15. フェルミンの憂鬱
「副団長、ようやくサリーが供述しました」
「ご苦労」
イグナートの執務室で、今後の指示を受けていたところに第三隊の隊長であるバレリアノ・ミラネスが隠しきれない疲れを見せながら入って来た。熊殺しの異名をもつバレリアノ隊長のこんなに草臥れた姿は初めて見たな、とフェルミンは思う。
「実家の家族を盾に脅されていたようで、安全を確保すると言ってもなかなか信じようとしなかったのですが。そこはアーロンが家族を説得して連れてきて、ようやく、という感じです。正直助かりました。もしかするとアーロンは第三のほうが合ってるかもしれませんね」
騎士団は第一から第五に分けられている。第一は要人の護衛、第二は事件現場や荒事の処理、第三は取り調べや聞き込み、事件現場の保持や捜索、第四は証拠品の収集や被害者への対応や各部隊の応援、第五は事務方だ。
アーロンの優し気な雰囲気や誠実な接し方は、老若男女にウケがいい。バレリアノは取り調べ向きの怖い顔をしており、第三にはそういう人物が多い。取り調べにはいいが、聞き込みの際は怖がられてしまうので、イグナートも苦笑いだった。
「いや、アーロンは第一の副隊長候補だからなぁ」
イグナートは、そう言って隣にいた第一の隊長であるコーレ・フォーゲルに目くばせした。コーレは切れ長の目を眇めて静かに首を振った。そっちにはやらんぞ、と顔に書いてある。
「やっぱり駄目ですか」
「無理そうだな――ところで、」
「はい。全て副団長の読み通りでした。公にはされていませんが、アドラはオリヴィアの前にも出産していて、その子は髪こそ茶色だったようですが、碧眼だったらしく、事故を装って殺されたそうです。親の色が出ず、祖父母の色が出たようですね。ヘストン男爵家では、それを『読み違え』とか言うらしいです。反吐が出ますが」
サリーの供述では、アドラの実家のヘストン男爵自身が色彩差別者であるらしく、男爵の実子も思うような色で生まれなかった子どもは秘密裏に処分されているとのことだった。表向きはアドラの子と同じく事故死、または病死とされているらしい。
ヘストン男爵家の使用人たちから噂が漏れないのは、実家や本人が何らかの弱みを握られている人物ばかり集めらているからだとか。
サリーの実家は子沢山で、父親を早くに亡くし、サリーとサリーの兄の仕送りで何とか暮らしている状態だという。読み書きができないことから、他家で働くこともできず、男爵家の闇を知り過ぎているためいつ殺されるか怯えながら暮らしていたらしい。実際、男爵家では急に見なくなった使用人が多数いるらしい。
ビルバリ子爵家へ嫁入りするアドラに、付いて行くよう命じられたのは、サリーは男爵家を裏切れないだろうと高をくくられていたからだという。
レナのお茶に入れた毒は男爵から避妊薬と共に持たされていたもので、万が一、金髪碧眼の子を生んだら始末しろと言われていたそうだ。
そこまでしてアドラをトリスタンの元に嫁がせた理由も『金髪碧眼の当主など許すまじ』という理由で、ビルバリ家の乗っ取りを考えてのことだったらしい。ケビンとオリヴィアの婚約は理想の展開だったのだろう。
レナが次期当主に指名されてたことは誤算だった、というところか。
現在は第三と第四でヘストン男爵家の家宅捜索をしている。庭園の土を掘り返しているとのことで、余罪がいくつも出るだろうと予測されている。
ちなみに、サリーは実行犯なので懲役は免れないが、家族は全員男爵領から遠い辺境伯の領地へ騎士団が送り届けるとのこと。子連れでも住み込みで働ける場所を確保したらしい。その辺りは第三と、第四が協力して進めている。
「ここまでしますかね、実の子ですよ」
「色が全てなんだろう」
「私にはわかりません」
「私にもさっぱりわからんよ」
イグナートの執務室には第一だけではなく第二の隊長、副隊長もいたが、全員が溜息を吐き、首を振っていた。小さな子どものいる第二の隊長は、歯を食いしばっていた。
この国の美醜に対する執着と盲信は根深いとイグナートが言う。
色や顔立ちへの差別をなくすには、相当な時間を要するだろう、とも。
後日、たくさんの遺骨とさらなる証言ーーオリヴィアの実父は異国から連れて来られた黒髪黒目の奴隷だったことが判明し、アドラの逮捕に踏み切った。アドラの耳元でイグナートが奴隷の名を囁くと、睨みつけてきたらしい。
殺人はもちろん、奴隷を買うことは固く禁じられている。
ヘストン男爵家にかかわる者の多くが逮捕され、家の取り潰しが現実的になった。
* * *
従姉は鈍感だ。
早くから自分の気持ちに気付いていたフェルミンは包み隠さず好意を全面に出してきた。
騎士団に入ってからは手紙と花を季節ごとに送り、嫌がられない程度にそれとなく可愛いと伝えてきたはずだった、けれど。
ちっとも伝わらねぇ。
食べ終えた空の食器を前に頭を掻きむしった。
仕事の量が多くなるにつれ、どうにも埋まらない距離が開いてしまった。
しかもあの日、レナの言うことなど聞かず学園内であろうとも傍を離れるべきではなかったのだ。何度後悔しても足りない。
「どうした頭なんか搔きむしって」
大盛りの肉とスープとパンを乗せたトレーを置いて、モニカ・ポルポラがフェルミンを覗き込んできた。
「なんでもないっす」
「あー。あのカッコいい姐さんのことか?」
「……わかってるなら聞かないで下さいよ」
「大したもんだよ。アタシみたいな筋肉ゴリラじゃないのに、よく闘ったよ。偉いわ。尊敬する」
モニカは、レナがケビンの股間を蹴り上げたことが痛快だったらしく、それまでビルバリのお嬢さんと呼んでいたのをカッコいい姐さんに切り替えた。多少文字数が減って言いやすくなったそうだ。本人の前ではレナ嬢と呼んでいる。よくわからない。
「あっ、そうだ、あの噂は本当か?」
「あのって、どっちっすか」
「えーっと、どっちも?」
「どっちも本当っすよ」
「マジか。それでお前……」
やめろ、ポンって肩を叩くな。
ついでに斜め前のお前、気の毒そうな顔で頷くな!!
