夢の一人暮らしの終わり_3
ラノベを2冊読み終わった頃、家に朝日が差し込んでくる。
「ん〜〜〜!」
伸びをしながら、まだ頭が起きていない様子の声を出すエルフ。
朝日とともに目を覚ましたようだ。エルフは体内時計が正確なのだろうか。
「おはよう」
僕は素気ない声をかける。
これ以上、なんと言って良いのかわからなかったのだ。
僕のオタク知識では『気持ちのいい朝だね』とか『今日も素敵だね』とか言う主人公が多い気がするが、そんな声かけでうまく行くほど現実は甘くないことを悟っていた。
現実に起こらないからこそ、物語は面白いのだ。
「っ…………!?」
余計なことを考えていた僕をよそに、エルフはソファから飛び起き、毛布で身を包むようにこちらを警戒し始めた。
「ここは……? あなたは、昨日助けてくれた人?」
「そうだよ。ここは僕の家。昨日倒れていた木陰から少し歩いたところにある」
エルフは射抜くような視線をやめ「よかった〜〜」と、安堵のため息混じりにつぶやいた。
ひとまずは安心してもらえたのだろう。僕も気が楽になった。
「ところで、何か食べる?」
尋ねながら、僕は昨日机に並べていた食料を指さす。
エルフは首を伸ばして机の上を眺める。初めてみる個包装のはずだが、包まれているのがパンだと理解したようで、興味津々を通り越してすでに手を伸ばしていた。
エルフは目を輝かせながら「いくつ食べていいの!?」と聞いてくる。
なんとなくエルフはお淑やかなお嬢様で少食です、というイメージがあったが、意外と大食いなのだろうか?
「全部食べてもいいよ」と言うや否や、早速2つ目にかぶりついていた。
え、1つ目は? いつ食べた? 机には、空になったメロンパンの包装が残っていた。
……僕のイメージしてたエルフと違う。
そう思う僕の視界には「美味しい〜〜〜!」と言いながら4個目のパンに手を伸ばす姿があった。
だから早いって。
本当に全部のパンを平げ、僕が食べ始めたカップ麺すら横取りして食べ終えると、やっと体の調子が戻ってきたようだ。
というか、あなた、怪我してたんじゃないの? めちゃくちゃ元気じゃん……。
「さて、では改めて。助けてくれてありがとう。私はカレン。見ての通りエルフよ」
「日向大和、見ての通り人間だ。異世界から転移してきた」
「なるほど、転移者か。でも、人間の国に行かないのは珍しいわね」
転移者という言葉に疑問を持たれなかった。
この世界では別に珍しくもないのだろうか。そんな疑問を持ちながら、カレンの疑問に答える。
「他人と関わることに興味がないんだ。転移してきた理由も、ここで一人静かに暮らしたいからだ」
カレンは「へえ」と、僕を見定めるように目を細める。
「それより、私はお礼に何をすれば良い?」
気丈に振る舞いながらも、カレンの体が少しこわばっているように見える。
「何もしなくて良い。むしろ、何もしないで欲しい。僕からも何もしない」
「……アンタ、本当に人間?」
意味がわからない。思わず「どういうこと?」と聞き返してしまった。
「……いや、わからないならいいわ。ところで、私はいつまでここにいていいのかしら。出ていけと言われれば、今すぐにでも出ていくけど」
「正直言えば、今すぐに出ていってほしいところではある。だけど、怪我人をそのまま追い出すのは僕が嫌だ。とりあえず治るまでいていいよ」
「なら、そうさせてもらうわ。ありがと」
その後、沈黙の時間が流れる。
ああああ、だから他人といるのは嫌なんだよ!
