24. これは添い寝です。
「まだピアス見てるの?」
クスクス笑うエルメルトは、夜着の上にバスローブを羽織り、おろした髪を片方だけ耳にかけている。妙に艶めいていて直視するのが恥ずかしくなったレナは思わず下を向いてしまった。
あの後、エルメルトそっくりの王妃様に会うと、なぜか皆と同じような反応(ビックリした後、生温い笑顔で応援される)をされた。
てっきり晩餐になるのかと身構えていたのだけれど、ピアスをあけたばかりで魔力の消費で疲れるだろうからと二人きりでエルメルトの私室で夕食を食べた。
湯あみはレナの私室となる部屋で済ませ、手伝ってくれた侍女にも下がってもらった。
明日は王太子妃様に会わせていただけるらしい。
わくわくしたまま部屋の可愛い内装をあちこち眺めたり、白とピンクの彩りの可愛い鏡台の前でピアスを眺めていたらエルメルトが入って来たのだ。
この部屋には扉が二つ付いている。廊下側ではない扉の先は続きの部屋があり、そちらが夫婦の寝室になっている。
離宮といっても、ごく普通の邸宅のようで安心してしまった。
「ピアス、疲れない?」
「大丈夫……です」
頬をするりと撫でながら上を向かされた。
覗き込まれるように顔を近付けてくるので、琥珀色の瞳を直視してしまいドキドキした。
「どうする? 真ん中の寝室で一緒に寝る?」
「えっ、それは……」
「そんなに困った顔しなくても、レナが嫌なら別々の部屋で寝るよ」
首を傾げる姿まで色っぽくて困る。
「まだ義父上にご挨拶もしていないしね」
「手紙は届いたのです」
「なんて?」
「今まですまなかったと」
「……それだけ?」
「それだけです。一応、明日は子爵家に来るようなので、その時に会えますが……」
不器用なトリスタンにしては頑張ったと思う。嫁入り用の装飾品を持たせたいとも書かれていた。けれど、アドラに散財された分の補填にまわしたので、今のトリスタンには個人資産があまりない。無理はしなくていいと返事を書いた。
そもそもファルエイネには、持参金も嫁入り道具も一切要らないと言われている。嫁入り側が持ち込みたいものだけを持ってくる風習らしい。文化の違いだろう。
「エルメルト殿下の気さくさが特別なのかと思っていたのですが、皆さんとても優しくて驚いてしまいます。父と私の貴族然とした親子関係は、やっぱり寂しいものだったのだなぁと思ってしまいました」
「それなら僕と幸せな家庭を作ろう? そうしたら、レナの寂しさなんてすぐに過去になるよ」
柔らかに笑うエルメルトに抱きしめられた。
エルメルトの温かさに心が緩む。このまま眠ってしまいたいな、と邪な考えがよぎった。
エルメルトに大切にされた今では、前のように気を張って生きるのは無理かもしれない。
「なんだか弱くなってしまいそうです」
「レナが弱かったら、僕なんて【ガガンボ】になっちゃう」
「ががんぼ?」
「前世にいた虫だよ。足が長くて割と大きいのに、息を吹きかけただけでコロッと落っこちちゃうようなか弱い虫」
「そういうのがいたんですねぇ」
「もしかしたらこの世界にもいるのかな」
「どうでしょう?」
「アティーム国は割と暑いけど、あんまり特殊な感じの虫は見ないね」
「確かに王都は。領地は凄いですよ」
「えーー。やだな。虫は苦手」
「ふふふ。でもピアスが身を守ってくれるから虫に刺されなくて済みますね?」
「いや、どうかな。悪意がないから刺されるかもよ」
「そうなんですか!?」
「でも怒ってる蜂には刺されないかも」
「虫にも悪意が関係するんですか?」
「するかもね?」
「試したことは?」
「ないねぇ。痛そうだから蜂では試したくないし。この国は寒いから、他に刺す感じの虫はいないんだよね」
「そうなんですか。でも王宮はあたたかいですね」
「うん。この国の建物はみんなそういう風に建てられているから。ところどころね、魔道具やら魔石が配置されてて。城の造りが小さいのも効率よくあたためるためだから」
手を引かれ、夫婦の寝室の大きなベッドに二人で入った。
離れがたいと思っていた気持ちが伝わってしまったようだ。
エルメルトの体が近くてドキドキする。ローブを脱いだエルメルトの体温が直に伝わってきた。レナの夜着も、肌の露出は少ないけれど薄手だったので余計にエルメルトの体温を感じるのだろう。
「お布団があたたかいのも、魔石ですか?」
「これはベッドそのものもが快適な温度を保つような工夫がしてあるの。ある意味、魔道具だね」
「すごい……こんな快適なお布団、初めてです。夏は涼しくなるのですか?」
「そうだね、快適な温度と湿度が保たれるようになってるよ」
「すごいです」
「夏は短いから、兄上は時々わざと暑い場所で寝たりしてるね」
「ふふふ、ちょっと気持ちがわかるような気がします」
「えー、わかるの?」
「季節の空気というか匂いがあるじゃないですか」
「うん、それはわかる」
「そういうのを感じたいなって思う時ってありますよ」
