夢の一人暮らしの終わり_2
エルフを連れ帰り、とりあえず手当と食事をと思ったが、ひとまずリビングのソファに横たわらせるとそのまま眠ってしまった。極度の疲れと空腹によるものだろう。
敵に見つかるかもしれない環境で四六時中周囲を警戒していたら、そりゃあ気も滅入るわけだ。
周囲の目を気にしながらビクビク生きる生活、嫌だよな。
長年そんな生活をしてきた僕にとって、その態度はとても共感できるものだった。
「仕方ない、少しくらい真面目に面倒見るか」
その場でスマホを使って包帯を注文し、ひとまずエルフの足に巻いておく。
止血さえできれば、あとは動ける程度に回復したエルフ自身が回復魔法でも使うだろう。
応急処置は十分と判断し、2階から毛布を持ってきて、起こさないようにそっとかける。
「さて、あとは起きた時のために、着替えと食事を注文しておくか」
着替えは何を着せて良いのかわからなかったので、ひとまず若草色の入院着にした。
チョイスがおかしいって? 仕方ないだろ。女性の衣服を選んだことなんて無いんだ。病人に入院着を着せておけば、少なくとも間違いはないだろう。
食事にはパンを注文した。
コンビニのパンも注文できたので、メロンパンやクリームパンのような菓子パンから、焼きそばパンやソーセージパンのようなお惣菜系まで、とりあえずたくさん買っておく。口に合わなければ、僕が食べるから問題ない。
ところで、病み上がりの人にパン、つまり口の中の水分を持っていくものを食べさせるのは適しているのだろうか?
ここに来て迷いが生じる。
もちろん、注文したパンはすでに届いた後のことだ。
クソ、だから人と関わるのは面倒なんだ。
好意で何かやろうとしても、正解を求められる。
物乞いに対して食べ物やお金を恵んだら、もっとたかられるからやめておけと聞いたことがあるが、目の前で餓死しそうな人に対して『物乞いに食べ物を与えるのは良くない』といって無視するのが正解だと言えるのか?
極論、全てが不正解なのだ。
何をしても『いや、そこはこうすべき』『こっちの方が良かったのに』『少しは考えろ』という連中が出てくる。
物事の正解・不正解とはそういうものだ。
どっちに転んでも失敗。その状況に直面した時点で負けなんだ。
だから僕はそういう状況に出くわさないためにも、極力人に関わらないよう心がけていた。
「……はずなのに、くそお!」
病人でも食べられるであろうレトルトのお粥とスポーツドリンクを複数注文し、これで十分だろと一息ついた。
エルフを連れ帰ったのは朝だったが、夜になっても目覚めなかった。
瀕死で連れ帰ったとはいえ、自宅で死なれても寝覚が悪いため、その日はずっとエルフを寝かせたベッドの近くで過ごした。
呼吸は問題なさそうだし、このまま明日の朝まで寝かせておくか。
念のため、いつ目覚めても大丈夫なように、ソファの前にあるローテーブルには注文した大量のパンとお粥、スポーツドリンク、追加で注文しておいたミネラルウォーター、ティッシュにゴミ箱など、自分が考える万全の体制を整えておいた。
読めるかはわからないが『自由に食べていいよ』と書き置きして、その夜は寝袋を使ってリビングの床で寝た。
翌朝、僕はいつも通り4時に目覚めたが、エルフはまだ寝ていた。
寝起きの頭でコーヒーを淹れ、ソシャゲのログインボーナスを受け取り、ダイニングチェアに腰掛けて本を開く。
もはやルーティーンとなった行動をとりながらも、未だ眠り続けるエルフが気になっていた。
「はぁ……、これ以上は面倒ごとが起きず、平穏に暮らせればいいな」
ため息混じりの呟きに応えてくれる人はいなかった。