同じ空間に他人がいる。ただそれだけで、相手のことを気にしてしまう。
気楽に独り言を呟くことすらできないのが嫌だ。
気兼ねなくダラけた姿勢になれない状況も嫌だ。
他人がいるストレスでため息がもれてしまうのも嫌だ。
挙げたらキリがないが、とにかく誰かと空間を共有するというのは嫌なのだ。
そんな沈黙を壊したのは、他でもないカレンだった。
「アンタ、異世界から来たんでしょ? 魔法とか興味ないの?」
「興味はあるけど、僕でも使えるの……?」
「エルフ式の魔法なら誰でも使えるようになるわ。少しコツがいるけどね」
カレンはエルフの魔法について教えてくれた。
前提として、種族によって魔法の発動方法が異なるようだ。
流派みたいなものだろう。
エルフ式はというと、魔法を発動するために体内のエネルギーを魔力に変換するらしい。
体内のエネルギーというのが一癖あって、変換する優先順はあるが、エネルギーになるなら何でもいいのだ。
例えば手軽なところだと、カロリーや脂肪、筋肉などを消費するとのこと。
魔法を使うだけで脂肪を消費してくれるなら、エルフには太った体型がいないのかと聞いてみたら「いるわけない」という答えがすぐに返ってきた。
ダイエットや健康に手間暇かける人間からすると夢のありそうな話だが、現実はどうも違うらしい。
どんなエネルギーでも魔力に変換できるが、その反面どんなエネルギーでも変換してしまうようだ。
いざという時、最終的には生命エネルギーまで使うとのこと。
生命エネルギーを使いすぎると、心臓を動かすような無意識の活動すら起こせなくなる。つまり、生命エネルギーの枯渇=死、である。
だからエルフたちは、魔力の消費量が限界を超えないようにコントロールする必要がある。
エネルギーの使い過ぎで心肺停止した場合、いくらエルフでも回復できない。
この世界に蘇生魔法などないのだ。
なるほど、だからカレンは大量のパンを食べていたのかと納得した。
「ねえ、カレン……さん?」
「カレンでいいわ。敬称を付けて呼ばれるの、あまり好きじゃないのよ」
ふむ、エルフの文化だろうか? 理由はどうあれ、ひとまずそういうものだと理解しておこう。
「じゃあカレン」と、できるだけ友達感覚で接するように心がけながら続けた。
「僕も体内のエネルギーを変換すれば、同じように魔法が使えるの?」
「使えるわ。これから教えてあげる」
こうして、カレンから魔法を教わることになった。
「エルフ式の魔法は体内エネルギーを魔力に変換してから発動するから、最初から魔力の状態で保持しておく必要が無いの。
だから魔力変換さえ覚えれば、人間のように魔力容量が少ない種族でも十分に魔法が使えるわ。
向き不向きはあるけど、それはエネルギー変換効率の良し悪しであって、魔法適性は関係ないのよ」
淀みなく説明するカレン。エルフの魔力変換については常識なのだろうが、人間、つまり他種族と比較した話までしているあたり、エルフの教育水準が高いのか、それともカレンが勤勉なのか。
なんとなく後者な気がするが、今それを気にしても先に進まないので、ひとまず疑問は保留にしておこう。
「使いたい魔法はある?」と聞かれ「不可知化の魔法があれば使いたい」と言うと、簡単だと言われてテンションが上がった。
「最初は魔力変換から教えるわ。まず……」
言われた通りに行い、わずか1時間程度の練習で魔力変換できるようになった。
その結果……
「<不可知化>!」
僕は人生初の魔法を発動する。
自分の体の輪郭がぼんやりしたような感覚になった。
これが不可知化? 成功、なのか?
カレンの声で疑問は解消された。
「しっかり消えてる。上出来だわ。練習中も話したけど、看破系の魔法や強化効果解除の魔法を受けると見破られるから、完全なものではないということだけ忘れないように」
カレンからの説明を受け、不可知化に成功したことを知る。
それは、僕の長年の悩みだった『他人と同じ空間にいることを強要させられるストレス』からの解放を意味していた。
「ありがとうカレン! これで周りの目を気にしない、快適な生活ができるよ!」
お礼を言ったつもりだったのに、ガン無視されてしまった。
何か変なこと言ったかな?
自分の発言を振り返ろうとした矢先に理由がわかった。
僕、不可知化してるんだった。
不可知化を解除して、もう一度お礼を言った。
若干バツが悪い思いをしながら言ったのは内緒だ。
こうして無事に不可知化の魔法を習得したのだが、新たなトピックが生まれた。
それは、カレンの今後についてだ。
元々、傷が治ったらこの家を出て行ってもらうつもりだった。
その意図は言わずもがな、誰かと一緒にいることで感じるストレスを回避すること。
だがここに来て状況が変わった。
僕が不可知化できるようになった、つまり誰かと一緒にいる状態は回避できるということだ。
なら話が変わってくる。
「今後僕は常に不可知化してるつもりだし、自分に関することしかしない。僕は一人静かに生活したいんだ。
だから何も手伝わないし、頻繁に話をするわけでもない。
それでも良ければ、カレンの傷が治ってからもここに住み続けていいけど、どうする?」
「わかったわ。じゃ、改めてよろしくね」
「……え?」
確かに僕は不可知化を踏まえた提案をした。
といっても、あくまで僕が生活しやすい前提での話なので、万人にとって良い条件ではないことを自覚していた。
だからこそ、即答されると思っていなかったのだ。
「何よその反応。アンタが言ったんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど……」
戸惑いながらも、いくつか我が家のルールを決めた。
家の設備は自由に使って構わないが、僕に用があるときは一声かけること。
食事を含め、欲しいものがあればタブレットで自由に注文して良いこと。
僕が不可知化している間、緊急時以外は干渉してこないこと。
などなど。
カレンから提案してくるルールが1つもなかったのは少し気になったが、生活環境をあまり気にしないのだろうか。
まあ、そんなことはお構いなしにテンションが上がるくらい、僕はワクワクしていた。
不可知化? 最高だ!
いざという時は魔法で看破されるから自己満足かもしれないが、不可知化している間は真に一人の時間。
誰からも干渉されず、周りの目を気にすることなく、好きなようにのびのびできるというストレス無い生活。
そんな夢の生活を手に入れたのだ!
こうして僕の異世界一人暮らし、いや、一一人暮らしが、本当の意味で今始まった。