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6. お食事会になりました。

 




「ん? アーロンの知り合い?」

「……ええ、幼馴染です」

「へぇ! 紹介してくれる?」


 これだけ美しいのだから、先ほどアーロンが言っていた警護対象の高貴なお方に違いない。


 思わず淑女の礼を取ったレナはアーロンからの紹介を待った。


「レナ・ビルバリ子爵令嬢です。こちらは……」

「ファルエイネ国から来た、エルメルト・フレドホルムです。宜しくね」

「えっ、」


 思わず頭を上げてしまい、『申し訳ありません』と再び頭を下げた。


「謝らないで、顔をあげて」

「はい」


 優しい声におそるおそる顔を上げた。

 ファルエイネ国のフレドホルム家といえば、公爵家だったような気がする。レナからすれば、ほぼ王族に等しい家名は嫌でも緊張してしまうのだ。


「【めっちゃ可愛い~】」


 メッチャカワイイって、何語?


 ファルエイネ語ではないことは確かだけれど。

 エルメルトの横でアーロンは顔に手を当てて項垂れているし、なぜかフェルミンは鬼の形相だ。


 不敬なので止めて欲しい。


「これからお昼だよね? 誘ってもいい? 駄目?」

「……レナ嬢にお時間があるのであれば可能かも知れませんが」


 歯切れの悪いアーロンの言葉に、どう返事をすれば正解なのか迷ってしまった。


 断る方が失礼にあたるのか、社交辞令だからやんわりと断るべきなのか。アティーム国であれば後者が正しい。

 ファルエイネ国のマナーはそこまで学んでいないのでわからない。


「駄目かなぁ?」

「……エルメルト様、レナ嬢が困ってますから」

「困ってるの? この国の人は顔に出ないからわからなかった。ごめんね」


 本当に申し訳なさそうに眉を下げて謝られてしまった。断る方が失礼だったのだろうか。慌てて首を振った。


「いえ、お誘い頂きましてありがとうございます。喜んでお受け致します」

「本当に? 無理してない?」


 優しい声に思わず笑顔で頷く。

 そんなレナを見たエルメルトは、屈託のない笑顔を浮かべた。


「良かった! どこで食べようか? この人数だしなぁ」

「実はあの、わけあって学園を休んでいるものですから」

「目立ちたくないのかな?」

「はい。申し訳ございません」

「なんで謝るの? そうやってちゃんと教えてくれる方が助かるよ。アーロンもそう思うよね?」


 エルメルトに話を振られたアーロンは慌てたように頷いた。

 エルメルトとレナが話している間中、アーロンからの視線を感じていて、それをまたフェルミンが鋭い目つきで見ていてとてもじゃないが生きた心地がしない。


「そういう事情があるなら、僕の部屋でお昼を食べよう!」


 エルメルトはウンウン、と嬉しそうに頷いているけれど、護衛対象のかたのお部屋だとするならば王宮の客室ではなかろうか。


 席を取りに行っていたアンを連れて、案内されたエルメルトの部屋に来てみると、案の定、豪華な王宮内の客室だった。


 思わず自分の服を見てしまう。

 外出用の紺色のワンピースは物はいいが古く野暮ったい。場違いであることは明らかだ。


 そして驚いたことにファルエイネ国では使用人と同じテーブルで食事をするらしく、アンはレナの隣に座らされて震えていた。


 二人でレナの部屋や馬車の中での食事はよくあるけれど、子爵邸内でさえ表立って一緒に食事をとることはない。『お、お嬢様……』と震えた声で縋られたが、諦めなさいと首を振った。


 それを見たアーロンが苦笑していた。


「エルメルト様は気さくなかたですし、ファルエイネ国では失礼に当たらないようなので心配しなくて大丈夫ですよ」


 アーロンも最初は戸惑ったのだろう。


 護衛が護衛対象と同じ席に着いたらいざという時どうするのだろうと、レナでさえ思う。さすがのフェルミンも座らされてからずっと困惑顔だ。


「そうそう! 堅苦しいのは無しで。ご飯は皆でおいしく楽しくね?」


 次々と並べられていく食事はステーキにスープにサラダ、パンといったごく普通のものだったので少し安心しながら食べた。晩餐のようにオードブルから運ばれてくるような食事だった場合、時間が長くなるのでアンには辛いだろうと心配だったのだ。


「ビルバリ子爵領とサウザ伯爵領って近いの?」

「いいえ、それほど近くはないのですが。私の祖父がアーロン様のお祖父様と懇意にさせていただいていたのです。それで、夏になるとサウザ領へ招いていただいてました」

「へー。それは羨ましいなぁ」


 羨ましい……?


