18. エルメルトは密かに活躍する。
エルメルトの滞在している客室に、イグナートとアーロンがお辞儀をして入ってきた。
三人でオリヴィアの父親が誰かを鑑定することになっている。
紅茶を淹れてくれたメイドが下がったのを確認してから話し始めた。
「これが親子鑑定をする魔道具です」
前世でいうところのDNA鑑定ができる魔道具に、イグナートもアーロンも興味津々だった。
エルメルトは少年期に突然思い出した、前世日本で生きたときの記憶を頼りに、兄のリーネルトにあれこれお願いして色々なものを作ってもらっていた。エルメルトの話す言葉や知識がリーネルトの手に負えなくなってくると、父にも相談するようになった。
親子鑑定の魔道具は、必要性を感じないという理由でリーネルトには後回しにされそうになった。即座に父に相談してみたが、父にとっても初めは『要らないもの』のようだった。
ファルエイネの人は魔力が強く、親子鑑定などしなくとも互いの魔力で親子だとわかるからだ。最終的には、親子鑑定の魔道具制作に人員を割いてくれたのだけれど、それは他国で売れるかもという下心からだったらしい。
残念ながらまだひとつも売れていないけれど。
魔力の少ないこの国ならばと、軽い気持ちで持ち込んでいたのだけれど、まさか本当に役立つとは思ってもみなかった。
「では、兄上の髪からお願いします」
イグナートは、オリヴィアがトリスタンの子ではないとハッキリさせたかったようだった。
それに気付いたとき、エルメルトのほうから鑑定を勧めた。イグナートは非公式でこの場を設けることにしたらしい。騎士団を通してしまうと、他国の王子であるエルメルトがいるのは都合が悪いのだろう。
オリヴィアの髪とトリスタンの髪を魔道具にのせる。
髪で鑑定する仕様にしたのは、DNAといえば髪の毛だよね、ぐらいのノリだったのだけれど。髪なら切ってしまっても魔力が測定できると言われたので、正解だったようだ。ちなみに、この世界の人は皆少なからず魔力を持っている。
魔道具のランプが三度点滅した後、青く光った。
「親子じゃないですね」
エルメルトが言うと、イグナートは安心したように息を吐いた。
「では、次はオリヴェル様を」
こちらも三度点滅した後、青く光った。
マルガリータの夫という人は、聞くに堪えない御仁だった。ようやく離縁できそうだと聞いて、エルメルトでさえホッとしていたところで、マルガリータが襲われたと聞き腸が煮えくりかえった。
まさか魔道具を女性を使って盗ませるとは。外道にもほどがある。
その道具でレナも襲われたのだから、エルメルトの憤りは相当なものだった。
ファルエイネ国なら極刑にできるのにと、物騒なことを考えていたほど。
取り乱すエルメルトをイグナートが説き伏せてくれたのだけれど、漏れ出す魔力に流石のイグナートも眉を顰めていた。それが何かはわからないようだったけれど、異常な状態を肌で感じていたらしい。後から『あの時は焦りました』と言われ、再度お詫びすることとなった。
今回、少しでもイグナートの手助けが出来ればいいのだけれど。
結局、父親の可能性のある人は全員鑑定しても、親子を示す赤色に光ることはなかった。
全員分の髪を入手するのは大変だっただろう。
「これ、親子だとどう光るんでしょうか?」
イグナートが興味深々だったので、フェルミンの髪があればと言ったら、部下を使って髪を一本持ってきてしまったのでイグナートとフェルミンの親子鑑定をすることになった。
「真っ赤ですね!」
「こんな風になるんですねぇ」
アーロンまで感嘆の声を上げていた。
「兄弟だとピンク色に、腹違いの兄弟だとオレンジ色に、叔父と姪とか、そのぐらいの関係だと黄色に、いとこだと緑色に光るよ。レナ嬢とオリヴィア嬢でも姉妹の鑑定ができたんだけれどね」
「細かいんですね」
「母国では需要ないのに、無駄に力作なんだよねぇ」
頬を掻いて笑うと、イグナートもアーロンも不思議そうな顔をした。魔力で互いに親子だとわかると話せば、馴染みのない話に二人とも興味深々だった。
「騎士団にひとつでいいから入荷できないか申請しようかな」
「え、買ってくれるの? まだひとつも売れてないから嬉しいけど」
「これは売れますよ」
「そうかなぁ~。母国ではすっごい不評なんだよね」
特に宰相からの圧が凄い。
その話をすれば、イグナートは護身用の魔石で世話になっているので協力したいと言ってくれた。
「結局、オリヴィア嬢の父親は誰なんだろう?」
「サリーの供述では異国の奴隷だと」
「その人、生きてるの?」
イグナートが首を振る。
「かなり前に処分されたそうです。庭から出た遺骨は小さなものばかりで、大人の遺体は領内でも相当外れの山奥に埋められたらしいのですが、サリーも場所まではわからないそうです」
「猟奇的だよね」
