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8. またまた王城へ行きました。

 




 赤髪をゆるく結い上げたマルガリータ・ブルーメンタールは金の瞳を見開いて激怒していた。

 その迫力に気圧されながら、挨拶を終えると『お座りになって』と言われて腰をかけた。


「お兄様が到着するまでにチャチャッとまとめるわよ?」


 マルガリータは元王族の姫君で、金の瞳に下膨れのとても美しい方だ。母のリズと学園時代から仲が良かったことから、レナの後見人になってくれている。


「イグナート様からお預かりした婚約破棄の書類は、レナさんの後見人である、わたくしが提出しておきました。クズ男と婚姻せずに済んで清々したわね。それで、レナさんに婚約者がいないことを理由にイグナート様のご子息を次期伯爵として指名し、ご子息がまだ十六歳ということで、十八歳未満で当主が交代になった場合は、イグナート様がその期間当主代行をされると、そこまではお二人ともよろしくて?」


 レナは即座に頷き、イグナートもゆっくりと頷いた。

 フェルミンは納得していないらしいので、イグナートの判断で今は騎士団の方へ行かせている。

 王城のメイドが運んでくれた紅茶をひと口飲んで心を落ち着かせた。


「問題はここからね――――レナさんはこの国を出てパティロニアへ行く、と」

「はい……」


 イグナートが作成した書類を見ながらマルガリータは首を傾げた。


「どなたか好きな殿方の家に嫁ぎたいとかではなく?」

「私が嫁げるようなところはありませんので」

「どういうことかしら?」

「言葉の通りです。私の見目はこの国の方たちに受け入れてもらえないので」


 当然わかってもらえるだろうと口にすれば、赤の髪が逆立ったかのようにマルガリータが怒り出した。


「ちょっと、イグナート様。どうしてリズの娘がこんなに卑屈に育ってるのかしら!? あの父親のせいなの!?」

「……それも、原因のひとつだとは思います」


 今日は口数の少ないイグナートが困ったように目を伏せていた。

 アーロンとの婚約が成立しなかったせいでレナが自分を卑下するようになったと感じているのだろう。詳細はアンから聞いただろうし。この件に関してイグナートと話し合ったことはないから想像でしかないけれど。


「レナさん、あなたのことはリズが心から愛し育んだはずですわ」

「もちろんです。母の愛を疑ったことはありません。自分を卑下しているのではなく、私の見目が悪いのは事実なのです。特にこの国の貴族には受け入れてもらえないでしょう」

「見目など!! なんてこと……学年でもトップクラスの成績を維持していたリズに育てられた、あなたもまた才女ですのに!!」

「ありがとうございます。確かに母の教育は素晴らしかったと思いますが、そういったものより優先されるのが見目ですから」


 リズの教育のお陰で、大国のパティロニア国の言語も、小国でありながら魔石保有国であり豊かなファルエイネ国の言語も読み書きできる。おそらく、この国でふたつとも話せるのは外交官ぐらいだろう。

