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序章 舞い降りた天使

桜が咲き、短き休みが明けて学生達が学び舎に集う四月の初め始業式が本日行われる日の事。学校が始まる鐘が鳴る前の時間、ここ愛鍾高校の屋上に「う、さむっ」と呟き、一人の少年が来た。

今年で高校三年生になる彼、玉櫛健太郎はここをお気に入りの場所としている不登校気味の生徒である。

彼は不良という訳ではない。ただ教室に居ても居心地が悪く、好きじゃないからである。とはいえ、家も居心地が悪い為、好きではないが。

「あ~つまんねぇな」

 何に対しても無気力な彼は、屋上の真ん中で両手を枕代わりに横になって眠り始めた。


「もしも~し」

「っあ!」

「大丈夫? 魘されてたみたいだけど」

 金髪碧眼の腰まで伸びたロングヘアの少女が、彼の顔を覗き込んで尋ねた。彼はその声で目覚めた。彼は夢の中で胸にナイフを数回刺される悪夢を見ていたのである。

「あ、ああ大丈夫だ・・・・・・」

「そう、じゃあそろそろ教室行かないとチャイム鳴っちゃうよ、玉櫛健太郎くん」

「え?」

彼女はそう告げると、彼を置いて駆け足で塔屋のドアまで行き、ドアを開けて中に入っていった。

(あの子誰だ? 何で俺の名前知ってんだ? まぁそんな事より始業式始まるな。教室行くか・・・・・・)

 健太郎はクラス替えをして、メンバーが変わった新たな自分の教室に向かった。


始業式が終わって、HRの為に担任の先生が教室に入ってきた。但し一人、女子生徒を連れて。教室はその生徒に目を奪われた。

「え~、HRの前に転校生を紹介する」

 皆、彼女を見ながら担任の発する単語の一つ一つを集中して聞いていた。普段だったら担任の発言などまともに聞かない者までも真剣である。

「家庭の事情から本日編入してきた白羽天音さんだ、みんな仲良くするように。では、白羽さん一言挨拶して下さい」

「白羽天音で~す。好きなものはニャンキーで好きな色は青色です。みんな仲良くしてくれると嬉しいな。どうぞよろしく~」

「それでは席はあそこに座ってくれるかな」

「あ、はい」

 天音は、指定された真ん中の列の一番後ろの席に向かった。その途中で健太郎に「健くん、このクラスだったんだね。これからよろしく」と声を掛けて席に座った。その呼び掛けに彼は、少し動揺しつつ無言だった。そしてその様子にクラス中の生徒が反応を示した。

「はい、静かに! HRを始めるぞ」

 騒めく教室の生徒達に担任が呼び掛けて、HRが始まった。


「それでは、また明日」

 HRが終わり、教室の前の扉へと進む担任の歩みと、部活や一部の生徒を除いて二人の生徒の周りに駆け寄るクラスメイト達の動きが並行した。

 結果人の輪は二つ。健太郎、天音の其々にできた。

 健太郎の方は天音との関係について聞かれたり、嫉妬から憎まれ口を叩かれたりだった。

 天音の方は健太郎との関係についての他には、彼女個人について質問されていた。

 やがて天音は席を立って、健太郎の取り巻きに割り込んで目の前に来た。

「健くん人気者なんだね、友達一杯」

「あのさ、どう見たらそう見えるんだ?」

「そう見えたんだけど・・・・・・違うんだ」

 天音は右の人差し指でこめかみを少し掻くと、元の直立した姿勢に戻った。

 そんな彼女に周りに居たクラスメイト達が一斉に話し掛けた。

「ゴメン、ちょっと健くんに話があるんだ。健くん、ちょっと屋上まで一緒に来てくれるかな」

「何で俺? いや、・・・・・・いいぜ」

 健太郎はゆっくり立ち上がると、天音と共に蛙鳴蝉噪の教室を後にした。

 階段を上り、扉を開けると屋上の中央に、一人の眼鏡を掛けた深紫色でアシンメトリーボブの少女が立っていた。

「待っていました、玉櫛さん。聞いていた通りの方ですね」

「だよね、あたしも最初に会った時そう思った」

「何なんだ、一体」

「あ、ゴメンゴメン君を置いてきぼりにして。改めて自己紹介するね。あたしは君と同じクラスの白羽天音、好きなものはニャンキー。で、この子は黒園牡丹ちゃん、今日あたし達の隣のクラスに編入してきた友達です」

