ネコを捨てた世はほろびる
毎日が空洞のようだった。一言で言えば虚無だった。
子供が独立し、年金生活に入った。夫は副業をやり、趣味も楽しんでいたが、私にはそういったものもない。
燃えつきた。仕事も子育ても終えたので、他にする事も思いつかない。
思えば仕事にも子育てにも全力だった。仕事は化学メーカーで薬品の開発や研究などをやっていたが、表彰された事もあった。今は、ずっと家にいて、それほどやりがいのあるものも思いつかない。ネットも読書も飽きていた。夫からは鬱では無いかという疑惑も持たれていた。確かに鬱の症状とも似ているようだ。食欲もなく、オシャレをする気分にもなれない。
思えば仕事に人生の価値をおき過ぎていたのかもしれない。仕事をやっていれば幸せだと、どこかで思っていた。依存的なところもあったのかもしれない。そのツケが今来ているのだろう。
別に仕事が人生をキラキラと輝かせてくれたものでは無いと気づき、愕然としてしまう。
そんな時、夫が野良猫を拾ってきた。汚い猫だったが、綺麗に洗ってやると、おでこの模様が可愛いハチワレ猫だった。名前ははっちゃんにした。
その日から騒がしい毎日だった。はっちゃんが家にいるだけで楽しく、気づくと鬱っぽさは消えていた。
「はっちゃんは神様が送ってくれた天使かもしれないなぁ」と夫は言っていたが、本当にそんな感じだった。食欲も回復し、オシャレも出来るようになってきた。何もしていないのに、喜びを感じる瞬間も増えてきた。
思えば猫のような動物も愛せない世界は、滅びるしか無いのかもしれない。仕事をしている時は、さまざまな数字に追われ、子育ても忙しく、こんな動物を飼う余裕もなかった。
確かに可愛いが皮や肉になるわけでも無い。何の役にも立たない。
それでも何の役にも立たない存在を大切にし、愛する事は愛なのかもしれないと気づく。赤ん坊を産んだ時もそんな心境だった。何の役に立たなくても、生きてるだけでしれで良いと思っていた。もし、そんな事も認められない世の中は、無くなる気がした。
はっちゃんと一緒にいると、そんな感覚を思い出し、仕事をしていて時のストレスからも解放されていた。
「あれ、お母さん。綺麗になってない?」
久々に娘が実家に帰ってきたら、私の姿を見て驚いていた。
「そう?」
「きっと、はっちゃんの効果だよ。確か猫を触ってると癒しホルモンが出るとか」
「にゃー」
はっちゃんは娘の言葉なんてわからないはずなのに、返事をするように鳴き声をあげていた。
そんな見返りを求めていたわけではないけれど。
「こんな小さな動物を愛せる人ばっかりだったら、良い世の中になりそうだけどね」
娘はちょっと困った表情ではっちゃん背中をなでる。娘が営業の仕事をしているので、ノルマに追われて大変だという。
「お母さん、しばらくはっちゃん借りていい?」
「いいわ」
娘ははっちゃんの背中を撫で、しばらく目尻を下げていた。
「あなたも何の役にたってなくても、生きてるだけでいいんだからね」
思わずそんな事を言ってしまった。娘は、泣くのを堪えるように、目を伏せた。