「なるほど?」
「ファルエイネの夏も楽しみです」
「そうだね。夏でも入れないぐらい水は冷たいけど、一緒に海に行こうね」
「はい……海……たのしみです」
「アティームにはないもんね」
「海は……見たことがないです」
目がとろんとしてきた。ずっとエルメルトの香りにドキドキしていたはずなのに、今はこの香りにとても安心する。
「みなさんに、受け入れてもらえて……」
落ちていく瞼を、一生懸命持ち上げて言った。
「幸せです……」
エルメルトは大丈夫だと言ってくれたけれど、もしかして、という気持ちは拭えなかった。
今でもまだ、自分の容姿には自信がもてないから、今日は手放しで受け入れてもらえたのがわかり、泣きたいほど嬉しかった。
アティーム国にいたら得られない幸せだったと思う。
「レナは、誰がみても綺麗だし、心根の優しい素敵な女性だよ」
「ありがとう……ござい……ます」
「眠くなった? 明日も忙しいから、ゆっくりおやすみ」
髪を撫でるエルメルトの手が優しくて。
額にキスをされたのがわかる。
おやすみなさいと言いたかったけれど、もう口も目も開けることができなかった。
* * *
リーネルトの奥様はクリスティーナという名の、赤い髪にくっきり二重で金色の瞳の、マルガリータのような雰囲気の女性だった。
今は、アティーム国に戻るレナにドレスを選んでくれている。
「アティーム国と聞いて心配していたんですれけど、物凄い美人が来て驚きましたわ」
「ありがとうございます」
「それなのに! ここの男たちったら、もっさいドレスばっかり持ってきて困ったものね。女性は女性らしく、美しい人には美しいものを。素晴らしいボディにはそのボディに見合った素晴らしいドレスを着なければ」
「素晴らしいボディ……」
自然と体の形に添うようにできているコルセット風の下着をつけたあと、出されたドレスは胸元がものすごく開いたものだった。しかも真っ赤。
どうにも似合ってないような気がして震えていると、クリスティーナは瞳の色に合わせた方がいいかしら?と言って濃いブルーに金の刺繍が施された綺麗なドレスをレナの前に当てた。
「うん、いいわね。やはり、こちらにしましょう」
アンがいないので、クリスティーナの侍女たちが手伝ってくれた。この国のドレスは着ると自然に体に合うようになっている。布にそういう加工がされているのだとか。便利だなぁと思う。
手際よく着替えさせられ、ドレスに合わせたメイクを施された。緩くカールしているレナの髪は、緩く結い上げてくれた。
母国では目が小さく見えるようにメイクしていたのに、ここでは強調するように彩られた。これから母国に行くと思うと、そのメイクにだんだんと気持ちが重くなっていった。
「どんどん綺麗になっていくのに、どうしてそんな浮かないお顔なのかしら!? ちょっと、エルメルト様!! お入りになって!!」
クリスティーナの大声にエルメルトが顔を覗かせた。
「早くこちらへ!」
「い、いいの?」
「なにを遠慮なさってるの? もう結婚されたのでしょう?」
そう叫ぶクリスティーナの耳にもピアスが揺れている。エルメルトとレナのものとは意匠が少し違い、リーネルトと同じものだ。
「一応そうだけど~」
「一応!? まさか初夜をすっぽかしたとか!? 男じゃないんですの!?」
「待って、そういうのはとても繊細なの!! こんな慌ただしいときに……って、そうじゃなくて、もう、どうして兄上いないの!?」
「着替えの最中に他の殿方を呼ぶはずありませんわ!!」
「そうだけど!! もう、クリスティーナ様のこと、僕は制御できないのに……うわーーー!! すっごい、綺麗」
レナを見て叫んだエルメルトが小走りで近寄って来た。
「凄い!! 美人だ美人だと思ってはいたけれど、本当に綺麗だね。どうしよう、絵を描きたくなってきた」
「こんなときに馬鹿なんですの!? シッカリなさってくださいませ!?」
「わかってます、ちゃんとします! レナがくれたチャンスでもあるし」
「全く、なに商談負けしてるんですの。もっとご自分のこともレナさんのことも高くお売りなさいませ!!」
「もうその説教は昨日さんざん兄上とティムにされたから許してくださいー」
レナの肩を抱きながらエルメルトは目を瞑って叫んでいる。
フェルディナント王太子殿下にいいように使われていると怒られたのだそうだ。もっと対等、もしくはこちらが上だいう外交や商談をするべきなのだという。
レナからみるとエルメルトの控えめな雰囲気は敵をつくらず、アティーム国には合っていると思うのだけれど。
魔道具が売れたのに、エルメルトは褒めてもらえなかったようだ。ちょっと残念だった。
「それはそうとレナさん」
「はい」
思わず背筋を伸ばした。
「とてもお綺麗ですわ。自信を持って胸を張ってくださいな。わたくし、やられっぱなしって大っ嫌いですの。ぶちかましてくださいまし」
「ぶち……えっと、はい。頑張ります……」




