるころの話である。
翔太の両親は多忙で、いつも一人で家にいる事が多かった。どちらと言えば内気な彼は、友達も少なく、近所の空き地でボールを壁打ちしている事が多かった。
そんな時、その空き地で猫を見るようになった。野良猫だが、白くてふわふわな毛並みで可愛い子だった。翔太はすっかり夢中になり、この白猫と遊んでいた。
いや、対等な関係で遊んではいなかった。どちらと言えば翔太は下になり、白猫を崇めている事が多かった。「猫様」と呼び、写真を撮りまくり、時には手を合わせている事もあった。それぐらい可愛い白猫にハマっていたのだった。翔太には他に友達もひとんどいないし、この白猫だけが友達状態だった。
『こら、翔太!』
いつものように猫に手を合わせ、かわいがっていると、声が聞こえた。
猫様が話した?
翔太はびっくりして腰を抜かしそうになるが、ここまで崇めていると、そんな事もあり得そうな気がした。
『私を崇めちゃダメ』
「何で?」
『それは偶像崇拝といって、気が狂う事になるわよ』
「というかなんで話してるの? 信じられない」
『心から目の前にいる猫を信じなさい』
白猫の声は、かなり可憐だった。ずっと聞いていたくなる声だが、言っている事は意味がわからない。
『私ではなく、私を創った神様を崇めなさい』
命令口調だったが、なぜかコクコクと頷いてしまった。
「神様っているの?」
『いるわ。こんなモフモフに可愛くデザインした神様ってすごくない? この耳も可愛くない? 私だけでなく、全ての動物をデザインしたのよ』
白猫は香箱座りをしていたが、ドヤ顔を見せてきた。
白猫の言う事が本当だとしたら、それはちょっと凄い。シマウマの模様とか、ナマケモノの生態とか、シマエナガの顔つきとか全部一人の神様がデザインしたとすれば、相当センスがいい。
『翔太の事だって神様が創ったのよ』
「本当?」
信じられないが、そう言われてみたら、顔や体つきも自信が出てきた。家にある図鑑で見た進化論では、人間は猿から進化し、偶然できたと言われていた。一方神様が創ってくれたと思えば、自分ってそんなに悪くないんじゃないかと思い始めていた。
そんな事もあり、白猫とは会話するようになっていた。科学では信じられない話だが、翔太は子供だった。素直に受け入れていた。白猫から聞く神様の話は楽しく、風や空気、地面や石ころ一つだって愛おしくなってきた。これらも全部神様が創ったものらしい。
しかし、そんな日々も長くは続かなかった。白猫はだんだんと弱っていき、毛並みも萎んできた。
翔太は細くなった白猫を抱きしめながら、泣きじゃくる。
「いなくならないでよ。死なないで!」
幼いながらも白猫といる時間は長く無いと感じていた。
『仕方ないのよ。死ぬ事については達観してるわ。それに神様の元に里帰りできるから、いいのよ』
だんだんと白猫の声も小さくなり、翔太の顔は涙で濡れていた。
『私が望む事はただ一つ。人間が神様に立ち返って、和解する事よ。私を拝まないで。死んでも、悲しまないで。私は人間の為の生まれてきたようなものだから。だから、ちゃんと神様の事を知って、勉強してね。私が言いたい事は、特にローマ8章を読んで勉強よ』
これが白猫の最期の言葉だった。
確かに悲しい。毎日泣いていた。でも、白猫が残した言葉の数々を思い出すと、悲しんでばかりもいられない。
白猫がいう神様ってどんな方?
翔太は涙を拭き、図書館へ向かう。白猫の言う神様について知る為に。