 言っている意味がよくわからなくて首を傾げた。アーロンも困ったような顔をしている。

 決して羨ましいという話ではないような気がするのだけど。


「レナ嬢の小さい頃ってどんな感じだったの?」

「どんなと言われましても……普通、でしょうか?」


「アーロンは?」

「私も普通かと」


 控えめにそう答えていたけれど、違うと思う。

 見目の悪いレナに優しい男の子は、アーロンとフェルミンぐらいしかいなかったのだから。


 ケビンは表立って悪態をつくことはなかったけれど、夜会でエスコートされても、会場に着くと嫌そうに一曲踊り、その後は帰るまで無視された。意地悪な令嬢に絡まれても、助けてくれたことは一度もなかった。


「小さい頃のレナ嬢、すっごく可愛かっただろうね」

「とんでもございません。私は幼い頃からこんな見目でしたので」


 慌てて首を振ると、エルメルトがポカンと口を開けた。


「美女が何を言ってるの?」

「えっと……お気遣いいただきまして、ありがとうございます。ですが、慣れておりますので大丈夫です」


 失礼な言い方をしていないか心配しながら、それでも居た堪れなさが勝ってしまい口にした。


「ーーあっ、そうか! ごめんね。先に言っておけば良かった」


 エルメルトはポンと手を叩いてニコニコ笑った。


「僕の美的感覚とアティーム国の感覚は合わないんだよね」

「美的……感覚……ですか?」

「そう! これはあくまで僕個人の話でアティーム国を否定するものじゃないということは先に言っておくね。で、その僕からするとレナ嬢は絶世の美女だし、気遣いのできる優しい女性だなって思っているよ」


 あまりにも、ハッキリと言われて咄嗟に言葉が出なかった。

 そんなこと、一度も言われたことがないーー可愛いいと言ってくれたのは祖父や母、イグナートやフェルミンで。つまりは身内だけ。


「またお食事に誘っても?」


 エルメルトがにこやかに言った。

 社交辞令だとしても、褒められればやはり嬉しい。けれど、誘われた食事については、二人きりでという意味であるならばお断りするのが正解だろう。


「エルメルト様、レナ嬢には婚約者がいらっしゃるので、お二人でというのは少々……」

「え!? そっか!! この国って婚約早いんだっけ?」


 アーロンがエルメルトに向かって頷いている。

 婚約破棄のことを、ここできちんと伝えなければ、後で知ったアーロンに対して失礼だろう。


「婚約は破棄されたので、婚約者はいません」

「は?」

「え??」


 アーロンは鬼の形相で、エルメルトは首を傾げていた。

 そういえばファルエイネ国では婚約してから三か月ぐらいで結婚となるため、あまりそういったトラブルがないのだとリズが教えてくれたような気がする。


「どういうことですか? あの子爵家の次男に何をされたのですか?」


 アーロンがわかりやすく怒っている。

 幼馴染のレナが傷ついていると思って憤ってくれているのだろう。相変わらず優しい人だ。


 ケビンのことなど、もうどうでもいいのだけれど。


 正直にそれを伝えるのはケビンに対して不誠実な気がする。一番誠実じゃなかったのはケビンだけれど。


「お言葉ですが、アーロン先輩は某子息のことをどうこう言える立場じゃないと思います」

「フェルミン、失礼よ」


 棘のある言葉を注意すると、フェルミンは納得いかない顔をしつつ『失礼しました』と小さな声で言った。


「レナ嬢、フェルミンの言う通りだよ。確かに私にその権利はないと思う。それでも、レナ嬢がもしも困っているのであれば、出来ることをしたいし、助けたい」


 悲痛な顔で言われてしまえば、どうしたって古傷が疼いてしまう。過ぎたことを掘り起こしても何もいいことはないというのに。


 沈黙が流れる室内に、エルメルトの明るい声が響いた。


「ってことは、フリーだよね?」


 アーロンの悲痛な表情とフェルミンの射るような眼差しを受けても、ニコニコと笑ってる様子に驚いた。


「しかし他国の要人であるエルメルト様がこんな疵物の女と二人きりで食事などしたら、エルメルト様の評判が落ちてしまいます」

「疵物なんて言わないで。そんなものであるはずがないし、僕に落ちる評判なんてないよ。自国じゃ穀潰しの王子って有名だし」

「王子様っ!?」


 なおさら駄目じゃないですか!!


 涙目でアーロンを見ると、顔を手で覆って項垂れていた。



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