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3. 叔父様に会いに行きます。

 




 婚約破棄について騒がれるものだろうと覚悟して登園したレナは、ヒソヒソと交わされる気の毒ぶった会話や、レナの見目では仕方がないというような、ぬるい反応に思わず首を傾げてしまった。

 もっと口汚く罵られることを覚悟していたのに。案外お上品だなぁと他人事のように思う。

 普段から貴族の子女達との付き合いが希薄だったのがよかったのだろうか。


 多少の噂話を除けば概ねいつも通りだった一日を終え、イグナートの執務室の扉をノックした。


「どうぞ」

「失礼します」


 室内に入ると、イグナートが笑顔で迎え入れてくれた。

 彼はトリスタンの弟で、この学園で男子生徒に剣術を週に二回ほど教えている。優し気な外見からは想像がつかないほど指導は厳しいらしい。男子生徒が嫌そうに話すのを何度か聞いたことがある。


「昨日はレナの大事な誕生日だったのに、行けなくて申し訳なかったね」

「いえそんな。お義母様が招待状を送らなかったのでは?」

「招待状なんかなくたってジルドを通せば簡単に会えるよ。どうしても抜けられない案件があってね」


 そう言いながらコーヒーを出してくれた。

 お礼を言ってお砂糖とミルクを入れる。優しい色合いになったそれに口をつけて、ほっと息を漏らした。

 甘さがとても嬉しい。


 イグナートはそんなレナを目を細めて見た後、綺麗なリボンが掛けられた箱を差し出した。


「一日遅れてしまったけれど、誕生日プレゼントだよ」

「まぁ! いつもありがとうございます! 嬉しいです!!」


 イグナートはいつも素敵なプレゼントをくれる。


「レナが訪ねてくるということは動きがあったのかな?」

「はい。昨日婚約破棄されまして、今朝、書類にサインをしてきました」


 今日がイグナートの出勤日で本当に良かったと思う。こちらにいない日は、騎士団まで行かなければ会うことができない。


「誕生日にそんな話を……品性の欠片もないな。エルウッド子爵夫妻は穏やかで誠実な方だし、嫡男は切れ者なのに、次男坊はぼんくらか?」


 トリスタンは腕を組んで眉根を寄せた。


「――録音はできた?」

「できました。大声で話してくれていたので」


 これです、と魔石を手渡す。

 録音機能のついたこの魔石もイグナートからのプレゼントだった。


「聞いても?」


 レナが頷いたのを確認すると、魔石を耳に当てて聞き始めた。耳に当てなければ、自然と室内に響くぐらいの音量になる便利なものだが、ろくな内容ではないと想像しているのだろう。耳に当てて聞いている。

 イグナートは険しい表情をしたまま、耳から魔石を離した。


「ヘイノ・キュラコスキ伯爵子息とセザール・デュナン侯爵子息か」

「その通りです。どちらも次男です」

「ケビンは、この二人にまんまと乗せられたってところかな。エルウッド子爵家の嫡男なら、ヘイノやセザールの思惑に気付きそうだが」

「そうかも知れません。ただ、気付いていても、ケビンに忠告してあげるようなタイプでもないように思います」


 イグナートもそれに頷いた。


 嫡男の隙のない雰囲気は、どこから見てもお坊っちゃんなケビンとは正反対だった。将来有望と言われているので優秀でもあるのだろう。


 ミルクティ色の髪に茶目の小顔で、線が細く儚げに見えた。どことなく張りつめた感じがするのは弟に次期当主の座を奪われたくないという余裕のなさからだろうか。


 そのぐらいアティーム国においては髪や瞳の色、顔立ちに対する執着は凄まじい。実際、見目のよい次男が優秀な兄を退けて家を継ぐことがある。


「ヘイノとセザールは騎士団の入団試験を受けてましたよね? 受かりましたか?」

「落ちたよ」

「あぁ、やっぱり。彼らの成績では官吏も無理でしょうから卒業後の身の振り方に困っているのでしょうね」


 この国の貴族の次男、三男は婿入り先を見つけるのが大変で、見目が『普通』ぐらいではなかなか婚約までに至らない。セザールはアッシュグレーの髪と茶色の瞳でたまご型の顔、ヘイノは枯草色の髪と茶色の瞳で丸顔。どちらもウケはいまひとつ。あえて婿に入れるほどではない、といった感じだ。