騎士団では、イグナートが婚約しそうだという噂と、エルメルトがビルバリ子爵令嬢に求婚したらしいという噂でもちきりだ。ついでにフェルミンが子爵位を継ぐという話も噂になっている。
レナはあの事件から良い意味で有名人だ。血の気の多い騎士たちは、勇敢な女性に敬意を表さずにはいられない。
「当たって砕けたら骨は拾ってやるよ」
「そりゃどうも、ありがとうございます」
モニカはポルポラ男爵家の三女で下に幼い弟がいて、その子が学校に通えるようにとせっせと仕送りをしている優しい女性だ。フェルミンよりも三つ年上の十九歳で、蜂蜜色の髪と瞳の可愛らしい顔立ちをしているのに、世間ではウケが悪いらしい。モテないから結婚は無理だろうし、騎士団に入れてラッキーなんて笑って言ってたけど、モテないだろうか? さっぱりした人柄で話しやすいのに。
幼い頃からレナを見ていたせいか、どうもオリヴィアのような顔立ちは苦手だ。聞けば多くの者が美少女だと言う。
よくわからん。
下膨れって、美しいか?
確かにマルガリータは下膨れの美姫と言われてるけど、彼女の場合、美女とかそういう次元じゃない。覇気が凄いし。じゃじゃ馬姫なんて二つ名があるぐらいだから、お転婆というかなんというか。とても不思議な人だ。
父と結婚したら義母になるのか、マジか。
二人に婚約の話を聞かされた時は、その様子が仲睦まじ過ぎて背中がムズ痒くて仕方なかったけれど、幸せそうで何よりだと思う。正直、幼すぎて覚えていない母のことを色々言われても、ピンと来ない。二人は気にしていたけれど、ずっと独り身だったイグナートの心配をしなくて済むようになったのでホッとしたぐらいだ。
「お前、もう少し思ってること口に出したらどうだ? 面白いのに」
「面白いっすか?」
「うん、多分」
「多分……」
「それに言ってくれなきゃわかんないじゃーんって駄々こねてる女はよく見かけるぞ。言って欲しいなら言ってって言えばいいのにな? あれは何だ?」
「俺にわかると思いますか?」
「思わないな?」
モニカは食べながら喋っても全く汚くないのがいつ見ても凄い。
騎士団に入るぐらいなのでたくさん食べる。食べるし、めちゃくちゃ喋る。コンビを組むことが多いので、黙ってる人よりわかりやすくて本当に助かるけど。
「副団長、人気あるからなぁ。第五で泣いてる子たくさん見たわ」
「さっき第四行ったら俺の顔見て泣き出す子がいて困りました」
イグナートは騎士団の中でも、第一から第五のまとめ役の副団長という、かなりの有名人だ。
しかも少し変わった経歴で、部隊所属の時は第一と第二を兼ねていた。それだけ優秀だったから。
現在では第一と第二の隊長がイグナートの補佐をしている。ちなみにフェルミンとモニカは第二だ。
第五は市民からの相談なども受け付けているので女性が多めで事務方と呼ばれている。備品から貴重品まで、物の管理は第五の仕事なので、オリヴェルの指示でブレスレットを持ち出せたのも納得できる。
「フェルは副団長にそっくりだからなぁ」
「まぁ、顔は」
「色気が足らないけど」
「今から駄々洩れたらなんか嫌なんでこれでいいです」
「うん、そうだな。アタシも落ち着かないからそのままで頼むわ」
モニカが最後のお肉をもきゅもきゅ頬張って頷いている。
リスみたいで可愛いな、と思った。