 リズの教育で唯一足りなかったのは、この国の美的感覚の重要性だろうか。どうしてもレナの容姿を否定する内容になるため、言えなかったのだと思う。


「女性がひとり、他国に行ってどうやって生活するつもりなのかしら?」

「そうですねぇ。どうしましょうか」

「やだ、リズにそっくりじゃない」

「そうですか?」

「あの子も頭がいいくせに、そういうところ、ちょっといい加減だったのよ」

「母に似てるところがあるなんて嬉しいです」


 レナが笑ったら、マルガリータは困ったような顔をしていた。


 なにせ顔も色も体型も、全くリズに似ていない。

 この国ではレナのような、出るところは出ているというような体型より、アドラのような全体的に細い体型がよしとされている。

 母もアドラほどではなかったけれど、レナよりは細い体をしていた。


「実はパティロニアが第一希望だったのですが、ファルエイネにも興味が出てしまって、少し迷ってます」

「え、なになに、どうして?」

「叔父様に頂いた魔石が不思議で。どうやって作ってるのかなって」

「あーー。あれはね、魔力を練って、石に込めた後、魔方陣を刻ん……いえ、やめておくわ」


 首を振って黙ってしまった。話の続きが聞きたかったけれど、どうにも教えてくれそうにない。これ以上レナに興味を持たせたくないのかもしれない。


「失礼するよー」


 ノックの後、扉が開いてチェストミール殿下が颯爽と入って来た。この国の第二王子である。レナもイグナートも立ち上がり頭を下げた。


「顔を上げていいよー」


 ゆっくり顔を上げると、マルガリータと同じ金の瞳を煌めかせ、ニコニコ笑ってくれた。気さくで有名な第二王子は皆に座るように言って自身もマルガリータの隣に座った。


「お兄様、微妙に早いですわ」

「マルガリータ。お兄様はお前に一刻も早く会いたくて急いだというのに酷いじゃないか……ところで、旦那はどうしてる?」

「旦那? さて、誰のことかしら」


 マルガリータの気配が鋭くなり、思わず背筋を伸ばしてしまった。


「うん。まあ、いいよ、うん」

「女性の方から離縁できるという法律があるというのに、一体いつになったらわたくしの離縁は成立しますの!?」

「うん、うん、そうだね、そろそろだと思う。多分。いい加減フェル兄がお父様を説得するはず!」


 フェル兄とはフェルディナント王太子殿下のことだ。法律の制定から何年も経つのに、まだ一人も女性の方から離縁できていないと聞く。近隣諸国よりかなり遅れているらしい。


「本当でしょうね!? 早くして下さいましね。あの節操なしが、俺から離れられないんだな、などと言って調子にのってるんですから!」

「わかってるって、それより、うら若き女性がこちらにいるのに結婚のドロドロをこんなところでぶちまけていいの!?」

「いいんですの! レナさんには、嫌だったら離縁できるんですから他国へ行くのはもう少しお考えになって、と言いたいんですから!!」


 マルガリータは結婚前からあちこちで浮世を流していた婚約者に手を焼いていた。何度も婚約を破棄しようとしたけれど、陛下に阻まれ上手く行かなかったらしい。


「え、他国ってどこ行くの?」

「パティロニアを予定しております」

「……うーん。それはちょっと」

「駄目でしょうか?」

「治安がねぇ」


 大国ゆえに人が集まり、最近増えている女性をターゲットとした犯罪が心配だという。


「叔父様に頂いた魔石がありますし」

「確かにそれは安全ではあるけれど完璧ではないんだよね。たとえば、害する気持ちを持たずに君を監禁することなんて簡単だよ?」


 チェストミールはにこやかな表情を消し去って言った。


 今朝はオリヴィアがネックレスを奪おうとしたので上手く発動したけれど。

 ここのところずっと魔石に助けられていたので、少し調子に乗っていたかもしれない。


「悪いことをしようと思ってる人間はいくらでもその隙をつくんだ。小さい子を人質にとって、自分から危険な場所へ赴くよう誘導するとかね。イグナート殿が君のそばにフェルミンを置いているのはそういう理由だよ」

「よくわかりました。行き先のことは精査しようと思います」

「そうだね」


 チェストミールが笑えば、マルガリータは机を叩いて怒った。


「なにがそうだね! ですか!! わたくしは、他国へ行くのを止めようとしていましたのに!!」

「だって、レナ嬢はそれを望んでいないのでしょう?」

「でも! そんな危険を冒さなくともイグナート様のご子息と結婚なさるとか、道はありますでしょう?」

「って言ってるけど、そこのところはどうなの?」


 金の瞳が揃ってこちらを向いた。


「フェルミンはとても大切な家族です。ですが、男女の仲ではありませんし、婚約破棄された女を押し付けられるなんてフェルミンが気の毒です」

「それは違うよ、レナ」


 ずっと黙っていたイグナートが、厳しい眼差しでレナを見た。


「たとえそうなったとして、君を押し付けられただなんて言わないよ、絶対に」

「ですが叔父様」

「レナがフェルミンを男として見れないのは仕方がない。それでも、君と生きたいとフェルミンが望んだ時は、考えてみてくれないか?」


 イグナートの迫力に押されて頷いてしまった。


 けれども、絶対にそれは避けなければと思う。

 こんな見目の疵物が将来有望なフェルミンの枷になるだなんて、考えただけで吐き気がする。

 迷惑をかけたくない。


「さて、問題はそのフェルミンが次期当主の指名を嫌がっているってところか」


 マルガリータから渡された書類を読んだチェストミールが頷いた。


「この件は私が男同士の話とやらをしてフェルミンを説得してみせよう。そうしないと、レナ嬢の憂いは晴れなさそうだしね」


 パチンと片目を瞑ったチェストミールがレナに同意を求めた。


「ありがとうございます。宜しくお願い致します」

「ま、フェルミンが次期当主に指名されても、レナ嬢と結婚はできるのだし。ってことで私は次の約束があるので失礼するよ」


 ――あれ? 丸め込まれたかな?


 パチパチと目を瞬いて、暫く考えてしまった。

 その間にレナの周りを囲うようにメイド数人とデザイナーが押し寄せていた。


「そうと決まれば、指名式のためのドレスを仕立てるわよ」

「待って下さい、そこまでしていただくわけには。一応ドレスは持っていますし」

「嫌よ!! リズに、頼まれて、いるのだもの。レナが、困っていたら、助けてって、最期に、口にした、言葉が、それなのよ? 酷いと、思わない? わたくしが、先に、言いたかった、のに」


 くしゃりとマルガリータが顔を歪めた。


 とても、とても仲が良かったのだ。

 ずっとその話は聞いていたし、身分が高く、なかなか自由にならない身で、こっそり会いに来てくれた。

 レナにとって、マルガリータは叔母のような存在だ。


 泣き始めたマルガリータの肩を、イグナートがそっと抱き寄せた。




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