「よろしくお願いします」

「あ、ああよろしく。ニャンキーってアレだよな、グレ猫シリーズのキャラだよな」

「そうそう、スジニャンの方が人気だけどあたしは断然ニャンキー派」

「天音、そろそろ本題に入りましょう」

「あ、そうね。実はあたし・・・・・・何か違うな、やっぱ夕方じゃないと雰囲気出ないな。あの、夕方にまた来て貰っていい?」

「いや、何でモヤモヤを抱えたまま一旦帰されなきゃいけねぇんだ」

「ほら、女の子って雰囲気大事にするもんじゃん」

「知らねぇよ、勿体付けやがって、さっさと言えよ」

「おほん! じゃあ改めて・・・・・・実はあたし天使なんだ。そして牡丹ちゃんは死神」

「そうなんだ、カッコイイね」

「これなら信じますか?」

 健太郎が適当に流そうとしていると見て取った牡丹は、掌から骸骨のデザインと黒いリボンが結ばれた紫黒色の大鎌と、卒業アルバムの様な見た目の手帳を出した。

 彼女を見て天音も、服を擦り抜ける白くて半透明な羽を、彼の前に見せた。

 彼女達の変化を目の当たりにし、彼の冷ややかな表情は少し崩れた。そんな彼を置いて、話は進んでいった。

「少しは信じてくれたようなので、本題に入ります。単刀直入に言います。この冥界手帳によると、貴方は来年の二月十四日の午後五時十分に死亡します。死因は失血死です」

「そしてあたしは・・・・・・君をあの世へと案内する役です」

 彼女達の明かす真実に一瞬驚いた彼だったが、直ぐにその表情は諦め顔に変わった。そして牡丹に彼は「その鎌は何に使う物なんだ?」と尋ねた。すると牡丹は「この大鎌を体に振り下ろされた瞬間に死が確定し、後は冥界手帳の通りの時間、死因で死が訪れます」と答えた。

「だったらもう殺してくれていいや、生きててもしょうがねぇし」

「まだ時間は残されてるんだから、そんな事考えちゃダメだよ! 君が楽しいと思う事、してみたい事を最期の日までやっていこう。あたし達が叶えられる限り何でも叶えるからさ」

 天音は彼に無垢な笑顔を零した。

「ならさ・・・・・・ヤらせてくれよ」

「ん? あたしと?」

「何でも叶えてくれんだろ?」

「それが君にとって楽しい事なの?」

「そうだよ!」

「そうなんだ。うん、いいよ」

 健太郎の腐った発言に天音は明るく答え、スカートの中に両手を入れてパンツを脱ごうとしていた。それを見た彼は焦って「やっぱナシ、止めろ!」と放った。

 天音は手を止めて「どうしたの?」と怪訝な顔で彼を見つめた。

 彼は「口だけかどうかをお前で試しただけだ」と答えた。

「そっか。ねぇ、ところでお腹空かない?」

「空いてねぇ」

「え? 空いてるって?」

「言ってねぇ!」

「それじゃファミレスにGO!」

「ちょっ、腕が脱臼する」

 天音は健太郎の話など聞かずに彼の右手を引き、塔屋に向かった。彼は行く気が無かったが、人間ではない彼女に強い力で強引に手を引っ張られ腕を脱臼しそうになった為、渋々付いていく事にした。牡丹は見慣れた光景なのか呆れ顔をして二人の後に付いて行った。

 三人が向かったファミレス『アネーロ』は愛鍾高校から徒歩十分、楽崎市の中心に在る。

 天音はカルボナーラを食べながら止まないトークの雨を降らせ、健太郎は相手にせずにマグロ丼のセットを食べ、牡丹は天音の話に適度に相槌を打ちながらドリアを食べた。

 

