いざ異世界へ_1
「よお人間。アンタ、名前は?」
頭上から声をかけられた気がするが、ここはホテルだ。部屋に自分以外の人はいない。
なら、これは夢か。話しかけてくる夢とは珍しいな。
目も開けずにそう判断し、また眠りに意識を向ける。
だが、
「夢じゃないぞ」
その一言で、僕はガバッと飛び起きた。
僕、声に出したか? 声に出してないのに返事が来ることはないはずだ。
「そんなことはない。アンタの思考を覗かせてもらっただけだ」
ここまできてようやく、会話が成り立っていることに気づく。
恐る恐る振り返ると、ベッドの横には蠱惑的な美しさの人物が立っていた。
「うわぁ!」
僕はベッドから飛び出し、その人物と向き合うように距離を取る。
身長は僕と同じで160センチくらい。
下着のような服に半透明のバスローブを羽織ったような姿。
ピンク色で艶のある長い髪に、豊満な胸、そして妖艶な微笑み。
総合評価:エロい。
危うく襲いかかりそうな気持ちになるが、ギリギリ理性が働き思いとどまった。
「おい、まだ寝ぼけてるのか? アンタ、名前は?」
「ひ、日向大和だけど、何?」
「へえ、ヤマトか。アタシはラフターラ。人間の願いを叶えてあげる、心優しい異界の住人さ」
「異界の住人……? 僕はやっぱり夢を見てるのか……?」
「夢じゃない。このホテルはいくつもの条件が重なり、異界と繋がりやすいんだ」
……理解はできない。
でも、実際に起こっているのだから認めるしかない。
「アタシはアンタの願いを幾つでも叶えてやる。ただし対価として、願い1つにつき10年の寿命をいただくよ」
「マジで !?」
嬉しさが溢れ出たような返事をした僕に対して、ラフターラは少し戸惑っているようだ。
僕が喜んでいる理由は一つ。
願いの一つである、寿命を削ってもらうことが最初から対価として設定されているからだ。
僕はもともと、長生きしたくないのだ。
たとえ老人になっても、元気に動けるうちはそれでもいいが、老人ホームや病院のベッドの上でまで生きたいとは思わない。
それらは僕にとって死んだも同然だ。
それなら、若いうちから惜しみなくお金を使って、死ぬときはお金も残さず、思い残すことなく死にたい。そう考えていた。
そんな僕に、自らデメリットなく寿命を減らす機会が訪れたのだ。これを幸運と呼ばず何と呼ぶ。
ただ、10年か。意外とその調整が難しい。
「僕は3つほど願いを叶えてもらいたいが、その前に、僕の残り寿命を教えてくれないか?」
「嬉しいな、3つも叶えようとしてるのか。なら、大サービスで教えてやるよ。アンタの寿命はあと80年だ」
なんと! そんなに残っていたのか!
「ちなみに、ホテルに来なかったらあと2年で死んでたぞ。人間って馬鹿だね。ストレスで死ぬとか、愚か者としか思えないよ」
そうだったのか、それは危なかった。
と同時に、会社の連中や両親にザマアミロという気持ちでいっぱいだった。
僕はあのままだと死んでいたのだ。実際は死ななかったわけだが、せめてもの復讐になった気がした。
そして僕はじっくり考え、ラフターラに返事をした。
「寿命を50年渡すから、願いを5つ叶えてほしい」
「おお、太っ腹だね。ということは、アンタは56歳で死ぬけど、良いのかい?」
「もちろん」
良いに決まってる。60代は立派なジジイだ。声優のライブに行ってブレードを振り回せないようなジジイにはなりたくない。
運動して体力をつけておけば良いだけだが、そんな暇があるならネサフしてやる。
「じゃあ早速、1つ目の願いは……」
こうして5つの願いを伝えると「早速叶えようか」という声と共に、僕は光に包まれる。
光が薄れ、目を開いた僕は、望んだ通り異世界にいた。