 ケビンは政治的に中立な立場で祖父と親交のあったエルウッド子爵家だったので婚約者に選ばれた。顔が大きく、茶色の髪と目という理想的な色や顔立ちが揃ってはいたけれど、祖父は見目を重視していなかった。


 ケビンにしてみたらレナではなく、もっと美しい令嬢か、もしくは爵位が上の相手と結婚できると思ったことだろう。


 端々から感じるケビンの(おご)りたかぶった態度はレナだけに向けられていたわけではない。


 別に好きでレナと婚約したわけじゃないという態度は、格下との縁すら結べないセザールやヘイノのようなプライドの高い子息たちからすれば腹立たしかっただろう。


 二人はケビンへの嫉妬など表面上ではうまく隠していたが、冷静に見ていたレナからすればあからさまだったといえる。


「こいつらが君にちょっかいかけてくる可能性は高い」

「そうでしょうか?」

「名実ともに疵物になれば、それに目を瞑って婿入りしてやる、とでも言うのだろうな」

「クズですね」

「あぁ、この手の輩は多くてな。残念だが防ぎきれず、被害にあった令嬢も多い」


 商才も無く、王城の官吏になれるほどの頭脳もないとくれば、力仕事をするしかない。そもそも騎士団の入団テストに落ちるような体力で、力仕事ができるかどうか怪しいけれど。


「そこで。レナの護衛にフェルミンを付けることにしようと思う」

「フェルミンを!? ご迷惑では!? 身の安全はいただいた護身用のネックレスで保証されていますよね?」

「ネックレスは完璧ではないし、フェルミンはそれなりに腕が立つんでね」

「存じております。史上最年少での騎士団入り! 従姉として鼻が高いです!」

「それは本人に言ってあげてくれ。喜ぶだろう。騎士団には話を通しておく」


 イグナートの息子のフェルミンは、二つ年下の十六歳。貴族学園に入学しているものの騎士団の仕事が忙しく、ほぼ学園には来ていない。


「ところで、婚約破棄の書類の文面は?」

「こちらです」


 写しを見せると、目を通したイグナートが頷いた。


「では、こちらも準備を急ごう――本当に後悔しない? 前にも言ったが、私は反対だよ」


 真剣な眼差しの中に優しさが見える。

 レナが静かに頷くと、イグナートは諦めたように息を吐いて少しだけ笑ってくれた。






 * * *






「あら、やっと帰って来ましたの?」

「……ただいま戻りました。遅くなり申し訳ございません」

「ええ、ええ。本当に。ですが、二度手間にならずに済んだので許してあげます」

「はぁ……」

「レナちゃんにお会いしたいって殿方がいらっしゃってますの! こちらへいらして?」


 ぐいぐいと手を引くアドラに困惑すると、アンが『お嬢様はお帰りになったばかりでお着替えが済んでません』と言ってくれた。


「もう! 着替えたところでレナちゃんが酷い見目なのは変わらないんですから、いいんですの!」

「いえ、そうではなく、制服のままではお客様に失礼になると思うので着替えたいのですが」

「レナちゃんまで! お客様をこれ以上待たせるほうが失礼なんですからね?」


 突然の来客など待たせておけばいいという理由は通じないらしい。出そうになる溜息をなんとか呑み込んでアドラに続いて応接室へ入った。


「待ちくたびれたよ」


 座ったままの老紳士は、顎髭を撫でながら不躾な視線を這わせた。胸のあたりを凝視しているあたり紳士失格だが。


「レナちゃん、ちゃんと挨拶なさって? 失礼ですわよ。本当にもう、躾けが行き届いておらず申し訳ございません」

「よいよい、こちらに来て座るといい。どれ、ワシが可愛がってやろう」


 這うような視線にうんざりしながら、さてどうしたものかと頭を捻った。




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