「美味しかったね、健くん。あ、お会計はあたしに任せて」

「自分の分は払う」

 健太郎はそれだけ言うと黙って会計伝票を持ち、「会計は別で」と店員に伝え、レジにて自分の分だけ払ってしまった。

 そのまま彼女達から離れようとする彼だったが、天音に逃がして貰えずに、アネーロ近くのカラオケ店『セレナ』に三人で入る事になった。


「楽しかったね、次は何する?」

「・・・・・・何もしねぇ」

「どうして? 放課後にファミレスに寄ってその後にカラオケに行ったんだよ? 高校生のする楽しい事をしたのに・・・・・・あ、ショッピングはしてなかったか~」

「ちょっと付いて来てくれ」

「え? ちょっ、待ってよ・・・・・・」

 天音の声に反応せずに、健太郎は歩き進んでいった。彼女達は急いで隣に並び彼に付いて行った。

 

「着いたぞ」

 セレナから十五分程歩き、健太郎は足を止めた。そこは階段の手摺の塗料が何度も塗り直されていたり、壁が薄っすら汚れていたりする上に、干された洗濯物や自転車等の個々の生活を感じるものが見当たらない、数十年の築年数かつ、住民は少ないと推測できるアパートだった。

 階段で二階に上る彼の後ろを、呆気に取られながらも彼女達は付いて行った。

「何ここ」と漏らし戸惑っている天音に、彼は一つの部屋の前で立ち止まると「俺んちだ」と返して鍵を開けて中に入っていった。彼女達もそれに続いた。

「お前ら、どう思った?」

「いきなり天音に性交渉を申し込んだかと思ったら、今度は家に招くなんて下劣です、見損ないました」

「違う、そういう事が聞きたい訳じゃねぇ。この部屋を見てどう思ったかを聞いてんだ」

「どう・・・・・・って」

 天音は辺りを見渡しながら言った。

 何日も放置されたパンパンになったゴミ袋、酒瓶やその他の物で散らかった床、『朝食代と昼食代は、ここに置いておくから』と書かれたメモ用紙と紙幣と硬貨が置いてあるテーブル、中途半端にカーテンが閉められた窓、そこからは夕陽が零れていた。

「俺んち、親父は蒸発してお袋しか居ねぇんだ。だけどお袋とはほとんど顔を合わせない。アイツ、熟女キャバクラで働いてるから。それでも週に一度か二度顔を合わせる事がある時もあるけど、大体酒呑んでるか寝てる」

 二人は黙ったまま彼の顔を見ない。少年は続けた。

「重ねて、俺は全てに無気力で無関心、友達もいないようなものだ」

「こんな状況でどんな楽しい事を想像できる? こんな夢も希望も無いような状況でお前らなんかに何が出来るってんだ、言ってみろ‼」

 天使も死神も俯き黙り続けていた。

 少年は、怒鳴っても物言わず目も合わせない彼女達への憤りと、自分の吐露の空しさに堪え兼ねて苦々しくそっぽを向いた。

 しばし沈黙が続いた。

「・・・・・・大丈夫、それでも君は余生を楽しく過ごせるから」

 沈黙を破り、天音はそう話した。

「何だと」

 彼は彼女の方を向き睨んで言った。

「楽しい事もやりたい事も必ず見つかる。少し時間は掛かるかもしれないけどね。そしてそれを叶える事を彼女からお願いされた」

「ええ、そうでしたね」

「彼女? 彼女って誰だよ」

「願いは明日からゆっくり叶えていくという事で、今日はバイバイ」

「ちょっ、おい!」

 彼が動揺しているのを尻目に靴を履いていく二人。

「玉櫛さん、ではまた明日」

「待て!」

 彼は腕を掴もうとしたが間に合わず、ドアは閉められた。

 彼はドアを開けて外を見たが、二人は消えていた。

(何なんだ、アイツは。どうせ・・・・・・何も変わらねぇのに)


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