「密かに噂はあったんですよ。なので私の父もヘストン男爵のことはかなり警戒していました。色彩差別者で有名でしたし。兄上が金髪碧眼ということで、狙われていることを感じていた父は気が気じゃなかったようです。けれど母上や兄上、レナの色を否定するような話なので、兄上にそういった話をしなかったんです。妙に素直なところがある兄上は少々騙されやすくて。やはり裏目に出てしまいましたね」
「外交問題になりかねないので本当は言っちゃダメなんだけど、やっぱりこの国の色や顔立ちへの執着は怖いな」
申し訳なく思いながらも言えば、二人は深く頷いてくれた。
エルメルトからすれば、イグナートはどこからどう見ても美丈夫だし、アーロンの髪や瞳の色はとても綺麗で、清廉なイメージにピッタリだ。
そんな二人ですら、どちらかといえば醜男の部類らしいので首を傾げざるを得ない。
イグナートは顔の小ささが、アーロンは髪色が駄目らしい。
エルメルトにしてみれば、そこそがまさに【イケメン】なのだけれど。
前世だったら漫画のキャラでしかお目にかかれないような二人なのに。
レナなんて、さらに美しいのに醜女なんて言われているので驚いてしまう。
初めて目にしたとき、思わず日本語が出てしまったほどだ。
瞬きする度に音がしそうな毛量の長い睫毛は、自前でくりんと巻いているし、二重の瞳はぱっちりと澄んだ青空のようで、頬はなめらかでふっくらしていて、唇はぷるんとピンク色で艶っぽくて。綺麗な顎のラインは、男のエルメルトが見ても羨ましいほど。
そしてあの、正義感が強いのにちょっと天然な可愛い性格がとてもいい。
「殿下、なにか妄想してますか?」
「え、いや?」
「レナなら、すっかり元気ですよ」
「会いに行っていいの?」
「レナから会いたいって言われてますよね?」
「知ってるの?」
「今は私がほぼ当主のようなものなので」
「そういえば代行の手続きは?」
「マルガリータ様との婚約の手続きと一緒にと言われてます」
「へー。アティーム国、割と合理的なんだね」
「王太子殿下がそのように改革を進められていますので」
「それは羨ましい。うちも見習いたいね」
エルメルトが肩をすくめると、イグナートは目を細めて笑った。なんにしても、この人がマルガリータの夫になるのは安心だ。
「マルガリータ様もようやく幸せになれそうで安心したよ」
「そういえば、マルガリータ様と殿下の最初の出会いはなんだったんですか?」
「気になる?」
「……まぁ、」
なんだ、可愛いところもあるんだな。
思わずニヤけたくなるのを我慢した。
「なにか余計なこと考えてます?」
「いやいや」
首を振ってマルガリータとの出会いについて語った。
なんてことはない。
エルメルトの【漫画】をこの国で唯一買ってくれているのがマルガリータなのだ。
ファンレターを貰い、この国に興味を持ったエルメルトが訪れ親交を深めた。
「まんが……マルガリータ様が時々読まれている、アレですか」
「そう、アレ。僕は絵ばっかり描いてる穀潰しだからね」
「絵は芸術ですから穀潰しではないですよね。それに、マルガリータ様にとってはファンレターを書くほどの作品だったわけですし。魔道具の発案だって素晴らしい」
「ありがとう。あまり褒めてもらうことがないから嬉しいよ」
元の世界では、ほんの少し名の知れた漫画家だった。この世界にはない文化だから、初めて描いて見せたときは、リーネルトと父に情緒を心配された。絵と文が一緒というのが理解できなかったらしく、不安定な何かをぶつけているように見えたらしい。その発想は逆に面白かったけれど。
理解してもらうために幼児向けの絵本に近いものを漫画で描いたら、なぜかそれだけは宰相が気に入ってくれて。リーネルトと父もそれならばと、国内で売りだした。子どもウケがよく、順調に売れたので、今世でも無事に漫画家を名乗れている。創作はエルメルトにとって、生きることと同義だ。
美大出身の漫画家だったので肖像画も描けるけど、肖像画は創作意欲を刺激しないのであまり面白くはない。生業にはしたくないなぁと思っている。マルガリータとイグナートを描かせてもらうのは楽しかったけれど。
レナのことは、ほぼ無理やりお願いして描かせてもらった。描きたくてたまらなかったし、あんなに美しいのに、自分が醜いと思ってるなんて我慢できなかったから。
「エルメルト殿下にはマルガリータ様のことでもレナのことでも本当にお世話になりました」
イグナートに頭を下げられ、恐縮しながら頬を掻く。
あまりストレートに褒められたりお礼を言われると照れくさくて仕方がない。
「肖像画もとても美しかったです」
「ありがとう。でも、レナ嬢もマルガリータ様もイグナート殿も、僕の絵なんかよりずっと美しいですよ」
エルメルトが笑えば、イグナートが珍しく照れたように笑っていた。
「アーロン、君もとても美しいよ。今度、絵を描かせてね?」
いつも陰に隠れようとするアーロンを見ながら言えば、驚きに目を見開いたアーロンは『ありがとうございます』と呟いて綺麗に笑った。




